第7話 内なる泉と門

「では実際の使い方だが……その前に魔力量を確認するか。両手を出せ」


 立ち上がった犬の前足みたいに両手を差し出す。ベルレは下からすくい上げるように持つと目を閉じた。

 そのまま時が過ぎる。集中してるっぽい。


 いやー、間近で見てもくっそイケメンで感心する。男らしいハンサムなので私の個人的な好みからは外れるけど、人類基準で美形枠に入るのは間違いない。

 私はどちらかというと中性的な容貌が好みだ。ファンタジーお約束のいわゆるエルフとか。あと人外萌え。性別は気にしない。

 あ、でももしこの世界にエルフがいたら人外って捉え方は失礼かな。向こうがこっちを同じ人類だと思ってるタイプのエルフかどうかにもよるけど。貴様ら猿共と一緒にするな的エルフなら遠慮なく人外萌えしよう。


 ろくでもないことを考えていたらベルレの眉間に皺が寄った。しばらくして目を開けると「ちょっと待て」と私をおいて御者台へ続く窓に向かう。

 窓から半身を乗り出し、シェルリと何事かやりとりをして、また戻ってきた。


「アレア。お前〈門型〉だな」

「門?」 

「通常、人の内には魔力を一時的に貯めておく泉みたいなのがある。魔法を使うとこの泉から魔力が汲み出される。空になっても時間と共にゆっくりとまた貯まっていく。〈神力〉だからな、息をしたりものを食ったりして外部から取り込めるし、人の体内でも少しは作られる。生きてるだけで貯まる」


 いわゆるMPという理解でいいのかな。


「だが門型は内にこの泉がない」

「なんですと?」


 は? それもしや魔力がないってこと?

 嘘だと言ってよベルレ!

 私の絶望顔を見てベルレは違う違うと慌てて否定した。


「内に貯める場所がないから、魔法を使うたびに外部から魔力を取り込む必要がある。これは内に泉があろうがなかろうが誰でもできる。ただ、泉のないものは魔力を動かす感覚を掴むのが少し難しい」


 内に泉があるタイプは体が成長して貯め込める魔力が一定量になると、体内に満ちる魔力の存在を自然に感じ取れるようになるんだそうだ。

 その体内魔力を動かして魔法を行使するので感覚を掴みやすいのだとか。


 ところが門タイプは自然にはそれを感じ取れない。

 目に見えず、手にも触れられない、感じ取れない魔力を身の内に取り込む、その感覚が掴めないのでちょっとしたコツが必要なんだそうだ。

 コツで済む話なのそれ?!


「でも門型は自身の泉の大きさ――体内魔力量に左右されないから事実上、魔力切れがないぞ。その前に精神力か体力が尽きるが」


 おおっ、そう聞くと得した気になる。

 でも体力尽きるまで魔法を使い続けるようなシーンに遭遇したくはない。


「日常の小さい魔法を使うのがちょっと難しいが、慣れればいいだけだ」


 どっかで聞いたような話だなと思ったらベルレじゃん。

 シェルリがそんなようなことを言っていた。

 と、ベルレに言ったら「あー……まあ、そうとも言えるかもしれんが……あ、俺は泉があるぞ。一応」とのことだった。あるんかい。




 昼頃に一度、空き地で馬車を止めて食事休憩を取った。

 プレシオはハーネスを外してもらうと早速駆け出し、周辺を散策している。君は本当に元気な馬だな。

 それぞれ馬車から降りて体を伸ばす。荷台は広いから体はそこまで固まってないけど軽く屈伸ぐらいはしておく。

 昼食は水とクルパンだ。全員無言で咀嚼する。

 それでも腹は膨れるので飢えるよりずっといい。栄養価も高いし。

 タダ飯食いの身では感謝しかない。

 ただ、顔が虚無になるのは許して欲しい。


「シェルリ、やっぱりアレアは門型か?」


 食べ終わって虚無ってたらベルレが言った。シェルリはおもむろに私の手を取るとしばらく考え込んで「そうだ」と言った。

 そうかー。やっぱりそうなんかー。

 だが魔法が使えないわけじゃないし、なんならMP無限大らしいじゃん。諦めないぜ頑張るぜ。

 フンフンと内心鼻息を荒くしていたらシェルリに連れられて空き地の真ん中あたりに移動した。


「今から君の〈門〉に〈神力〉を通す」

「ふぁ?」

「〈神力〉が通る感覚を体験したらなんとなく判るはずだ。判るまでやればいいだけだから気楽にしているといい」


 気楽にとかいいながらスパルタ宣言くらった気がするんですけど。

 いやでもそれ私が魔法使えるようになるまでお付き合いくださる的な?

 どんだけ善人なの。このご恩は一生……

 なんて感動してたら突然、風が吹き抜けた。

 いや風じゃない。

 皮膚の外側には何も感じない。

 皮膚の内側――体の中に風が吹いている!


 つないだシェルリの手から風が流れてくる。

 体の中の――なんだろう、水分が揺れている。細胞と細胞の間が緩んで揺れてるような。

 不思議な感覚だった。怖くもないし気持ち悪くもない。

 フワーッと舞い上がるようなワクワクするような……そう、漲ってくるような!


「反対側の手から風が出る想像をしてみるといい」


 シェルリと繋いだ手から風が入ってくる。その風を反対側の手から出す。

 自分の中を風が通り抜けていくイメージ。

 あ、なるほど。〈門〉だ。

 私は魔力が通り抜けていく門だ。

 魔力が出て行く時の状態を色々変えてやればいいんだ。


 手の平に風が舞う。小さなつむじ風だ。

 手の平がくすぐったい。

 皮膚表面で感じられるということはちゃんと出力されてる。


 えっ、これが初めての魔法じゃない?!


「使えた?!」

「使えてる」

「使えたー!!」


 やったー! と万歳した勢いでシェルリと繋いだ手が外れ、途端、体内に吹く風が消える。あっ……。


「ご、ごめんなさい」

「いや。感覚はつかめたか?」


 感覚。魔力を取り込む感覚かあ。

 ううううむ。私はシェルリとつないでいた手をじっと見た。

 目を閉じて、思い返す。

 シェルリの手から流れてくる風。

 空中をにぎにぎと握る。シェルリの手を握っている想像をする。エア握手だ。

 そこから魔力を――吸い上げる。


 風、は感じなかったけど、じんわりと何かが肘ぐらいまで入ってきた感覚があった。その何かを肩を通して反対側の腕に移して、手の平から風を吹き出す。

 と、いうイメージ。


 手の平からふしゅっと屁のような風が出た。


「あ、出た」

「おめでとう。それが門型の操作感覚だ」

「は? 一回で? アレア、お前カンがいいな」


 マジで? 使えた?? 魔法が?

 うわーっと感動がせり上がってきた。やべえ、涙出そう。


「まず〈神力〉を取り込む感覚に慣れていくといい。行使はいつでもできる」

「はい先生!」


 こんな手取り足取り教えてもらえるとは。

 このご恩は何で返せばいいんだろう。

 私ができることで二人の役に立てることがあるだろうか。

 わかんないけど、目の前のことからやるしかない。

 お荷物にならないためにも、せめて日常生活では二人ぐらい自在に魔法が使いたい。頑張ろう。



 再び発車した馬車内で私はひたすら魔力を取り込むイメトレをした。

 ベルレは酒を飲んで寝ている。ベルレにもあの魔力を流すのをお願いしてみたら「俺は無理だ」と断られた。


「俺がやるとおそらくアレアが爆発する」

「お断りしますありがとうございました」


 人には向き不向きがあるものね。

 しかし、なるほどこうなると魔力と思うより〈神力〉と思った方が自然に受け入れられる気がした。魔力だと思うとやっぱり魔素だのマナだのと考えてしまう。


 世界にまんべんなく満ちている神の御力を体内にキュッと引っ張り込む。


 ……んだけど、やっぱりまだちょっとイメージしきれないので、シェルリと握手をしている状態を想像する。最初はそういうのでいいらしい。とにかくひとつでも方法を確立したら、後は応用でどうにでもなるって。それはなんとなく判る。

 しかしこれだと想像上のシェルリから力を吸ってる感じなんだけど……魔石から吸い上げるとか? 魔石とかあるんかなこの世界。


「この世界に魔石はありますか?」

「ある。だがその方法はあまりおすすめしない」


 なんと察しのいい。言う前から内容が伝わった。


「できるできないで言えば、できる。やり方としてはもの凄く楽だ。だからだんだんそれでしかできなくなる。癖が付いてしまうんだ」


 あまりに楽チン過ぎて、そればっかりやってるとあっという間に魔石でしか魔力が取り込めなくなってしまうんだそうだ。そうなると魔石なしでは魔法が使えないことになる。「魔石が潤沢に用意できる環境の者ならいいが、魔石だってタダじゃないんだから無しでできるようになれ」とのベルレ先生からのお達しだった。

 うむ、コスト感覚は大事。特に私みたいな孤児は。


 というわけで私はずっと脳内シェルリとエア握手をしていた。

 想像上の手から〈神力〉を取り込む。肘まで来てたのを次は二の腕、次は肩まで、と徐々に深く強く引っ張り込む。

 めいっぱい引きずり込んで体内に留めても、なるほどすぐふわ~っと霧散していく感じがする。泉とやらがある人はこれが「貯まる」んだろうな。

 そうして黙々と〈神力〉を身の内に取り込むトレーニングをした。



◇ ◇ ◇



 途中、ベルレと御者を交代したシェルリに今度は反対側の手から〈神力〉を流してもらった。その感覚を繰り返しイメトレして、左右どちらの手からでもエア握手で〈神力〉を取り込めるようになった。


「寝て起きたらまた忘れてるかもしれんが、そんなもんだから気長に練習すりゃいい。誰でもいずれ必ずできることだ」

「神を信じる! 自分を信じる!」

「そうそう」


 御者台のベルレ先生からのアドバイスに拳を振り上げ、意気込みを見せながらもさすがにちょっと疲れた。知恵熱出そう。

 そう思ってたら外から賑やかな音が聞こえてくる。

 人の声や木が軋む音、ものが擦れる音。それとなんだか美味しそうな匂い。


 前の窓からベルレの肩越しに外を覗いてみたら、他にも馬車が見えた。様々な格好の人々が連れ立って歩いている。屋台のようなものも見える。

 村……とは違うか。野外イベントの駐車場みたい。


「商人市だ。街道を行き来する商人達の、ちょっとした寄り合い所だな」

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