第17話 コーヒーモダマブレイク

 平気だと思ってたけどやっぱりどこかでストレスだったのか、その日の夜はあまり食欲がなかった。

 シェルリが野菜だけのスープにしてくれていた。本当に優しい人だと思う。でもベルレの椀にだけ私が作ったすり潰し肉ブロックを突っ込んでたから微妙。

 挽肉通り越して粉肉になってたからスープの色変わってるし……。


 食後は焚き火を囲んで少し長めのお喋りをした。

 焼き菓子とコーヒーをお供に。


 丸めた生地を串に刺して手に持って火で炙る。見た目は焼きマシュマロといった趣き。生地は焼けると大きく脹らんでもちもちしたパン状になる。

 焼けたら香り付けしたシロップが入った缶に漬けて、シロップを染み込ませて食べる。串カツのソース状態。二度漬けは禁止、というよりシロップがガツンと甘いので二度も漬けたくない。むしろ染み込む前にサッと表面だけ潜らせるのがちょうどいい。

 他にはハーブ塩を振ったり、脹らんだのを潰して更にパリパリに焼いて煎餅みたいにして食べる。私はシロップで一つ食べた後はパリパリ煎餅派。


 コーヒーは本当に知ってるコーヒーの味と香りで驚いた。

 ただし原料は違う。褐色の平べったくてすべすべした巨大な豆で、モダマみたいだった。ワクワクするほどデカい。

 この豆を串に刺して直火で炙り焼きにする。コーヒーっぽい香りが立ってくるので好みの焙煎度合いで止めて、砂糖と一緒に沸騰した湯に入れる。デカいので鍋を使う。鍋をかき混ぜて黒く濁ってきたら出来上がり。

 この時かき混ぜずに静かに沈めて待つとか、湯の中で砕くとか、そもそも焼く前に表面をナイフで切っておくとか、色々好みや流派があるんだそうだ。


 そういえば砂糖は別に高級品ではない。

 それはここが最強農業チート国クルトゥーラで作物関係は安定供給されているから。植物系無双ですよ。土壌成分とかどうなってんだろうな。

 植物油もお手頃価格で流通してて気軽に使えるから揚げ物料理も色々あるそうだ。村に着くのが楽しみ。でも料理が面倒だからクルトゥーラの庶民は大体買い置きのクルパンで済ませちゃうんだって。そこは頑張れよ……!

 食料輸出してる分、塩を輸入してるから、どちらかというと塩の方が値段が高いそうだ。


 昼間の血祭り生き埋め(推定)事件で気になったけど、この世界の司法はどうなってるんだろうと思って聞いてみた。

 基本的に犯罪者はその場で殺していいそうだ。

 いや殺意たっかいな!?


「そうはいっても普通の民家で殺し合いなんてしないからな、自警団や駐屯してる領兵に通報する。あとは程度感ってもんがある。そのあたりは土地による」


 犯罪とされるガイドラインは一応、国から提示されている。殺人とか強盗とか、聞けばそりゃそうですよねと納得するようなラインナップのやつ。

 待てよガイドラインかよ! 法はないんかい! と思ったら一応あるみたい。でも国法はここクルトゥーラではざっくりした指針みたいなものなんだと。

 面白いのは王家や貴族に対する不敬罪みたいなのは別になかった。


「じゃあ王家の悪口とか言ってもいいんです?」

「言ってもいいがその姿が他人にどう見られるかは自己責任ってことだ。あと聞こえるところで言ったら殴られるのは王族も貴族も市民も同じだからな」


 なるほど。個人の品位や信用の問題になると。そして殴られるんですかい。

 話が逸れたが、犯罪行為の範囲やその量刑なんかはかなりの部分で領主や集落の長の裁量に任されているとのこと。

 えー、そんなん領主が悪いやつだったらやりたい放題なのでは。


「国の巡察使が巡回している。巡回神官も巡察使を兼任することがある」


 じゃあその巡察使を賄賂とかで抱き込めば……と思ったら、国じゃなく「帝国」からの巡察使がシークレットご訪問することもあるらしく、一晩で上層部が総入れ替えになるサプライズも起こるそうだ。帝国こええんだけど。

 しかしそれでも腐敗にチャレンジする人々は絶えないそうで、浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ。人間はしょうがねえなあという感想。


 そしてベルレとグラディは巡察使の位を持っていた。

 やっぱりエライ人だった?!


「ベルレ様とかグラディス様って呼んだ方がいいの?」

「構いませんわよ。わたくしもアレア様とお呼びいたしますわ」


 エセ令嬢ごっこがまた始まりそうだったのでこの話題は流した。


 地理のことは前に少し聞いたから、社会構造が知りたかった。

 政治体制とか。やっぱり専制君主制なんです? とか。

 どう聞いたらいいだろう。エライ人は誰ですか? みたいなアプローチかな。


「村で一番エライ人は村長。町で一番エライ人は町長。その上は領主様で、その上が王様?」

「偉いというのは少し違うが……統括責任者はそうだな」


 区分としては町の上に更に市があった。市長あたりから貴族が務めるようだ。

 貴族にはいわゆる爵位がなかった。家名で判るそうだ。家名で判らんような教養足りないヤツは相手にされない世界。マフィアみたいなものだと思う。多分。


「ウィクトレアは爵号を使っておりますわ」

「ああ、そうだったな。あそこは好きだよな、そういうのが」


 ウィクトレア王国はここクルトゥーラ王国の北にあるメイディース王国の、更に西にある。

 でも八帝国全体で基本的に貴族はその家名で知られているし、貴族間では別に階級はないそうで。勿論、家系や属する派閥、親族や姻戚関係、経済規模の違いなんかで力関係は発生するし、影響力の大小はあるそうだけど。


 色々聞いてるとこの世界の貴族は……すごく……「会社」だなあって思った。

 世界規模の大会社の社長も町の商店の社長も肩書きは同じ「社長」みたいな感じで同じ「貴族」というわけだ。そうはいっても同じじゃないよね、ってアレ。

 貴族位に対しての国からの年給とかはない。何だそれ? って顔された。

 あ、宮廷貴族はその役職に対して報酬が支給される。

 つまり公的な身分階層は概ね平民、貴族、王族の三つ。

 奴隷制度はあるが主に犯罪者に対する刑罰の一種だった。


「そりゃまあ金銭的もしくは物理的に縛ってこき使うような例はあるが。バレたら指導が入るし、虐待は犯罪だ」


 私の場合は開拓村のそのまた更に村外れの一軒家のことだから発覚しなかったんだろう、とのこと。

 本来は村長が監督しなければならないそうだけど……まあ万事細部まで行き届くことなんてないわなあ。そのうち村が広がって隣家が近くに建ち始めたら状況が動いたのかもしれないけど。

 村のことは既に記憶の彼方であんま覚えてねえや。このまま忘れてヨシ。



◇ ◇ ◇



 ベルレはマジックバッグの製作を本気で考えてくれているらしく、休憩時や夜、回路図みたいなのを書き散らかしていた。

 そういえばこの世界、紙は普通にある。ついでに本や新聞も広く普及しているとのこと。そりゃ識字率百パーセントだもんなあ。

 何らかの理由で子供の頃に共通語の魔術を受けられなかった者も、それこそ神殿に出向くと無料でやってくれるし、むしろバレると領兵に捕まって無理矢理にでも頭に刷り込まれるらしい。絶対に読み書きさせるという強固な意志を感じる。と思ったら、これはガイドラインなんかじゃなく国法で定められているし、代々の王の勅令としてかなり厳しく命じられているのだそうだ。

 珍しいよね、君主制貴族制の政体なら平民なんてアホでいて欲しいだろうに。


 いやそんで回路図の話。これを整理して清書した形が魔法陣らしい。ちなみに魔法陣という呼び方は俗語だった。

 ベルレは呻ったり歩き回ったり突然ポーズを決めたり横になって腕組みしたりとプログラマーあるあるの奇行を繰り返していたので、申し訳ないなあと思っていたのだけれど、モノ作りは楽しいそうで、いい課題ができて結構ですよとグラディは笑っていた。


 しかし回路かー。見ててもちんぷんかんぷんだ。やっぱり魔道具作りって難しそう……。諦めはしないけど、どっか弟子入りとか学校とかで学びたいなあ。

 ベルレは教えてくれるって言うけど、現状その前段階のレベルだわ。初心者向け教本とか読んでまずベルレが言ってることを理解できるようになってからのお話じゃない?


 そういう訳で、道中はシェルリと魔法の基礎訓練を、グラディ教官と狩りやぶつかり稽古をした。本当にぶつかり稽古。目的は悪人に襲われた時いかに逃走の機会を作るか、なんだけど、


「せっかく今は身長が低いのですから、積極的に急所を潰していきましょうね!」


とイイ笑顔で拳を振っていて、ベルレが嫌な顔をしていた。


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