第12話 この乳は……魔力!

「食材を担いできてさしあげましたわよ! 感謝なさい!」


 森の中から飛び出してきた人物は背負っていた巨大背嚢をドスン、と置いて立ち上がる。

 背が高い。シェルリと同じぐらいあると思う。

 腰まである長い黒髪をバッと払うとマントのように背で扇形に広がった。真っ直ぐでツヤッツヤだ。

 みどりなす黒髪、烏の濡れ羽色、ああーコレのことかあー! ってぐらい、理想的な黒髪。しかも姫カット。

 アーモンド型の黒目がちな瞳は濃い紫で、キリッとしている。

 そして美形だ。すんんんごい美女だった。人類基準女性部門ベストテンかよってぐらい。なんだこの美形空間。シェルリだって薄味だが上位入賞のポテンシャルはあるんだ。私だけが石ころのようだ。


 美女は白い革の軽鎧を付け、見知った白と青の外套を纏っていた。

 お胸には実に立派なミサイルが二連装されている。私が足元から見上げたら顔が見えないんじゃなかろうか。

 美女はうずくまっている私とバチッと目が合うと、美しくにっこりと笑った。ひぃ、美しい。

 そのまま大股に歩み寄り、私の前で実に優雅に、陳腐な表現になるけど本当に王子サマのように、片膝をついた。


「わたくしはグラディス・ソールミラ。家名もございますが今この場では必要ないでしょう。初めまして、お嬢様レディ。どうぞグラディと気軽にお呼びくださいませ。この良き出会いを神に感謝します」


 そして礼をした。左手を腰に当て、右手を胸に当てて軽く頭を下げる。

 知らないまでもこれがこの世界での正式な礼法なんだろうなっていうのは伝わった。そしてカッコいい。めちゃめちゃカッコいい。ここ乙女ゲーの世界だった?! ってぐらい。


「アレアですこちらこそよろしくお願い申し上げます!」


 地べたに貼り付いていても失礼なので慌てて礼を返そうと、テンパって土下座をしてしまった。

 五秒後、ベルレが爆笑した。五秒我慢したんだね。

 そういうわけで、噂のグラディさんと対面した。



◇ ◇ ◇



「飲んだくれのおっさんと一緒じゃ退屈だったでしょう」


 スーパーフルオープン野外盥風呂開催中である。

 そしてグラディも当然のように突然脱ぐ人だった。引き締まりつつも出るところは出ているナイスバディが惜しげもなく晒されている。重力操作なのかなんなのか、巨大ミサイルは発射角を維持したままびくともしない。

 ちなみにグラディがマッパになってウロウロしててもベルレとシェルリはまったくの平常運転だった。家族でももうちょっとなんか反応があると思う。

 盥の中でグラディの前に座り、優しく洗われる。最高に汚い状態から脱却してて良かった。これで湯が黒くなったら恥ずか死ねる。


「色々と教えてもらいました」

「これからはわたくしともお話しましょうね。アレアが今後どうしたいか、ゆっくりご相談しましょう」


 私のためにグラディは来てくれたのかな、なんて少し思った。同性が必要と思われたのかも。確かに女性の立場とか確認したいことはある。


「グラディ、お前の用件はもういいのか」


 鍋を混ぜながらベルレがたずねる。シェルリは衣装の手入れをしていた。


「わたくしでなければならないことでしたら、わたくしが請け合いますが、もうわたくしでなくとも同じことですもの。お任せしてきましたわ。そんな些末なことより今はアレアの方が重要でしてよ」


 フンフンと鼻歌でも歌い出しそうに上機嫌でグラディは私を洗っている。

 ……ロリコンなのかな? いや見た目的にはショタコン? おねショタ始まっちゃう?


「ならいいが……」

「そんなことより温泉に行きましょう! もっと広いお風呂に入りたいですわ」


 なぬ、温泉とな。あるんだ! そりゃあるか。

 え、行きたい!

 私がワクテカしてる気配を感じ取ったのか、ベルレが顎に手を当て考え込む。多分脳内でルート検索してる。


「サフィラスに寄るか……? でもアレアは一度セルバに連れて行くつもりなんだが」

「そんなことは温泉に入ってから改めて考えなさいませ! もっと目先のことだけ考えて場当たり的に生きるのですわ。その方がずっと楽しくてよ」

「限度があるだろう」


 そうやね。でも楽しいのはそうだろうなあ。

 金と力があれば誰だってそうする。私だってそうする。

 すっかり寛いだ私はつい気が緩んで、ささやかなスケベ心でそっと後ろにもたれた。後頭部にふわんと弾力のある感触を期待して。


 ゴツ。


「いっ」


 後頭部に違和感が走った。ファッ?!

 なんか、ぽよんとした二つの丸い膨らみを期待してたのに、そこにあったのは二つの丸い膝頭だった、みたいな……。


「あらっ、ごめんなさい! 固めたままでしたわ!」


 かた、めた……?

 恐る恐る、とはいえ遠慮なく振り向くと、そこには重力を無視した立派な弾頭が……。思わず手で横側にそっと触れてしまった。

 かってえ!


「グラディは胸を魔力で固めてんだよ。チンピラのナイフぐらいなら胸で弾き返すぞ」

「これには深ーい訳がございますの……でも便利ですからアレアにもお教えしますわ。そのうちお役に立ちましてよ」


 その深ーい訳はその日の夜の寝物語に聞いたのだけれど、グラディは剣士であるというところから始まった。

 要するに揺れる乳が邪魔で切ってしまおうとしたらしいが、師匠に「元々の体を改造して極めた剣は正道ではない」と諭され(なんとか言いくるめて止めたんだと思われ)、グラディなりに考えて修練した結果、魔力を筋肉や骨、脂肪に充填するという、つまり身体強化を編み出した。

 以来、グラディの胸は真の意味で胸部装甲なのだとか。お、おう……。


 ヨロヨロと盥を出た私は大判の柔らかい布で巻かれ、焚き火の側に戻った。敷物の上で髪を拭く。シェルリが乾かしてくれようとしたけど、短いしすぐ乾くので遠慮した。ホントすぐ乾くんだよ。手間がかからないのはいいことだ。


「シェルリ! わたくしが入っているのに洗濯するのはお止めなさいな!」

「洗うという点で同じことだ」

「まったく違いましてよ! ほら貴方も洗ってさしあげますからお脱ぎなさい!」


 狭くない?!

 火を見ながら背後の騒ぎをぼんやり聞いてて、思わず心の中でツッ込む。

 それにしても一人増えただけでとても賑やかだ。


「うるさくないか?」


 ベルレが苦笑しながらたずねてくる。気遣ってくれているのだろう。

 私は首を振る。


「楽しいです」


 陽気で押しが強いところはちょっと緊張するけど、開けっぴろげな好意というか隣人愛みたいなものなんだろうな、それを向けてくれるのはくすぐったい。これで陰険腹黒だったら立ち直れないけど、グラディは違うと思う。

 それにベルレとシェルリに思うところはないのだけど、どちらかというと二人とも……寡黙だよね。色々話しかけるのが申し訳なくてさあ……。

 よく喋るグラディは気安いのです。


 ギャアギャア騒ぎながら風呂から上がってきたグラディとシェルリがマッパのままでやってきて、ベルレに布を叩きつけられていた。どうして服を着ないんだろうこの裸族達は。なんかそういう教義でもあるんだろうか。自然に返れみたいな。

 ちなみにシェルリはお兄さんだったよ。

 こんな形で知りたくなかった……。




 ご飯はミルクシチューだった。

 ミルクあったんだ! そりゃあるか! そんなんばっかりだな私!

 グラディが担いできた食材の中にあったみたい。生で飲むのは止めた方がいいとのことで、残念。どんな動物の乳なんだろう。滑らかな味わいとコクは確かにミルクで、でもにおいはあまりしなかった。

 あとジャガイモ。名称は違うけど味は間違いなくジャガイモ系統だ。うめえ。

 そして腸詰め。ソーセージですよ!

 肉の味というより香辛料の味に感動した。あるんだ。よかった。

 一口ごとにじ~んと感激している私に、慣れたベルレとシェルリはスルーしてくれるがグラディが「大丈夫なのこの子」みたいな目をして二度見していた。


 食後のお茶を飲みながらグラディにこれまでのことを話した。

 ベルレはシェルリによって風呂に叩き込まれている。どうもベルレはあんまり風呂が好きじゃないらしい。「普通程度だ」とはベルレ談。

 シェルリはベルレを見張りながら洗い物をしている。魔法でパパッと綺麗にできそうなのに、何故か食器と鍋はいつも一般的な手段で洗うんだよな。

 私はお手伝いを断られたので、グラディとお話し。


「シェルリは元密偵ですから、痕跡を残さないよう身綺麗にしておく習慣が染みついておりますのよ。なのでベルレが普通程度なのは本当のことですわ」

「そうなのですね。変装も見事でございました」


 お嬢様ぽく気取ってるのはグラディに指導されているからだ。

 打ち解けて話したいけどきちんとしたい、でもおかしく聞こえるみたいと相談したら、


「様々な階層の喋り方をシェルリに習いなさいな。手始めにわたくしとはご令嬢ごっこをいたしましょうね」


と言われた。つかグラディ、本物のご令嬢ですよね。自己紹介の時も家名は省略って、家名があるってことじゃん。様付けした方がいい人ですよね絶対。


「ふふ、アレアがいてくださってよかったですわ。あの二人だけでは心配でしたもの。ねえアレア、ベルレが一度セルバへ連れて行こうとしているのは、アレアに町の暮らしを経験してもらいたいからですのよ」

「町、の暮らしですか?」

「はい。これまでお伺いした限りではアレアは一般的な町での暮らしの経験がありませんでしょう? なので経験してみて、それから将来を決める判断材料の一つにしてもらいたいと思っているのですわ」


 なるほどなあと思った。本当によく考えてくれているんだなあって。

 自分の中では冒険者になって一人立ちする気でいたけど、まず「今」生きていくために身を寄せる場所が必要なんだよなあ。

 明日明後日にでも劇的に魔法が上手くなって魔物狩りなんて朝飯前ッスよ! とかいう状態にでもならない限り、無力なガキなのだ。


「と、いうのはベルレの考え。わたくしは違います」

「へっ?」

「へ、ではありません。まあとかあらとか、もしくは無言でまばたきをなさいませ。わたくしはアレアさえその気があるのでしたら、わたくし達と一緒に来て欲しいと思っております」


 グラディは盥でバシャバシャとやっている二人を横目でうかがいながら、少し声を落としてそう言った。


「アレアが冒険者に興味を持っているとも聞き及んでおります。わたくし達と同行している間はアレアが冒険者としてやっていけるよう、全力で支援いたしますわ。もしアレアが一人でやっていきたいと思ったり、町で定住したいと思ったなら、その時にお別れしても構いません。でもそれまではわたくし達と一緒に旅をしませんこと?」


 内緒話のように囁くグラディの言葉に固まった。

 それはとてもとても私には都合のいい提案だった。破格の待遇だと思う。

 でも、やっぱり「何故」私にそこまで良くしてくれるのか、それが判らない。

 セルバという元々行く予定だった孤児院のある町まで送ってくれる、までは職業倫理とか、ただただ善人だなあという範疇かなと思うんだ。

 でも今のグラディの提案にはやっぱり「どうしてそこまで?」という疑問が拭えない。

 別に何かに利用するつもりだとか、そういうのは一向に構わない。他の人なら御免被るけど、ベルレ達ならいいや。

 ただ、その理由を教えておいて欲しいと思う。

 うん、そこなんだ。


「どうして?」


 だから聞く。いや本当にどうして?


「……それをお話しするためには、もう少し時間が必要ですわ。それにわたくしの考えと言いましたけれど、ベルレもわたくしに同意するはずです。今はわたくしがそう考えているということだけ、お含みおきくださいませ」


 すまなさそうな顔でグラディはそう言うと、すぐ空気を入れ替えて持ってきた食材の話を陽気に始めた。ベルレ達が戻ってきていた。

 だから! どうしてあんたまで裸族なんだよ!




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