第19話 セレブ宿じゃないですか
村は防壁で囲まれて……はなかった。
背の低い木が生け垣のように植わっているのが囲みといえば囲みだろうか。
聞いてみたらあの木はセルコといって葉が硬くギザギザと尖っており、なおかつ魔物的にはイヤ~な臭いがするんだそうだ。なんだその対魔物特化植物。と思ったら国立の研究所でそういう品種改良的なことも長年やってるそうで、その成果物なんだそうな。へーへーへー。
「でも小さな魔物や弱い魔物はすり抜けることもありますし、大型の魔物や強い個体には効きませんわね」
一番下と一番上には効かないらしい。それでも十分だよね。弱いのは人が退治できるし、強いのはもうそんな生け垣あろうがなかろうがハナから関係ないだろう。
こんもり植わってるセルコの切れ目に村の出入り口があった。道の左右に丸太をドーンと二本立てて門構えとし、傍らに監視小屋と物見櫓がある。
二、三の馬車が並んでいるが列なすほどではない。お馴染みの面子なのか手続きはサクサク進んで、すぐ私達の番になった。
検問だから荷を検めたりするのかなと思って、せいぜいお嬢様っぽく荷台でキリッとして待ってた。けど、ベルレが出ていって門番の人と少しやり取りをしたら、それだけで私達の馬車はなんなく村へ入っていった。
「荷の検査とかしないんですか?」
「ベルレが紹介状を持っていますから」
信用があるらしい。
何の、どこの紹介状か知らんけど。
ますます正体が判らないなあ。でも判らんでもいいかなと思っている。
身分とかどこの誰とか明かされても、この世界でそれがどういう意味を持つのか私にはサッパリ判らないし。できればそういうの関係ないままでいたい。
ぶっちゃけめんどくさいじゃん……。
これまで一緒に旅をした、私が知ってるベルレって人だけでいいじゃん。
グラディもシェルリもそう。多分だけど三人ともそれでいいって思ってくれてるように思う。
後部パネルの隙間から村を垣間見た。
門を入ってからすぐのメインストリートは、なるほどほとんど町だ。
建物は木造だけどしっかりしてる。あえて例えるならアメリカ西部開拓時代、ウエスタンなムード。
並んだ店や家は軒を連ねてその下が歩道になっている。なんだっけ、雁木通りだっけ。あれは豪雪地帯で雪が積もっても移動経路を確保するためのものだけど。台湾の騎楼の方が近いか。
馬車が行き交うから道幅は広い。
見ていて思ったのは意外とカラフルだなってこと。柱の一部とか手摺りとか、ちょこちょこ色の付いた塗料で鮮やかに塗られている。もちろん建材自体の色を生かした建物がほとんどだけど、ゴージャスに壁全体を白く塗ったお店とかある。
と、思ったらその白壁の建物の前に馬車が止まった。
ベルレが荷台に階段をかけ、グラディに先導されて降りる。階段久々に見た。もう最近は飛び降りる&よじ上るだったから。
グラディのスカートに半ば隠れながらウッドデッキを歩いて行くと、背後でシェルリと馬車が出発した。裏手かどこか、馬車置き場にもって行くのかな。
看板みたいなものはなかったけど、雰囲気からして宿なんだろうな。ナントカ亭みたいな。
店内に入ると、外から想像してたより広かった。奥に大きい建物だったみたい。
ロビーは広々としていて食事処を兼ねているらしく、テーブル席が並んでいた。ポツポツと人が座っていて、それぞれ寛いでいる。
グラディがカウンターの方へ行くと、一人の老爺がすっと近付いてきた。
小柄で、いかにも好々爺といった穏やかそうなお爺ちゃんだ。身なりもシティカジュアルっぽくて町の人って感じ。布で肌を覆っていればなんでもいいみたいな蛮族の世界から来た私には眩しい。
「ご案内します」
お爺ちゃんが一礼して先導する。グラディは軽く頷いて、私の手を引いて後をついていく。
ベルレはカウンターで何か書いていた。宿帳かな。カウンター内の女性従業員があからさまにポーッとしてて、あー……ってなった。
ロビー兼レストランのフロアを抜けて奥へ行くと、繋がったベランダみたいな渡り廊下があちこちに続いていて、そのうちの一本を進むと建物の一番奥の棟に着いた。
お爺ちゃんがドアを開けて中に入る。しばらくしてどうぞ、と案内された。
中は暖炉の前に大きなソファセットがドーンと置かれた広い客間で、壁際に階段があった。メゾネットタイプらしい。
壁は木目も美しくよく磨かれていて、ところどころに様々なデザインのタペストリーが掛けられていた。絵でも飾ってそうなところにタペストリーがある。そういう文化なのかな。
別荘地のオサレカントリースタイルって感じですごくセレブな空気だ。
うわーい、すごーい、きれーい、ステキー! という感動と共に「でもお高いんでしょう?」と思ってしまう庶民マインドの切なさよ。
……いや実際お高いんですよねきっと。聞かないけど。聞きたくないけど!
私が室内を眺め回している間に荷物を持ったベルレとシェルリが追いついてきていた。ドアを閉め、荷物を持って二階へ上がっていく。
「アレア。この方が一応、設定の上ではアレアの祖父よ」
グラディが案内してくれたお爺ちゃんを示して言った。
えっ……つまり大商会の? 実在したの?!
「セレステ商会のペロ・ルフィノ・フィエールと申しますじゃ。今は息子が切り盛りをしておりますで隠居みたいなものですが、どうぞよろしくお願いします、
目線を合わせるためか私の前に片膝をついて、お爺ちゃんはそう挨拶した。
私も慌てて挨拶を返そうとして、ハッとする。令嬢的な挨拶なんて判らねえ。
困ってグラディを見上げると、
「事情は話してありますので大丈夫ですよ」
「アレアですよろしくお願いします!」
よかった。元気にご挨拶だ。
「えーと……」
ペロさん? フィエールさん? どこを呼べばいいのかな。多分この世界、ファーストネーム、ファミリーネームの順だとは思うんだけど、真ん中はなんだろ、セカンドネームでいいのかな。
「どうぞペロと気軽にお呼びください。……と言いたいところですが、ペロもフィエールもたくさんおりましてな、爺のことはルフィノとお呼びくだされ」
お爺ちゃんはニコニコしてそう言った。オッケー、ルフィノ爺ちゃんだ。
ちなみに名前の並びについては後で教えてもらったのだけど、やっぱり個人名、家名の順だった。
じゃあ真ん中はなんなの、というと、個人名が他人と「被った」時のための追加分ということで、平民も通常セカンドまでは用意するそうな。
昔の偉人にあやかったりご先祖様から名前をもらったりする貴族は被りやすいのでサード、フォースまで付けることもあるそうで。当然貴族の教養として全部覚える。ヒエッ。
「わたくしの場合はソールミラが追加分ですわね。アレアももう一つ名を考えておいてくださいませ。冒険者登録をする際に必要になりますわ」
マジか。†月無き夜の狩人†とかそういうノリで付けたらダメだよな……。
ルフィノさんが退室して、私は大きなソファに埋もれた。いや比喩じゃなくて。軽い気持で腰を下ろしたらずーんと沈み込んで、しかも座面も大きいからもう立ち上がれない。ファー。
「今日のところはお部屋で休んで、明日ドレスを買いましょうね」
グラディは暖炉横の備え付けキッチンスペースみたいなところで薬缶を火にかけてお湯を沸かし、お茶を淹れた。いい香りが室内に漂う。
四人分のカップに注ぎ分けていると、二階からベルレとシェルリが降りてきた。
そのまま四人でソファに座り、休憩。
「随分建物が増えたな」
「開発が軌道に乗ったのでしょうね」
ベルレ達は前にも来たことがあるらしい。昔の第三村の様子とかを聞きながらまったりしていると、夕食が運ばれてきた。
揃いの服に白いエプロンの従業員達がワラワラとやってきて、奥の窓際のスペースにテーブルを出し、クロスをかけ、運んできた食器を置き、料理を載せたワゴンを置く。
「給仕は結構。ご苦労」
ベルレが冷酷そうな執事面で言うと、一礼して帰っていった。嵐のようだった。
というか、夕食には早いような?
「明るいうちに通りを眺めながらゆっくりいただきましょうね」
そう言ってグラディは椅子をひいてくれた。ぬおー、これ苦手なやつ。
なんかつい膝カックンされそうな気がして怖くない? 勿論プロは流れるように椅子を押してくれるんだけどさ……ポジションは自分で決めさせてくれー、って思う。
「練習ですわよ」
私の内心が教官にダダ漏れしていて、めっ、と可愛く怒られた。可愛い! すごい可愛い! なんだその可愛いのは。
私がハァハァ萌えてる間にベルレとシェルリはさっさと料理を取り分けて、片手に酒瓶がスタンバイしていた。今まで我慢してたんだな……。
料理は、料理だった。
何言ってんだお前って感じだけど、いや料理なんだよ。
ちゃんと仕事がされているというか。
シェルリのキャンプ飯に何ひとつ不満はなかったし、むしろまともな飯はここだけ! と思い込んでたふしがあって。
くたくたになるまで煮た味のしないとろける野菜だとか、謎の油で揚げたとしか思えない謎の物体やっぱり味がしないとか、見た目に原料がサッパリ想像つかない泥とか、そういうのに遭遇するんじゃないかなと思ってたんだけど、んなこたぁなかった。
葉野菜サラダのドレッシングは柑橘系の香りと酸味が爽やかで食欲が増す。
獣肉と豆の煮込み料理は丁寧に脂を取り除いてあって優しい味だし、付け合わせの野菜も口の中で潰せるぐらい柔らかいけど味も香りもある。
パンは久しぶりに見たクルパンだったけど、薄切りをカリッと焼いてガーリックパターみたいなものを染み込ませてあった。クルパンのくせに美味い。
他にも白いパンや甘いパン等、小さめのパンが盛り合わせてあって、ジャムやクリームもあって、もうお腹一杯です。
食べるのに忙しくて通り見てる余裕なかったわ……。
食事の後は備え付けの風呂に入って、すぐ眠くなったので寝た。
風呂はちゃんとバスタブがあった。
外に通じるドアがあって、なんでやと思ったら本来なら従業員が支度をしておいてくれるのだそうだ。でも私達は他人にあまりいて欲しくないので自前で用意。
フルオープン野外盥風呂に慣れてたから、壁があるのが新鮮だった。ちなみにシャワーもあった。天井近くのタンクにお湯を貯めて水圧で流すシンプルイズベストな構造。貴族とかお金持ちとかだとシャワー専用の使用人がいて、その人がお湯を足し続けるのだそうで。人間給湯器だ。
ちなみに風呂は一人で入った。一人で! 初めて!
てっきりグラディと一緒に入るんだと思ったら、せっかくだから一人でゆっくりどうぞ、って。お湯だけ用意してくれた。今世、初めての一人風呂だった。
そうはいっても特にゆっくりしたいとも思わなかったから一通り済ませてさっさと出たよ。後の順番もつかえてるしね。と思ったらグラディとシェルリが二人で風呂場に消えた。一緒に入るんかーい。
「シェルリが湯を出すんだよ」
「ああ、そういうこと……」
ちなみにベルレは一人で入った。
二階はなんと土禁だった。
階段を上がっていくと玄関みたいに段差があり、靴を脱いで一段上がる。
床はツヤツヤの板間で、手前部分の壁際にクローゼットがあったり、鏡台があったりする。身支度するスペースなんだろう。
その奥に寝室がある。衝立で目隠しされていて、床にはフカフカの絨毯が敷かれていた。足裏が気持ちいい。
長方形の巨大なマットレスが二カ所置いてあり、その上に布団が二組づつ、合計四つの寝床があった。……普通にシングルサイズのマットレスを四つ置けば良かったのでは。何かセレブ的意味があるんだろうか。
風呂に入った時点で私達は既にいつもの半裸だったので、肌着だけ身につけてベッドにダイブだ。マットレスは藁でも詰まってるような感触だった。沈み込むような柔らかさはないが固いわけでもない。荷台に作ってもらった毛皮敷きの木箱ベッドの方が好きかなあ。でも広いのはいいな。360度ぐるっと回っても誰にも迷惑かけないぐらい広い。
私とグラディ、ベルレとシェルリに分かれて就寝した。
ハッ、初めての本格的なベッドでは?!
私、今、宿に泊まってベッドで寝てる!
出世したなあ……いや人様のお金なんだけど。
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