第2話 村脱出からの人身売買からの森投棄

 というか、村だった。辺境の開拓村だった。


 他に家がなかったので森の中の一軒家かと思ってたら、単に立地が村の一番端っこというだけだった。端すぎんだろ。隣家まで何キロあるんだよ。


 魔物の襲撃当時についてはよく覚えていない。

 結果だけでいうと、落ちた天井が壁際の角で寝ていた私を上手く閉じ込め、その瓦礫が魔物に対しての防壁になっていたんだそうだ。自警団が到着するまでの時間稼ぎになったらしい。


 この襲撃でおっさんとおばさんとロバらしき動物が死んだ。

 というか、我らの掘っ立て小屋は大破していた。

 とりあえずロバの冥福を祈った。


 おっさんとおばさんについては……正直複雑だ。

 ざまぁと思うほどの恨みや憎しみというか、強い思い入れがないんだよな。

 おっさんについては多少恨みに思う気持はあったけど最近は逃げ足が速くなってて回避できてたし。

 おばさんは万年不機嫌で喋った記憶がほぼないけどご飯はちゃんとくれてたし。


 でもそれも鈍してたから強く感じなかっただけかもしれない。

 実際よく覚えていない。精神の防御規制というやつかも。

 かといって今更克明に思い出したくもないし。


 なので死んだら仏と割り切って、素直に二人の冥福を祈ることにした。

 少なくとも私が今まで生き延びたのは、おっさんとおばさんのお陰なのだから。



 おっさんとおばさんは他の犠牲者と共に村の墓地に葬られた。

 ロバの墓は勝手に空き地の隅に作った。

 意味のない自己満足だけど今の私には必要な儀式だと思ってやった。


 襲撃事件で保護者がいなくなった子供達はいったん村長宅に集められた。

 環境が変わったことでメンタルも多少復活し、遅まきながら情報を求めて周囲と交流を図った。

 他の子供達と話したり、大人達の話を立ち聞きしたり、世話係らしい年長の少女にたずねたり。

 ここにきてやっと自分と自分をとりまく環境を朧気ながら知ることができた。


 とりあえず奴隷ではなかったらしい!

 奴隷同然ではあったけど。


 でも公的身分が奴隷じゃないってのは大事なことだと思う。この世界、奴隷制度はあるみたいだし。

 「おっさんとおばさん夫婦(夫婦だった)が以前住んでた町で、家の手伝いをさせる為に孤児院から引き取った孤児」というのが私の正体だった。

 養子とはまた違うらしい。住み込みの使用人みたいなもんだろうか。

 今現在、孤児に逆戻りしてるが。


 この開拓村は第一陣が入植してから六年ぐらい経つそうだ。

 正直言って流刑地かな? と疑っていたが一応ちゃんと領主の支援がある公共事業らしい。

 魔物は駆除済みだったはずなのに話が違う、と大人達が愚痴ってた。

 あれかな、不正とか手抜きとかかな。

 人の命がかかったことでやるか?

 やるだろうなあ……命の軽い世界だ。つらい。



 大人達が後始末に駆けずり回ってる間、私は村長宅の大部屋で他の子供達とひとときの休暇を過ごし、おかげさまでかなり回復した。


 人間性が。


 聞く限り村では私の扱いが最底辺だったようだ。そんな気はしていた。

 それでもこの世界全体でいえばマシな部類なのではないかと思う。

 なんとなく。

 少なくとも屋根と壁がある自分専用の寝室があって、毎日メシ食って水もちゃんと井戸から汲んだやつを飲めたもん。

 マシだと思いたいだけなのかもしれないけど。


 そのうち他の子供達は親戚や近所の人、親の友人等、様々なツテを頼って引き取られていった。

 私はどうなるんだろう。辺境開拓村に孤児院なんてないしな。

 またどこかの家で奴隷奉公か。せめてロバ並の扱いでお願いしたい。夢はベッドで眠ること。

 そんな志の低い夢想をしていたらある日「町の孤児院に戻す」と言われた。

 丁度そっち方面へ向かう旅商人が来ているらしい。


 意外だなと思った。だって戻すとかめんどくさいじゃん。

 開拓村に労働力なんていくらでも欲しいだろうに、手放しちゃうの? って。

 孤児なんて後腐れのない便利な労働力なのに。

 もしや、おっさんとおばさんのアライメントが混沌寄りだっただけで、他の人は秩序寄りなんだろうか。

 未開で野蛮な世紀末的世界だと思ってたのは誤解だった?


 そんなわけであれよあれよという間に私は身ひとつで旅商人の馬車に積み込まれ、思い入れも思い出もない開拓村を後にした。

 一応、物心ついた時からというか完全に前世の人格になってからも数年過ごした村なんだけど、びっくりするぐらい何の感傷もなかった。


 村の名前すら知らんままだ……。



 ◇ ◇ ◇



 始めて村の外に出た。


 荷台から見る景色は――同じような森と原っぱのループで早々に飽きた。

 というか、睡魔が……。

 長年蓄積した疲れもあるのか、少しでも体力を回復・温存しようとする本能なのか、ぼーっとしてるとすぐ眠くなってしまう。よくない。


 時々トイレ休憩を挟んで(勿論この大自然全てがトイレだ方式である)夕方頃、馬車は街道脇のちょっとした空き地に止まった。お決まりの野営地なのだろう。


 薪拾いに火起こしに煮炊きに掃除にと当然のようにコキ使われたが、世話になってる身だからその辺はやるしかない。少なくとも商人達は蹴ってこない。ちゃんと言葉で指示をくれるので文明人である。

 ご飯だって一人前をもらえたので上出来だ。

 ただしメニューがおばさんがくれたものと同じだった。

 黒くて固いパンらしきもの、薄味スープを添えて。

 もしかしたらこの辺りの郷土料理なのかもしれないな。ははは。


 初めての旅で緊張もあって早々に体力が尽き、指示された仕事が終わるともう眠さMAXでフラフラだった。

 馬車の下に潜り込み、貸してもらった大判雑巾みたいなラグを敷いて横になる。幼くして地べた生活のプロなのですぐに寝入った。



 それでも熟睡はできなかったのか、夜中にふと目が覚めた。


 いや違う。


 なんかケンカしてる。


 暗がりの中、頭上、つまり馬車の荷台でなんか言い争ってる声がする。

 この旅商人の一行は4人で、今日一日の観察結果から内訳は商人1、商人の丁稚1、護衛2だと思われる。順に小太りおっさん、陰鬱おっさん、マッチョおっさん、ヒゲおっさん、のおっさんアソートだ。つらい。

 声からして商人とマッチョおっさんだと思う。


「……なっ、貴様……!」


 商人が短く叫んで、それから静かになった。


「殺しちゃいねえだろうな」

「落としただけだ。おい縛っとけ」

「チッ」


 順に陰鬱おっさん、マッチョおっさん、ヒゲおっさんだ。

 ダメ絶対音感持ちとして自信がある。


 ……いやそうじゃねえ。

 なんだこれ。どういう状況だ。


「ガキはどこだ?」

「荷台の下だろ。そいつも縛っとけ。売れば酒代ぐらいにはなる」

「やれやれ。予定外は気にいらねえなぁ」


 転がったまま硬直していたら足首をむんずと掴まれウヒョッみたいなかわいくない悲鳴が出た。

 荷台の下からずるずると引き摺り出される。

 マッチョおっさんだった。


「暴れるんじゃねえぞー」


 すごくめんどくさそうに、ロープ片手に屈み込んでくる。

 いや怖い怖い怖い!

 逃げなきゃ、というのは判る。判るんだよ、頭では!

 でも腰が抜けてガクガクするだけでひっくり返された亀みたいな状態。

 アワアワしてる間にマッチョおっさんは私の体にロープをぐるぐる巻き付けていく。すごい巻き付けていく。

 どういうことなの。

 このままでは孤児院に戻れそうにないことだけは判るけど。


 は? 売るって? 人身売買ですか?

 せっかく奴隷扱いから脱却したのに今度こそ本物の奴隷に成り下がり?

 ふざけんなクソが。


 心の中ではお喋りだけど実際にはビビって声も出せず、うごうごともがいていたら、マッチョおっさんは巻き終わったロープの端をお腹のあたりでふんわり蝶々結びした。オシャレか。いらんわ。


「よーし。坊主は頭良さそうだからな、ちゃんと言うこと聞けよー。全力で森の中へ走り込んで、適当な木の陰に隠れろ。後はお前の運次第だなあ」


 そう言って私を森の方へと押した。

 転びかけたが何とか踏み止まる。

 暗くておっさんの顔は見えない。

 ついでに目の前の森の中も真っ暗だ。


 普通に怖い。メチャクチャ怖い。


 でもこれはマッチョおっさんが逃がしてくれようとしてるんだよね?

 逃がしたフリして追っかけてきて「人間狩りのお時間だヒャッハー!」とかいうイベントじゃないよね?? 信じるぞおっさん。


 私はよろよろと森に入っていった。バッと駆け出したいところだがそう調子良くはいかない。まず暗くて見えないのとロープが想像以上に重かった。

 背後から「痛ってえー! このクソガキめ!」という、実にわざとらしいおっさんの叫び声がした。おっさん達の怒鳴り声が飛び交う。

 もっと離れた方がいいのか、さりとて街道からあまり離れるのもどうかと悩み、自分的にほどほどのところで小さく丸まり様子をうかがった。


「なにやってんだ!」

「チッ、めんどくせえ、もういいだろ」

「は? 顔見られてんだぞ」

「縛っておいたから魔物にでも食われるだろうさ」

「黙れ、俺が探す」

「そんなヒマあるかよ。時間に遅れっちまう。元々あのガキは予定外なんだからほっとけ。遅れた言い訳になるほどの値はつかねえぞ」


 その後もおっさん達はごちゃごちゃ言い合っていたが、マッチョおっさんの「時間に遅れる」が優先されたようで、しばらくして鞭の音、ガラガラと車輪の音がし、じき、辺りは静まり返った。


 私は真っ暗な森の中に独り取り残された。

 ロープ巻きで。



◇ ◇ ◇



 ロープは本当に巻いただけだったので、ちょっと力を入れるとすぐ緩んだ。

 なんとか腕を抜いて蝶々結びを引っ張って解き、縄抜けする。

 これはロープを餞別にくれたってことなんかな。

 どうせならナイフが欲しかった。無理か。


 こそこそと街道へと戻り、星明かりの下で目を慣らし、周囲を観察する。

 夜目は利く方だ。馬車とおっさん達が完全に行ってしまったことを確認して野営地へと戻った。

 真っ暗で物陰だらけの森の中より、開けた野営地の方がまだしも安心できた。

 つうか魔物がいるとか言ってたし。

 やめて助けて死にたくない。

 

 焚き火跡に近付いて、息を吹き込んでみる。小さく火種が見えた。

 よーしよしよしよし! 担いでいたロープの端のぱやぱやした部分をそっと近付けて火を移らせる。慎重に火を育て、なんとか小さいながらも焚き火を維持することに成功した。


 馬車があった所に雑巾ラグがそのまま落ちていたので拾ってくる。

 ボロだろうと布は布だ。今の私には全ての物資が貴重品だ。



 空を見上げるとそりゃあ綺麗な星空で。

 そうか星があるということは宇宙があるんだなこの世界は。

 天動説かな? 地動説かな?

 月は……あれかな? 小さいな。月というか衛星か。


 現実逃避してても生存率は上がらない。

 これどうしようか本当に。泣けてくらあ。ハハッ。


 この街道、他に馬車とか通るのかな。町に向かってたはずだけど町まであとどれぐらいなんだろう。歩いていける距離だろうか。

 馬車が通るのが先か、私が魔物に襲われるのが先か、はたまた干からびるのか先か。

 なるほど運次第か。はあ。

 馬車が通ったって助けてくれるとは限らないし、助けてくれたとしてまたしても売り飛ばしコースかもしれない。つかそっちの方が確率高そう。

 クソのような世界だ。

 

 雑巾ラグの上に座り込んで小さな火を見ながら、つらつらと考える。

 ロープが燃え尽きたら次はこの雑巾ラグを燃やす。

 とりあえずこのまま徹夜で夜明かしする。

 朝になったら開拓村に向かって歩く。町まであとどれぐらい距離があるのか判らないけれど、出発した村までなら判る。

 途中で誰か通りかかったら様子を見て交渉する。


 うむ。このプランで。

 村に戻っても未来は暗いけど、一般モブ児童には現状選べる道がそこしかない。

 チートもないのにハードとは。ひどすぎる。なんかこう、転生特典とかないんですかね神様。未練がましいですが。なんかないですかね。開拓村に視察に来た領主のご令嬢におもしれー奴認定されるとか。無理か。おもしろい前に汚いガキだわ。

 ご令息じゃないのかって?

 おもしれー呼ばわりしてくる男はnot for meかな……。



 私は必死に眠らないよう、どうでもいいことを色々考えて耐えていたのだが、結論からいうとどっかの段階で寝落ちた。らしい。だって目が覚めたから。

 朝のきりっとした空気で肺が一杯になる。

 白々と明けた周囲に、ひとまず夜は生き延びたんだと安堵した。

 寝ぼけまなこでごろりと寝返りをうち、薄青い空を見上げる。

 ああ、異世界の空も青い――


 そこでやっと私を見下ろしている人物がいることに気付いた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る