第26話 誰だってそうする

 とりあえずの手回り品だけ持って私達は村の南へと向かった。

 そうは言ってもシェルリが剣を担いできているので、いざという時の不自由はないと思う。


 てかグラディが出撃してるしなあ。

 小さい取りこぼしはあるかもだけど、撃退できると信じてる。だからまた悠々と宿に戻る気満々だ。


 村から出ることが避難になるの? と思ったけど、もし魔物が村に侵入した場合、まず勢いのまま村の中を荒らす。それからおもむろに縄張り争いが発生するそうで、その間に領兵を待つなり、隣村に向かうなりする。らしい。


 避難場所みたいなものがあるのかと思ったら、そんなものはなかった。用意しときなよ……。


 客人と言ってもこんなド辺境に来る人なんて旅人か商人かこの辺のジモティしかいない。

 慣れている、とはまた違うだろうが、覚悟はできていたという空気だった。それでも不安には違いない。


 集団の外側を自警団らしき人々と冒険者っぽい一団が護衛する。

 冒険者は商人の護衛かなんかで訪れたんだろうな。災難だったね。


 私達は殿を務めようということで、最後尾を歩いていた。

 そういやプレシオは? と思ったら、村に着いた時点で放牧してたんだそうだ。今頃丘ひとつ向こうにいるだろうって。

 はー? 本当に元気な馬だな。まあプレシオなら魔物に勝てそうだし、なんなら走って振り切れそう。つか駆け戻って来てグラディに加勢するぐらいありそう。



 ◇ ◇ ◇



 村から出て少し歩いたところで、不意にシェルリが足を止めた。


「ベルレ。避難民達を誘導してくれ」


 唐突に言う。

 ベルレは無言でシェルリを見て、そして肩をすくめ、人々の方へ歩いて行った。

 去り際、私の頭をぽんぽんと軽く叩いて。

 そういう、子供にするようなことはしない人だったから、ちょっと驚いた。



 道の真ん中でシェルリと私、ポツンと立っている。

 ベルレは集団の後方から声を掛けながら近付き、自警団や冒険者にも何事か話しかけた。後ろからずっと見ていると、集団はみるみるうちにまとまりが出て、意思を持って動き出す。


「牧羊犬みたい」


 普通にすごいなと思ってついポロッと口に出してしまった。隣でシェルリがちょっと笑う声がする。


「魔物は、というか主に魔獣は狭い範囲に多く集まると縄張り意識や闘争本能から攻撃的になる。その争いの規模が大きくなると、興奮が伝播するように広がり、魔獣だけにとどまらず他の魔物も狂奔状態となる。そこで何らかのきっかけがあると暴走し始める」


 いわゆる暴走スタンピードですね。いらないお約束だ……。


 あえて村に入れると、村という範囲内で争うので被害が外部に及ばないそうだ。でもそんなの到底許容できない。

 なので日頃から魔獣を狩って密度を減らすのが一番の対策で……って今言ってもしょうがない。


 それにしても、こんなにあちこちで被害があるわりには避難所とかもないし、領兵は足りてないし、そんな政策で大丈夫か。


「ここ数十年、この地でこんなに被害が出たことはない。何かが変わったのか、それとも」


 それとも?

 シェルリがおもむろに私の手を握った。あたたかく染み入るような魔力を感じる。


「魔物の流れが向かって来ている。狙いは避難民だろう」

「ファッ?!」


 シェルリは森の向こう、遠くを見ている。

 そこに魔物達が見えているかのように。


「魔物は己より強いもの、上位のものは避ける。概ね動物だからな。でも向かって来る。もう正気じゃない」


 そう考えるとシェルリに加えてグラディまでいる時点で森の隅でガタガタ震えて静かにしているべきなのに突っ込んで来るなんて、生存本能が仕事してないにもほどがある。


「アレア」

「はい」

「魔力は補助する。遠慮はしなくていい。好きなように使って、魔物達から人々を守ってくれ。方法は任せる」

「ファッ」


 奇声を上げてばかりである。

 つか、えっ、どういうこと。

 パカッと口を開けてシェルリを見上げても、シェルリは泰然自若としているのみだ。


 えっえっ、え……ま、魔法の方も修了試験です?

 そんな、ぶっつけ本番で? 人の命がかかってんのに?

 シェルリが一番スパルタだった!!


 ……いやまあ、ベルレも控えてるし、最悪、避難民がシェルリの視界に入ってれば人死は出ない……のかな。

 そうこうしてるうちにも私の耳にさえ木の葉の激しく擦れ合う音、爪が地面を削る音、例えようのない異音が聞こえてくる。それも四方八方、あちこちから。

 いや避難民の向かう街道方向からは来ないから、三方?


 どどど、どうしたら。どうにかしなきゃ。


 ここで無理! と言ってしまわないのは……これまでの経験上、シェルリもグラディも私が「できる」と見込んだラインで課題を出してくるから。


 だからシェルリがやれと言うなら一応、私にはこの局面を乗り越えるだけのサムシングがあるのだ。判らんけど。

 自分を信じられなくても、シェルリを信じるよ。


 よし。魔力無制限のチートタイムだ。どうしてくれよう。

 土壁を立てる? でも後で崩すことを考えると岩にもできないし、中途半端だと崩されそう。あと地形を大きく変えるのはなあ……この村はこれからも生活が続いていくのだ。

 まあ今吹っ飛んだら続きもクソもないけど。


 それに、ここを完全防備すると村に流れていきそう。それじゃダメだよな。

 地形や自然にはあまり影響を出さず、魔物だけを狙い討つ。

 死体が腐るのも困るから、半分倒して後は食ってくれないかな。それは調子いいか。


「魔物……魔獣には、普通の獣や、人と違う特徴がある?」


 シェルリに聞いてみる。


「下位の魔獣には魔力を効率よく循環させるための特殊な臓器、魔臟がある。これが魔石の元になるわけだが。上位の魔獣や人間にはない」


 ド直球な名称の臓器だな。

 そっか、じゃあ魔臟がある生物をまず一掃。範囲は……どれぐらいなんだろ。無実の魔獣まで殺すのはちょっと……いや魔獣はみんな有罪か?

 でも既に生態系の一部なんじゃないのかな。


「魔獣がみんないなくなると困る?」


 シェルリは考え込んだ。珍しい、いつもスパッと即答なのに。


「……判らない。素材が得られなくなるのは困るかもしれないが、代替素材を見つけるなり、作り出せばいい。だが……いなくなるのは、急にではなく、徐々にの方が望ましいだろう」


 絶滅問題になってた。

 違う違う、今この辺だけの話よ。でもそうか、範囲は絞った方がよさそう。


「シェルリには襲ってくる魔物達が判る?」

「判る」

「じゃあ、排除したい魔物を意識して。ざっくりでいいから」

「判った」


 シェルリをレーダー代わりにする。

 シェルリが感知している魔獣を指定。


 途端、囂々と魔力が流れ始めた。

 こないだの比じゃない! 体の中にナイアガラの滝が爆誕みたいな。

 繋いだ手が水圧ならぬ……魔圧? で千切れそうな気がする。

 こんな勢いで流してシェルリは大丈夫なの?


 シェルリが手をぎゅっと強く握った。


「大丈夫だ。気にせず最後まで、いけ」


 ほんとに??

 正直心配だ。でもやらなきゃ。

 避難民のため、やれというシェルリのため。


 なんでやねん。


 なんで突然の無茶振りに私は諾々と従ってんだ?

 唐突にスンッとなってしまった。

 魔力の轟流に足を踏ん張りつつも、考える。借りものの魔力だからそんな余裕があるんだろうけど。


 ……うん、私は多分、「お前ならできる」って期待されたみたいで、嬉しいのかもしれない。


 推しにそう言われちゃあ、なあ!


 やるわ。

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