第24話 初級、終了…たぶん

 次の日は珍しく朝から雨だった。

 この地方は雨は降るけど夜に降って朝にはもう上がってることが多い。昼までずっと降る雨は久しぶりに見た。

 雨なので今日はインドアの日だ。

 朝食の後、グラディはルフィノさんと連れ立ってなんか用事に出て、シェルリは寝直しに二階へ。

 私とベルレはダイニング代わりの奥の部屋でマジックバッグ談義。


「ものを入れることはできるんだがな」


 ベルレは白いつるつるした板を持ってきて机に置いた。大きさはよくあるタブレットぐらいで、厚さは一センチぐらい。素材は判らない。

 その板に何故かヒモをくくりつけた木片を置く。

 と、ヌッと沈んでいった。

 おおー! 入った! ……入った、んだよね?


「入った?」

「ああ。だが、取り出せないんだよなあ」

「ぇえ?」


 ベルレに言われて板におそるおそる手を突っ込んでみる。

 特に何の抵抗も感じず、手が入っていく。机に穴が空いてるみたい。


「中で何の手応えもないだろう?」

「うん」


 空中で手を振ってるようなものだ。見えないけど。

 中がバカでかいのかな……? そういやマジックバッグってみんなどうやって出してるんだろうな。頭で考えながら手を入れたら手に吸い付いてくるもん?


「シェルリはどうやって出してるの?」

「あれは内部のつくりが少し、違うんだ。そうだな……素材が特別製で唯一無二のものだから同じものは出来ない。俺が作れるのはこのあたりが精一杯だ。凡人の限界だな」


 ベルレはそういってヒモを手繰り寄せる。そして木片を引き上げた。なるほど、ヒモをつけておかないと行方不明になっちゃうのか。

 じゃあ中に入れる物品全てにヒモを付けて……いやそうじゃなくてインデックスを付けてだな、こう、ディスプレイにリストを出して、それをタッチしたら自動で出てくるとか。それじゃ倉庫か。運搬や納品にはいいけど、普段使いにはちょっと不便だよなあ。


 というか凡人て。ベルレに凡人とか言われたら私は原人では。

 ベルレはくわえ煙草で気障に肩をすくめた。おう。色男だな。ブロマイド売ったら儲かりそう。


「俺はいたって普通の人間で凡人さ。グラディ達と違ってな。金と時間はあったから色々なことに手を出したが、長年やってどうにかこうにか人並み程度」


 卑下するでも卑屈でもなく、単なる事実として。淡々と。

 ベルレはそういうけど、つまりたゆまぬ努力の結果ということで、それってよっぽどすごいことだよね。好きで、情熱もあるのに向いてなくて、もしくは才がなくて、全然上達しないのに地道に続けることで身につけるとか、一番難しいこと。

 「努力できる」という才能だってばっちゃが言ってた。


「グラディとシェルリは天才?」

「天才というより可能性だな」

「可能性?」

「人間という生物の可能性。特にグラディスは、あれは変異種だな」

「そこまで?」

「剣豪小説に出てくる荒唐無稽な描写のほとんどを本当に実演してくれるぞ。『こういうことですの?』とか言いながら」


 うわあ、想像できる。

 グラディが本気で戦ってるところを見たことがないけど、一緒に狩りをしててもすごく自然体で、いつの間にか獲物の方が勝手に倒れてるみたいに思えるもん。


「グラディがつきまとってて、すまないな。訓練とやらも詰め込み気味だろう。嫌な時は断っていいからな」


 そんな風に言われて吃驚した。

 とんでもない。ひたすら私が一方的にお世話になってるだけなのに。何の見返りもなくここまで親身になって教えてくれてるの、感謝しかない。

 そう言ったら何故か礼を言われた。


「あいつは……アレアぐらいの年頃の子に弱くてな。心配し過ぎて構い過ぎてうっとうしがられる。シェルリもあまり会話が弾むようなやつではないだろう? ありがとうな、二人と仲良くしてくれて」


 その言い方がまるでお兄ちゃん? いやお父さん? みたいで。

 手間のかかる弟妹か子に対するような親愛の情があった。

 未だにこの三人のことよく知らないままだけど、そういや家族とかいるのかな。……いなさそうではあるけど。

 多分聞けば教えてくれる。でも別に知りたいと思わない。

 その辺は人によるんだろうけど、私はネトゲで意気投合したPCのリアル事情とか知りたくないタイプだ。性別すら知りたくない。目の前にいるキャラアバターとゲーム内で遊んでる時の振る舞いだけが全てででいい。

 だからベルレ達のことも今、私に見せている面だけでいい。

 必要なら追加で教えてくれるだろう。


「グラディス教官は……とても実践的です」


 婉曲表現だがベルレには伝わったらしくて笑ってた。


「血生臭くてすまんな」

「でも、とても貴重な経験です」


 グラディにはいつかトゲ付きの肩パッドをプレゼントしたい。

 ベルレと二人で笑っていると、


「わたくしの噂が聞こえたような気がしましてよ!」


 帰ってきたグラディがドアをバーン! と開けて登場したので更に笑ってしまった。



 色々なパンを買ってきたグラディが昼飯用にスライスして焼いたり、チーズをガシガシ削ったりしているのを眺めながら、再びマジックバッグについて考える。


 うーん、アイテムウィンドウみたいなの開いて操作するのが私には判りやすいけど、どう説明したものやら。そもそもアイテムウィンドウってなんぞや。異空間内の物品をリスト化した本? 異空間って認識でいいんだよね。


 つかさあ、異空間内の倉庫にメイドさんがいてさあ、私が手を入れて物品名を言うと「これでございますね!」って渡してくれるの。

 良くね? 夢があるよね。声に出して言わなくても念波で通じるといいな。

 密林の倉庫内でピックアップしてるバイトがいると思うと途端に夢がなくなるけど。

 つまりAI? そういやこの世界って錬金術あるのかな。ゴーレムとかホムンクルスとか。共通語パックにはそれを示す単語がないんだよな。

 ということはこの世界にはない……というわけではなく。この共通語魔法ができた後に増えた概念や言葉は入ってないってことなんだよなあ。例の、辞書が更新されてない問題。

 うーん。そっか、小説とか読めば世界観というか、この世界の人々の想像力がどこらへんまで羽ばたいてるのか判るかも。


 結局マジックバッグ取り出し問題は引き続き要検討、先送りとなった。

 私がもうちょっとこの世界の常識を知った後なら色々提案できる……かなあ?



 シェルリを起こして昼食はパン&チーズ祭りだ。

 様々なディップやペースト、チーズ、バター、ジャム。パンスキー喜びの食卓。

 はあ幸せ。

 でもそろそろシェルリのキャンプ飯が恋しくもある。特に技巧がこらしてあるとかじゃないし基本、煮込みか炙り焼きなんだけど、早くも懐かしく思う。もしかしたら私にとっての実家のご飯なのかも。いやクルパンじゃなく。


 お昼の後はグラディ教官とシェルリに風呂場に連行された。

 風呂にはまだ早いのでは~、なんて呑気に思ってたらグラディが剣を抜いたので、ヤベェ系の訓練だこれ、と座り直した。


「痛みを止める練習をしましょう」


 その理屈は判る。痛みはそれだけで体力を奪う。他人を癒やすならともかく、自分の傷を治すためには痛みに慣れるか、止めるかしかない。慣れるのはご勘弁願いたいので止めるしかない。


 で。その、えっと。

 私はグラディの剣をチラチラ見ながら動悸が激しくなる。いやさすがにブッスリいくとか、そういうのナシですよね……?

 シェルリがおもむろに私の腕を取って、真横に水平に伸ばした。そのまま固定し、二の腕を強めに握り込む。


 待ってウソでしょう!? マジで??!


 ……マジだったよ。

 鬼畜教官、私の腕を切り飛ばしやがった!


「うぉあーッ!」


 いやさすがに叫んだよね。可愛くないガチ悲鳴を。

 血が一瞬ババッと吹き出して、切り離された肘の先が宙を舞う。スローモーションのように見えてた。その腕を空中でシェルリがキャッチ。シェルリが掴んだ瞬間、肘先の方の血が止まる。私の胴体側の腕の出血はとっくに止まってた。

 あれ、痛くないや。シェルリが掴んでいるところから先の感覚がない。

 先に神経ブロックされてた。


「では少し痛覚を戻しますよ」


 シェルリが掴んでいる箇所を更にギュッと強く握る。

 指が食い込むような感触。

 それと一緒にじんわりと痛みが届いた。いや、


「いっってえええわこれェ!」


 ドスの利いた悲鳴を遠慮なく上げたよ。ヤセ我慢なんて文化はねェよ! 苦痛を紛らわすためなら泣き叫いて転がり回るね! おかしな踊りも踊っちゃうね!

 うごうごと謎の動作をする私をシェルリが困惑顔で覗き込んできた。あまり表情が動かないシェルリがそういう顔していると私の方が心配になっちゃう。大丈夫です、気を紛らわせてるだけなので私は正気です。


 ……よし慣れてきた。ひとまず痛い状態に慣れたから考えよう。この痛みを止める。いてえええええ。止める。麻痺? でも痛みを止めたあとは治さなきゃならないから、感覚が消えるのはダメかも。いてえ。

 私が他人だったら。なんだそれ。私が私を客体視できたらいいのか。いてえ。そうだ、この世界、魂が証明されてるんでしょ。じゃあ、私の魂とこの体を一時的に切り離して、「私(魂)」が「私(肉体)」を修復して、それから戻ればイテエなあ!


 生き霊というか幽体離脱? 別に離脱しなくていいからパスを切るような感じで……あ、なんか遠ざかった気がする。よし。あっ、でも魔力が足りない。魔力使ってたんだ??

 私の様子を見ながら、シェルリがそっと手を離した。……おお、痛くない。痛みの記憶みたいなのはあるんだけど、痛くない。大丈夫。

 シェルリはその手を私の背中にあてて、魔力を注ぎ始めた。さっすがよくお判りで! 私は遠慮なく吸わせてもらう。


 腕をくっつける。

 腕はグラディが既に切断面を合わせて準備してくれていた。よし。くっつける……筋繊維とか神経とか血管を繋ぐんでしょう? 外科医でもないのに判るか!

 なんかこう、もっとファジーに、元に戻してくんねえかな。神様お願い! 無理か!


 ええと、元の設計図、遺伝子……あるよね? 遺伝子に書いてある通りに修復してくれ、この肉体を。神様! それなら通じる?

 あっ、すごい勢いで魔力が消えていく。どこに行くんだろう。背中からガンガン魔力を吸い上げて、全身に勢いよく巡って、それからどこかへ消えていく。

 ぇえ……? もしかして腕だけじゃなく全身を修復してる? そんな治すとこあった? 大きな傷もないはずだけど……てか遺伝子通りならこれ、私がもし遺伝子疾患持ってたら傷治すたびに復活するのでは。

 もしそういうのがあったら何かこう、いい感じに直しておいて神様。頼む神様。私はアホなので無理です。私の脳つか魂? には前世の情報が入ってるので、適当に参照してください。フルアクセス可!

 神を信じる! 自分を信じる! 私は私が信じる神を信じる!



 ……囂々と滝のように流れる魔力の奔流が落ち着き、いつも練習してる時ぐらいになった頃、私はそっと体に戻った。というイメージ。

 切られた腕の方をびくびくしながら力を入れていく。指先を動かす。動く。神経が通ってる。感覚がある。ぎゅっと拳を握り込む。動く。

 手のひらから魔力を取り込む。いつもの練習通り、シュッと腹まで入ってきた。

 いけてるんじゃね?

 ぐーぱーしながら血塗れの自分の腕を見る。断面は……判らないぐらい綺麗だ。つか肌綺麗だな。こんな綺麗だっけ?


 よっしゃあできたぜ! 課題終了!

 私は満面の笑みでグラディを振り仰いだ。

 グラディは過去最高のドン引き顔をしていた。なんで!


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