第11話 巡回神官
重傷者の人には申し訳ないが、これは映画これは芝居と自分に言い聞かせ、今は深く考えないようにする。心を切り離す。私は聖女様の従者。
シェルリの手を取り、患者の足の断面の上に導く。そういえば白い手袋をつけている。なるほど手を見られたら違和感あるもんな。
翳した手から青白い光がうっすらと発生して、足が――生えた。
そらもう、しゅるるるるっ! と。
巻かれていた包帯を突き破って。三秒ぐらいだったと思う。
紛うことなき奇蹟を見て周囲の人々からもおおおおー! と歓声が上がる。
ああ、そっか。「神官」だから。
今頃私は神聖魔法とか回復魔法とか白魔法とか、そういうのに思い至った。
ヒーラー。クレリック。プリースト。ビショップ。
ゲームでしか縁のなかった職種。
神の代行者。
これが彼らの本業。
続いて肩に大怪我をした人も数秒で元の状態へ。
みんな口々に「聖女様」「辺境の聖女様」「まさかこんなところで巡り会えるなんて」と拝んでいく。集まる人々を捌くのが私の役目だ。他の軽傷の人には並んでもらって、順に治癒していく。
捧げ物をくれる人もいたがシェルリが首を振るので、聖女様はお気持ちだけをいただきますとか何とか言って断った。後半の私の仕事はこれだった。
でもなるほどなあ。
このイメージを植え付けておけば普段のシェルリを見ても繋がらないよな。ベルレはさっさとどっか行ったからあまり顔を晒してないし。この「辺境の聖女様」という存在が広まるほど二人とは乖離していくということか。
名誉も金もいらねえ、ただ癒やすのみ、って。ガチの聖職者じゃん。だから私のことも保護してくれたのかな。なんて善人なんだ。いや聖人か。酒飲んで昼寝してても本物の神の使徒だよ。
結局キャンプの全員が集まってきたので、最後はシェルリを中心に円形に集まってもらって、シェルリが空に回復魔法? を打ち上げて、全員癒やした。
青白い優しい光がキラキラと舞い降りてくるのはとても綺麗だった。
聖女様の従者なので馬鹿丁寧に喋ってもおかしくないだろと思って、移民の皆さんに色々と話を聞いた。情報収集だ。
なんでも開拓してた村が魔物に襲われてやっていけなくなったので、別の村に移動してるんだそうだ。
……どっかで聞いた話だなあ。
そんなあちこちで村が吹っ飛んでるのかこの国。本当に大丈夫なの。
◇ ◇ ◇
辺境の聖女様はお勤めを終えると早々に馬車に戻った。
いくら変装が完璧でも長い露出をしない方がいいに決まっている。集まる人々を捌いてシェルリを馬車まで誘導し、荷台に押し上げるとこれにて興行は終了、とシャットアウト。聖女様はお休みになられますのでお静かに、と言えば元より素朴な村人達だ、すぐ散ってくれた。
念のため後部パネルの固定紐を全部結んで、チラとも開かないようにする。衝立でも立てたい所。
シェルリはやっぱり疲れたようで、足を投げ出してぐったりと木箱にもたれていた。
「ベルレの顔をどうにかいじくって辺境の聖人として売り出したい」
よほど疲れたらしい。お茶でも淹れたいが私にはできないので、水差しからコップに水を汲んだ。差し出すとシェルリは一気に飲み干して礼を言う。
「お爺さんとかにするといいかも」
「顔は変えられるが、芝居が下手だ」
「シェルリは得意なんですか」
「仕事だったからな」
「役者さん?」
「いや。私は傭兵団の密偵だった」
意外な経歴が出てきた。
そう言われても、この世界で傭兵団がどういうもので、その密偵がどういうものか判らない。
密偵ってつまりスパイだよな。潜入工作とか?
そりゃこれだけ魔法を自在に使いこなすならワンマンアーミーとしてどんな所にも放り込めるし、むしろもう全部あいつだけでいいんじゃないかな状態だと思うけど。
シェルリが密偵を担当するってどんな傭兵団なんだろう。
向き不向きや得意不得意があるとしても、シェルリを裏工作に振り分ける戦力的余裕があるんだろ? 勝てる気がしない。
すごい、という実に子供らしい素直な感想しか持てなくて、どう反応すべきかと考えてたらシェルリはとっくに寝息を立てていた。お疲れ様です。
ほどなくして帰ってきたベルレと共に、私達はそそくさとキャンプを離れた。移民の皆さんはぜひ一泊していって欲しいと言っていたが、聖女様を待つ人々は大勢いらっしゃいます、聖女様は多くの人々を救うことをお望みです、と適当に言いくるめて振り切った。
第一、その聖女様はもう酒飲んで寝てる。
街道に戻り、次の野営地まで急ぎ走った。私はシェルリが寝たまま脱ぎ散らかした衣装の埃を払い、どうしまうのか判らないのでシワにならないよう伸ばして木箱に掛けた。洋服ブラシが欲しいところ。
胴回りを嵩増ししていたのはスポンジっぽい謎の素材だった。何でできているんだろう。魔物の素材とかかな。
後で知ったけどやはり魔物素材で、聞いた感じサボテンとか多肉植物の魔草版ではないかと思われた。
なんとか日没までに次の野営地に滑り込んだ。
馬車を止めてプレシオを放したり、餌と水をやったり、野営道具を下ろしたり、手分けしてテキパキと働く。
商人市から移民キャンプとずっと賑やかだったから三人だけだとホッとする。
人が大勢いるのが苦手というわけじゃないけれど、まだまだ知らないことばかりだから好奇心と共に警戒心もあって疲れるんだよな。
走り去ったプレシオのところから盥を回収してきたシェルリが水を張り直す。風呂かなあ。確かに顔は洗いたいけど。
「そういえば昨夜のくせ者ってなんだったんです?」
ベルレと連れ立って森の端で小枝を拾いながら、なんとなく聞いてみた。もし野盗の下見とかなら今夜は警戒するべきなのかな、とか思って。
「ああ、あの移民達のことを伝えに来た奴か。くせ者って」
やっぱりあの言語パック相当古いな、とベルレが笑った。それな。パッと思い浮かぶ単語が時代劇っぽいなと思うもん。私の場合更に前世の言語に引き摺られて脳内翻訳されるから、本当に変なこと喋りそうなんだよ。
「わざわざ夜中にこっそり?」
「お気遣い痛み入る、というやつさ」
それからベルレは彼らの本業――「巡回神官」について語ってくれた。
語感から想像した通り、
そもそも神官は勝手に名乗って勝手になるものらしい。本当かよ……。
そのあたりギルドの時も思ったけど、この世界変なところで完全実力制で、神官の名乗りを上げても実力(魔法が上手いかどうか、とか)が無ければスルーされて終わる。
「創造神教の教団みたいなのがあって、組織だって布教したり、儀式や治療で集金したりしないんです?」
「集金って。いやしてるところもあるが……」
なんと神殿は建てたい人が勝手に建てるんだそうだ。
一番多いのは十分に実力と知名度がある神官が自己資金や支援者からの出資で神殿を建て、神殿長に収まり、未熟な神官希望者を迎え入れて修行をさせたり、それこそ治療等で代金を取ったり、色々と活動をする。
次に多いのはそれこそ領主や地元の大商会等が神殿を建て、人材を集めて運営するパターン。大商会出資版だと神殿長は引退した商会長が務めてたりするんだと。天下りを連想した。
というか。
「ほとんど商会の一種では?」
「そうかもな。酒とかパンとか作って売ってるところも多いし。固定客を集めて縄張りを広げていくしな。商会と違うとしたら、一応、人の魂をより高みへ押し上げること、その生をよりよくすることを目標に活動していることかな」
あ、そういう思想と福祉面がちゃんとあるんだ。
基本的には善意の存在なのでそれなりに尊敬されるし、尊重されるとのこと。
そうは言っても道から外れる例もあると。それはなあ……どこにでもあるだろうなあ……。
「それでも長い年月のうちになんとなく組織化されていって、今では年に一回ぐらい近場の神殿長が集まって会議してるぞ。何を話し合ってるのかは知らんが」
「では本殿……総本山……ええと、一番大きい、もしくは一番権威がある、もしくは古い、中心的な存在、の神殿はありますか?」
「それはまあオリエンスの創造神神殿だろうなあ。建国初期の建物で、観光地になってる」
なんかニュアンスが違う気がする……。
あれ、でも商売として考えたら、今日みたいに勝手に無料で治療したら商売敵なのでは?
「そういう面もあるな。だから巡回神官達と町や村の神殿に定住してる神官達は少々、まあなんだ、方向性の違いというやつだ」
仲が悪いんだな……。
一応ベルレ達もいつでも無料というわけではないそうで。取れる時は取ると。他の巡回神官達も多かれ少なかれ代金は取るそうだ。
本当に単なる職業の一つなんだなあ。
「でも治療の魔法って特別ですか? 使うのは魔力……あ、〈神力〉だから同じなのか」
「違うと言い張る新興教団もあるが。そうだな、治療するために必要な想像力があるかどうか、だろうか」
解剖学とか医学の知識の有無だろうか。
漠然と「な~おれ!」では治ってくれないんだなこの世界。そういう意味では確かに回復系の魔法は特殊技能なのか。
火や水、風や土なら身の回りの自然で観察できるけど、人体を観察する場は……限られてくる。
あれだなあ、この世界の〈神力〉というエネルギーは正しいプログラムを入力してやらないと動かないし、望む結果を出力しないんだな。
私は……どうだろう。前世知識で人体の組成は理解してるから、なんとなくいけそうではあるんだけど。でも3Dモデリングみたいになりそう。
そろそろ腕一杯になった小枝を抱えてつらつら考えつつ野営地に戻りながら、途中で、あ、と気付いた。
そんな特殊技能持ちの人材、それも人命に関わる技能持ちがヒモもついてなくて個人で辺境をウロチョロしてるなんて。
拉致って働かせるよな、普通。
いやそれが普通の世界はイヤだけど、人間の社会なんてそんなもんだろ。
「それで、コッソリ」
「真夜中に忍び寄るほどこっそりしてくれんでもよかったんだが」
唐突な私の発言でもちゃんと察してくれるクレバーさよ。
あー、そうか。帽子だけ神官のものを被っていったのは、それこそ「判る人」にだけのメッセージなんだ。
あの移民団の一員なのか縁者なのか知らないけど、たまたま巡回神官を見つけて依頼したのが、昨夜の不審者の正体だったのか。
更に「辺境の聖女様」という虚構を作って隠れ蓑にしてるんだ。
他の巡回神官はバリバリ知名度上げてる人もいるんだろうかな。
どうして二人が巡回神官をやってるのかは判らない。
元傭兵だとか、なんとなくお約束的な想像をしてしまうけど勝手に決めつけるのはよくないから。
ただ、今は友人として認めてもらえるよう、頑張ろう。
年齢差が気になるところだけど、中身を加算すれば同じぐらいだと思う。多分。
野営地ではもう鍋が湯気を立てていた。今夜は何かな~。
薪を太さ順、長さ順に詰みながらウキウキしていると、急に「あぁ?」と、ベルレが怪訝な声で呻った。
敵襲か?! と思って素早くシェルリの側に駆け寄って身を低くする。足手まといには足手まといなりの振る舞い方があるのだ!
ザザザッと風で梢が揺れた。突風かと思ったが違う。
ザザッ、ザザッとリズミカルに鳴るその音は、遠くから近付いている。
何かが来ている。それも結構大きなものが。
そのうちガシッガシッと別の音も混じりだした。木を蹴りつけているような。
熊さんかな?! 帰ってきてプレシオ! 出番よ!
しかしシェルリは意に介さず鍋をかき回していた。
じゃあそんなにピンチじゃないんだな……。ベルレも音の方角を睨み付けてはいるけど構えてはいないし。
そして。
ザクッと一際大きな音がして、木の葉の間から何かが飛び出してきた。
丸いシルエットに、一瞬本気で熊かと思った。
ズン、と重々しい着地音と軽い地響きと共に現れたのは。
巨大な背嚢を背負った人間だった。
「っはー。ただ今到着! ですわ!」
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