第85話

 1月10日、水曜日。


毎週水曜を定休日として定めている、片瀬法律事務所。


その仕事柄、たとえ定休日でも担当訴訟の法廷が開かれれば休む訳にはいかないが、その場合は他の日に代休を取って調整している。


和馬に出会う以前は、休みなど取れる経済状況ではなく、国選弁護人の安い依頼を1つでも多くこなすために無休で働いていた。


それでも、多い時でさえ月額50万円に満たなかった。


そんな私が、今では仕事を選んで、金持ち以外にはほぼ実費で弁護を引き受けている。


それが可能なのは、ひとえに和馬からもたらされる莫大な利益のお陰である。


今でさえ、彼関係で年に10億円を超える収入がある。


それが今年の4月から、有限会社に名前を連ねるだけで、更に50億の報酬を受け取れるのだ。


パートナーの美保と合わせれば、それだけで年収100億円になる。


最早、弁護士活動は、仕事というより趣味に近くなっていた。


離婚後に、事前に決められた養育費を依頼人に支払わない男性の下を訪れて、その者に『勤労化』を用いた上で、彼の口座に根抵当を設定する。


そうする事で、それまで陸に働きもしなかったその人物から、毎月きちんと養育費を徴収できるようになるのだ。


たとえその時の職場をクビになっても、中々仕事が見つからなくても、『勤労化』が掛かっている以上、常に仕事をしようという意欲からは逃れられず、バイトだろうが3Kの仕事だろうが何でもこなすようになる。


『勤労化』の説明にある、『実直に』という文言から、非合法の仕事には就けないので、闇サイトの募集に応募して、楽して稼ごうなんて真似もできない。


この『勤労化』という特殊能力は、それまでいたちごっこでしかなかった類似の依頼に革命を齎した。


何度も相手の下に足を運ぶ必要がなくなり、たった一度で済むし、余程の金額でなければ、以後は確実に徴収できるからだ。


遠方に住む相手先には、和馬に『念話』でお願いし、近くまで運んで貰う事もできる。


DV被害で苦しむ依頼人の為には、同じく和馬に頼み込んで、その者の所まで同行して貰い、『皇帝』を使って貰って依頼人に対する以後の暴力、暴言を止めさせる。


何だだで和馬に頼りっぱなしなので、毎週の彼との入浴の際には、美保と2人で心を込めてお礼をする。


弟のように思っていた彼を、今では美保の次に愛している。


身体を重ねる対象として見ている。


それは美保も同じだ。


彼とキスを繰り返し、摂取行為を行った後は、彼女は決まって『愛してる』と口にしている。


お互い、和馬に出会う前なら考えられなかった事だ。


私達が異性を愛せるなんて。


尤も、最近では過剰と言えるくらいにそれを表現する美保と違って、私はその感情を素直に表に出せない。


時々、ぶっきらぼうな口調を使う事もあるし、『童貞』と馬鹿にしてしまう事すらある。


彼は単に女性と一線を越えていないだけで、そうしなくても、私や美保を満足させてしまう。


これで身体を重ねたら、一体どうなってしまうのか怖くもある。


12も年下の彼相手に、為す術も無く嬌声を上げ、しがみ付く自分を想像できる。


それでも、最早その願望に抗えない。


その時が待ち遠しい。


和馬に熱心に奉仕する美保を眺めながら、そんな事を考える頻度が増した。


「美冬で卒業した後は、水曜の夜は毎週、うちに泊まって欲しいな。

抱かれた後に、『はいさよなら』だと寂しいもの」


美保がそんな事を言っている。


「・・善処します」


「もう、こういう時は、『朝まで寝かさないぜ』でしょ。

お姉さん、君なら何度でもOKだよ?」


「翌日は仕事なのよ?」


「私は受付だから大丈夫。

暇なら椅子の上で寝てるしね」


「・・・」


「うちは最近、完全予約制にしたから、飛び込み依頼はないでしょ。

そうしないと、口コミやネットでの評判が高くなり過ぎて、収拾がつかないしさ。

最早、経済的弱者の駆け込み寺と化してるよ?

実費しか取らないなんて、同業者から白い目で見られる事も多いしさ」


「お金にならない依頼なら、それ程恨まれないのでは?」


和馬が呑気にそう口にする。


「確かに個々人の依頼料としては安いけど、きちんと請求すれば、それでも最低3、40万にはなるからね。

駆け出しの弁護士や名もない個人事務所には、良い収入になるの。

うちだって、和馬君に出会う前なら喜んでやった額だよ?

それをさ、ごっそり持って行かれる訳だから、こちらに全く利益がないとはいえ、良い顔なんてされないのよ」


「弁護士も、ほんと儲からなくなりましたよね。

アメリカなんかと違って、懲罰的な意味合いの加算もなく、原告の境遇よりも判例重視のこの国では、勝ち取れる額が少ない分、弁護士が手にする報酬も低めですからね。

慰謝料や賠償金の額が、時代や物価に見合っていないのは、裁判官の怠慢でしかないと思います」


「処女を強姦しても、慰謝料はせいぜい400万にしかならないような国だから。

それも加害者に資力がなければ、ほぼ泣き寝入り。

この国は、被害者よりも加害者の方がずっと大事に扱われるの。

私も時々、凄く虚しくなるわ」


「やはり南さんに、早急に総理になって貰うしかないですね。

憲法だけでなく、民法や刑法も大幅に改正しないとやってられません」


「そうね。

いちいち反対意見になんか耳を傾けていたら、何時まで経っても良くならないわ。

どんなに良い法律でも、必ず文句をつける人はいるのよ。

何処の国とは言わないけれど、母国からの指示を受けて、声高に反対する日系人も多いから」


「対外的にそう主張すると、ここぞとばかりに煩く嚙みついてくる人が居るでしょうが、この場限りの意見としては大賛成です。

南さんには、是非頑張って貰いましょう」


「・・和馬君さ、南さんから何か要求されてない?

彼女、君の子供以外にも、絶対に欲しいものがあるでしょ?」


「・・何の事ですか?

別に何も要求されていませんよ?」


和馬が目を逸らせた。


「嘘だ~。

南さんが重婚制度の採用にあんなに積極的なのは、何でかな?」


「・・・」


「私達、順番には拘らないよ?

ねえ、理沙?」


「そうね。

子供を作るなら、そうして欲しいわね」


「・・・」


「今更、歳が離れ過ぎてるなんて悲しい事を言わないと、お姉さんは信じてるよ?

それと、過去の私達の発言を蒸し返すのもなしね。

良い男は、そんな事しないよね?」


「・・正式なお返事は、4月以降に致します。

今の所は、善処致しますとしか・・」


「フフッ、じゃあ楽しみに待ってるね。

期待を込めて、もう1回摂取してあげる」


「いえ、それは別に」


「ちょっと美保、次は私の番よ」


「良いじゃない。

理沙はその後2回続けてすれば良いでしょ」


「我儘なんだから。

・・仕方ないわね」


諦め顔の和馬を見ながら、そう口にする私だった。



 1月12日、金曜日。


美冬を学校に送り出した後、直ぐにアフリカへ。


既に81体のユニークを全て倒し終え、今は金箱を開けている。


その過程で、この大陸に最後の『ダンジョン内転移』が存在する事も分っている。


『異界の扉を開く鍵の1つ』を守護する魔物達が居たからだ。


この大陸のそれは、背に宝石やレアメタルのとげを持つ、巨大な陸亀だった。


ダイヤやタンザナイト、プラチナ、ルビー、サファイアなどの大きな棘を背負った30メートル程の陸亀が、口から岩を吐きながら、こちらを踏み潰そうと迫って来た。


計8体のそれらを倒すと、45センチ程の魔宝石と、『抽出』を得られるアイテムを落とした。


勿論、最初の1つは俺に吸収され、『身体能力・改』の中に収められている。


その説明には、『鉱山資源を採掘する事なく抽出できる。その際、抽出対象に眠る資源の種類、含有量が表示される』とある。


どうやら、予めそれらを確認した後で、実行するかしないかを選択できるらしい。


『耕作』や『植林』といい、相変わらず環境に優しい能力だ。


少し考えて、3つを残して残りはポイントに替えた。


因みに、『異界の扉を開く鍵』は其々、『光を帯びた宝石』だった。


何事もなければ、1日16時間はダンジョンに入っていられるし、お仲間さん達と入浴しない木、金は、20時間くらい探索できる。


金箱の回収も今の所は順調で、1日に90個以上は可能になっている。


最初は時間が掛かるが、『飛行』による移動で『ダンジョン内転移』を使える範囲が広がっていけば、その後は瞬時に近くまで跳べるので、魔物に邪魔されなければ1つの回収に2分も掛からなくなる。


それでも、金箱だけで約6000、銀箱に至っては7万以上ある。


地図上に表示されるそれらを、いちいち数えている訳ではない。


ユニーク、金銀茶の宝箱の数が、その国、地域に焦点を当てる事によって表示されるのだ。


最初はそんな機能はなかったのだが、『地図作成』の段階を最高の5まで上げた際、そのおまけ要素として追加されていた。


幾ら回収速度が速いとはいえ、生半可な精神力では、この作業を1年以上の長期に亘って毎日15時間以上も繰り返す事など不可能だろう。


宝箱を開けるという楽しい作業でも、そうそう目新しい物がある訳ではなく、昼食も取らずに20万を超える数を開け続ければ、軟弱な者なら鬱にもなろう。


こういう物は、数が少ないからこそ嬉しくて楽しめるのだとつくづく実感した。


19時になり、美冬の作った夕食を堪能すべく、一旦家に戻る。


ここ数か月は、忙しくて彼女が帰宅するのを出迎えてやれない。


受験生なのに、息抜きだと言って家事をこなしてくれる。


今の俺にできるのは、彼女の料理を『とても美味しい』と口にしながら頂くくらい。


入浴も、週に2、3回しか一緒に入ってやれなくなっている。


今日は共に入ろう。


彼女の大きな胸に抱かれながら、暫く目を閉じていたい。

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