第6話 魔力じゃなかった件
そして肉パーティー後。
私達はそのまま寝た。
誰も見張りしねえ! 本当に大丈夫なんです??
「シェルリに魔物は近付かない」
「絶対ではないんだが」
「来たとしてもプレシオが先に戦うだろ」
馬はプレシオという名前だった。というか馬が戦うのか。
この世界の馬が武闘派なのか、プレシオが武闘派なのか。どっちだろう。
そのプレシオは相変わらず悠々自適にゴロゴロしながら寝ている。
ベルレとシェルリもそれぞれの敷物の上で伸び伸びと寝ている。
野営地丸ごとあまりにもフリーダム雑魚寝すぎて、馬も含めてここは毒殺現場かな? って感じだ。
自宅の庭でもここまでフリースタイルで寝ないと思う。
こうなると私だけピリピリしててもしょうがない。覚悟を決めて私もフカフカ絨毯にバーンと大の字に転がった。この絨毯もきっと魔動具だと思う。だって絨毯の厚みからは考えられないぐらいフカフカしてるもん。
空を見たら昨夜と同じ星空だ。きれいだな。
地べた生活長過ぎて野宿がまったく気にならない。屋根も壁もないけどなんとなくあの二人(と馬)と一緒なら平気だろ、って思える。
そういやリリースされてから一日しか経ってない。森の中に突然ひとりぼっちで置き去りにされて、夜の闇の中あんなに眠るのが怖かったのに(寝落ちたけど)今はリラックス大の字よ。
地味に波瀾万丈だった。これからどうなるんだろう。いやどうしよう。
とりあえず冒険者という道があることが判った。目指すならこれだな。町でどっかお店に雇ってもらうとかも考えたけど、一生それは嫌だなあ。色んなところに行きたい。
そうなると旅商人とかも考えるけど、自分に商才があるとは思えない。
今のこの体は前の世界ならまだまだ遊ぶ方に忙しい年齢なんだけど、この世界じゃもう下働きに出てる気がする。
学校とかあるんだろうか。存在自体はあると思うけど庶民は通って無さそう。村長の家で交流があった子供達から学校的な話題はビタイチ無かったし。
まずはお金だよね。
金さえあれば生きていける。どうやって金を稼ぐか。
機を見て二人に相談してみよう。
そして魔法だよ魔法。魔法を教えてもらうんだ。
ぐぐっと伸びをして息を吐き、全身から力を抜いて目を閉じる。
眠る時に明日が楽しみって思えるのは、いいな。
◇ ◇ ◇
朝起きるとシェルリはまだ寝ていて、ベルレが朝食の支度をしていた。
「おはようございます。私は働きます」
「おはよう。じゃあ鍋を見ていてくれるか。水差しはそこだ」
鍋は昨夜のスープの残りに爽やかな香りのハーブが足してあった。
馬はもう起きてて野営地の外周をのんびり散歩している。ベルレは盥に屈み込んで水を消してから担いで馬車へ向かい、馬車の底部に盥を収納した。あんなとこに積んであったんだ。
借りた木のコップに水差しから水をもらう。美味しい。
はー、こんな旅の空で新鮮な水を手軽に飲み放題って贅沢だ。
そうこうするうちにおもむろにシェルリが起き上がった。
俯せに両手を突いてじっとしている。朝に弱い人のポーズだ。
しばらく待ってから挨拶の声を掛けるとなんとか起動して、かまどの前まで来た。
シェルリが埃を払うような仕草をするとかまどの火がフッと消える。
うおお、魔法だ。昨日から色々見てるけどまだ慣れない。毎回丁寧に驚いてしまう。呪文とか唱えないし、自由過ぎて魔法というより超能力みたい。似たようなもの、かな?
朝食はクルパンじゃなくて黒パンだった。普通の黒パン。
クルパンより柔らかいなってぐらいで味はそんなに違わない。しいて言えばクルパンの方がクセがない。あの硬度がクセといえばクセだが。
前世でライ麦パンは好きだったので美味しくいただけるというか普通に美味い。
私はパンが好きだ。多分パンスキーだからクルパン生活を耐えられたのかもしれない。ゴハンスキーだったら死んでた。
一晩置いた鳥スープは追加されたハーブで酸味が和らぎ、軽く煮詰めて味が濃くなり食べごたえが増していた。昨夜はサイドディッシュだったけど今朝はメインディッシュだ。
ホロホロになった肉を黒パンに乗せて食べようとしてたらシェルリが何かの葉っぱを乗せてくれた。味は葉っぱだなあって感じだったけど肉と絡んで食感が変わって美味しかった。大満足だ。
食べ終わったら野営地を片付ける。やっと働かせてもらえた。
シェルリが敷物や絨毯の土を魔法で払う。綺麗になったそれを受け取って巻く。巻いたら馬車に順に積み込む。道具類を木箱に詰め、持てるものを運ぶ。たっぷりと食べて寝てるから朝から元気いっぱいだぜ。
片付けが終わると風呂の時にも活躍した水が出る桶で洗面を済ませ、馬車に乗り込んだ。今日は御者台にシェルリが上がった。
プレシオの鼻息が荒い。俺はやるぜ状態だ。大層張り切っていらっしゃる。
馬車は昨日より随分速く進んだ。プレシオのやる気が爆発してるのか、先を急ぎたいのか判らないがお陰でちょっと揺れる。幸い今世のこの体も乗り物酔いはしないみたいだが、舌噛みそう。
そうなのだ、シェルリが御者を担当してるのは荷台でベルレ先生が私に魔法講座をしてくれるためだ。私のスピーキング訓練もある。
だから喋らなきゃいけないのに舌噛みそうになってるんだな。
「シェルリ、プレシオを押さえろ」
「押さえてるんだがな……」
「プレシオ走るな! 歩け! 二度とシェルリに御者やらせんぞ」
前方の窓から身を乗り出してベルレが怒鳴ると、応じるように甲高い嘶きが響き、馬車の速度が落ちた。おお……馬使いベルレ。
しかしこんな重そうな荷馬車をグイグイ引いて走るんだからすごいな。
「この世界の馬は、とても力強い」
「いや、プレシオが逸脱してるだけだ。あいつは半分魔獣だから」
ベルレは座り直すと、くたびれたおっさんみたいな溜息をついた。
秒でハーレム形成しそうな男前で身の回りのことは執事やメイドが全部やってくれそうな雰囲気があるのに、なんか苦労してそうなのがなんとも。
この二人は結局どういう人達なんだろう。
財布から簡単に金貨が出てきたりこんな大きな馬車を持ってたり、なにより落ちてる孤児を拾うだけの心の余裕があることからそれなりの階級なのでは? と思うんだけど。ベルレ様とか言った方がいいのでは。
つか魔物と獣で交雑するんだ。そんなん魔物が増え放題なんじゃ。
「普通の獣は生き残っているのですか? 魔物に駆逐されないのですか?」
「生息地次第だな。その生息地に弱い魔物と強い獣がいるなら、当然魔物は獣の餌にされる」
「交雑が進んでいずれ魔物と同化していく?」
「いや、魔物は全般的に単為生殖が多い。……まあ交雑可能な種はいずれ同化していくのかもなあ」
古代人のやらかしは地形だけでなく生態系も変えるのか。えらいこっちゃ。
聞いてみたら魔物の肉も普通に食用として流通しているらしい。
魔物といっても発生原因が古代の魔法実験だっただけで、その素体は自然界にあったものだから、とのこと。
「毒のあるやつは食わんけどな」
「それは当然です」
要するに人工的に品種改良した種が定着しただけだよなあ。
◇ ◇ ◇
馬車が揺れなくなったので魔法講座開始だ。イエーイ。
「まず、魔力と言ってはいるが……これはな、〈神力〉だ」
「神のちから」
「そうだ。世界には創造神の力が満ちている。近年では『大気には魔素があってその魔素に働きかけて云々』とか言ってる連中もいるが……そう思いたければそれでもいいんだが、事実とは違う。どこまでいってもこれは〈神力〉だ。だからあえて言うなら魔法じゃなくて神法だが……あと、属性とかも別にそんなものはない」
「ないのですか」
「ない。ただし、そう思いたいならそれでもいい。後で説明するが。他はそうだな……精霊だとかなんとかの神だとかいう説もあるが……それもそう思いたいならそれでもいいが、実際には存在しない。この世界の〈神〉は唯一、創造神だけで、あるのは〈神力〉ただひとつ」
えー、精霊いないのか。ちょっと残念。
「まあ俗世に合わせて魔力とか魔法とか言うけどな。本質は〈神力〉だ。これは絶対の真実なので必ず覚えておくように」
「はい先生」
なんか違いがあるんだろうか。
でもここまで言うんだから重要ポイントなんだろう。
魔力は本当は〈神力〉。アレア覚えた。
「次に、魔法は想像する力が重要だと言うが……それも正しいんだが、まず『信じる力』だ」
「ふぁ?」
アホな声出してしまった。いやだって信じる力って言われても。
信じる力??
「必ずその結果に至る、と信じる力だ。自分は魔法が使える、自分が魔法を行使したら想定通りの現象が発生する、当然だ、当たり前だと信じる心だ」
火に小枝を突っ込めば燃える。当たり前だ。「燃えないかも」なんて毎回いちいち疑わない。
もし燃えなかったら「小枝が湿っているのかな?」とか思うだろう。「火にくべたら燃える」という現象そのものを疑ったりしない。
それは燃焼のメカニズムを知識として知っているからなんだけど、なるほど信じているとも言える。
魔法も想像力の前にまずそれが起こると確信していなければならない、ということらしい
「疑いながらでも発動しなくはないんだが、想定通りにはならないな。魔力のわりに魔法が下手な奴は大抵、これだ。どこかで信じ切れてない。血筋だとか才能だとか言うが、それほど関係はない」
肉体的な分野では血統つまり遺伝が大きく関わってくる部分もある。例えば骨格とか。魔法も多少は遺伝的な要素で違いがあるらしい。
でも後天的な努力で十分解決できる、とベルレは言う。
誰にでも使える。
ただ、意識に上らないほどに確信しろと。
私なんかはそもそもここが異世界だと認識して、実際にベルレとシェルリが魔法を使っているのを見て「魔法? 誰でも使えるよ?」なんて言われたらもう使える気満々になってる。
必要なのは呪文ですか? 杖ですか?? の飼い主グイグイ引っ張ってる犬状態なんだけど、身近に魔法がなかったり否定的な環境で育つと、信じることはそう容易くはないのだそうだ。
感覚としては前の世界で超能力使えるよって言われるようなものだろうか。
うん、心のどっかで疑ってしまうなあ。
「本来この世界に存在するもの全てに備わっている力だ。それを最近は何故だかよってたかって謎の理屈をこしらえて難解にしてそれを広めている。それでも想像力の補助になるならいいんだが……だんだん逆に阻害する原因になっていってる気がするな」
そう思いたいならそれでもいい、とはつまり魔法には各属性があったり対応する呪文があったりして、杖とか媒体が必要で、そういう決められた様式通りに行えば必ず発生するものだ、と「信じられる」のなら、そのやり方にも意味があるということ。
「やり方としては悪くない。決まった文言を唱えると対応する現象が発生すると確信できるのなら、集中力がない時でも口先だけで魔法が使える。自己暗示みたいなものか。……例えばそうだな、『小さき明かりよ、我が指に灯れ』」
即座にベルレの指先に豆電球みたいな光が現れた。薄暗い幌馬車の中が少し明るくなる。
呪文がないなら毎回「これぐらいの大きさで、これぐらいの明るさの光を、指先の位置に展開して、……」と思考をまとめてイメージしなければならない。
ははあ、要はバッチ処理なんだ。
決まった手続きを事前にまとめておいて、それを呼び出すコマンドとして自分の意識に登録しておくみたいな。
聞いてみたらその解釈でいいらしい。呪文も自分オリジナルでいいそうだ。
「普遍的な呪文がありますか?」
「門閥や学派ごとにまとめられた呪文表みたいなのはあったな。読み物としては面白かった」
わかる。呪文リストなんてめちゃくちゃ厨二心がくすぐられる。
またやりたいことが増えた。呪文リスト読みたい。
「本来難しいことはなにもない。〈神力〉なんだ。つまり、神を信じろ」
そこかー! 信仰の問題だった!
そっか、神を信じれば自動的にその力も信じるから、信仰が極まれば極まるほど神法、つまり魔法も卓越していくわけで――
「聖職者無双では?!」
「中途半端な魔術師よりは上手いな。それもあって新しい神を勝手にこしらえて教団立ち上げたりしてるようだ が。さっきも言ったようにこの世界に〈神〉は唯一、創造神だけだ。でっちあげの神を信仰しても特別な加護はない。そんな〈神〉はこの世界に存在しないからな。まあ創造神も別に特別な加護はないんだが」
ないんかい。いや〈神力〉が既に加護なのか。
というかこの世界での宗教の位置付けってどうなってるんだろう。
神は創造神だけと言っても、じゃあその創造神をみんなで信仰してるのか? というと、そうでもないような。
開拓村にも宗教施設っぽいものはなかったように思う。犠牲者を埋葬してみんなで集まって悼みはしたけど聖職者らしき人はいなかったし。
そういや墓も個別の墓標らしきものはなかった。埋めた場所にそれぞれ花が置いてあったから判っただけで、花が無くなって土が固まればどこに誰を埋めたか判らなくなりそう。
つい余計なことが気になってしまう。
魔法基礎、まとめ。
「創造神を信じる! 自分を信じる!」
「そうだ」
それでいいんだ……。
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