第3話 オンスロート(猛攻)


 災いがもう一人、遥か彼方から現れた。

 雪が強まり、黒が映える。

 

「仲間割れか、標的が逃げるぞ」


 ニンジャが線路上の探偵をチラッと見た。

 彼の声は沈むようでハキハキとしていたので、ハーディは軽く驚いた。


「君、本当にニンジャ?」

「らしいな」

「そうか、来てくれて嬉しいよ。任務をかなぐり捨てれば、世界からの抑止力がやって来るワケだ」


 ハーディは知っていた。彼が来ることを。

 案内役の殺害と予定に無いキリルの殺害。後者は未遂であるものの、その2つはニンジャをおびき出すためにやったことだ。探偵を殺す仕事に支障が生じればニンジャが現れると知っていたのだ。


 まんまと誘われた。ニンジャはそのことに気づきつつも無表情のまま。


「狙いは俺か」

「ああ、だ。君を粛清する」


 ハーディはまたもやターゲットを変更し、ニンジャを見据えた。

 新幹線の上。逃げ場は少ない。だからこそハーディは彼を見下した。ニンジャは世界最強というわりにはゴツいとは言えず、見たところ30代の、生気の無い顔をしている。雰囲気はあるが、それだけ。


 両者とも余裕の表情で向かい合う。

 ニンジャは十字に似た黒い何かを投げたのち、それを確認すらせず拳を構えた。


「受けて立つ」


 ハーディも拳銃を握りしめ、呼吸を整える。


「いざ尋常に……参る」


 雪風が吹きすさぶ。


 一方でキリルはというと。線路に飛び降り、とぼとぼと逃げる探偵を取っ捕まえていた。

 探偵の背中に何かが刺さっている。十字の四方向に刃が伸びた投てき武器。キリルは見たことがなく、それを察した探偵が教える。


「……手裏剣だよ」


 さっきニンジャが投げたのは手裏剣だ。一発で、しかもノールックで探偵に当てていた。

 背中から少しずつ、だが大量に血が流れ、探偵の顔色が悪くなっていく。


「ニンジャだからね……アレも使うよ、アレ……あの、ナルトでよく使ってたやつ……クナイだ」

「余裕あんじゃねぇか……」


 キリルが顔をしかめ、無理やり手裏剣を抜いた。探偵の哀れな悲鳴が響き渡り、雪風が吹きすさぶ。


 キンッ、という金属音を耳にしたキリルはハーディたちのほうに目をやる。

 ハーディの持つ拳銃が途中で真っ二つになっていた。銃身が吹き飛び、綺麗な断面があらわになっている。その断面を生み出すため、ニンジャはある武器を使っていた。いや、抜いていた。


 波打つ刃文はもんに鋭利な切っ先。その刃にハーディの顔が反射する。


カタナ……!」


 まさか実戦でお目にかかるとは思わず、ハーディは鼻で笑った。

 銃が刀に負けたのではない。雪と風によって視界が白くなった一瞬をつかれた。よーいドンの無い戦闘で一手遅れた自分が悪いのだとハーディはわかっていた。


「相手にとって不足なし……使い方合ってる?」

「ああ。ところでお前、どこかで会ったか?」

「君は二度も同じ人間に会うのか、意外だ」


 ハーディはガラクタとなった銃を放り投げる。

 お喋りな殺し屋だなと、ニンジャは刀を握り直す。元よりためらいの無い攻撃に私情がこもる。


「知るか」


 ニンジャは刀を上段で構え、即座に振り下ろした。

 恐ろしいほどに速い。だが直線的。ハーディは斜めに避け、下ろされた刀を足で踏みつけた。


「日本だから刀なのか?実戦的とは思えないが」


 動けなくなった刀に吐き捨てるようにハーディは疑問を呈した。

 日本刀は切れ味がある分、扱いが難しいし、接近戦でしか力を発揮できない。わざわざ刀を持ち歩くなら無理にでも銃を撃ったほうが良いだろう。


 「そうだな」とニンジャは言い、刀を握る力を緩める。


「だが、格好カッコ良い」


 刀から手を離し、両手をベルトに持っていった。

 刀が地面に落ちる一瞬で、ニンジャは2つの手裏剣を放つ。それらは圧倒的なスピードだったが、八の字でハーディの顔の横を通り過ぎた。

 

 危なかった。ハーディがそう安堵したのもつかの間、ニンジャは落ちた刀を走りながら右手で拾い、切り上げようとする。それと同時にハーディの真後ろでカンッ、と何かが弾かれる音がした。


「何……!」


 ハーディは愕然とした。手裏剣がもう一つの手裏剣に弾かれ、ハーディの背後から向かってきていた。

 イカれた技だ。これでは刀と手裏剣の挟み撃ち。と思いきや、それだけでは終わらない。


 まだニンジャの左手が余っている。そして丁度今、彼の左手がベルトの後ろへ回されている。

 この戦いの間だけ、ハーディは先入観にとらわれていた。日本刀を使う、忍者の名を持つ殺し屋。そんなブッ飛んだ男だから変な武器しか使わないのだろう。そう思い込んでいた。


 ニンジャが左手で構え、コートの下から引き金を引く。刀でも手裏剣でもない。拳銃だ。

 グロック26。忍ばせるにはもってこいのコンパクトな拳銃で、その実用性は折り紙つき。


 結果的にハーディを襲うのは刀、手裏剣、弾丸の同時攻撃。ここまでの動きは1秒もかからなかった。 

 ハーディは歯を食い縛った。避けられるイメージがわかない。手裏剣への反応すら遅れた。その自分が全ての軌道から外れることは不可能に思えた。


「あぁ……違う、そうじゃない」


 凍りつく風がハーディの体を押している。閃いた。

 これも先入観だ。新幹線の屋根という一直線のフィールドしか見ていなかった。


 ハーディはバランスを崩すように体を右へ倒した。地面に足がついておらず、そのまま落ちていく。

 弾丸が左脇腹をかすめるも、ハーディは空中に飛び出す。屋根から反対側の線路の上へ。


 刀は空振り。手裏剣も足元に刺さった。ニンジャがボソッと「逆だろ」と呟く。


「いいや、合ってる」


 相手は現役最強の殺し屋。その強さの原因はパワーやスキルだけではない。体力、反応速度、判断力、頭脳。ニンジャはまさしく人間の延長線上にいる。

 純粋な戦闘ではハーディは決して敵わない。ならばそれ以外だ。一つでもニンジャを越えるがあれば、それで戦えばいい。


 ブーーー、と警笛が鳴る。誰もが振り返る、けたたましい音。

 上り線、東京行の北陸新幹線が来た。というより、既にそこにいた。


 この新幹線は上田駅を通過するため速度は良好。まさか下りの新幹線から人が落ちてくるとも思っていない。つまり人身事故の条件が揃った。

 最大限の警笛が鳴り響く。しかしもう遅い。ハーディは新幹線の上部に当たり、大きくはね飛ばされる。


 雪の中を人形のように舞い、ハーディは笑った。その邪悪な笑みを見て、ニンジャはハッとした。


「思い出した」


 ニンジャの頭の片隅にいた。ハーディがいた。

 写真で見たことがある。確か中国の指名手配犯だ。事故に見せかけてクラスメイトを全員殺したとかで20年ほど前に話題になっていた。その後は行方をくらまし、自殺したと言われていた男だ。

 名前はもっと知っている。彼はクラスメイトだけに飽き足らず、殺し屋として仕事を請け負いながら趣味でも殺人を繰り返している。血を飲むだとか、極端な夜行性だとか、噂の絶えない異常な男。

 写真と名前が一致した。大人になってはいるものの、ハーディはニンジャと同じ。同列の存在。


「トム・リー」


 四大ヒットマンが1人、通称『ヴァンパイア』。

 本名はトム・リー。偽名はハーディ、その他。


 吸血鬼ヴァンパイアが空から降ってくる。

 新幹線にはねられても意識を鮮明に維持し、無傷であるかのごとく帰ってくる。

 ニンジャが戦闘の天才だとすれば、ヴァンパイアは狂気の天才。悲しみを知らず、痛みを操れる人間。


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