第15話 挽肉とマジックバッグと奇妙な鰐

 大量の角イノシシの肉、どうするんだろと思ってたらシェルリがミンチに粉砕してブロック状に固めて乾燥、保存食に加工していた。フリーズドライ処理が人力でできるんか。一家に一人シェルリが欲しい。

 いや、しっかり見て勉強しよう。理屈を知って、実演を見れば私にもできるかも。そう思って見学してたらシェルリが手伝わせてくれたので、一緒に加工した。


 まず肉をシュレッダー。みじん切りに。風でカマイタチの刃を発生させて切ればいいんでしょう! そう思っていた時もありました。

 間違ってないけど、一斬づつフンッて集中して力込めてたら終わらんわこんなもん。ナイフで叩いた方が早いやんけ。

 それでは、と圧力をかけてプレスしたら、ただただ薄く広がっただけだった。私は肉をミンチにすることすらできないザコ魔法使いです。


 色々考えて、試して、最終的に手のひらに魔力でトゲトゲの硬いでっぱりを生成、先を鋭く尖らせて、その手で肉を叩いた。ベシベシと。人力ミートハンマー。肉は広がるけど先が鋭いので穴が空く。これを両手で繰り返すとなんとなく崩れてきた。

 ナイフで叩いた方が早くない?!


 もっと魔力の出力が上がればいいの? いや考えろ、ミンチにするんでしょ、じゃあミンサーを通すイメージをして……指を丸めて丸い筒を作って、この筒がミンサーの刃のところ。ここに肉を通すと細い穴から肉がにょろんと出てきてミンチになるんじゃよ! なれよ! ホラできた!


 だが出力不足は否めず、五〇〇グラムぐらいをチマチマ挽いてたら他の肉は終わってた。

 挽いた肉を固めるのは比較的あっさりできた。魔力で作った押し寿司の型に入れてポンと出す。

 これを凍らせる。凍らせる? 温度を下げればいいの? 温度を下げる……冷却とは? 熱交換だっけ? 凡人オツムの限界がきた。


 いいや乾燥させればいいんだ。水分を抜け。水分を抜くぐらいは判る。

 カラッカラになるまで絞ればいいんだろ! パワー is 力。


 ……多分、ミンサーに通す過程やらなくてもこの「絞り」を入れた時点で肉はグチャグチャのミンチになりましたね。ええ。

 手で直接触ってないから衛生面では大丈夫だと思うけど、乾いた猫のゲロのようになったコレは……セーフなのかアウトなのか。

 シェルリを見上げたらよろしい、とでも言うように頷かれた。絶対よろしくないと思う。

 私の粉砕ミンチはシェルリ作のものと一緒に布に包まれ、革袋に収まった。誰が食べるのか、未来のロシアンルーレットがセットされた。


 そんなこんなで加工してしまえばプレシオに積めるぐらいの量にはなったけど、前も気になってたマジックバッグ事情はどうなんだろうか。あるんだろうか。

 なんて聞けばいいだろう。マジックバッグみたいな概念がこの世界に既にあればいいけど、ないと通じないし。

 せっかく子供なので、子供っぽくアプローチするか。


「いっぱい物が入る魔法の鞄があったら便利なのに」


 肉ブロックの山を見ながらさも思いついたとばかりにベルレに話しかける。


「重量を軽減する機能の付いた鞄はあるぞ」


 そっち方向かー。


「じゃあ、グラディみたいに大きな鞄を背負うんです?」


 そういえばグラディのあの巨大背嚢は重量軽減の加工はされているんだろうか。……なんとなくされていない気がする。


「大量に持ち運びたい時はそうなるだろうな」


 うーむ。

 どうやら空間式 ? マジックバッグはないのかな……。じゃあ常に持てる荷物量に注意しないといけないのか。子供の身ではしんどいな。


「こういう鞄のことか?」


 片付けを終えたシェルリが、岩に立てかけていた例の細長い板状の布包みを手に取った。

 布をほどくと中から出てきたのは……煌びやかな鞘に収まった、長い剣だった。


 鞘はなめらかな白地に鉱物的な光沢のある青で飾りが入っている。芸術品レベルで美々しい。人の身長ほどもある細長い両手剣で、シルエットはクレイモアのようにシンプルだ。ガードは左右に真っ直ぐ伸びているけど。

 グリップは色合いが微妙に異なる二種類の白い革で巻かれていて編み目が美しい。柄頭ヒルトはツヤツヤの銀で細かな彫刻が施されている。

 全体的に実用性より美術品として完成度の高い剣だった。王宮に飾ってあってもおかしくない。


 シェルリは剣の鞘の真ん中ぐらいに、無造作に手を突っ込んだ。

 エッ、手を?! 突っ込んだ?! 入った?! おおお??

 すぐに引き抜かれた手にはマァルが一個、掴まれている。

 そのマァルを差し出されて私は呆然と受け取り、マァルと鞘を交互に見た。


「さ、さやからマァルが」

「ああー! それか。それのことか」


 驚愕してる私の横でベルレがめずらしく叫んで顔を覆った。


「こういう鞄があればいいんだろう? それは私も同感だ」

「わたくしも同感ですわ」


 グラディも加わった。

 でも二人してやれやれといった諦め顔だし、ベルレは頭を抱えている。


「シェルリのこの剣はベルレが作りましたのよ。でもその時のベルレはとっても追い詰められておりまして、夜を徹して作業を続け、意識朦朧、前後不覚、ついに完成はいたしましたが……」

「何をどうやったのか自分でも判らん」


 ベルレが嘆息した。


 あるよね、そういうこと。尻に火が付いてゾーン入って思考が間に合わない速度で手を動かした結果、自分の力量を越えた傑作が完成したけど、後から落ち着いてやり直しても同じものが作れない、あの現象。

 ベルレにとってのこの剣がソレらしい。しかしなんで剣にマジックバッグ機能付けようと思ったんだろ? というかそれより。


「ベルレは魔動具職人だった!?」

「職人を名乗れるほど専門家じゃない。手遊び程度だ」


 聞いたらあの投光器ランプとか水の出る盥とかマイフェイバリット水差しもベルレ作だった。マジで?! 神に愛され過ぎじゃない? 天は全てを与えるとかいう諺があるんじゃないのこの世界。

 えええ魔動具作ってるところ見たい。私も作れるかな。作れたら楽しそう。何が必要だろう? 資金か。まあそうだろうともよ……稼げる冒険者にならねば。頑張ろう。      



 プレシオが戻ってくるのを待って、下山した。プレシオは基本的にどこかへ遊びに行ったきりだったけど、たまに戻ってきて淵で温泉に浸かっていたりしていた。このあたりの山中にしかない草とか花があるんだそうで、それをたらふく食べてご満悦だそうだ。今でも地味に「草食なんだ?!」って内心驚く。


 馬車は特に異常もなくそのままあった。異常があったら何か通知が来るみたいな仕掛けとか魔法とかどうせあったんだろうけど、よかったよかった。

 荷を積み直し、グラディが御者台に上がって出発だ。あー、久しぶりの馬車。狭くて周りを囲われてるとホッとする。

 どうせあの温泉地には他の人間は誰も来ないんだろうし、魔獣も寄ってこないのは判ってたけど、やっぱり野外で丸出しって地味に緊張してたよね。文明圏に戻ってきた気がする。

 私は安心して気が抜けたのか疲れたのか、馬車の揺れにあわせていつの間にか居眠りしていた。ベルレとシェルリのポツポツとした話し声が更に眠りを誘う。


「第三村か……セルバと逆方向だな。サフィラスに寄るか?」

「いや、第三村に向かおう」

「そうか? まあグラディもいるからなんとでもなるか」


 次の目的地は第三村とかいうところ? えらい即物的な村名だなあ……。

 優しい手で毛皮の上に横にされて、私は本格的に寝入った。



◇ ◇ ◇



 起きたら馬車は止まっていた。

 外で人の声や物音がする。三人以外の声がするような。

 恐る恐る後部パネルの隙間から外を覗くと、グラディとベルレが言い争っていた。といってもピリピリしたムードではなく、グラディに呆れたベルレが小言を言ってるような雰囲気だ。


「アレア! 起きましたね? さあいらっしゃい、いい獲物がとれましたよ!」


 またイノシシでも仕留めたんだろうか。解体練習かな。

 寝起きでぼうっとした頭を振り振り、私は馬車を降りてグラディに駆け寄った。行動は迅速に。教官のご指導です。


 あきれ顔のベルレと見守っているシェルリと、やりきった顔でテカテカしているグラディの元に行くと、足元に大きな布袋が置いてあるのに気付いた。

 土で汚れた土嚢袋の大きなやつみたいなので、細長い。えっ、大蛇とか鰐とかだったらちょっと心の準備をさせて欲しい。この世界で初対面なので。


 袋は時々うごうごと動いた。まだ生きてるじゃーん! 仕留めるところからやるんです?? ぬおおおお……心の準備が。


 グラディが布袋の先の方からチャーシューのように等間隔で縄で縛っていく。うごうご動いているのを時々叩いて大人しくさせながら。こんなに厳重に縛るなんて、活きがいいのかな。

 縛られていく様子を見ていて、私はある違和感に気付いた。鰐にしては太短いなあって。そういう異世界鰐なのかな。


 縛り終わったグラディは、剣を抜くと縄を避けて布袋を裂いた。

 鰐のゴツゴツした表皮を想像していた私は、違うものを見た。

 鱗も毛もない、薄茶色の表皮。びくびくと動いている。

 人間の足だった。


「わざわざ出向いて来てくださるなんて! 盗賊狩りに行く手間が省けましたわ」


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