第27話 手の中のハツ

 シェルリの感じている魔物の気配みたいなものが私にも流れ込んできた。

 荒々しい、理屈のない破壊衝動。殺意でも食欲でもない。

 殺したいとか食いたいとかなく、ただただ暴れたい。止まらない。

 そんな感じだった。


 静まりたまえーってやれたらいいんだろうけど、判らんし。

 まあ静まったところでおとなしく帰ってくれるのかっていうと、それはまた別の問題だよな……。お互い不幸な出来事だ。

 早く冒険者になってせっせと狩るよ。そしてなるべく食う。


 目前に迫っているような予想をしていたけど、まだ少し距離がある。

 って、速度が上がった。やばいやばい。


 繋いでない方の手をゆっくりと構える。

 指を開いて、手のひらに――乗せる。心臓ハツを。

 温泉で捌いたイノシシを思い出す。あのころっとした、ひとかたまりの肉。動物ならみんなある臓器。


 あれを――これを、手の上のこれを、絞る。

 ミンチは作れなくても雑巾は絞れるからね。

 痛いかなあ。痛いよな。でも生存競争なので。すまんな。

 せめて即死で。神様そこらへん一丁お願いします。


 私は精一杯の力を込めて、手の中のイメージ上の心臓を、握り潰した。

 全力で。

 一瞬で絞り千切れろと。

 爪が手のひらに食い込んで痛い。


 ドッと魔力が流れ込み、どこかへ四散していく。いや行くのは三方でいいのよ、なんて。気を逸らせてないとゲロ吐いて転がり回りそう。でも頑張って踏ん張る。シェルリと繋いだ手を放せないから。ここが主電源なので。


 人間には、いや前の世界の人間には感じるはずのない「何か」。これが魔力――神力。

 今までの小手先レベルじゃない量を外部へと動かして、つくづく実感を伴って思い知った。この世界の人すげえな。これを自然に感じ取って使えるようになるんだ。しかも子供のうちに。


 ただひたすら耐えていたら、だんだん衝撃から立ち直ってきた。

 体感時間一時間ぐらいあったけど、実際のところよくて数分だと思う。だって心臓を潰したのは一瞬のはずだから。


「ヴぉぇ……」


 気持ち悪ぅ。乗り物酔いってこんな感じ? これはキツイな……そりゃ薬飲むわ。

 シェルリはどうなんだろう。大丈夫なのかな。

 私はクラクラしながら握った手の先を見た。

 シェルリは二つ折りになっていた。

 は?


 ……いや、いつの間にか来ていたベルレが、大型犬でも抱えるようにシェルリの胴を剣ごと抱えて立っていた。


「えっ、と……」


 私の手からシェルリの手が力なく抜け落ちる。だらんとして、でも大丈夫とでもいうように指先をひらひらと動かした。


「へばっただけだ、気にするな。だがちょっと人目のないところへ連れて行くな」


 それは、いいけど。えっ。


「大丈夫なの!?」

「大丈夫、大丈夫。――ああ、ルフィノが来たか」


 見れば、村の方から馬に乗ったルフィノさんが駆けてくる。

 って、プレシオじゃん! お前やっぱり駆け付けてきたんだな。心なしか足元が赤黒い泥で汚れてる気がするけど見なかったことにする。


「北はグラディス様がつつがなく」


 身軽に飛び降りながらルフィノさんが言う。プレシオはでっかい。つまり鞍の位置は高い。その高さを慣れた様子でひらりと。おじいちゃん何者なんだ。それともこの世界の人のスペックが高いのか。


「そうか。ルフィノ、アレアを頼む」

「かしこまりました」


 あっ、そういえば。私は慌ててベルレに申告する。


「魔臟を目印にして殺したから高位? の魔物はまだ生きてると思う」

「――成程。だが大丈夫だろう。魔臟がないやつは多少の知恵がある。さすがに異常を感知して逃げるか、もたもたしてりゃグラディの餌食だ」


 そっか。

 じゃあ、もう大丈夫なのかな。


 ……なんか、見えないところでコトが起こって、見ないまま終わったというか。しんどかったけど、結果を見てないので実感わかないというか。


 私の変な顔を見て察したのか、ベルレはルフィノさんに少し森の中を偵察するよう言った。そしてぐったりしたシェルリをその背の剣ごと一息にファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げる。そうだ、この人隠れマッチョだった。


「俺はちょっとこいつを休ませてくる。アレア、後は任せた」


 任せるのはルフィノさんでは。リップサービスかな。

 ベルレは大荷物を担いでいるとは思えない普通の足取りで森に消えた。

 大丈夫なのかなあ。でも大丈夫じゃなかったとしても、私にできること何もないもんなあ。

 気にするなって言うなら、変に構えずにいる方がいいよね。



 私はルフィノさんとプレシオに乗って街道を少し戻り、森の方へ分け入った。プレシオが通れるようなところ限定だけど。ものすごい視点が高い。


 すると、ザワザワというかバキバキというか、灌木をかき回してるような音が聞こえてくる。

 そっと馬上からうかがい見ると……Oh……


 散乱する魔獣の死体を元気に食べ放題する魔虫、そして魔草魔木魔花の植物系オールスターズが。

 でっかい虫とちっちゃい虫とトゲトゲした触手と立ち上がったラフレシアみたいなのが生肉フェスティバルしてた。


「肉食なんだ……」

「違うのもいますが、あてられて暴走するようなのは、まあ大半がそうですな」


 ……こう、バーっと魔獣の死体が遠くまで折り重なってて、シーンとしてて、あーこれ全部私がやったんだな、って重くなるの想定してたんだけど。

 現実の前には人間のそんな手前勝手な感傷なんて屁のようである。

 そりゃあ、食ってくれないかなって思ったけどよう……。


 想定の斜め上な光景に背を向けて、私とルフィノさん(とプレシオ)はそそくさと村に向かった。

 村にはさすがにネズミぐらいのやつは入ってきたそうな。でも奥さん連中にブッ叩かれてたって。辺境の女は気合入ってる。


 シェルリ大丈夫かな。

 でもデカイ魔法を動かす経験はすごく勉強になった。あれを自力でやれるようにするのか。具体的な目標のイメージができた。


 なんか色々気がかりなことはあるけど、ベルレが丸く収めてくれるだろう。丸投げ。


 それにしても魔法使ったところで別にキラキラエフェクトが出るわけでもないから、避難民目線では私とシェルリは何故か唐突に街道の真ん中で手を繋いでキバってた、意味不明な二人連れだったんだろうな。うわあ。

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