第25話 不穏な気配

「そりゃ、煙草の火を消すのに川から水路を引いてくるようなもんだ」


 土木工事レベルとな。

 私の苦しまぎれの治癒方式は無駄が大き過ぎた。

 シェルリが外付け魔力タンクになってくれたから完遂しただけで、あれを自力でやるとそれこそ途中で精神力か体力が先に尽きただろうと。

 まじかー。いやそうだろうなあ。

 謎なぐらい魔力が流れていったもんなあ。


 でもご安心あれ。一度やったから。

 そう、一度見たもの、やったものはバッチ処理が効くのである。

 神様が覚えてくれるのだろう。

 さすが神。さす神。マジで神。

 次からはあれを範囲指定してやればいい。全身やらんでいい。


 全身を治癒リセットした私はツヤッツヤだった。正に出来たて生まれたて。アホほど金を積んだエステでもここまで綺麗にはならない。

 まあ構成素材が新品になったところでデザインは変わんないんだけどな!


 でも良いことばかりではなかった。

 すぐ判った違いといえば、せっかく生活に適応して角質が厚くなった足の裏が柔らかくなってしまった。今は宿で文明人生活をしているからいいけど、森の中だったら怪我してた。困る。


「すっかりご令嬢らしくなりましたわね」


 グラディが前に買ったドレスを着せてくれた。鏡を見ると、おお、マジでご令嬢っぽいな、髪もフワフワだし。顔付きがやや厳しめだけど。でも私は冒険者になりたいんだからツラの皮は厚い方がいいよなあ。両方の意味で。


 でもグラディが楽しそうなので二人でドレスアップしてお買い物に行った。

 メインストリートぐらいしか店はないけど、後ろに護衛のシェルリを連れてのそぞろ歩きだ。まあ本当の護衛はグラディの方だけど。

 ドレスが汚れるので買い食いはなし。その分色々買い込んだ。パイエも買ったぜ! 当たるといいな。


 珍しい? 品といえば薬がたくさんあった。

 医療方面はてっきり神殿が担ってるのかと思ったらそんなことなくて、普通に薬も使うし医者もいるって。ただ、外科的処置はやっぱり神官の魔法が受け持つみたい。

 痛み止めとか傷薬とか火傷の薬とか、内服薬も外用薬もメジャーどころは一通りあった。正直種類がいっぱいあって驚いた。


 そして煙草は薬だった。比喩とかじゃなく、この世界の煙草はれっきとした薬の一形態だった。主に呼吸器系の薬らしい。なんか判る。

 と言ってもそれはかなり昔の使い方で、今は薬効がほとんどないただの嗜好品として流通してるそうな。

 原料は様々な薬草で、ブレンド具合で好みが分かれる。ベルレがいつも吸ってるのも意識高い系自然派フレグランスって感じの匂いだもんな。薬草なのか。そう聞くとワイルドめの色男がなんか爺くさくなる。


 魔法薬、いわゆるポーションっぽいものは見当たらなかった。たまたまこの村にないのか、存在してないのかどっちだろ。

 ちなみに薬はお隣のメイディース王国の特産品なのだそうだ。なるほど、じゃあポーションも大きな都市ならあるのかも。



 宿への帰り道、なんだか村の雰囲気がざわめいているように感じた。

 不穏な気配を感じて私達はドレスの裾をからげ宿に駆け戻った。ロビーも人の出入りが多い。部屋に戻る途中で丁度ルフィノさんと合流した。

 そのまま全員で部屋に入ると、ルフィノさんは挨拶もなくベルレに報告した。


「村の北門に魔物が集まっているとの知らせがありました」

「は? シェルリがいるのにか?」


 ベルレのその第一声どうなの。魔物避けとしてシェルリにそこまで絶大な信頼をおいてるのか。そもそもなんでシェルリに魔物は近付かないんだろ。


「北門?」

「わたくし達は南から入りましたからね。通りをずっと先に行くと北側の門があります」


 この第三村は辺境、つまり国境近くにある。国境といっても隣のメイディース王国とぴったり隣接はしていない。空白地帯だ。つまりこの村の北側は人が管理していない土地。

 なので私達が来た南側は魔物避けのセルコが植わってる程度だけど、北側はそれなりに防壁があるんだそうだ。


「初めは森狼の大きな群れが移動してきたのかと思われていたそうですが、だんだんと種類と数が増えてきたそうで」

「領兵はどうした」

「それが……知らせはいってるはずですが、最近辺境のあちこちで魔物被害が増えていることもあって、到着が遅れているそうです」

「この村では避難するのかしら、それとも籠城戦?」


 グラディが問う。ちなみに服を脱ぎ散らかしながら二階への階段を上がっている。後ろからシェルリが服を拾っていく。私も着替えたいので二階へ上がった。


「お客人は避難の方向で、村の者は戦いますじゃ」

「そう!」


 むちゃくちゃ嬉しそうなグラディの声が二階から降り注いだ。すっかりいつもの軽鎧姿になって二階から飛び降りる。トッ、と猫が降りたぐらいの軽い音しかしない。


「いやお前はアレアを連れて避難しろ」

「まあ! ……それもそうかしら」


 ちょっとがっかりしたグラディだが、「混乱に乗じてお馬鹿さんが現れるかもしれませんわね!」と再びウキウキし始めた。蛮族ぅ!

 だが。


「いや、アレアは私が連れていく。グラディは北門で運動してくるといい」


 突然シェルリがそんなことを言い出したので、一同ビックリしてしまった。さしものベルレも面食らってポカンとしている。


「は? いや……まあ……判った、お前がそう言うなら」

「え、ええ! おまかせあれ、一匹たりとも通しませんわ!」


 基本的にシェルリの方から何かをしたいと言い出すことはとても少ない。みんなを風呂に叩き込む時やご飯を作る時は有無を言わせないが、普段は概ねおまかせモードだ。

 だからたまに言うと、ベルレとグラディはよほどのことがない限りシェルリに従う。多分よほどのことがあってもそっちをねじ曲げてシェルリの意見を通すと思われ。

 私? そりゃ従うのみよ。


 かくしてグラディは北門へと飛び出して行き、私とシェルリ、そしてベルレは避難民に合流することになった。

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