第16話 死体

 なかなかに逞しい足だなあって思った。

 肌にハリもあるので結構若いのかも。ひきつれたゴツい古傷がある。軟派なチンピラじゃなく筋金入りの荒くれ者か。


 よくよく周りを見ると地面に掘り返してまた埋めたような形跡があった。

 他の仲間は既に「処理済」というやつなのかな……。

 焼却しないで埋めちゃうんだ? とちょっと思ったけど、人間を焼き尽くす火力を出すより埋める方が楽だったとか、そんなとこなんだろうな。

 もしくは土葬文化か。むしろそっちか。


 盗賊かー。そういうお約束も踏襲されるのかー。

 そりゃいるよなあ。前の世界だっていた。基本方針は逃走としても、冒険者になれば仕事として戦う場面も出てくるだろう。身を守るためには戦わなきゃいけない時がある。それは魔物だけじゃない。人間だってそう。敵は選べない。


 普段は安全な町で暮らして、旅はがっちり護衛付きで、ってな感じでお貴族様みたいに暮らせたらいいんだろうけど、こちとらむしろその護衛の方に従事しそうな立場だもんな。

 ヤれる。私はヤれる側の人間だ。

 これは人じゃない。盗賊という種別の魔物。

 私が顔面蒼白になってプルップル震えてると、グラディが気付いた。


「まあ! 大丈夫ですわ、今日のところはアレアは見ているだけで結構ですよ。でも覚悟を決めようとしたことには敬意を表します」


 そ、そうなの?

 くそう、ちょっと安心してしまった。ダメだそんな心弱いことでは。


「せっかく覚悟を決めたんだ、切りつけるぐらいやってみるか?」


 ベルレがポン、とナイフを渡してきた。あまりにも普通の様子なので私も普通に受け取る。日常のワンシーンのように。

 でも足元では「んーッ! むぅーッ!」と必死の呻き声がしている。猿ぐつわでも噛まされてるんだろうな。人間だと認識してしまったのでちゃんと人の呻き声に聞こえてしまう。


「ならもう少し静かにさせましょうか。シェルリ……は見ておりますね」

「見ている」


 シェルリはいつの間にか少し離れて、私達全員が視界に収まるような場所に立っていた。実にめんどくさそう。

 おもむろにグラディが袋の中央付近、おそらく腹のあたりに剣を突き立てた。

 サクッと。何のてらいもなく。

 激しく呻き声が上がり、袋が暴れる。剣を刺したところからみるみる真っ赤に染まっていく。鉄臭い。地面も濡れてきた頃、時折びくびくと痙攣するだけで、静かになった。


「アレア、切ってみますか? その太腿ですと刃が入るところが見えますし、それが嫌でしたら袋で覆われているところを刺すとよいでしょう。武装は剥がしてありますから、どこを刺しても刃は通ると思いますよ」


 完全に教材扱いで、授業のように淡々と指導される。

 でもそのブツは人間だ。

 それも医者のように救うために切るんじゃない、最終的に殺すための練習だ。

 私はナイフを握ったまま、目をしょぼしょぼとさせて立ち尽くした。


 ……多分さ、抵抗感があるのは今だけで、刺してしまえば「なーんだ、この程度か」ってアッサリ乗り越えられると思うんだ。でも私はこの心理抵抗が人として大切なことだって叩き込まれる世界の記憶がある。

 どうしよう。怖い。

 人を傷付けるのも怖いし、おそらくウサギを初めて殺した時より大したことないだろうなって判るのも怖い。


「あら、もう死んでおしまいになりましたわ。お早いこと。きっとあちらの方もお早いのでしょうね!」


 今この瞬間発生した「死体」を前に、流れるように下ネタ挟まれてどんな顔したらいいの。


「シェルリ、『戻して』くださいな」


 グラディが死体から剣を抜いて、シェルリに振り返る。シェルリは面倒そうに歩み寄ってくると、死体の肩のあたりを踏んだ。

 途端、ビクン! と死体が跳ね上がる。そして上がる訝しげな、そして必死な呻き声と、激しく暴れ出す体。


 生き返った。


 ウオオ生き返った?! リザレクション?!

 ハッ、神官だから?!

 アリなんだそれ!

 チートかよ! 私にはないチートが全部現地にある!


「生き返った!」


 普通に叫んでしまった。

 いやだって魔法と言ってもこの世界特有の神力エネルギーを利用したまあなんというか一応カラクリがある技術だと思ってたんだわ。

 でも蘇生は違うじゃん? このエネルギーで操作できるってことは命とか魂とかいう概念が概念じゃなくて確かに存在しているということで、それを把握できてるってことじゃん? 何言ってんだか判らなくなってきた。

 とにかく、存在が証明されてるんだこの世界では!

 「魂」が! 二十一グラムが!


「シェルリの視界で命を手放す権利は個々にはございません。シェルリの管理下ですわ。わたくしも蘇生はできますが……面倒ですわ」


 グラディはそう言ってまた足元の袋を剣で刺した。袋が暴れて、赤に染まった範囲が増して、じき動かなくなる。

 動かなくなった袋を今度はグラディがつま先で蹴飛ばす。

 するとごぼっと濁った水音や咳き込む音と共に、また呻り始めた。

 リアルリスキルを目の前で見せられている。えぐい。


 ……この時の私はひたすら泡食ってただけでいつにも増してポンコツだったけど、後になってよくよく考えてみたら、それ、よく知ってた。

 そう、あらゆるゲームで繰り返したじゃないですか。

 後ろのプリーストが元気でいる限り、前衛に死ぬ権利はない。

 生殺与奪は回復職に握られている。結局、そういうこと……だと思われ。

 この神官達は視線が通る範囲なら自由に蘇生魔法撃ってくるってことだろ。踏んでたけど。


 ちなみに蘇生は対象の肉体に触れる必要があるんだそうだ。でも蹴っても踏んでも「触れてる」からOK、という判定がこの世界らしいと言えばらしいのか。

 あと蘇生不可能な状況もそれなりにあるそうな。さすがに制限があった。

 だがこういうリスキルムーブは自由自在と。

 神官怖ろしい……ガチやばい。後ろにいてくれたら頼もしいけど敵にいたら絶望する。ヒーラーから殺せ。あれは正しかったんだなあ。


「この男は隣のセルベラ領で賞金首に指定されておりましてね、このカルレオン領に逃げ込んだ時点で国家指定の賞金首に格上げされましたの。魔物の襲撃を受けた村に混乱に乗じて侵入し、まああらゆる悪いことをなさっては逃げる、という活動をしておりましたのよ」


 グラディはそう言ってまたブスブスと剣で適当に突き刺した。

 どの業界でも明らかに拷問である。


「先日、移民団にお会いしたでしょう? あの方々の村も被害に遭われましたの。聞き取りをするのがとても心苦しかったですわ。わたくしその時に、いえ他の村でもお約束いたしましたのよ」


 グラディが袋の頭部を踏むと、また元気になった。


「楽には死なせない、と」


 地面はすっかり黒く濡れて、袋はもう真っ赤になっている。

 体外に流れた血液って回復や蘇生でどういう扱いになるんだろう。ファンタジー魔法回復ってそこがいつも疑問だったんだよね。傷口は塞がっても失った血液はどうなるの? って。体内血液スッカラカン状態で蘇生ってするのかな。

 ああ、そういえば。

 どうして地面が掘り返されて、また埋め戻されてるのか。

 なぜ焼却しなかったんだろうって。

 私は俯いてしまった。

 自分が立っている地面の、足の裏の下で。

 そいつらは、まだ生きてるんじゃないかって――


「そうは申しましても、遺恨のある方々の知らないところで痛めつけても、さして意味はございませんでしょう? なのでこれは単にわたくしの趣味です」


 グラディは最後に一突きしてから放置した。袋は動かなくなった。

 線香のような香りがして、顔を上げるとベルレが咥え煙草で面倒そうに「死体」を見下ろしていた。

 そうだ、死体だ。

 私、今世で初めて死体を見た。前世で親のを見てるから意外と動揺はないんだけど……それに他人だし。悪人らしいし。


「首持っていくか?」

「必要ありませんわ。わたくしが討伐したと報告しておきます」

「なら焼くか」


 ベルレが吸い殻を死体の上にピン、と弾いた。


「私がする」


 シェルリが言うなり、死体が宙に浮いた。慌ててグラディが私を抱っこして離れ、ベルレも下がる。

 部分的に露出した死体入り袋は空中で雑巾のように捻り上げられた。

 ブチブチと何かが千切れる音、バキバキと折れ砕ける音がする。ザッと雨のような音がして死体の下の地面に水溜まりができる。

 すっかり細長くなったそれが一気に火に包まれ、灰となって泥濘に降り注いだ。どこからか風が吹いて澱んだ空気が押し流される。ベルレかグラディのどちらかだろう。お陰で臭いを嗅がずに済んだ。


「なかなかえげつないな」

「アレアに教わった」

「はぁっ?」


 突然名前を出されて驚く。シェルリが満足そうに頷いている。

 私に教わったって何。……あ!


「あの猫のゲロ!」


 イノシシ肉の加工で水分抜くのに絞り上げたアレのこと?!


「なんだそれは」


 ベルレがものすごい嫌そうな顔で私を見る。

 それは……その、説明したくない。


「今晩教えてやる」


 シェルリがベルレに犯行予告をして、馬車に戻った。ベルレ、そしてグラディに手を引かれて私も続く。

 陰惨な犯行現場はそのまま放置され、馬車はなにごともなく発車した。

 終わってみれば、ただグラディが怖いだけだった。

 そう言ったら教官に怒られそうなので黙ってた。

 思ったよりショックがないのはやっぱり「顔」を見てないからだと思う。

 袋で首から上を隠してあったのはそういう配慮なんだろうな。

 なんだかんだいって教官はいつも段階を踏ませてくれる。


 ベルレに渡されたナイフを返そうとしたら、そのまま持っていていいと言われた。馬車の中にあった予備の剣帯をシェルリが子供サイズに調整して渡してくれた。

 鞘を剣帯にくくりつけて腰に装着する。

 ちょっと一人前に近付いた気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る