第90話

 3月15日、木曜日。


東大文2にも合格し、高校の卒業式も終えた美冬。


卒業式では卒業生代表として挨拶あいさつし、俺はその姿を来賓らいひん席から眺めていた。


この高校に並々ならぬ援助をし、今後も財団理事として関わっていくから、まだ学生にしか見えない俺が都や区の議員や役人達に混ざって座っていても、誰からも異論は出ない。


校長先生が、俺に対して決して失礼のないようにと、他の来賓達に事前に説明したようである。


議員など、選挙で落選すれば只の人なので、本来なら偉そうに祝辞を垂れるのだろうが、今回からはそれができない。


もしそんな態度をすれば、次の選挙で俺が『皇帝』を用いて落選させる。


ただ、俺もこんな所で偉そうに挨拶するのは好きではないから、そういう面倒事は校長先生の采配さいはいに任せてある。


卒業式など、短い時間で、生徒達が楽しめればそれで良いのだ。


式が終わり、帰る段になると、美冬は大勢の生徒達に囲まれていた。


いつもの友人達以外にも、彼女を慕う生徒は多かったようで安心した。


先に帰り、珈琲を飲みながら寛いでいると、帰宅した美冬に文句を言われた。


『どうして先に帰っちゃうの?

最後だから、腕を組んで歩いて来たかったのに・・』


『校門で、2人並んで記念写真は撮ったのだから、問題ないだろ。

あそこで俺が待ってたら、何だか急かしているみたいで、お前を取り巻いていた生徒達に気を遣わせるじゃないか』


そう言い訳したが、暫くむくれていた。


その日の夜は、イギリスに居るエミリアを除く、お仲間さん全員が家を訪れて、盛大にお祝いをしてくれた。


彼女の卒業を祝う意味もあったのだが、真の理由は、これで俺が今まで自分に課していた、『美冬が高校を卒業するまで、童貞のままでいる』という制約が解かれるからだ。


それはつまり、直ぐにでも美冬と済ませ、早く彼女達の相手もしろという暗黙の了解でもある。


明るく騒がしい祝いの席で、俺を見る皆の眼に、『分っているわよね?』みたいな光があったのは決して気のせいではないだろう。


そんな訳で、美冬と相談して、今夜、お互いに大人の階段を上る事にしたのである。


夕食を済ませ、共に入浴して、バスローブ姿で俺の部屋のベッドに2人で腰かけている。


普段なら、入浴中にほぼしてくるはずの摂取行為もなかった。


これまでスキンシップは数えきれないくらいにしてきたが、いざ本番を迎えるとなると、お互いに緊張して言葉も少なくなる。


けれど、共に過ごし、支え合い、笑い合った1年半近い時間が、この場を決して窮屈きゅうくつな感じにはさせない。


自然と手が触れ合い、唇を重ね合う。


「到頭俺達も、そういう関係になるんだな」


「そうだね。

初めて会った日に、『約束』をしたよね?

二十歳になったら新しい『約束』をしようなんて言ったけど、それより1年以上早かったね」


「婚姻届けは、俺が18になる10月5日以降に出すよ。

それまでには、結婚指輪もできている。

デザインは、この間美冬に決めて貰った通り。

製作を任せるハイブランドの担当者が、『本当にこのピンクダイヤを削ってしまって良いのですか?』と驚いていたがな。

あんな大きな塊は、もう二度と手に入らないだろうとさえ言っていた。

吉永さんの分を入れて、3つ作れればそれで良いからな」


「沙織さんも喜んでいたもんね。

彼女とお揃いなんて素敵だよ」


「・・始める前に言っておくな。

俺、自分を制御できないかもしれない。

極力優しくするつもりだけど、いざやり始めたら、途中から獣になるかも。

到頭美冬を抱けるんだと思うと、その辺り、あまり自信ない」


「はは、なるべくお手柔らかにお願いしますね。

でも私も、正直、自分がどうなるか分らないな。

初めてなのに、恐れなんて全くないし、嬉しさしか湧いてこないから」


「一応、明日の夜まで予定は空けてあるけど、辛くなったら何時でも教えてくれ」


「うん、分った」


お互いの手が、相手のバスローブを脱がせていく。


「宜しくお願いします」


美冬のその言葉を最後に、俺達2人の間に、会話が一切なくなった。



 3月16日、金曜日、午後11時。


「さすがに、もう駄目かも」


それまで、全身を使って何とか俺の動きを封じようとしていた美冬が、ぐったりとしながらその拘束を解く。


「そうだな。

もうそろそろ止めないと・・」


俺の下で力なく横たわる美冬の姿を見て、やっと我に返る。


始めてから、既に26時間くらい経っている。


「・・やり過ぎだよ。

本当に壊されちゃうかと思った」


「御免」


「お仲間さんが多くて助かったよ。

和馬の相手は、私一人だときつ過ぎる」


ベッドの下には、シーツの上に敷いていた、大きめのバスタオルが4枚も投げ捨てられている。


どれも皆、2人の汗や体液にまみれていた。


「慣れれば平気だと思うけど・・」


「あのねえ、私、一体何度意識を手放した?

両手では足りないよ?」


「『若返り』を使う事に、まさかこんな副作用があるなんてな。

俺の物を伝わって魔力が相手に流れ込むなんて、考えもしなかった」


「その魔力が、とんでもなく気持ち良いのが問題だよ。

私の精神力でこうなんだから、普通の人だと間違いなく発狂するから」


「俺の精神力、高過ぎるからなあ。

普通にする時は、『若返り』をオフにするしかないかな」


「そうだね。

時々はオフにして、中に出すのを我慢して貰うしかないね。

1日1、2回くらいなら耐えられるよ」


「こういう事は、程々にしておくに限るという事だな。

丸1日以上もしていたしな。

・・本当に済まない。

抱く度に美冬が愛おしく感じられて、抑えが効かなかった」


「謝る必要はないよ。

私だって凄く気持ち良かったし、何より、とても嬉しかったから。

『自己回復(S)』のお陰で、どんなに攻められても、体力的には何とかなったしね」


汗で髪が顔に張り付いた美冬から、ゆっくりと身体を離して、その隣に身体を横たえる。


暫くの間、お互いに呼吸を整え、体内に籠った熱を発散させていく。


「・・しちゃったね」


「ああ、やっちゃったな」


「フフフッ、もう私の身体で、和馬が知らない事なんてないね」


「俺の身体で、美冬が知らない事もないだろ」


「和馬の童貞、貰っちゃった」


「美冬の処女もな。

・・そう言えば、『自己回復(S)』で膜は再生されなかったな。

それだけが心配だった。

毎回毎回、する度に痛い思いをさせるのは、さすがにな・・」


「うん、一安心」


「そろそろ風呂に入るか?」


「そうだね。

汗を流している間に、洗濯もしないとね。

シーツも取り換えるから、今日は私のベッドで一緒に寝よう」


「セミダブルだと少し狭くないか?」


「抱き合って眠れば大丈夫だよ」


「欲情するなよ?」


「そっちこそ。

フフフッ」



 「美冬に大事な話があるんだ」


「ん、何?」


「大学に通ってくれないか?」


ベッドの中で眠りに就く前、そう告げる。


「分った。

東大で良い?」


「良いのか?

・・正直、ごねると思っていたのだが」


「和馬に抱かれる前ならそうしたかも。

でも、もう何があっても平気だから。

たとえ大学でナンパされても、煩わしいとさえ感じないと思う」


「・・・」


「男性だからって、いちいち反応する必要性がなくなったしね。

・・大切な領域には踏み込ませないし、無闇に身体に触れさせもしないけど、会話をしたり、軽くあしらう程度なら訳ないくらいに、今の私には心に余裕があるの。

心身ともに、大人になったのね」


「・・そうか」


「ずっと待っていてくれた、和馬のお陰だよ」


「そう約束したからな」


「それを守り通せるのだから、和馬は凄いのよ。

南さんも言ってたじゃない。

『美冬と共に生活してて、一緒に入浴さえしてるのに、我慢できるなんて異常』だって。

私だけじゃなく、お仲間さん全員に対してそうなんだから、驚きを通り越して、少し呆れるくらいよ?」


「本当に大事なものなら、人はおいそれと手を出したりはしないと思う。

簡単に手を出せるなら、欲望に負けるくらいなら、それはその人にとって、真に大事なものとは言えないんじゃないかな」


「・・・」


「人間関係に限らず、一子相伝の技やレシピとか、家宝として代々伝えられてる物にだって、当てはまる考え方だろ?

その人を尊重すればするほど、それが大事だと思えば思うほど、安易に手など出せないものさ」


「そうだね。

正直な所、私だって和馬を押し倒そうと考えた事はあるけど、あなたが大事に守っている約束を、自分の我儘で破らせようなんて、怖くてできなかったもの」


「南さんだって、美保さんだって、吉永さんもそうだけど、どれだけ俺をあおってきても、その瞳に情欲の炎しか灯っていなくても、絶対に最後の一線だけは越えようとしなかった。

・・俺は本当に、女性に恵まれているよ」


「素敵なお仲間さん達だよね」


「ああ。

よくぞ俺に出会ってくれたよ」


「・・そろそろ眠るね。

さすがにもう、限界」


直ぐに寝息が聞こえてくる。


「おやすみ」


暫く待って、美冬が完全に眠りに就いてから、そっとベッドを抜け出す。


このベッドで2人が寝ると、美冬が熟睡できないだろう。


脱衣所まで転移して、乾燥機から洗い立てのシーツと枕カバーを取り出し、自室に戻る。


窓を開け、室内の空気を入れ替えたら、未だ美冬の匂いが残るベッドに横になる。


まるで彼女に抱かれているような気分に浸りながら、静かに瞳を閉じた。

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