SWパーティー

連喜

第1話

 妻とは長いことレスだった。

 それについては特に何も思っていなかった。

 子どもができるとレスになるのは普通のようだし、子どもを怒鳴り散らしているあいつを見ていると、結婚した理由がわからなくなってしまった。妻を好きだった時期があるとすれば子どもができるまでだ。


 妻はすっかり老け込んでいて、化粧していないと南米の原住民みたいだった。出かける時は化粧で胡麻化していたが、元の顔を知っている者としては、きれいだなんて思わなくなっていた。俺自身は地方に出張に行った時に適当に発散していたし、年齢のせいもあるけど、もう十分だと言うくらい性欲が落ちていた。


 妻はどうしていたのかなと思う。寝室は別にしていたけど、夜は悶々としていたかもしれない。女性は四十代になると、それまで淡泊だった人も性欲が爆発するらしい。妻は鼾をかく人で、うるさくて一緒に寝られないから部屋を分けてもらった。それでも時々、俺のベッドに入って来てモーションを掛けてくるのだが、電気を消していても無理なものは無理なので、疲れていると言って断っていた。


「別に浮気してもいいよ」


 俺は常々言っていた気がする。多分だけど、こんな風に旦那公認で浮気するって言うのはスリルがなくて面白くないんだろう。四十代前半くらいまでは土日きれいにめかし込んで出かけたりしていたが、そのうちそれもなくなった。妻は若い頃は美人と言われていて、四十くらいでも、それなりに化粧をしていればまだきれいに見えていたと思う。


 しかし、年齢には勝てないのか。恐らく、だんだん相手をしてくれる男の年齢が上がって来て、妻としても妥協できなくなったらしい。おじさんは若い子が好きだが、おばさんも同じだろう。


 そんなある時、妻から唐突にスワッピングパーティーに行きたいから一緒に行ってもらえないかと言われた。俺は驚いた。もともとそういう話をする間柄ではなかったし、妻が性に奔放なタイプだとは思っていなかったからだ。俺は病気が怖いし、どうせかわいい子はプロだからと思って瞬時に断った。

「参加費が4万かかるんだけど行ってもいい?」

 そういうのは普通女は無料だと思うのだが。四十代になると金を取られるのかとおかしくなった。

「元〇〇〇〇〇のアイドルだった子も来るんだって」

「へえ。最近はそう言うのがあるんだ」

「うん」

 元〇〇〇〇〇〇の男性アイドルって言ったって、あお〇輝彦だって該当する。七十代。若い子が来るとは限らない。話を聞いていると、男目線でなく女性も楽しめるように若いイケメンが来るらしい。だから参加者は女性も多いとか。それを聞いて俺も「いいんじゃないの?」と快諾した。


 スワパ当日、妻は有休を取って朝から家にいた。ちなみに妻は薬剤師だった。

「パパが帰って来る頃にはもう出かけてるから、子どもたちに夕飯出してね」

「うん。わかった」

 これが最後の会話になった。


 それっきり妻は帰って来なかったのである。


 ******


 一月経って妻がもう帰って来ないと悟った頃。俺は息子たちに正直に事実を告げた。子どもたちは男と駆け落ちしたんだと笑っていた。子どもは二人だが、どちらも男子。口の減らないやつらだ。

「あんなおばさんと駆け落ちする男なんかいないって!」

 兄が弟に言った。

「でも、いるかもしれないじゃん。60歳以上のおじいさんとか」

 どちらも妻がいなくなって寂しがっておらず、心配もしていなかった。俺も妻がスワパで知り合った人と一緒にいるんだと思ったし、警察に行ったら妻が恥をかくからそのままにしておいた。俺も息子たちと同意見で、あんなおばさんでも相手にする男がいるんだとおかしかった。


 半年くらい経って、妻の父親から「麗子はどうした?」と言う連絡があった。どうやらスマホがつながらないらしい。ずっと電波の届かないところにいるということだった。俺は「電磁波が怖いって言い出して、スマホを使うのをやめたんですよ」と答えた。


「そこにいたら出してくれないか?」

「スマホで喋りたくないって言ってるんで…」

「じゃあ、普通の電話はないんだっけ?」

「はい。携帯しかなくて」

「じゃあ、手紙出すから返事よこすように伝えて」


 それから三日後には、義父から手紙が届いた。妻の郷里は福岡だ。最近、畑が害虫にやられて大変だと言うことが書いてあった。それに、親せきの叔母さんが寝たきりになったらしい。さらに従妹も結婚したともあった。お祝いは代わりに送っておいたからということだ。


 俺は妻のふりをして返事を書いた。立て替えてもらったであろう金も現金書留で送った。すぐに義父からお礼の電話が来た。耄碌しているからか、俺の代筆だということに気付いていなかった。


「ごめん。今、風邪引いてて」

 俺は咳込みながら裏声で話した。

「声、がらがらだな。コロナか?」

「ううん。違うと思うけど…声が出なくて」

「そっか。大事にしろよ」

「うん。ありがとう。お父さんもね」

「うん。年だからな。コロナに罹ったら死んじまうかもな」

「くれぐれも気をつけてね」

 やや間があった。

「そういえばお前、字がうまくなったな」

「え?そう?ペン習字やったから」

「なんだそりゃ?」

「何でもない」


 俺たちは短い会話を交わして電話を切った。俺のスマホにかかって来たからハンズフリーで話していると言う態を装っていた。義父はそろそろボケる。だから、この先もごまかせるだろうと思う。


 俺たちはそうやって五年も過ごしていた。義父は妻の失踪後、四年経って亡くなった。葬式には行ったけど妻はメンタルの不調で家に引きこもっているということにした。親戚たちは「今はそう言う人が多いからねぇ」「昔から変わった子だったから」「大変ね」と、俺を気の毒がっていた。


 ある時、俺宛てに手紙が届いた。

 まるで結婚式のようなきちんとした封筒に入っていた。


「スワッピングパーティーへのご招待。Aさんからの紹介で秘密のパーティーにご招待させていただきます。会費は一万円。元〇〇〇出身のアイドルも参加します」


 Aさんというのは、大学の同級生で某新興企業の社長をやっている人だ。俺も大学時代は共通の友達がいて何度か飲んだことがあった。卒業後は結婚式などで見かけたくらいだが、あちらも俺のことは知っているはずだ。Aさんはテレビにも時々出演しているような著名人だった。本人も来るんだろうか。紳士面をしていて陰ではスワパを催しているとは…。驚きはしない。金があれば何でもできるからだ。俺を呼んだのは、一応、上場企業の部長で金があると思われているのかもしれない。数年前に上場したから、IPO長者にでもなったと見込んでいるのだろう。


 俺は〇〇〇の大ファンだった。断ったら二度とチャンスはない。アイドルとやれるチャンスなんて普通の人には巡って来ないからだ。俺はすぐに申し込んだ。


 スワパの日まで俺はわくわくして過ごした。美容院に行き、眉毛を整えて、ダイエットや筋トレもした。久しぶりにアンダーヘアも整えた。


 息子たちには出張に行くと嘘をついた。

「〇月〇日は出張で帰れないから、ピザのデリバリーでも取って食ってくれ。五千円置いて行くから。おつりは小遣いにしていいぞ」

 息子たちは大喜びだった。

「やった!じゃあ、夕飯マックでいいや」

「俺、カップ麺にする!」

「もっと、ちゃんとしたもの食えよ」

「大丈夫だよ」


 息子たちはまだ高校生と中学生で買いたい物が沢山あるから、わずか数千円でも大喜びしていた。


 ****


 集合場所は都内某所にある神社だった。そこで待ち合わせをしてから、メンバーを案内するらしい。元〇〇〇のアイドルがスワパなんかに参加していたら、ビッグスキャンだろうだろう。俺は納得した。


 神社は石段を上がった先にあったが、街灯はなく真っ暗だった。前方にある神社の境内のある辺りからは薄明かりが見えていた。神社の厳かな雰囲気とこれから始まる隠微な祭りは対照的でもありながら、人間の原始からの欲望そのもののようでもあった。儒教やキリスト教的な倫理観などない時代だ。


 まるで山奥のように暗い。都内でもそんなに場所があるかと思うくらいの漆黒の中を俺は慎重に歩いた。心臓の鼓動が聞こえた。もう何十年ぶりだろうか。十代の頃以来だった。きっと石段の先には数十人の人影が待っているはずだ。


 しかし、俺が境内まで上り詰めると、そこには二人の人影があるだけだった。俺はちょっと早く来過ぎてしまったのだ。その人たちだって、こんな時間に集まっているのだから、他の目的は考えにくい。俺はその人たちの側に近付いて行った。


「すいません」


 二人は陰になっていて顔が全く見えなかった。何となく怪しかったが、男だと言うのは気配で分かった。どちらも小柄で細かった気がする。すると、足元からカランという固い金属の音がしたかと思うと、いきなり俺の頭上めがけて固い物が振り下ろされた。頭が割れたかと思うような激痛が襲った。


「うぐっっつ」


 俺はうめき声をあげて倒れた。それからも男がつぎつぎとバットを振り下ろして俺を滅多打ちにした。

「死ねぇ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 憎しみに満ちた声だった。

 その時、俺は自分に何が起きているかを悟った。


 ****


 ある正午。〇〇警察に一本の電話がかかって来た。

「すみません。ちょっとお聞きしたいんですけど」

 若い男の声だった。

「ハイ。どのような件でしょうか」

「うちの会社の社員の男性が出社しないまま行方不明になっているんです」

「捜索願は出されていますか?」

「いいえ。家族が出そうとしなくて…息子さんが二人いるんですけど。多分、家出しただけだからって言って、何もしようとしないんです」

「それだったら、捜索願は雇用主からでも出せますよ」

「それはちょっと…社長が嫌がっていて」

「でも、捜索願は家族や親族等からしか受理できないんですよね。何とか説得して…」

「それが無理なんですってば!」

「じゃあ、事件性がないということでしょ」

「そうじゃなくて、乱交パーティーに行くって言っていてその次の日から行方不明なんです」

「ああ、乱交ってのはトラブル多いですからね。ああいうのは行かないのが一番ですよ」

 その刑事は鼻で笑いながら、またかと思っていた。 

「もしかしたら死んでるかもしれないんですよ」

「ですから、家族を説得して」

「それが無理なんですってば!!!」

 その人は怒鳴った。

 

 その人は二十代後半の若手社員で、失踪した部長と親しくしていた。よくランチに行ったりもしていた。最後に部長と話した時のことを思い出していた。

「いよいよ今日なんだよ。せっかくだから病院でバイアグラもらってきたよ」

「いいっすね!」

「よかったら、次は誘うよ」

「お願いします!僕も〇〇〇大好物なんで」

「ハハハハハ」

 五十がらみの人が屈託なく笑う。

 その笑顔が目の前に浮かんで目頭が熱くなった。

 もう、部長はこの世の人ではない気がした。

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