第8話 商人市

 商人市は「判ってる」者だけが立ち寄る、地図にない隠れ市なのだそうだ。

 町や村との距離が遠い区間や山越えの手前などの地理的難所、または「やっかいな町や村」の手前などに自然とできるらしい。業界人の秘密の社交場というやつなのだろう。

 馬車置き場の向こうに見えるのはなるほどストリートマーケットだ。

 つかお店だよ! この世界でお店初めて見た。

 あの村の中ですらろくに見て回ったことないもんな……村長宅での待機中は外に出られなかったし。


 ベルレが馬車を寄せていくと人々がプレシオの迫力におののいて道を空ける。プレシオも鼻息が荒い。偉そうである。

 他の馬を初めて見たけどやっぱりプレシオはデカい。他の馬もサラブレッドより一回り大きいし足もぶっといけど馬だなって思う。

 対してプレシオは熊から進化した馬っぽい動物って感じだ。


 ベルレは馬車を他の馬車群から少し離れた所に止めた。プレシオの気配が他所の馬を刺激するからだそうだ。それから擦り切れた埃よけのマントを羽織ると、私だけを連れて馬車を降りた。

 シェルリは馬車の見張りに残った。確かにこんなところに馬車を放り出してはおけない。商人市と言ってもどんな奴が紛れ込んでるのか判らないもんな。


 ベルレは少し髪をかき混ぜてから白い帽子を被った。クラウンはシンプルな円筒形でつばはフラットで大きめ。巻きは青いリボンだった。そのリボンの青色はどこかで……あ、シェルリの服だ。

 揃いの制服……お仕着せみたいなもんなのかな。


 つばの下に顔を隠しマントの下で軽く身じろぎをして姿勢や重心を変えると、ベルレはあっという間に擦れ者の旅商人として場に馴染んだ。帽子が若干浮いてる気がするけど、それもなんだか逆に胡散臭くて雰囲気作りになっている。

 すっげえ。素人の私にも判る。もしかして旅芸人だったのか。

 ベルレはアホみたいにポカンとしてる私の顔に気付いて笑うと先を促した。


「お前の服と、あと新鮮な果物があるといいんだがな」


 なんか私のための買い物っぽい。

 なんでここまで良くしてくれるんだろう。そりゃこの二人がいい人だからなんだろうけど。後で売るとか何か企みがあるとしても、代価として十分前払いしてもらっている。


「嬉しいです。ありがとう。お礼ができるのなら教えてください」

「なんかまだ怪しいな。人とは喋らないでおこうか。特にこんな所じゃあな」


 胡散臭い人もいそうだもんね。私は真剣に頷いた。

 こうして一緒に連れて行ってくれるのは、私が世界を見て回りたいって言ってたことを覚えていてくれてるから、なんだろうなあ。

 だって普通ならこんなちっさい子供連れ歩くなんて危ないし邪魔じゃん。

 シェルリも私がクルパン以外食べたことないって言ったからなるべく違うもので食事にしようとしてくれてるんだと思うし。天使かよ。

 せめてシェルリになにかいいお土産を……って金払うのはベルレだ。うう。




 大きな木や岩を避けながらなんとなく出来上がった動線沿いに、簡単な屋台や露店が並んでいる場所があった。一般的な市場のイメージだ。

 ベルレはそちらへは行かず、馬車を並べてある広場へと向かった。そっちは馬車の後部を売り台代わりにしているようだった。

 その中から古着の入った箱を並べた馬車へと近付く。


「子供の服はあるか? 男女どちらでもいい」

「表に出してないな。出してくるからちょっと待っててくれ」


 馬車の側で座っていた男が荷台の奥から別の箱を下ろしてくる。ベルレは箱の古着をいくつか手に取って確かめると、納得したのか私を招いた。


「好きなものを選べ。サイズは直すから気にしなくていい」


 そう言うとベルレは古着屋の男と一緒に木箱に腰掛けて世間話を始めた。

 女の買い物は時間がかかるとばかりに最初から長丁場の構えである。

 はー? んなもんスパッと選びますけど?

 ……と思ってたけど、あれもこれもと眺めていたら楽しくてベルレの予想通りとなっていた。


 全体的に地味かつ簡素だ。貫頭衣のバリエーションがほとんど。

 庶民が着るものなんてそりゃそうだろうなあ。それに子供なんてすぐ大きくなって着られなくなるんだし。そのためかスカートやワンピースといった女児の服の裾は長めのものが多かった。丈は上げたり下げたりして調節するんだろう。


 私が今着ているのはシェルリのシャツを直してスモックワンピース風にしたものだ。帯代わりにスカーフを締めている。結構可愛いと思う。

 でもシェルリは不満だったみたいで、昼間馬車の中で袖に少し飾り刺繍を足してくれた。


 この刺繍がすごかった! 針も使わず魔法だけで糸が自在に布地を出たり入ったりして、あれよあれよという間に蔓草模様みたいな飾り縫いができあがった。今まで見せてもらった魔法の中で一番「魔法みたい」と思ったかもしれない。

 すぐに酒飲んで寝ちゃったのでかなり疲れたんだと思う。そういや馬車を降りた時にベルレがこの刺繍を見てびっくりしてたな。


 そういう飾り刺繍が入ったものもいくつかあった。でもお高そう。今は丈夫で長く着られるものを選ぶべきだよな。

 私はその基準で、あとはサイズで服を選り分けた。色やデザインはなんでもいいや。どのみち奇抜な色もデザインもないし。


 ズボンを二着と、ワンピースなのかチュニックなのか判らないガバッとしたトップスを二着、フードの付いた短めのマントを一枚、以上を抽出してみた。

 スカートはぶっちゃけ布さえあれば自分で作れるから、欲しかったのはズボンだ。そこまで冷え込んだ記憶はないから厚い上着はいらないだろう。

 でも体を隠せるマントは欲しい。防犯の意味でも、防災の意味でも。それに大判の布は何にでも使える。だからマントとして身につけるのが一番無理なく携帯できると思う。


「なかなか買い物上手な坊ちゃんだ」

「堅実すぎる。もっとトンチキなのはなかったのか」


 店の主人は褒めてくれたがベルレには何故か渋い顔をされた。

 なんだトンチキなのって。


「こういう……これいいな」


 ベルレが傍らの箱をかき混ぜて引っ張り出したのは赤と緑のストライプのワンピースだった。クリスマスかよ。

 ベルレのことはスルーして品物を店主に渡す。オマケだと言って紐付きの布袋にまとめて入れてくれた。ベルレとの会話が相当弾んだらしく機嫌がいい。


 支払いを終えたベルレにお礼を言って、袋の紐を腰に回して結んだ。見た目はどうでもいいのだ。両手を空けるのが大事。

 ベルレは持つと言ってくれたが断った。何かあった場合、私は守られる側だから荷物は私にまとめておく方がいいと思うんだ。重いものだとまた事情も変わるけど服は軽いから大丈夫。

 そういえばマジックバッグみたいなのってあるんだろうか。


 馬車広場を出るとうっすらと暮れてきていた。今夜はここで泊まりかな。

 次は食べ物屋台らしき店が数軒集まった広場へ向かう。

 入口にある屋台でベルレがまとめて代金を払った。入場料かと思ったら、通る時に屋台のおっちゃんがチャパティみたいな平焼きパンを三枚くれた。

 ちょっと端っこをかじってみると雑穀入りの鳥の餌感がある。


「それは皿代わりだ」


 ベルレがすぐそばの屋台で焼かれている何かの肉を指さして銅貨を渡す。

 言われるがままに平焼きパンを手に乗せたまま屋台のおっちゃんに差し出すと、パンの上に肉を乗せてくれた。


「このまま手で摘んでもいいし、パンで挟んで食ってもいい。パンがパサついてるから、肉汁が染みてから食った方がいいかもな」


 言いながらベルレは片手で器用に肉を挟んでタコスみたいにした。

 なるほどよくできてる。手は汚れるが合理的だ。食器を使わなければ洗い物も出ないもんな。客の手は汚れるけど、洗え! とばかりに広場の中央にでっかい水瓶が置いてある。

 私も半円形に挟んでかぶりついた。うめえ。鳥肉っぽいけど鳥じゃない、何の肉だろ。塩味の淡白な肉だけど肉汁がすごい。脂身もなくてさっぱり食べられる。


 もぐもぐしながらのんびり歩き、他の屋台を物色した。汁物の屋台はさすがに木椀で出していた。食べ終わったら椀を返すシステムだ。手間がかかる分ちょっとお高い。

 他には切った果物や野菜の屋台もあった。あ、葉っぱ買って肉の屋台で肉買ってサンドイッチにしよう。

 どの屋台もあくまで食事で、酒はなかった。こんな狭苦しいところで酔客に暴れられても困るからかな? 酒自体が禁止というわけでもなかろう。ベルレとシェルリも一日の半分は酒瓶を握っている。……あれ、この二人がおかしい?


 野菜の屋台で葉物野菜を買い、別の肉屋台で焼いた薄切り肉を買った。これまで塩とハーブで焼いた肉か煮込んだ肉しか知らなかったけど、なんとその屋台ではグレイビーみたいなタレがかかっていたのだ!

 聞いたところ猪っぽい獣の肉で、味もなるほどそれっぽい。ちょっと臭みがあるんだけど、タレと葉野菜が合わさって丁度いい。うめえ。


 あまりに美味かったのでその屋台の肉をおかわりしてパンがなくなった。

 デザートに果物屋台で林檎みたいな丸い実を買う。そのまんまマァルというらしい。切ってもらってその場で食べた。最初の味はスイカの白いとこみたいだったけど、水気たっぷりで噛んでるうちに甘味が出てきてフルーツっぽい味になった。


 ベルレが何個か買ってマントのポケットに入れようとしたから、腰にくくりつけていた袋に預かった。シェルリへのお土産かな。私も何か買おうと思って(いや支払いはベルレなんだけど)、マァルの隣のゴツゴツした実について屋台の人にたずねた。子供っぽく、短く言えばおかしく思われないかな。


「これ、なぁに?」

「そいつはパイエだ。甘いやつと酸っぱいやつで当たり外れが極端でな。割ってみるまで誰にも判らん」


 甘いのは文句なしの大当たりだが、酸っぱいのはそれならそれで煮込んでソースにしたり料理で使うんだそうな。


「シェルリはパイエも好きだぞ」

「買わないの?」

「俺は昔、見事に酸っぱいやつだけ当てて持ち帰ったことがあってな……」


 ベルレは遠い目になった。それぐらいでシェルリが冷えるとは思えなかったが五回連続で外した時点で使えない男の烙印が押されたんだそうだ。


「それはもうベルレが選んだパイエ以外を買えば自動で当たりなのでは?」


 思わずそう囁く。マジか、みたいな顔で硬直しているベルレを放っておいて、勘でパイエを三つ選ぶ。当たるといいな。

 マァルと一緒に袋に入れるとちょっと重くなった。ベルレが持ってくれようとしたけどまだ大丈夫。他にもシェルリに夕飯買って帰らないと。


 一度手を洗おうと、広場中央の水瓶に向かう。水瓶の周りはあまりびちゃびちゃになっていない。水はけがよい土地なんだろうか。

 備え付けの柄杓ですくうのは判るけど、柄杓の柄が汚れるのでは? と思ってたら先に洗い終わったおばさんが水を掛けてくれた。


「ありがとうございます」


 いいよー、とおばさんは朗らかに笑って去っていく。


「次の誰かに同じように水を掛けてやるのさ。ほらアレアは俺に」


 へー、そういうルールなのか。なるほどなあ。

 私は張り切って柄杓を持ったが水瓶の口が高くてあまり水をすくえなかった。

 ベルレは笑って水滴を払うように軽く手を振る。一瞬で手が乾いた。ついでに浄化もされていると思う。

 そっか、魔法か。くそう、私も早くマスターしなければ。


 それから市場に戻って前に食べたスモモみたいな実を一袋、中央アジアのノンみたいなデカい平焼きパンを三つ買った。スモモの袋はベルレが持って、私がパンの包みを持つ。デカくて視界が悪い。いや本当にデカいな。でっかいパンってわくわくするよね。

 ほどよく手が塞がったので一度馬車に戻ろうと歩いていたら、どっかの護衛っぽい身なりのおっさんがベルレに声を掛けてきた。


「よう。あんたあの馬車の持ち主かい?」

「そうだが」

「どっち方面に行くんだ? 今、商隊を組もうって話をしててさ。もしセルバなら一緒に来ないか?」


 ベルレは足を止めずに歩きながら話を聞く。男も並んで歩きながら説明をした。

 最近このあたりで魔物が増えて被害が出ているらしい。そこでみんなで集まってコンボイ組んで行こうぜ、という誘いだった。へー、そういうのもあるんだ。


「どうせ馬に目を付けたんだろうが……あいつはダメだ。気が荒くて隊列が組めない。他の馬の迷惑になる」

「なら先頭を任せるよ」

「一番危ないだろうが。お断りだ」

「そこは支援するからよう」


 なかなかに食い下がる。馬車にはとっくに着いていて、荷台横で立ち話している状況だ。

 私は先に荷台に上がろうとしたがパンの包みで手が塞がって登れない。

 シェルリを呼ぼうと思ったが、なんとなくベルレが警戒しているような気がしたので、黙って話が終わるのを待った。

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