第18話 平手打ち体験

 グラディ教官の訓練で面白かった? のは平手打ち訓練だ。

 でもグラディは悩んだらしい。私がおっさんにドツキ回されながら育ってるので暴力について精神的に不安定、つまりトラウマ発症するんじゃないかと。

 言っていい? 今更では??


「行う暴力と受ける暴力は、違うものですわ」

「やらんよりやっておいた方がいいだろう。どのみち俺達ではできん」

「シェルリなら大丈夫ではなくて?」

「私が打ったら首が折れる」

「そこは手加減なさいませ」


 本当だよなんでフルパワー前提なのよ。


「女がいいんだよ」

「それこそわたくしの出番ですものねえ……」


 教官曰く、女性から受ける平手打ちというのは、拳のパンチとはまた違う味わいがあるのだそうだ。

 あの……それって業界のお話じゃない……よね?


「まあやってみましょうね」


 グラディと私は向かい合わせに座った。いきますよ、とグラディが声をかけて、私の頬をぺち、と可愛く叩いた。

 私がキョトンとしていると「こういう感じで強くいきますよ」と言われる。

 なるほど。私は頷いた。

 そしてきっちり歯を食いしばれと指示され、そのようにする。

 そこまで? と思っていたらだしぬけに「パァーーーーン!!」ともんのすごいイイ音がして、視界がぐりんと横向いた。

 遅れてジーンと頬が痛み出す。……痛いは痛いけどそんなめちゃくちゃ痛いわけじゃないのに、勝手に涙出てきた。うおっ、なんで?!


「ぇえ……?」


 レジェンダリーな少女マンガのヒロインよろしく叩かれた頬に手を当てて涙目になる。うわあ、本当にこういうポーズになっちゃうんだ。


「な? 女に平手打ちされると妙な屈辱感というか、変な精神ダメージ入るだろ」

「慣れるとお可愛らしいこと、と微笑ましく思えてくるのですけれどねえ」


 グラディが頬を押さえた私の手の上から更に手を重ねる。すると痛みがスッと消えた。あ、治癒魔法だ。

 な、なるほど。確かに妙な屈辱感が……これ訓練だって宣言されて、信頼してるグラディだからまだしも、ヤな女に突然やられたら秒で逆上しそう。冷静になれない時点で負けじゃん。


 その後は叩かれたらすぐ叩き返す、という謎の訓練をした。女同士の喧嘩で必要だからと。いやその前提からして謎なんだけど?!

 訓練だからってグラディの顔を引っぱたくのはとんでもねえ抵抗があったよ! でも教官の命令なのでしかたない。どうせ子供の腕力じゃ大したことないし。そう思ってたけど意外と私は力が強かったみたい。教官にいいインパクトですわ! と褒められた。

 あの、本当にそういう業界じゃないんだよね??



◇ ◇ ◇



 そんなこんなの短い旅も終わり、第三村が見えてきた。

 村に入る準備がこれまた大変だった。


「シェルリが貴族のご夫人、わたくしが侍女、アレアがメイド、ベルレが護衛騎士でよろしいのでは?」

「何故夫人なんだ」

「アレアをスカートの中に忍ばせるためですわ」


 あの傘みたいに広がるドレスのスカートを想像していいのかな。

 そりゃ潜り込めるだろうけども、見上げたら見ちゃいけないものが見えたりするんじゃないでしょうか。


「だったらグラディが貴族の我が儘令嬢、シェルリが護衛騎士、アレアが侍女、俺が御者でいいだろうが」


 そんな顔が良くて謎の貫禄がある御者って不自然じゃない?

 あとさりげなくdisが入っていたような。


「グラディとベルレが貴族夫妻、アレアがそのご令嬢、私が護衛兼側仕え」

「それでは動きがとれませんわ」


 等々。すったもんだの末、結局私がご令嬢、グラディが侍女、ベルレが執事、シェルリが護衛、という配役になった。

 いや私がご令嬢って。

 ないわー、と思ったけどちゃんと理由があった。

 私が使用人格だと軽く扱われて危険だから一番高位に配置するんだって。そして私を口実にして三人が自由に動く、と。理由を説明されたら納得した。


 でもそんなご令嬢衣装の用意があるの? 案外なんでも積んでる馬車だけどさすがに衣服はなかったような……と思ってたらあったわ、もう一つのロッカーが。

 そう、シェルリの剣の鞘が。

 シェルリが剣から色々と衣装を引っ張り出してくる様は最高にイリュージョンだった。

 さすがに子供用のドレスはなかったので大人用のスカートを裾上げして、上半身はマントで隠して、改めて村で買うことになった。

 というか、村にドレス売ってる店なんてあるのかな? と思ったら、第三村はもうほとんど町なんだそうだ。


「第三村の名の通り、その年の開拓計画の三番目の村だったのですけれど、第一と第二は魔物に襲撃を受け、第三だけが生き残ったのですわ。その験担ぎをして今も名称を変えていないのです」


 なので町に格上げしても第三村町とかになりそうですわねえ、とグラディ。

 しかし……魔物被害激しすぎでは。もっと兵力を用意するべきなのでは。

 でも自分の出身村を思い返すと用意しても十全に機能するとは限らないのか。

 八帝国間で戦争なんて起こらなさそうだし、この世界というか八帝国での軍事力って主に対魔物戦だよね。そんな手が回らないほどあちこちで魔物と戦ってるのかあ。兵隊の数が少ないのか、単に弱いのか、腐敗してるとか?

 うーん、でもこの国の広さとか人口規模とか知らんしなあ。勝手な憶測は止めておこう。


 村の手前で馬車を止めて、全員で体裁を改めた。

 私はさる大商会の会長の孫で、今回非公式に第三村の視察という名目の体験学習旅行に来た、という設定。らしい。

 貴族のご令嬢だとちょっとね、私の振るまいがね、無理だと思うからね。


 そういや貴族ってどうやって身分証明するんだろう。貴族同士なら家名で通じるとしても、いや家名は正しくても会ったことない人だったら本人かどうか判らないじゃん?

 そう思って聞いたら、一応紋章があって、それを刻んだ物品を携帯しているとのこと。指輪とか、メダルとか。

 それが本物かどうかを目利きするのもまた貴族の教養なのだそうだ。


 もっとも、自分を貴族と認知しないところでわざわざ自分から貴族でございみたいな名乗りはしないんだとか。必要なければ名乗らない。

 でも無礼な態度取られたらどうするの? ってそれは単に相手が無礼な人というだけだった。そういえば不敬罪がないんだっけ。


「勿論、お仕事の時は名乗りますわよ。でも私用の時は名乗りませんわね。名乗られても、だから何? って感じではありませんか」


 そうなのか。なんというか、貴族側にも特権意識みたいなのはないんだな……。いや勿論そういう意識の貴族もいるんだろうけど。

 そして少なくともグラディは絶対貴族だと思う。確かに名乗られても困る。知らないままでいたい。


 お喋りしてる間も手を止めず、三人は着替え終えた。グラディはシンプルなジャケット付きワンピースに、長い髪はコームとピンで綺麗にまとめてアップにしている。うなじが眩しい。

 知ってるぜ、夜会巻きっていうんだ。何がどうなってその形で固定されてるのかサッパリ判らないやつだぜ。

 ベルレもシンプルなスーツだった。ストレートのトラウザーズは何の変哲もないけど、ジャケットの丈が長い。そのせいかちょっとヴィジュアル系バンドに見えてしまって、ブフッと口の中で噴いてしまい胡乱な目で見られた。

 シェルリは何着るのかなと思ったら、いつも着ている神官服の上に生成り色の薄い生地のマントを巻き付けた。護衛は護衛でも騎士ではなく冒険者テイストのようだ。


 シェルリが御者になり、出発する。

 そういえばなんの用事があって行くんだろう。

 そう問えば車内の二人は説明に困る、という顔をした。

 シェルリもそうだけど、こういう時、この人達は私に対して適当に誤魔化したりはしない。私が問えば納得するまで説明してくれるし、言えないことは言えないとはっきり断って、言えない理由も述べてくれる。こういう面では子供扱いはされない。……いや、子供扱いされたことあったっけか。グラディに時々抱っこされて運ばれる時ぐらい?


「直接見て確かめたいことがありますの」

「アレアをセルバに送り届けてから向かおうと思ってたんだが……ちょっと時間が足りなくなった。だから俺達の都合に無理矢理アレアを付き合わせているんだ。すまないな」

「その分楽しいことをしましょうね! 村ですからきっと盗賊の情報もありますわよ!」


 それ楽しいのグラディだけだよね?!


 時間を足りなくしたのはグラディなんだと思う。前に言っていた、私に同行して欲しいという思惑から。

 第三村に何があるのか判らないけれど、安全だけは確保してくれると信じてるから、素直に楽しみにする。



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