第23話 今はここまで!
それから。
結局、私が自力でダリオを襲撃することは無理だろうということで。うんいやまあ現時点では、という注釈をつけてくれたけど、いや無理じゃないかなあ……。
今のおっさんは完全に舐めくさっていかにギリギリで私を躱すか、という遊びをしている。
「嬢ちゃん、そりゃあしょうがねえよ。一応いっぱしの傭兵だった俺が嬢ちゃんみたいな素人にコロコロやられてたんじゃあ、お前の人生なんだったんだよってことになるだろ?」
「お前の人生犯罪者だったよね」
「うっ……嬢ちゃん、ナイフは刺さらねえが言葉は刺さるな」
なに詩的なこと言ってんだ。腹いせに腰から捻ってシュッとナイフで薙ぐ。かすりはしないが、今のは良かったと最近は評価も出してくる。
でもそろそろ切り上げ時だったのか。
ある日突然グラディが剣を抜いておっさんの足のロープを切った。
そして無言で仁王立ち。こわい。
ダリオは神妙な顔になると、膝をつき、子供を迎える父親みたいな体で両腕を広げ「よし、来い!」と言った。
……うん。ヤれっていうんでしょう?
正直、それ必要なの? って疑問はある。
でも……私はこの世界で生きていく上で、自分の価値観よりグラディスという人の判断を信じることにした。むろんベルレもシェルリも。
三人が私をどこへ連れて行こうとしているのか判らないけれど、例えそこがとんでもないところだったとしても、それならそれで楽しむさ、と思えるほど、私はこの人達が好きになっていたから。
そう。
これは……箱推しという概念!
私は深呼吸して、ナイフを強く握り、腹の前に引き付けて構えた。この姿勢で体ごとぶつかって刺すのが確実だってなんかで見た気がする。
「アレア、胸ではなく腹を狙うのですよ。胸はあばら骨に当たりますからね。腹は上手く刺せば長く苦しめることができます」
蛮族ぅ!!
若干気勢を削がれたが、私は呼吸を整え、力いっぱい地を蹴ってダリオに飛び込んだ。
ベルレのナイフの切れ味が良すぎるせいか、本当にするっと入るんだ。
でもジワジワと手元が濡れてあったかくなる。
頭上で呻き声がする。
「いやあ……前に姫様が言った、おっちゃんのせいで人生曲がった奴がいっぱいいる、ってのは……まあ……本当のことなんだよなあ……だから……神官さまに罪を減らしてもらえるなら……上等なんだよなあ……」
ダリオは顔を背け、ぐふっと咳き込んだ。荒い息に脂汗が滲む。
痛いよな、そりゃ痛いよなあ。でも腹刺したぐらいじゃ死なないよなあ。
私これトドメささなきゃダメかなあ。顔上げるのが怖いなあ。
「アレア、騙されてはいけませんよ。その程度のナイフ傷、この男には大した傷ではありません。ほら、酔った演技をしてないで一度死になさいませ」
そう言ってグラディはブッスリとダリオの肩口から縦に剣を突き入れた。
私が呆気にとられている間におっさんの体が傾いでいき、ナイフから抜ける。
血がピュッと飛んだ。うわあ、本当に飛ぶんだ。避けきれずにかかった。シェルリに心配かけちゃう。こういうときって余計なこと色々考えて気を逸らそうとするよね。
足元にダリオの死体が転がった。
初めて人を殺した。
殺したのはグラディとも言えるけど……でも私がやったんだ。これはそういう練習だから。
毎回べそべそと涙が出てくるの、イヤだなあって思うけど、やっぱり勝手に涙が出てくる。悲しいんじゃなくて、どう処理していいか判らない感情がぐるぐると渦巻いて、出しどころがなくて目から吹き出すような、そういう感じ。
「休んでいる暇はありませんわよ。はいもう一回」
グラディがダリオの尻を踏みつけた。ぐえっと声がして、咳き込みながらダリオが起き上がる。
あー………………うん……そう、そうよね……。
命とは……いや、うん……。
「すっげえ! まじでなんも痛くねえ! 完ッ璧に治ってらあ! さっすが巡回神官、バケモンだな!」
服を脱いで腹や肩を検分しながら、ダリオがすげえすげえとはしゃいでいる。もうグラディにひれ伏し崇め奉る勢いだ。
これからデスゲームがリスキルプレイにチェンジするんだけど……おっさん大丈夫? 覚悟はできてる? もしかしてそういうご趣味が??
勿論そんなこともなく、余裕かましていたダリオも四回目あたりから顔色悪くなってあからさまに元気がなくなっていた。失血のせいなのか精神的なものなのかは判らないけど、まあ両方よね……。
判ったことは、やっぱり私は弓矢とか魔法とか、遠距離でヤりたいです、ということ。
やっぱしんどい! ツラい! アレアがんばらない!
動物はお肉や素材だなって思えるけど、人間は食えないじゃん。
私の主張は判りやすいものだと思うのだけど、何故かグラディもダリオも引いていた。
「嬢ちゃん、その……もし食えるなら、食うんか?」
「そりゃあ殺す以上、食えるなら食うでしょう? 命をいただくっていうのはそういうことだと思う。でも人間の肉は体に悪いんだよ」
「食ったことが?!」
「ないけど!」
さすがにこの血塗れで宿に帰るわけにはいかず、グラディがシェルリを呼ぶことにした。グラディが腕を高く上げると、指先の間でチカチカッて光が瞬く。多分それが合図なんだと思う。
おっさんと私は血泥の中に座り込んでぼんやりしてた。
「おっさん、やっぱり流れた血は回復してない感じなの?」
「ん……そうだなあ……貧血気味ではあるなあ」
顎に手を当てて、しばらく考えてダリオは言った。やっぱり血は戻らないと考えた方がいいっぽいなあ。それにしてもおっさん、メンタルタフネスだよね。こんだけバカスカ殺されて、疲れてはいるけど平然としてるし。名うての傭兵なのは嘘じゃないのかも。
シェルリがやってきてとりあえず血の赤だけ落としてくれた。あとはちゃんと風呂入って洗濯だ。おっさんはフラフラしながらも自力で歩いて帰っていった。やっぱり強いなあ。
こうして私の第一回人斬り訓練は終了した。
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