第5話 言語インストールと金貨と肉を食らう
丸洗いされた私は輝くような美少女……にはならなかった。
現実は非情である。
それでも明らかに裏路地の孤児から平民の子供にクラスチェンジしたと思う。
服はひとまずシェルリの替えのシャツをワンピースみたいにして着ている。
ウエストのあたりに少しギャザーを寄せて縫ってくれていて、その上にスカーフを帯代わりに巻いた。
干し終わった服型の雑巾の方はこれはこれで価値があると言われ、よく判らないけど畳んで袋に仕舞ってある。
私を洗い終わったシェルリとベルレがおもむろに脱ぎだしたので、察して背を向けた。木箱に座って手拭いで髪をごしごしと拭く。髪が痛むとかリンスがないから軋むとかそういう丁寧な生活レベルで生きてなかったので気にしない。毛なんて生えてりゃいいんだよ。
しかしこんな明るい昼の野外で全裸で露天風呂って優雅よなあ。
魔物とか獣とか気にしなくて大丈夫なのかな。
大丈夫だからやってるんだろうけども。
ざぶざぶと湯を流す音を背に聞きながら、無限水差しから水をもらう。
いつでも好きに飲んでいいと言われてからすっかりお気に入りである。
それにこの水差しの水はなんか美味しい。
ブランドのミネラルウォーターみたい。
しかし排水どうするんだろう。地面がべしゃべしゃになるのでは。それともまたそれ用のマジックアイテムがあるとか。
あー、好奇心がわくっていいな!
二人に拾ってもらってよかった。これが遅れてきた転生特典なんかな。
神様ありがとう。
できればこのまま人生上向きの補正をお願いします。
風呂ついでに食器の洗い物から洗濯まで、水仕事をまとめて終えたらしい二人が道具を片付ける頃、私はまたしても居眠りをしていた。
今回は風呂で疲れたからだと思う。
結局排水がどうなったのか判らないけれど地面は乾いていた。道具っぽいものは持ってなかったので魔法ではないかと睨んでいる。
ベルレが盥を少し離れた場所に置いて新しく水を張り直していた。何に使うんだろう。
片付けが終わって、それぞれ木箱や敷物に腰を下ろしてひと休み。
ベルレは煙草をふかし、シェルリの片手にはいつの間にか酒瓶があった。
私はまたしても新しい甘味をお恵みいただいた。
なんと生の果物!
小型のスモモみたいな実で、皮ごと食べられる。そのまま口にしたらベルレが盥を指した。おっ、なるほど。
いそいそとザルに入った実を持って盥に行き、高速のアライグマのように実を洗っては口に入れる。さっきまで風呂桶や洗濯桶だった盥だとか関係ない。洗ったんだからこの水は飲める水である。
うお~~甘い! 爽やか! みずみずしい! くぅ~~。
青果からしか得られない栄養があるんだよ! 判るかクルパン! お前は確かに完璧なのかもしれないが人はお前だけでは生きていけないのだ……いや生きていけるんだろうけど、ちょっとツライんじゃ……。
「種、どうする?」
「森に投げ込め」
大らかだな。また生えてきたりするのかな。
種を捨ててザルを洗い、よく振って水気を切る。
二人のところに戻るとベルレの片手にも酒瓶が増えていた。
魔法の酒瓶かよ。
◇ ◇ ◇
よーし、まず言葉を覚えていくぜ頑張るぜ、って内心意気込んでたら「魔法で頭に刷り込む」と言われて目が点になった。
なんでも大昔から共通語パックみたいな魔動具があって(マジックアイテムは魔動具というらしい)、年頃になるとそれを使って言語を習得するんだそうだ。
チートかよ! 現地人がチートだった!
しかしその魔動具が作られてから長い年月が経っているので、新しい言葉や派生していったいわゆる方言などは含まれていないのだそうだ。
だから刷り込んだらハイ終わりではなく、しばらく訓練が必要とのこと。
共通語の魔動具はなんと魔法陣だった。
地面に大判風呂敷みたいな布の魔法陣を敷き、その上に寝そべって頭を乗せる。
ベルレが呪文のようなものを呟くと、一瞬頭がぎゅーっと締まる感覚がして、痛いと思う前にその感覚は消えた。
「……これで流暢に喋れるのですか? あっ喋れます! わーい!」
ちなみに読解の方も同時に刷り込まれていた。
試しに地面に文字を書いてもらったら問題なく読めたし、自分でも書けた。
チートかよ……。
「じゃあ俺は晩飯狩ってくる。その間にシェルリはアレアに色々教えてやれ」
ベルレは片手に短い杖を持っただけで、自宅の庭先を散歩するが如しの自然体で森へ入っていった。
「ベルレは魔法使いなのですか?」
なんとなく剣を使う印象だった。
「どちらかというとベルレは魔法の行使は苦手だ」
「苦手なんですか」
「細かい調整が苦手らしい。だから媒体を使う」
ああ、だから杖を持っていったのか。
「だが理論はベルレに聞くといい。私は上手く説明できない」
「はい」
色々教えてもらおうにも何もかも知らないことだらけで。
なので私が思いつくままに質問してそれにシェルリが答える、というかたちで話をした。
今いるクルトゥーラ王国は農業国で、国土を対象にかけられている魔法のお陰で地に植えるものは何でもメキメキ成長するんだそうだ。
例のクルパンの原料の麦も一応クルトゥーラ麦とは言われているが別に特別な品種でもなんでもなく、ただこのクルトゥーラの大地で成長するとクルパンの原料の麦になる、ということらしい。
しかしいいことばかりではなく、大地に魔力が満ちているせいか魔物の勢いが他国より強いのだそうだ。森を拓くと魔物に襲われる、畑を作ると魔物に襲われる、村を作ると魔物に襲われる、という調子で、魔物との戦いを常に繰り返している修羅の大地だった。
でもそこら辺に種さえ蒔いておけばすぐ食料は得られるのでジリ貧にはならないらしい。
「魔物を狩りにくるハンター……今は冒険者と言うのだったか。冒険者も多く訪れるから釣り合いは取れているようだ」
おおー、冒険者いるんだ! お約束嬉しいね。
じゃあ私、冒険者を目指せばいいのでは。
「この世界には魔物だけがいますか? 普通の動物もいますか?」
どうも機械翻訳っぽくなるのは私がまだ共通語を使いこなせていないせいだ。
身についてないというか。
たくさん喋るうちにだんだん個性みたいなものが出てくるんだって。
ついでに気付いたけど共通語を脳内で無意識に前世の言語に翻訳して理解しているふしがある。
「魔物と獣は別のものだ。獣は昔からいるもので、魔物は古代の魔法実験で生み出されたものが野生化して繁殖したものだ」
人災だった! 古代人のやらかしだった。
古代人のやらかし跡は他にも砂漠だとか地割れだとか色々あるらしい。
「この世界の歴史は長いのですか?」
「人の国が今の形になったのはおよそ千年前だ」
約千年前、獣同然に生きる人の有様を嘆いた男が神に願い出て、神の力を借りて人の国を整えた、というのがはじまりらしい。
その男は皇帝となり、七人の妃達は各地に散ってそれぞれの国を建国、王家の祖となったそうな。
「帝国を名乗るのは初代皇帝が玉座を置いたオリエンスだけで、一般に『皇帝』とだけ言うとこの初代皇帝のことを指す」
「現皇帝はなんと呼ぶのですか?」
「現在皇帝はいない。オリエンスは今は皇帝の配下としての王を立て、本来の玉座は空けている」
「オリエンス帝国は今もあるのですか?」
「ある」
私はただ異世界の歴史にへーへーへーと脳内ボタンを押すだけだったが、シェルリがオリエンスの話をしたのは通貨、つまりお金の話だった。
「これが共通通貨、ユース金貨。オリエンスで発行されている」
シェルリは革袋から金貨を一枚取り出して私の手の平に置いた。
ぴっかぴかだ。結構大きい。
私の手の平、つまり子供の手の平ぐらいある。硬貨にしてはでかくね?
両面に細かい幾何学模様があってなかなかオシャレだ。
お金の単位もユースだそうな。
「真に世界共通なのはユース金貨だけだ。だが額面が大きい。なので日常の取引には主に銀貨や銅貨を使う。この銀貨や銅貨はその地方や国で独自に発行されている。土地が変わると使えないことが多い」
シェルリは続いて革袋から銀貨を取り出して置いた。銀貨には麦とクルトゥーラの飾り文字が彫ってある。なるほどクルトゥーラの現地通貨か。
「ユース金貨はこれ自体が魔動具だ」
「えっ」
シェルリは私の手の平から金貨をつまみ上げると、なんとパキン! と真っ二つに割った。
「えええ!」
「この金貨は少し魔力を流して力を入れるとこうして半分、そのまた半分、そのまた半分、と割れていく。欠片になっても価値が維持される」
つまり一枚まるまる真円のものの価値が仮に100だとしたら、半円のものは50、四分の一の扇型なら25ってこと?!
と、たずねたらその通りなんだそうだ。なんという力技……!
「そんなんあり?!」
「それはな、こうして金貨の欠片を集めると……」
シェルリはさっき割った金貨の欠片を全て手の平に集めた。
すると勝手にパズルが組み上がるように瞬く間に一枚の金貨に戻る。
「えええええ!」
「こうして欠片が集まって一枚分の分量に達したら財布の中で勝手に一枚に戻る」
どういう性質! いや魔動具か。すげー。
「これ自体が魔動具なので簡易契約に使ったりもする。それはまたその時になったら説明しよう」
「はい」
いっぺんに言われても覚えきれないもんな。
価値としては金貨一枚で平民家族がおおよそ一年暮らせるぐらい、らしい。
国によって結構違うそうな。
そう言われてもこの世界の平民の一年分の生活費がどれぐらいか判らんし何人家族でどの程度の暮らしを想定してるのかも判らんけど、とにかく一財産なんだろう。うん。
……えっ、今それが無造作に財布から出てきたんですけど?
そういや魔動具も当然のようにあれこれ使ってるし、これがこの世界の普通かと思ってたらやっぱり違うんです??
……おっかねえから聞かないでおこう。
ちなみに魔動具なので一枚の価値を任意で変えられるんだそうだ。
この金貨一枚で十枚分な! みたいな。
破片が合体して一枚になるみたいに、十枚重ねて一枚に合体させたり、百枚重ねて一枚に合体させたりできるんだと。
「商人の大口取引や報奨の受け渡しなどで嵩張る時にやるぐらいで、普段見ることはない。普段見るのは欠片の方だろう」
どんなに細かく割ってあってもちゃんとユース金貨だと判別できて、その欠片でお支払いができるんだそうな。で、集まったら一枚に合体すると。
便利かどうかは判らないが面白そうではある。
他は魔物の種類とか聞いた。魔獣だけでなく魔鳥もいるし魔木、魔草、魔花と植物系も充実、その他魔魚に魔虫と一通りのラインナップは揃ってるようだ。
ロクなことしねえな古代人。
冒険者の活動は前世知識でイメージするようなもので合ってた。
冒険者ギルドもあるっぽい。
ただ、国や地域によってたくさんあるらしい。
全国に支部があるのはオリエンスに本部があるオリエンスギルド。
でも聞いてるとここはどうやら情報と金融が主な業務で、細かい依頼の仲介みたいなことはやってないっぽい。
そういうのは国や地域で運営されているそれぞれのギルドが担っている。
例えばこのクルトゥーラ王国だと正に「クルトゥーラ冒険者ギルド」というのがあって、なんと王家直轄。国内の各町や村に支部があり連携している。このタイプが一番イメージに近い。
でも他の国だと町の口入れ屋が兼ねてたり、商会が運営してたり、ヘタすると裏家業の組織が運営してたりする場合もあるそうで。
「別に許可はいらないから看板さえ上げれば露店でも今日から冒険者ギルドだ」
好きに設立していいらしい。
でも当然提供されるサービスに違いが出るわけで、人気ギルドに人は集まるから自然と淘汰されていくんだと。
「クルトゥーラは建国当時とほぼ変わってないから国を管理する様々な魔法や魔動具が今も使える。だから組合……ギルドも発達している。戦で国土が割れたり滅んだりしたところはそういう魔法が途絶えている。その違いだろう」
おお、ここは千年続く由緒正しい国なのか。
それで未だに辺境の開拓やっててその開拓村が行政の手抜きか何かで半壊してるんかい。いや開拓しては魔物に吹っ飛ばされて、を繰り返してるのか? 修羅の大地だな……。
七人のお妃達について俗な好奇心でニュアンスを確かめたところ、どうも一夫多妻というわけではなく、前世でいう公妾が七人という感じらしい。
皇帝は神域に至り神と契ったので人の妻は娶らず、直臣として集った姫達と共に力を合わせ人の国を整えたとか何とか。要は血族支配か。
そんなよもやま話をしていたら鳥を提げたベルレが戻ってきた。
デカい鶏ぐらいのサイズで見た目は鴨っぽい。それを二羽。
「その『フツー、一人につき一羽では?』ってツラをやめろ」
ベルレが疲れ切った様子で鳥をシェルリの前に置く。
げっそりとして木箱に腰を下ろした。だいぶお疲れのご様子。
「私が行ったほうがよかったか」
「お前が狩りに行くと洗濯物が増える」
「ありがとうございました。見事な獲物ですね。お手伝いすることはありますか」
「おう、全然馴染んでないな。もっと話そうか」
シェルリは鳥を持って立ち上がり、少し離れると両手に一羽づつ鳥を持ち、ジャグリングみたいに空中に放り投げた。
宙を舞う鳥が回転しながら一気に炎の玉に呑み込まれる。ジャッとかジュッとかいう音がして、再びシェルリの手に戻った時は見慣れた丸焼きスタイルだった。
羽根を毟る手間いらず!
おおー! と歓声を上げ拍手する。
あんな綺麗に羽根だけ燃やすなんてすごい。どうやるんだろう。
血抜きはベルレが済ませてあったみたいで、鳥はどんどん捌かれ、金串に刺して火炙りに。
これが異世界名物串焼き! 屋台じゃないけど。
一羽半が焼き鳥というかシュラスコ串で、残りは鍋でスープになった。
野菜とかしゃらくせえものは挟まず肉オンリーの蛮族飯だ。
ハーブ塩を擦り込んだ串焼き肉は皮はパリッ、肉はジューシー、ハーブと煙の風味に塩が効いてもう最高だった。
肉! 口いっぱいの肉!! こんなの初めて!!!
「おいひいれすぅ~!!」
串を天に掲げて感謝を捧げながら食ってたら二人に笑われた。
いやでも感謝しかないじゃろ。だってこれ、私がクルパン粥しか食ったことないって言ったからわざわざ狩ってきてくれたんでしょ。
私関係無くて単に二人が肉食いたかっただけかもしれないけど、それでも恵んでくれたことに変わりはない。
なんていい人達なんだ。
例えこの後売られてもこの二人なら恨まないぜ。
スープはちょっと酸味をつけたスッキリ味で、串焼き肉で脂まみれになった口中をほどよく洗い流してくれる。
そしてまた肉を囓る。
スープで洗う。
ああ~……生きてる、今すごく生きてる実感がする。
野外で狩った肉をその場で捌いて直火で炙って食らう、これよこれ。
早く自力で狩りができるようになりたいな。
この先首尾良く冒険者になれたらこういうのはただの日常になるのかもしれないけど、今日のこの夕暮れと、焚き火と、肉の味は忘れない。
肉に必死になってたらいつの間にか馬が戻ってて、盥から水を飲んでいた。馬の為の水だったんだ。
存分に給水した馬はブフーッと満足げな息を吐くと、ドスンと横に倒しになって寝た。いいのかそれ。馬ってよほど安全と判る場所じゃないと横になって寝ないって思ってたけど。安全なのかなこの野営地。
たらふく肉をかっ食らって満腹になった私は串を持ったまま寝落ちしたらしい。
またもや寝落ち! もう恥ずかしいやら申し訳ないやら……。
食わせてもらってばかりで仕事してないので洗い物はやるぞって思ってたのに、ハッと気付いたら絨毯に寝かされてた。
丁寧に手も顔も拭いてくれてて、めり込むほどいたたまれない。
ジャンピング土下座で起きて謝ったらなんかツボに入ったらしくベルレが酒噴いて、シェルリに冷たい目で見られてた。
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