第9話 真夜中の出来事

 それからしばらく男は食い下がったが、完全塩対応のベルレに負けて去っていった。

 男が十分離れると荷台後ろの垂れパネルを上げてシェルリが顔を出す。


「パイエの匂いがする」

「おう。アレアが選んだからな、俺は無実だからな」


 初手弁明から入るベルレ。過去どんだけしくじったんだろう。

 二人で荷台に潜り込むと、なんと中は見違えるように整理整頓されていた。

 うわ、広い。この馬車でかかったんだな……改めて実感する。


 ベルレは包みからノンを一枚取ると半分に切って一方は包みに戻し、一方の端を千切って口に入れた。飲み込んだ後、シェルリに渡す。受け取ったシェルリは端から千切りながらもくもくと食べ始めた。

 シェルリに渡す前につまみ食いした格好だけど、どうもそういう風には見えなかった。

 判らないけど、例えるなら……毒味だ。

 まるで毒味をしてから渡したみたいだと思った。


「昔はパイエは賭に使われたりしたんだ」

「賭?」

「割ってみるまで判らんからな。一応、選ぶコツみたいなのはあるらしいんだが、俺は未だかつて当てたことがない……何故だ」


 ベルレは自分で言いながら解せぬと首を傾げつつ、腰のナイフを抜いてパイエに当てる。

 半分に割ると、もったりした白い果肉と中心部に寄った黒い種が見えた。種の周辺の果肉が薄く茶色に染まっている。

 痛んでるのかなと思ったらベルレが憮然と「……当たりだ」と呟いた。

 この茶色の層があると当たりらしい。


 小さな木のヘラを刺して渡された。ヘラで果肉を削り取ると柔らかくねっとりとしている。断面はリンゴとかナシに近いけど果肉の感触はアボカドに似てるかも。香りはあまりしない。

 口に入れると……えっ、すっげえ甘いんですけど!

 フルーツ由来の優しい甘さとかそんなんじゃなくて、ハッキリと明確に甘い。驚きの甘さ。濃縮されたかのような甘味が舌に喉に絡みつく。けしからん。


「ンふぇぇえええええ……」


 声が出てた。

 拾われてから本当に色々美味しいものを食べさせてもらってるけど、感動が薄れることはない。ああこの世界にも美味しいものがいっぱいあるんだなあ~って嬉しくなる。幸せ。変な成分入ってないよなこれ。入ってても食うけど。

 見るとシェルリもパンを膝に置いてパイエを手に満足げな顔をしている。うわシエルリのそんな顔初めて見た。

 その横でまだ憮然としているベルレが面白かった。


 結局、私が選んだパイエは二個当たりで一個ハズレだった。

 当たりのもう一個は全部シェルリに食べてもらった。どうやらシェルリは屋台には行かないらしい。

 ハズレのパイエを少し削って味見させてもらったけど、あのけしからん甘さが嘘だろってぐらい強烈に酸っぱかった。


「酸っっっぱ!」

「この落差は面白いよな」


 ちなみに熱を加えてジャムやソースにするとこの酸味が消えて香りが強く出るんだそうで。面白いなあ異世界フルーツ。



◇ ◇ ◇



 シェルリがランプに灯りを点して荷台の天井、幌を支える骨組みに吊す。

 この灯りは火じゃなくて光だから熱くならないし、倒しても燃えたりしないんだそうだ。例によって魔動具だ。

 今日はここ商人市の馬車溜まりで一泊となった。


「どっかで野営するつもりだったんだがなあ……」

「ここで泊まることはよくないですか?」

「よくないわけじゃないが、安心もできないな」


 こんなに商人とその護衛が集まってるのに、そこまで? と思ったら「本当に商人かどうか判らんぞ」と言われた。


「盗賊団の密偵がこれから襲う相手をみつくろってるかもしれん」


 そうか……納得した。あぶねえ、平和ボケするところだった。

 そうだよな、ここは商人達の内輪の溜まり場。警察もいやしない。警察に類する組織がこの世界にあるのかどうか知らないけど、何かしら近いものはあるだろう。でもその威光もここには届かないと。

 あれ、結構ヒリつく場所にいるのでは?

 そう思ってベルレの顔を見ると「一人で出歩くなよ」と言われた。いや怖いわ。

 よしんば襲撃されてもこの二人(とプレシオ)なら簡単に蹴散らしそうだけど、だからといって襲われたいわけでもないもんな。安全第一。命はひとつ。


 私とベルレがそんな話をしている間にシェルリは並べた箱の上に毛皮を積んでシーツを被せ、私のベッドを作ってくれていた。床に敷いてあるぺちゃんこになった毛皮と違って毛がモリモリしている。

 こんな上等な寝床をいただけるなんて生まれて初めてではなかろうか。そう言って感謝にひれ伏すと二人とも複雑な表情をしていた。


 それからしばらく馬車の中で三人で雑談をした。

 私の喋る訓練も兼ねているんだと思う。


「ここはクルトゥーラ王国の、カルレオン領」

「そうだ。クルトゥーラの北側に位置し、隣国メイディースとの関所がある」


 簡易地図を囲んで現在地を教えてもらう。

 そこで知ったんだけど、この世界、というか帝国とお妃様の七王国(まとめて北方八帝国とも言うそうだ。北方なのは大陸の北側だからとのこと)の国々の国境はきっちり隣接しているわけではない。

 勿論、双方から開発が進んでぴったり隣接している区域もあるけれど、空白地帯が挟まっている場合が多い。それも緩衝地帯とかいうんじゃなくて結構ガバッと空いている。

 このカルレオン領にしても領地の一部がメイディース王国側と限りなく近接しているだけで、森林部なんかはどちらの国にも属さない空白地帯のようだ。


「昔はこの空白地帯に小国家が生まれたりしたんだが……」

「だが?」

「魔物に滅ぼされたり、内戦で自滅したり、八帝国に喧嘩を売って吹き飛ばされたり、色々あって今は残ってねぇな」

「小さい集落ぐらいならあるんじゃないか」

「あー、それならあるかもしれん」


 各国とも建国時から比べるとそれなりに国境は広げているらしいけど、まだまだ空白地帯は大きく残っているのだそうな。


「なぜ国同士は離れているのです?」

「地形の問題だな。建国時に人が住みやすい地形を選んでそこから広げていった結果、人が住みにくい場所は空白地帯になっている」


 へー。でも管理できなくても「ここまでウチの国!」って線引きしそうなもんだけどなあ。


「自国だと主張してもいいが、そこで魔物が暴れたり、隣国に被害を出した時は管理責任を問われるぞ」

「なるほど」


 きっちり管理できるならいいけど、そうじゃないならリスクの方が大きいのか。そっか、この世界は魔物というリスクがあるもんな。

 しかしわざわざその危険な空白地帯に住んでる人達がいるのか。

 ていうか住んでもいいんだ?


「生きていく自信があれば」

「自給自足になるがな。そんな生活がしたい奴もいるだろう」

「ちなみに二人は?」

「「酒が無いから嫌だ」」


 だろうともよ。今も二人の手にはどこからともなく現れた酒瓶がある。

 魔法か! 魔法だろうな。魔法と言ってくれ。

 他にはシェルリの大好物だというペルシュカという果実の話を聞いた。聞いてるとどうも前の世界でいう「桃」に近い。マァルより更にまん丸で、デカいほど美味いのだとか。


「あれは収穫すると痛みやすくなるからあまり流通しない。栽培地の近くまで行くか、仕入れている高給店で食うか、育てている人に分けてもらうか、森で見つけるか」

「入手手段が限られている?」

「そうだ。ジャムや、酒に漬けたりもできるが……」

「生がいい」

「加工すると〈神力〉が抜けるんだよなあ」

「〈神力〉?」

「ああ。ペルシュカの実は〈神力〉……魔力が蓄えられているんだ。その魔力も美味さのひとつだと考えられている。だが熱を加えたり干したりすると減る」

「生がいい」


 生がいいと主張しながら遠い目をするシェルリ。食いたいんか。よっぽど好きなんだろうな。酒の次ぐらいに。



 そのうち頃合いになったので寝ることにした。

 簡易ベッドは……簡易なんてとんでもない! 最高か。語彙が無いわ。

 バネや綿のクッション性とは違うけど、毛皮独特のフカフカ感が……イイ。

 あれよ、ブ厚いムートンに寝っ転がってる感じ。シーツを敷いてるのでモフみはないけどその分肌触りがサラッとしてる。

 やだベッドで寝る夢がもう叶っちゃった。


「灯りを消すぞ」


 私がベッドを堪能してるとシェルリがランプの灯りを消した。

 途端、馬車内は真っ暗になる。私は寝る時は真っ暗派なので大歓迎だ。夜目は利く方だしね。

 しかし箱の上で寝場所を確保できてる私はいいけど、二人は床の残りスペースでちゃんと寝られるんだろうか。昼寝はしてたけどさ。もう真っ暗で見えないな。

 などと考えていたのだけれど、それなりに緊張が続いて疲れていたのか、柔らかな寝床に誘われたのか、私はあっという間に寝落ちた。



◇ ◇ ◇



 夜中、私はカッと目が覚めた。

 知らん気配がする。

 前世の長い独り暮らしで培った防犯シックスセンスが告げている。


 目覚めた状態のままで静止し、周囲の気配を探る。

 耳を澄ますとわずかに、本当にごくわずかに馬車の外、私が横になっている側で音がした。

 風とかじゃない、地面を擦る音。足音。

 いる。

 絶ッ対、いる。


 なんだろ。何の目的? これが前世の車中泊ならタイヤに細工かと思うけど馬車にタイヤはない。いや車輪はあるから車輪に細工か? 嫌がらせ?

 強盗……はないよな。何もこんな人目に付くところでやらなくてもいいし、そもそも返り討ちにされるビジョンしかない。じゃあ下見? プレシオも騒いでないし、直接の害意はないってところなのかな。

 色々考えてる間にも幌越しに感じる気配は消えない。えー、気持ち悪い。


 私はゆっくりと木箱ベッドの端に体を移動させ、片足を下ろす。箱の高さはローテーブルよりちょい高いぐらいなので、そのままずるずると腰から床に滑り落ちる。箱の陰に身を伏せて荷台後部の出入口に注目した。

 そういや誰も踏まなかった。セーフ! てか二人は起きてるのかな。


 そのままじっと身を潜めていると、荷台の反対側でどっちかが起きた。

 なんとなくベルレのような気がする。私、シェルリ、ベルレの並びだと思う。

 推定ベルレはパネルの隙間からするりと外へ出た。なんせ外だって真っ暗だ。この世界の月、小さかったもんな。

 月明かりってめちゃくちゃ明るいんだよ。闇に慣れた田舎者なら知っている。それがないならこの世界の人にとって夜はものすごいハンデだろうな。「え、ノクトビジョンありますけど?」とか言われたら泣くが。


 推定ベルレが出て行ったことで私はもういいかなと緊張を解いた。絶対なんとかしてくれるって安心感があるし、ベルレが何ともできないなら尚更私なんてお呼びじゃない。

 よって、寝直す!

 木箱ベッドに這い上がって一息つくと、安心して寝落ちる。眠かった……。

 やっぱりお子様ボディなんだろうなあ。頭で想定するよりずっと早く疲れや眠気の限界が来るや。




 翌朝、何事もなく目覚めた。

 起き上がるとシェルリが箱にもたれてもくもくとノンを食べていた。


「おはようございます」

「おはよう」


 荷台の端に置いてあった桶を借りて顔を洗う。夜中に起きたからまだちょっと眠い。

 シェルリの隣に座ると、お茶の入ったコップとノンをくれた。両方とも温かい。ここはあえてアツアツじゃなくてほどほどに温かいのが丁度いい。完璧か。


「ありがとうございます」

「まだ喋り慣れないか」


 ちゃんとしたいなって思ったら馬鹿丁寧になってしまうんだよなあ。


「あざーっす」


 シャレで言ってみたらよろしい、とでもいうようにシェルリは頷いた。

 いやさすがに私がよろしくないです。


「昨夜?」

「よく気付いたな」


 やっぱり。夢じゃなかった。

 でも良かった。ちゃんと二人が気付いてるなら、私が気にすることじゃない。

 余計なことにリソースを割いてる余裕は私にはないのだ。

 というわけでもぐもぐしながらも魔力を取り込む訓練を始める。

 結局これを息を吸うようにできなきゃダメってことじゃろ。もう毎分毎秒やるしかない。

 これで魔力を取り込むのに痛みを伴ったり不快感があったりしたら絶望するところだけど、幸いそういうのはない。なんともいえない不思議な感覚ではあるけれど、慣れていけると思う。


 二人で無言でノンを食べてお茶を飲み、スモモを囓り、種どうしようと思ってたらシェルリがまとめて手の平の上で燃やした。すげえ。

 手の平の上、熱が届く範囲を種だけに限定して、灰も残らないほど高温で燃焼させて、しかも一瞬ですよ。どこまで極めたらこうなれるの。それともこの世界の人みんなこんな感じで魔法使いこなせるの? 私やっていけるかな。

 道のりの果てしなさに遠い目になりながらお茶のおかわりをもらっていると、ベルレが帰ってきた。


「追加で積むぞ」


 そう言って木箱をいくつか積み込んだ。私とシェルリは荷台の中を片付けて、出発する準備をする。


「立ち寄る所ができた。すぐ出発するが、アレアは何か買いたいものがあるか?」

「ないです。ダイジョーブ」

「揚げ菓子の屋台とか出てるが」

「ぐぬう」


 思わず上げた私の呻き声がお気に召したのか、ベルレは笑いながら去っていって、しばらくしてその揚げ菓子とやらを差し入れて御者台に向かった。

 揚げ菓子は大きな植物の葉で作ったカップに入っていて、短めのチュロという見た目をしていた。食ったら味もほぼチュロだった。甘さは控えめ。朝ご飯にする人もいそう。


 シェルリにも勧めたが断られた。

 単に好きじゃないのか、お腹いっぱいなのかもしれないけど。

 ベルレがノンを渡していた時のことを思い出す。毒味がないと食べないのかな。え、もしかして様付けした方がいいのはベルレじゃなくてシェルリだった?

 なんにせよ少々センシティブな問題かと思うので、気付かないフリして一人で食べた。揚げものはいい。人を元気にする。


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