第4話 ディダクション(推理)


「で、オメーの推理まとめると?」


 キリルはふてぶてしい面構えで横に座る探偵の体をつっついた。


 上田駅から離れていくタクシーの車内。運転手はケガをした外国人2人に怯えつつも、ハンドルを握っている。

 運転手も探偵も、キリルに強引に腕を引かれた被害者にすぎない。

 ニンジャがハーディと相対した直後、キリルは探偵を背負って駅を脱出した。それも改札からではなく、線路の防音壁を越えて飛び降りた。人が降りられる高さではないと探偵が訴えても聞かず、現状に至るというわけだ。

 探偵は疲労困憊だが、キリルの注文には答える。推理が好きだから。


「ニンジャは日本人だからニンジャ。そう考えると、キミたちの依頼主とニンジャの雇い主はイコールだ。僕を殺すどころか喧嘩を始めたからニンジャが派遣された」

「ふむふむ」

「犯人はともかく、案内役まで殺した。となると、ニンジャをおびき出すのがメインだと僕は思うよ」


 うーん、と探偵は唸った。探偵はキリルたちの依頼主、すなわち探偵殺害を依頼した人間のことは知っている。ニンジャのほうは知らなかった。どうせハーディのことだ。ニンジャに出会うまで日本で羽目を外していた、というのもあり得る。

 ハーディがキリルを殺そうとしたのは、探偵が余計な推理を披露しまくったから。これは黙っておこう。


「で、そろそろ僕を逃がす気になった?」


 タクシーが坂を登っていく。


「全くならねーな。テメーはハーディの餌だ」


 キリルは壊れた状態から回復したように見えるが、脳内は壊れたままらしい。彼女は打倒ハーディに取り憑かれている。

 このままでは自分が生け贄になる。そう思った探偵は軌道修正に動く。


「キミはハーディに勝つ自信があるのかい?」

「なめんなよ。知ってっかよ、猛獣ってのはメシ食うときが一番油断するんだぜ」


 探偵は天を仰ぐ。どうしようもないな、と頭を抱えた。


「やっぱりキミ……バカでしょ」

「はァ!?」


 キリルは驚愕していた。自覚無し。

 別に学がないという話ではなく、合理性が欠けているという話だ。


「期待の超新星って顔してるくせに、ヒットマンとしての冷静さが圧倒的に無い」

「何だとォ……!?オレはバカじゃねぇ!」

「その言い方がもうね……」


 探偵は呆れ返り、仕方なく話し出す。


「じゃあキミたちはいったい、あの新幹線に乗ってどこに行こうとしたんだい?」

「はぁ!?」

「おかしいと思わない?キミたちは長野へ向かう新幹線に乗っていた、僕を殺すために。その僕は同じ新幹線に乗っていた。キミたちは何の影を追わされていたのか?」


 キリルたちが新幹線に乗る前の情報では探偵は長野市にいた。しかし実際、探偵は新幹線に乗っていた。もし探偵が回り込むようにキリルたちと同じ車両に乗りこむとしても、長野市にいるはずの探偵には不可能だ。

 やっとキリルは気がついた。自分たちは探偵のいない土地へ向かっていたと。


「探偵と案内役が……繋がっていた……!?」

「ピンポーン!」

「何がピンポンだ!」


 キリルは探偵をビンタした。「痛い!」と探偵が情けない声を上げる。


「そんじゃあ……あれだ、なんでテメーは新幹線に乗った!乗る意味ねーだろ!おちょくりやがって!」

「決めつけるなって。案内役がやる予定だったことを僕がやろうとしただけだ」

「そほ予定を具体的に言え!バカ!」

「僕に当たるなよ」

「当たるだろ!オメーが原因だバカ!」


 キリルが詰め寄り、探偵が耳を塞ぐ。どうやらバカという言葉が突き刺さったらしい。あまりの怒りっぷりに車体が揺れた。


 そんなやり取りの最中、タクシーが停車した。

 キリルが数枚の一万円札を運転手に投げつけ、2人はタクシーを降りる。

 弱めの雪がまだ降っている。パラシュート降下のような速さで空を舞い、キリルたちの肌を冷やす。


 彼らの目線の先にあるのは上田城跡。そこへと続く二の丸橋。橋は堀にかけられており、車両の進入を防ぐバリケードがある。天守閣は残っておらず、見上げるものも無い。

 睨んでくる警備員を無視して2人は橋を渡る。

 葉の落ちた樹がうっそうとしていて今のところは森林公園のようだ。


 探偵はあたりを見渡し、人がいないのを確認する。


「よし、ここらへんでいいや」

「やっと話すんかよ」


 話の続きだ。なぜ新幹線に乗ってきたのかという問いに対する答え。


「キミたち2人を始末してもらう予定だった。新幹線の中でね。爆弾を使うらしいんだが、案内役の彼が起爆できなくなったから、僕が自ら動いたのさ」


 探偵の真面目な口振りにキリルは少しだけ、少しだけだがビックリした。


「……ハッ、失敗してんじゃねーか」

「失敗はしてないよ、まだね。僕は先頭車両から2号車までを見て回り、爆弾の位置を把握した」


 探偵が指を差す。


「キミだよ。キミが爆弾を持ってる」


 指の先にいたのはキリルだった。

 思わぬ推理に今回ばかりはキリルも目を点にする。


「…………え?」

「キミ、案内役が死んだ話をしてたとき機嫌悪かったでしょ。多分、案内役と仲が良かったハズ。だからキミは、何の疑いも無しに案内役から何かを受け取っている」


 探偵がキリルの全身をじろじろと探していると、キリルのほうからポケットのスマートフォンを差し出した。案内役から貰った使い捨てのスマホだ。

 探偵はそれを受け取り、くまなく調べる。


「ずいぶん古いね、iPhoneマイナス3くらい?」

「つってもスマホだぜ?」

「うーん……でも重い」


 探偵がスマホを指で叩く。キリルが身を引いた。爆弾の扱いにしては雑すぎる。


「これで間違いないね。案内役が電話口に2人を近寄らせて、ドカンと。やり方はいくらでもあるだろう。手榴弾くらいの威力があれば十分だ」


 探偵はスマホを自らのポケットに入れた。本来の目的は殺し屋の始末だろうに、そのための爆弾を回収したのだ。キリルはそのことに気づき、意味がわからなかった。

 その時のキリルの「はぁ?」の顔を見ることなく、探偵は静かな眼差しをキリルの後方の空に向ける。

 

 何かが近づいてくる。ヘリコプターだ。まだ遠いが音は届く。

 観光用の遊覧飛行か、ともいかない。明らかにこちらへ向かって高度を下げて来ている。5人乗りの黒いやつだ。

 キリルも目を細め、探偵と同じ方向を見る。


「来たか……」


 慌てなかったのがキリル自身意外だった。

 探偵は再び浮わついた声になる。


「もしあそこに乗っているのがハーディなら、キミは殺される。ニンジャなら、キミは殺される」

「同じじゃね?」

「見逃してくれる可能性はあるのはニンジャだ。ただ彼は目撃例の無い珍獣だから、目撃者をもれなく殺しているという可能性もありうる。そうなると、キミは確定で死ぬ」

「いやいや、別に勝てねぇこたぁねぇだろ!」

「その言い方、キミの中でも結果は見えているんだろ?確実に負ける、って」


 図星をつかれ、キリルは言葉に詰まった。

 今までキリルはハーディと組んで成功してきた。だから自信を持てた。今は違う。ハーディは虎、キリルは狐だ。単体だと勝敗は見え透いている。

 自覚させられたとたん、キリルの自信が連鎖的に崩れていく。裸にされ、浅はかな自分が姿を出した。さっき慌てなかったのは、諦めて開き直っていたからだ。キリルはそう感じた。


 探偵からすれば、やっと動揺してくれたと思った。ハーディによって壊されたキリルの心は探偵によって殻を剥かれた。これで諭しやすくなった。

 やれやれ、といった様子で探偵は歩き出す。


「けれど……僕も死にたくない。この窮地に、あの強敵に、勝たなければならない」


 探偵は振り向く。


「だからこそ僕はキミを雇おう、キリル」


 手を差しのべた。これが唯一の打開策。災いを退けるためにはこれしかない。

 キリルの鼓動が治まる。不思議だった。心の奥でその言葉を待っていた気がした。


 2人は握手を交わす。雪が止んでいた。


 時間も少ない。そろそろヘリコプターがうるさくなってきた。探偵は作戦を説明する前に言っておきたいことがあった。


「何も、追い詰められての悪あがきじゃないよ。勝算はある。まずはキミについてだが……キミは筋肉があるけど、それだけじゃ説明のつかない頑丈さがある。僕が思うにキミ、泳げないでしょ」

「は!?なんで分かった!?」

「骨が折れてない。新幹線のガラスを素手で割って、ハーディのハンマーで殴られたわりにはね。多分、骨密度が普通の何倍にもなる遺伝子疾患だ。ちなみに体重何キロ?」

「答えるか」


 そう言いつつも、驚き半分、キリルは嬉しかった。裸になった自分にコーティングがなされていく。新たな自分、というフレーズはクサくて使いたくなかったが、どうもそれがピッタリなようだ。


 探偵の組んだ作戦は緻密で大胆だった。対ニンジャ作戦と対ハーディ作戦。そのどちらもが成功を予感させる。

 その後は高待遇な雇用契約をキリルが押し通した。殺害対象だった探偵に買収されれば業界からの信頼は失われる。それを踏まえて終身雇用の契約だ。

 とはいえ口約束でしかない。キリルは一抹の不安を抱きながらも真剣な表情をした。


「……マジでオレでいいんだな」

「勿論」


 軽い即答だった。


「キミほど直情的だと扱いやすいからね」

「オメーなぁ……」


 しまらない気分で決戦の舞台に進む。探偵は途中で別ルートへ離脱し、キリルが1人で迎え撃つこととなった。

 かつて駐車場だった場所を過ぎると、幅の広い橋にさしかかる。修復の面影なのか橋の床面はアスファルトに見え、欄干は腰までしかない。橋の下からは木々が高く生え、手が届きそうな距離にある。


 キリルはそこらへんにいた赤い甲冑姿の観光ガイドを引っ捕らえる。おそらく真田幸村のコスプレなのだろうが、キリルには関係無いし、そもそも知らない。


「おらッ!それ貸せ!」

「あ、ちょっと!」

「後で返す!」


 キリルはレプリカの槍と刀を奪い取り、観光ガイドを追っ払った。これで準備万端。


 橋の先には城の出入口である東虎口櫓門ひがしこぐちやぐらもんがあり、両隣を小高いやぐらに挟まれている。要は三連結された櫓のうち真ん中の櫓に門があり、そこに橋が接続されている形だ。


 キリルは橋の中央で門を背にして仁王立ちする。

 右手で槍を突き立て、左手で刀を握る。


「やってやるぜ、探偵さんよォ!」


 キリルは不敵な笑みを浮かべた。

 敵の襲来を察知したように髪が強風になびき、気合いが充填されていく。


 ヘリコプターが低空飛行となり、スライドドアが開く。白い空のせいでヘリの中には影がかかり、黒い人影しか見えない。

 下には薄く積もった雪。2人の男が飛び降りた。


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