第13話 温泉到着と鬼教官と初めての××

 グラディが加わった馬車は少々手狭になったけど会話が増えて楽しかった。

 そしてグラディが増えても夜は見張りなしフリーダム雑魚寝だった。魔物なり野盗なりの襲撃は一度もない。

 御者もグラディが代わることができたので、車内にベルレとシェルリが揃うこともあった。まあ揃って酒飲んで寝てるんだけどさ!

 私も御者台の隣に座らせてもらった。最初は気持ち良かったけど、そのうち土埃に閉口した。

 グラディが御者を務めている時はプレシオはすごく静かだった。心なしか歩幅まで揃っている。怖いのかな……。


 魔力を取り込む訓練は続いている。まだまだ「よし、取り込むぞ!」みたいな意気込みが必要なんだけど、取り込み自体はスムーズになってきたと思う。シュッと一息にお腹まで引っ張り込めてると思う。

 ただ、最初に掴んだコツがシェルリとの握手だったから、握り拳をグッと握らないと取り込めない。両手を握ってフンッと力む。これあれだ、スーパーサ○ヤ人に変身するポーズだ。


 行使の方は吃驚するほどあっさりできた。できてしまった。

 ベルレが一度見せてくれた指先に豆電球みたいな灯りを点すのとか、手のひらから風を出すのとか、それを温風にするのとか。ハンドドライヤーだ。

 一度水芸をやってみようとしたんだけど、手がしっとり濡れるだけで上手くいかなかった。


「なにがやりたいんだ?」

「水芸……えーと、指先から細く水をぴゅーと出すの」


 シェルリに聞かれたので地面に木の枝でガリガリと描いて図解した。何故そんなことを……? みたいにシェルリは首を傾げたが、すぐ実演してくれた。手のひらを上に向けて、軽く指を曲げ、その全ての指先から細い水流が五本、ぴゅーっと噴水のように上がる。シュールだ……。


 お手本を見ながらやると、すぐできた。

 それで思ったのだが、一度見た魔法なら再現できるみたい。これもイメージの問題なんだと思う。脳内で見た映像を再生して、それを再現してる感じ。

 それからは取り込み訓練と平行して、あまり魔力を必要としない小さな魔法をシェルリに実演してもらって、それを見て覚えた。

 フッ、もう枯れ葉に火を付けることもできるんだぜ。まだまだ出力が弱くて枝は燃えないけど。



 街道を横道に入ってどんどん森の中というか山の中に進んでいく。むしろよくこんな奥地まで道が通ってるなと思う。

 それでもじき、馬車は通れない道幅になった。ベルレは小さな空き地に馬車を置き、プレシオをハーネスから外した。プレシオに鞍を置き、荷物を積んでいく。

 馬車どうするのかなあと思って見てたら、シェルリが前に立って何かやったら見えなくなりました。隠蔽魔法ですねハイ。


「馬車はここに置いていく。準備はいいか?」

「準備万端ですわ!」


 グラディが背負ってきた巨大背嚢……の中から出した普通サイズの背嚢をパァンと叩く。中には布とか着替えとか、道中車内であれこれ詰めたものが入っている。

 私も古着屋でもらったオマケの布袋に水差しと着替えを入れて腹にくくりつけた。これが私の係なのだ。水差し係。


 シェルリは荷台の奥から布に包まれた長い……スキー板? を引っ張り出した。片方に左右の出っ張りがある。最初十字槍かなと思ったんだけど、それにしては幅が太い。シェルリはそれにベルトを取り付け、ショルダーバッグみたいに肩に掛けた。ものすごく長くて太くて平べったい図面ケースみたいだ。


 ……あっ。もしかして、剣?!

 そうか、ロングソードか、いやグレートソードか!

 じゃああの出っ張りはガードだ!

 ふおおお、両手剣とはロマンじゃないですか。


 ベルレはいつも使っている短杖を腰のホルスターに差していた。剣は持たないんだな。どうしてもベルレは剣士のイメージなんだけど。

 剣士といえば本職のグラディが腰に提げている剣は一見、ナイフより長いけどショートソードより短いという中途半端なサイズだ。

 しかし抜いて見せてもらったらなんと、ブレードの長さを自由に変えられるという、いわゆるマジックソードだった。初見殺しじゃねーの。


 山道をシェルリ、ベルレ、私、グラディ、プレシオの順で歩く。バックアタックの注意をしなくていいのかなとついゲーム脳で思ったけど、プレシオに襲いかかる魔物は……蹴られて終わるか……。


 そういや山道なんだよ。知らん間に山の麓にいた。

 山肌が垂直かよってぐらいの角度の、ものすごい高山がブッ立っているのが木々の切れ間から見える。山頂は雲がかかっていてよく見えない。ギアナ高地のよう。

 時々ある急な段差を引っ張り上げてもらいながら歩き続け、温泉地独特のにおいがしてきたと思ったら森が開けて、岩場に湯気が見えた。


 温泉は上流で川に混じり込んでいるタイプのようだった。温かい川がゆっくりと流れていて、ところどころに流れを引き込んだ湾処ワンドが掘ってある。

 山肌が見えているところに岩棚があり、ちょっとした庇のようになっていた。ベルレはそこまで行くとプレシオから荷を下ろした。ここを拠点とするようだ。

 放たれたプレシオは早速川の下流に駆けていって派手に水音を立てながら遊び始めた。遠目に見ると熊がサケ獲ってるようにも見える。君は本当に元気な馬だな。


 着いたのは昼過ぎなのでまだ陽は高い。とりあえず薪集めでもしようかなと思っていたらグラディに呼ばれた。いつの間にかグラディの片手には小さめの弓セットがある。


「アレアにはまず弓を教えます」

「魔杖でよくないか?」

「〈神力〉に頼るのは最後ですわよ! まずは己の肉体と技を鍛え上げるところからですわ!」


 そんなような気はしていたがグラディは悩筋スパルタ教官らしい。でも言ってることは判る。魔法は便利だし使いこなしたいけど、やっぱり借り物の力だと思う。だって急に創造神が〈神力〉止めちゃったら? そんな可能性があるのかどうかは判らないけど、〈神力〉の届かない場所があったり、封じられたりするのはある意味お約束じゃん。

 最後に信じられるのは己が筋肉。これは不変の真理。


「初めは弓がよいのですよ。アレア、少し休憩したら狩りに行きましょうね!」


 楽しそうなグラディに頷き返して、私は出されたコップに水を注いで回った。

 それから山歩き用に脛に革を巻いた。革袋製の靴の上からも更に巻く。前腕にも細長い布を巻いていく。


「山歩き用の装備も必要ですわね」


 そういうグラディはいつもの白革の軽鎧も外して、着古したチュニックに擦り切れたズボンというラフな格好だ。靴も履き潰し寸前の短靴である。腰の立派な剣帯と剣が浮いている。


 グラディに連れられて森の中へと入っていく。出発の時にベルレが心配そうな顔をしていたのがめずらしかった。

 しばらく歩くとグラディが止まれのサインをする。私は弓を持ってしゃがみ込み、小さくなった。

 グラディは少しの間遠くを見つめて、出し抜けにサッと腕を振った。何かのサインかなと思う間もなく、前方遠くでギュッとかギャッとかいう音がする。


「まあまあですわ」


 グラディに促されて音の方へ歩いて行く。灌木をかき分けていくと、ナイフに後ろ足を貫かれ、地面に釘付けになったウサギっぽい動物が暴れていた。

 前世のウサギに比べて耳は短い。でもフォルムはウサギ。角はない。でも爪が少々……鋭い。地面に深々と筋がいくつも刻まれている。


「はい、アレア。あれを弓で仕留めましょうね。当たるまで撃ちましょう」


 にっこりとグラディが笑う。ひぃ、ボロを着てても美しい。

 でもやっぱり鬼教官だった!




 矢を射る感覚は判る。何故なら田舎にありがちな何のテーマパークなのかよく判らん謎ランドに弓射コーナーがあって、そこで射まくっていたから。お作法も何もあったもんじゃない、完全自己流だ。

 最初グラディに少し指導してもらって、それから射た。矢は飛ぶけど当たらない。ウサギも暴れてるし、矢の勢いも足りなくてスカる。

 だんだん近付いていって、絶対当たるという距離まできた。その頃にはウサギも弱ってて、あまり動かなくなっていた。


 的の大きな胴体を狙って、矢を放つ。ブスッと鈍い音がして、直接触れているわけでもないのに「刺さった」という感触がした。ウサギがビクンと跳ねる。でもまだ生きてる。グラディを振り返ると「まだ生きてますね?」という顔をしていた。言葉にされなかったけど伝わる。二射目。続けて射込む。刺さる。ウサギはもう動かなくて、じっと見てると腹の上下も止まった。死んだ。


「いかがでしたか?」


 グラディが聞いた。いかがといわれても。いかがだろう。

 ずっと外しまくって、やっと当たって、終わった~という気持だ。


「冒険者に限らず、肉を食う者はこうして生き物を殺します。アレアはどう感じました? つらい気持になりましたか?」


 グラディは眉尻を下げ、心配そうに私を覗き込んで問うた。

 あっそうか、これテストなんだ。私が冒険者としてやっていけるのかどうか。やっていけなくても、狩猟ができるのかどうか。

 生き物を殺せるのか。


 自問自答してみる。嫌悪感や忌避感はないか?

 ……まったくないわけじゃない。でも、よくよく自分の中を見つめ返してみたら、そんなことより美味そうだなオイ! という気持の方が明らかに勝っていた。

 例えばこれが犬や猫だとまた違う気持になると思う。もしくは前世でペットがウサギだったりしたら。

 でも私の感覚ではウサギは食肉だ。


「食欲が勝ちました!」


 キリッとしてグラディに報告する。

 食う為ならヤれる。この段階では大丈夫。

 グラディは破顔して「よし!」と私の頭を撫でた。


「では次の段階です。解体しますわよ!」


 ……こっちの方が辛かった。腸がドバーッと流れ出てくるのとか、まさに血生臭いのとか。ちょっと嘔吐えずいた。

 でも皮を剥いだら「わー、お肉だ~」って自分の中で瞬時に切り替わる感じがしたので食欲は全てを凌駕する。さすが三大欲求。パねえわ。


「弓は大丈夫のようですわね。もし生き物を殺すことが辛ければ、冒険者でも採取専門でいく道もありますわよ。でも採取専門は色々と大変ですわ。やはり狩りや討伐ができるのなら、そちらがよいと思います」


 そうなんだ。そりゃ魔物は絶滅しそうにないもんな。メシの種が消えることはなさそう。それに狩りができれば飢えずにすむ。


 山ウサギ(やっぱりウサギだった)を解体し皮と枝肉にして、内蔵等はグラディが焼き払った。木の枝に肉と皮を吊し、グラディが肩に担ぐ。そういうことする人、ナマで初めて見たわ! やっぱやるんだ!


 その後、しばらく歩いてまたグラディがナイフで釘付けにし、今度は別のナイフを渡された。


「次はナイフで仕留めてみましょうね」


 ああ、うん。グラディの意図は判ったよ。

 最初は「殺す」感触の薄い間接武器で。次は直接ってことなんだね。


 結論から言うと、直接殺すのはすごくしんどかった。

 片手でビクビク動くウサギを押さえ付けて、もう一方の手でナイフを持って首を切る。それだけのことにめちゃくちゃ時間がかかった。

 息が上がって脂汗が滲んだ。涙も出てきた。グラディは「駄目そうならまた明日挑戦でもいいのですよ」と言ってくれたけど、私はどうしても今日、今、この壁を乗り越えておきたかった。


「うう~っ」


 半ベソをかきながら私は山ウサギの首を切った。血がかかった。押さえ込んでいた方の手のひらの下で毛皮が激しく動いた。握りつぶす勢いで押さえ付けた。


「うえ~っ……」


 泣きながらさっき習い覚えた血抜きをした。しゃくり上げながら皮を剥ぎ、内臓を取る。涙で前が見えねえ。手が真っ赤だ。

 グラディは何も言わずにじっと見守ってくれていた。

 ヘタクソながら枝肉にして、木の枝に吊した。気が高ぶって涙が止まらなくて、泣きながら岩棚の拠点に戻った。

 ベルレが嘆息し、シェルリが魔法であっという間に両手を綺麗に洗ってくれた。


 山ウサギはシェルリが下処理をし、串に刺して火で炙り焼きにして食べた。

 めっっっちゃ美味しかった。

 イケると思った。ヤれる。私はヤれる側の人間だ。

 明日から頑張る。この世界で生きていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る