第89話
3月1日、木曜日。
私大の結果は既に出ていて、当然の事ながら、美冬は全てに合格していた。
なので、俺は美冬に黙って、慶応の商学部にのみ入学金を収めていた。
東大にも合格するだろうが、念のためだ。
そう。
俺は美冬を大学に通わせようと考えている。
本人は記念受験のつもりだが、やはり行かせるべきだと思い直した。
俺は中卒だ。
たとえ学生時代にどんなに優秀であったとしても、履歴書の学歴欄にはそんな事は書けないし、意味もない。
俺の経済状態を全く知らない者には、只の無学のガキとしか映らない。
美冬には、そんな思いをさせたくない。
折角合格しても、最低でも中退しなければ、履歴書には高卒としか書けないのだ。
一刻も早く探索者としての地位を確立したかった俺と違って、美冬は別に急ぐ必要などない。
寿命だって、半ば強制的に俺に付き合わせるから、5000万年くらいある。
4年程度の回り道なんて、昼寝くらいにしかならない。
入学をごねたらベッドの中で言う事を聴かせるつもりだ。
2日も寝ずに攻め続ければ、その内折れるだろう。
お仲間さんに『地図作成』などのランクを上げる品々を配ったので、彼女達の探索速度が格段に増す事を考えて、山形と広島の攻略も済ませてある。
尤も、金箱を回収するだけであるが。
山形県のダンジョン入り口数は、合計119個。
金箱があったのは、宝珠山立石寺、諏訪神社、熊野大社、湯殿山神社、慈恩寺、羽黒山五重塔、玉簾の滝、胴腹滝辺りの計8箇所。
ユニークは居らず、『子宝』『金運』『開運』が1つずつ得られて、あとは能力値を上げる品だった。
広島県のダンジョン入り口数は、全部で108個。
金箱があったのは、厳島神社、須佐神社、千光寺、磐台寺観音堂、明王院、大聖院、極楽寺辺りの計7箇所。
ここもユニークは居らず、『子宝』が2つと『金運』『開運』が1つずつ、『未来視』が1つ手に入り、残り2つは能力値を上げる品だった。
山形の銀箱13、茶箱19、広島の銀箱11、茶箱24は、ここを攻略するお仲間さん任せ。
2県で50分も掛からず、魔物も合わせて1500くらいしか倒していない。
『子宝』3つはポイントに替えた。
リオのカーニバルも見に行き、踊るジュリアに向けて手を振ったが、果たして気付いたかどうか。
1部リーグとチャンピオンリーグの2回見れたのは
何かが吹っ切れたのだろう。
そんな気がした。
アフリカでの宝箱回収も、順調に進んでいる。
この分ならあと1か月くらいだろう。
同時に、偶に通常の世界に出て、鉱山を見つけては『抽出』を使って資源を抜き取っている。
まだ手付かずの山は勿論、既に採掘されている場所にも手を出し、ダイヤを初めとする貴金属をごっそり入手していた。
その理由は、貧しい子供達が、陸な道具も持たずに危ない作業に従事しているからだ。
毎日何時間も働かされ、そのくせほとんどお金にならない。
彼らが搾取された分は、国や自治体が外国人の傭兵を雇うために使っている。
独裁政権を維持するには、武力が必須だからだ。
町中では、機関銃を持った傭兵達が、市民を監視していた。
対価を払えなければ、彼らは今そこにある物を略奪して去るだろう。
その後、自国民だけで経済を立て直した方が長期的にはその国のためになる。
頂いた貴金属の対価には程遠いが、その国の広大な荒れ地に『耕作』と『植林』を施しているから、早くそれに気付いて欲しい。
午前11時。
全ての入試を終えた美冬が、久々にダンジョンに入る。
今日は夜遅くまで籠って、新潟の攻略を終わらせると言っていた。
彼女を送った俺も、その足でアフリカへ。
邪魔な魔物を剣と魔法で排除しつつ、どんどん宝箱を回収する。
南アフリカ辺りでパーティーが魔物にやられそうだったが、男しかいなかったから無視。
只でさえアフリカは、ダンジョンに入っている人間が多いので、ここでは
23時頃に美冬からお迎えの要請が入るまで、何百個も銀箱を回収した。
3月3日、土曜日。
今日はエミリアの、18歳の誕生日である。
時差が8時間くらいあるため、松濤のレストランは使わずに、イギリスの店でディナーを楽しむ事にしてある。
8人のお仲間さん全員を連れて一度に転移しても、ダンジョン内でないから何の問題も起きない。
現地時間の18時に合わせ、こちらを翌日の深夜2時くらいに出発するから、今日もダンジョンに入る俺と南さん達以外は、仮眠を取ってから俺の家に集まる事になっている。
午前11時に南さん達を秋田に送り、俺もそのままアフリカへ。
昨日は夜遅くまでブラジルの攻略をしていた美冬は、寝かせておいてやる。
1日に新潟の攻略を終えた彼女は、俺の希望で、昨日からブラジルの探索を始めた。
俺がしなかった茶箱の回収と、1万円以上の魔物達を狩り尽くすためである。
南さん達は、このまま暫く国内に専念して貰う。
将来的にこの国の総理になる南さんが、名も知れぬ途上国ならいざ知らず、日本と関りがある国のダンジョンを荒らし回る事は、なるべく控えた方が良いという俺の判断だ。
彼女には、10年程度の長期政権どころではない、50年を超える超長期政権を樹立して貰うから、各国との余計な火種を避ける意味でそうお願いした。
俺のように、覆面をしてダンジョンに入る事を嫌がったし。
彼女達程の美貌なら、たとえ証拠は残らなくても、顔を覚えられる確率が高いから。
なので、日本にある残り全ての県を彼女達に任せて、他のお仲間さん達には、今の探索地が済んだら、其々別な国で、俺が放置した宝箱を回収し、魔物を倒して貰う。
茶箱と雖も、無闇に他にくれてやる必要などないからな。
22時までダンジョンに入っていた俺と南さん達は、その後共に入浴し、0時過ぎに風呂から出て、身支度を整える。
その間に他の皆さんも続々集まってきて、少し早いが午前1時30分くらいに家を出た。
理沙さん達や吉永さんが、オックスフォード周辺を少し見てみたいと言ったからだ。
エミリアとは、彼女の自宅で待ち合わせた。
玄関から出て来た彼女は実に綺麗で、深緑のイブニングドレスが、よりその身体を引き立てている。
一度下見をしてあるので、レストラン付近の人目のない場所まで全員で転移し、それから約2時間半、皆で食事を楽しんだ。
今日はこの店を貸し切りにしてある。
ここはそうでないと思うが、貴族が来れば、そちらを優先しかねないからな。
『皇帝』や『洗脳』を使う事もできるが、今宵はそんな無粋な真似はしたくなかった。
エミリアへの誕生日プレゼントは、栃木の土地20万坪だ。
イギリスの土地を買おうかと考えたが、彼女が将来的に日本国籍を取得する意向を示したので、そうした。
ディナーが終わると、一旦皆を自宅へと送り届け、その後、エミリアの希望で俺だけが彼女の自宅を訪れた。
それから約8時間。
現地時間で早朝5時、日本時間で午後1時まで、エミリアの為に一度のトイレ休憩を挟みながら、イギリスのダンジョンに2人だけで入っていた。
パーティーを組み、『人材育成・改』を使いながら、各能力値を上げる品まで食べて貰って励んだ。
そのお陰で、この日だけで、イギリスの金箱、計73個の全てを回収し終えた。
ユニーク14体も、こちらは俺だけで全部倒し、結構良いアイテムを手に入れた。
探索時間が長かったのは、俺が宝箱を開ける間、エミリアだけに魔物の相手をさせ、回収した後も、彼女が周囲の魔物を全部狩るまで待っていたからだ。
勿論それは彼女の希望であり、危なそうな時は俺も魔法で加勢した。
尤も、【忠誠】を持ち、ここの金箱から出た『SSランク。長剣。エクスカリバー』と、『Sランク。盾。騎士の大盾』を装備した彼女には、並の魔物では歯が立たない。
今回だけで、魔宝石30万円クラスの魔物すら、ほぼ1人で倒せるくらいになっていた。
金箱やユニークから手に入れたアイテムには、特殊能力の『金運』5『良縁』4『開運』2『学問成就』2『破魔』1『結界』1『毒耐性(S)』1『魔法耐性(S)』1『状態異常無効』1『遊泳』1『隠密』1と、魔法の『治癒』1『浄化』1『照明』2『着火』1『給水』2『造形』2『濃霧』1がある。
水魔法の『濃霧』だけは、俺に吸収された。
装備品では前述の2つの他に、Sランクの弓と斧が出ている。
弓の方は、精神力を矢に変える品で、精神力が高ければ幾らでも矢を放てる優れ物だ。
残りは全て、能力値の何れか1つを上げる品だった。
俺のお仲間さん達の中で、ユニークと遭遇し、金箱を見たのはエミリアだけである。
ユニークには手出しをしなかったとはいえ、これを知れば南さんは確実に俺に何らかの選択を迫って来るだろう。
成り行きで仕方のなかった事だが、エミリアには、念のため口止めをしておいた。
銀箱255、茶箱121個は、学業の合間にここを攻略するというエミリアに任せる事にした。
この日の戦利品の内、金箱から出た物と、ユニークが落とした魔宝石やアイテム以外の品は、全部エミリアに渡した。
ドロップした装備品は、全て俺が買い取り、ポイントに替えたが、魔宝石はその売却益が探索者ランクの評価に繋がるから、全部彼女に押しつけた。
今回、彼女は約4000体の魔物を倒したので、協会の買い取り額もそれなりになる。
加えて、敢えて俺の買い取り金額を教えなかったが、パーティー内に『金運』と『開運』MAXの俺が居たから、ドロップした装備品が20個もあるので、その額は少なくとも6000万円くらいになる。
振り込んだ後、間違いなく『桁が多過ぎる!』と怒られるだろうが、そのメールを未読にして遣り過す事にした。
探索を終え、帰宅しようとした際、手首を摑まれて上目遣いで見つめられたので、その要求に応えてやる。
5分程、帰宅時間が遅れた。
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