異世界スロー旅~雑草少女の旅するスローライフ~

鷹山リョースケ

第1話 奴隷スタートですか?

 私がいわゆる「前世」を思い出し始めたのは4歳ぐらいからだったと思う。

 ある日一気に全てを思い出したわけではなく、日々の細かい疑問や齟齬をきっかけに毎日ゆっくりと混じり込んでいく感じだった。


 なんで布団がないんだろう。

 水道は? 電気は?

 でんきってなに?

 なんでこんな不便なところに住んでるんだろう。

 どこの田舎に来てるんだろう。

 おとうさんとおかあさんはどこ?


 判らないことだらけだった。


 毎日知らないおっさんに荒れ地に連れていかれ、そこを綺麗に掃除するよう言われた。小石とか木の根の切れっ端とかを拾って、集めて捨てる。

 やってもやっても切りがないのでしんどい。

 綺麗にしてどうするのか目的を教えてくれ。


 おっさんは気まぐれにやってきては大声で怒鳴って去っていった。

 なにを言ってるのかよく判らなかった。

 外国語みたいだと思った。がいこくご?


 独りぼっちで黙々と小石を拾い、陽が暮れる前に家に帰る。

 家といっても掘っ立て小屋に家畜小屋を併設したレベルで、私の寝場所はその家畜小屋の一角だった。同居人はロバっぽい動物。大人しいけど臭い。

 壁があるだけマシと言えばマシかもしれない。


 掘っ立て小屋の裏口から土間に入ると無愛想なおばさんがいて、目が合うと無言で食事をくれる。黒くて固いパンらしきものと、スープが入った木椀。

 メニューは常に1種類。

 扱いは悪いけどスープはわりとちゃんとしてて、イモっぽい根菜や葉野菜がそれなりに入っていた。時々は肉の欠片さえあった。

 もうこれだけで「おばさんはいい人なのでは?!」と思ったけど、話もしてくれないし長居をすると無言で蹴飛ばされて追い出されるので判定は微妙。


 黒くて固いパンらしきものは到底歯が立たないのでスープに沈めてふやかす。

 最終的にパン粥っぽくなったそれをお腹にたまるよう、ゆっくり食べる。

 食べ終わるとそそくさと家畜小屋に戻った。


 夜は地べたに敷いたぺちゃんこの毛皮っぽいものの上で寝る。

 寒い時はかつて毛布だったと思われるボロ布を巻き付ける。

 季節の変化はあるものの極端に寒くも暑くもならないので、なんとかやっていける。雪も降らないし。ゆきってなに?


 トイレは「この大自然全てがトイレだ」方式だったけど、それはなんか慣れた。

 子供だからだろう。


 これが私の生活環境だ。


 このおっさんとおばさんが親なのかと思ったがどうも違う気がする。

 うっすらと脳裏に浮かぶ顔と違うのだ。

 これについては前世を思い出していく過程で間違いなく他人だと判った。

 ではなぜ私は他人の家で暮らしているのだろうか。


 そんなもやもやした日々が続いていた。



 ある日、いつもなら置いてあった水桶がその日はなかった。

 喉が渇いて我慢できず、しょうがないので家に戻り裏手の井戸に行った。

 子供には釣瓶が重かったが喉が渇いた一心でなんとか桶を上げ、やっと水にありつく。

 乾きを癒やしてほっとしていたら突然「怠けるな!」という怒声と共に蹴り飛ばされた。


 驚愕だった。まずその理不尽さに驚いた。

 子供を一人で働かせて、水も与えなくて、自主的に飲んでたら怠けてるって、問答無用に蹴り飛ばすって。


 突然の暴力に呆然とする私を、おっさんは叫きながら更に蹴り転がした。

 そこで記憶が途切れたので気絶したのかもしれない。


 目を覚ましたのは木陰だった。目の前には見飽きた荒れ地。

 作業を続けろということか。

 蹴られた箇所がじわっと痛み始めて、涙が出た。


 このあたりで私はここが未開で野蛮な世紀末的世界だと認識した。

 そして自分の立場がとても弱いものである、とも。


 泣きながら小石を捨て、陽が暮れてきたので家に戻る。

 嫌でも他に行くところがない。

 びくびくしながら裏口に行くと、おばさんはいつも通り無愛想で、いつも通り食事をくれた。

 裏口の壁にもたれて座り、ゆっくりと食べた。

 蹴られたところが痛かった。


 家畜小屋に戻って毛皮の上に寝転がると、痛くて悔しくて、今までの細々とした辛かったことや納得いかなかったことが一気にブワッとせり上がってきて、私はその夜、声を上げて泣いた。泣いて泣いて、泣き疲れて眠った。



 そして「夢」を見た。



 別の世界で暮らす別の私の夢を。前世というヤツを。

 そりゃもうハッキリと。

 全てを思い出した。


 アッハイ。転生。把握。


 ファーーーー!!! そういうことですかい!!!!


 朝日の中で飛び起きたわ!



 が、しかし。


 神様に会った覚えもないし頭の中で声を聞いた覚えもない。

 レアスキルも特殊ギフトもレベルもなんかそういうの全く心当たりがなく。

 「ステータスオープン!」とか小声でそっと呟いてみたけどなんもなく。

 無駄に恥ずかしいだけだった。


 そういや前世は外見も頭の中身も平凡なその他大勢モブだったな。

 ザ・一般人。ハイ理解。

 夢も希望もねえわ。


 それでも初めの頃はそのうち特殊イベントが発生するのでは? なんて甘い期待をしたもんだけど、現実見たら私ってぶっちゃけ奴隷ですよね。


 別に可愛くもなんともない、むしろ汚い貧相な子供で、家も貧しめの庶民(推定)で、更にその奴隷(推定)。

 その中身はごくごく普通の一般人。

 何のチートも特殊技能もなく。

 ヒエラルキーは最底辺。

 ついでに言うと森の中の一軒家だ。隣人見たことない。


 それで何ができるかというと、なんもできないんだなこれが。


 待てど暮らせどイベントが起こる気配もなく。

 あいかわらずおっさんは突然蹴ってくるし、飯は不味い。でもちゃんと毎日配給がある点はおばさんありがとう。


 ともかく、もう少し体が成長しないとどうしょうもない。

 それまでは堪え忍ぼう。


 私はそういう名目でなにもできない自分を納得させて、現状に甘んじた。



 「貧すれば鈍する」ってあれは真実で。

 毎日の単調な作業、理不尽な暴力、変化のない不味い食事、満腹になることはなく、誰かとお喋りするでもなく、家畜と同じ屋根の下で地べたに転がって眠り、娯楽も逃避先も無し。

 これが何年も続くと「もーどーにでもなあーれ」って気分になる。

 考えるのを止めた状態。

 それどころか「屋根の下で眠れて毎日ご飯が食べられるって恵まれてる!」という気にさえなってくる。いやある意味それは正しいんだけどさ。


 そんな感じですっかり鈍して低きに流れ知性も遠ざかり人間性が麻痺し家畜同然に奴隷奉公を続けて数年が過ぎ。



 突然の魔物来襲アンド暴走で村の半分が吹っ飛んだ。


 さすがにそんな強制イベントは望んでなかった。


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