第83話
12月31日、日曜日。
大抵の家庭は、この日に大掃除をするのだろう。
若しくは3日くらいに分けてするのかもしれないが、
掃除なんてものは、普段から気付いた箇所をこまめにやるものであって、纏めてやるようなものではないと思っている。
毎日、何かの序でに目に付いた場所を1、2分拭くだけで、あとは週に2回、フローリングを専用機材で掃除するだけで済む。
広い家だが、これだって数分だ。
煙草を吸わず、揚げ物を家でやらなければ、
美冬が作る料理には、ほとんど油が使われていない。
炒め物をする際も、必要に応じて少量のゴマ油を垂らすくらいだし、他にはオリーブオイルを使うだけだ。
サラダ油なんて家にはないし、揚げ物を食べる時は、全て店で購入するか外食だ。
肉を焼く時も、ステーキ以外は一旦水に入れて火にかけ、丁寧に
因みに、100円ショップの物では駄目だね。
家のは30枚入りで700円くらいする。
それでも必要なら、油の代わりにワインを使えば良い。
安物の肉でこれをやると味が落ちるだろうが、100グラム2000円以上の和牛なら、大して変わらない上、非常に健康的だ。
和牛は物凄く灰汁が出る。
浮かんで来る灰汁の量を見れば、生の肉をそのまま焼いて食べるのには抵抗がある。
まあ、炒め物や、すき焼き用の高級和牛を一旦茹でてから使うなんて、
底が汚れたスリッパで歩き回れば、折角掃除した場所まで、その汚れが付着するから。
勿論、共用スペース以外の自室では、スリッパなんて履かないよ?
部屋の前でちゃんと脱ぐ。
俺と美冬は、真冬以外は室内で靴下すら穿かないから。
そんな訳で、
一応は勉強会みたいだ。
美冬は大学に進学しないつもりだが、受験くらいはした方が良いと俺が勧めた。
財団を設立して母校を援助するなら、その進学実績にも少しくらい協力してやればと言ったのだ。
『と、東大と、早慶くらいは・・受験するよ』
共に浴槽に浸かりながら、彼女の性感帯を刺激しつつ勧めると、渋々同意した。
美冬の担任には、彼女に内緒で願書を出して貰っていたのだ。
折角3年間も勉強してきたのだから、大学の合格証くらいは手に入れた方が良い。
俺が経験できない事を、美冬にはして貰いたい。
我儘かもしれないが、きっと良い思い出になると信じてるから。
女友達と大勢で受験勉強するなんて、漫画みたいで楽しそうだしな。
美冬には、冬休み中はダンジョンに入らなくて良いとも言ってある。
午後1時、南さん達が家にやって来る。
彼女達は、こんな日でもダンジョンに入るのだ。
いつもより2時間くらい遅いのは、さすがに部屋の掃除をしたかららしい。
南さんならお金で業者に頼みそうなものだが、見られると不味い物も多いから、自分達でしたらしい。
彼女達は、家で全く料理をしない。
全ての食事を買い置きか外食で済ませている。
目黒に引っ越す前は、偶に百合さんが作っていたようだが、俺とダンジョンに入るようになってから、2人とも一切料理をしなくなった。
時間の無駄らしい。
収入が
料理をしなければ、洗い物もする必要がないからな。
南さんはダンジョン庁の長官でもあるから、残業には縁がない。
何事もなければ大体18時頃に仕事を終えて、それからレストランや寿司屋などに足を運ぶ。
以前は、彼女に嫉妬したり、足を引っ張る部下達が居たせいで、そんなに早くは帰れなかったらしいが、俺が彼女に与えた『規律』と『心眼』、『印籠』のお陰で、不満分子や無能な部下達を全て排除し、有能で自分に好意的な部下だけで周りを固めた結果、毎日2時間も早く帰れるようになったと喜んでいる。
百合さんは防衛庁の幹部職員ではあるが、そこまで早く帰れる日はそう多くないので、南さんが彼女の分の食事を買って帰るそうだ。
「ねえ和馬、夕食まで探索して一旦戻ったら、お仲間さん達を誘ってダンジョン内で年越ししない?
夏に利用した海辺でも良いし、新しく探した場所でも良いからさ」
「掃除はもう済んだのですか?
昨日も遅くまでダンジョンに入ってましたよね?」
年末年始の休みに入った彼女達は、普段より4時間以上長くダンジョンに入っている。
いつもなら夕食までだが、今は俺との入浴後も、更に4、5時間程をダンジョンに費やす。
『それなら、共に入浴しなくても良いのでは?』
そう言ってみたが、聞き流された。
「掃除なんて、汚れが目立つ場所だけをやれば良いのだから、大して時間掛からないわ。
トイレ掃除さえ必要ないのだし」
「その分、吉永さんにお世話になってます。
一昨日2人でお伺いしましたが、イブの前日から今日まで、予約で一杯だと笑っておられました」
百合さんがそう付け加える。
吉永さんの店は、お仲間の皆さんが
それでも、お仲間さんの場合、一般にはない垢すりがあるから、1回の施術に約2時間半掛かるので、優先枠である彼女達も、基本的に1日2名までしか予約が取れないのだ。
スタッフを増やせば2人同時に施術できるのだが、今はたった2名で行っているので、1人ずつしかできないから。
各能力値が全て1万を超えると、身体の改変が始まり、細胞から作り変えられる。
その過程で通常の倍以上の垢が出るので、それが始まったお仲間さん達は、月に2回以上は垢すりを行わないと身体がさっぱりしない。
俺と美冬、南さんに百合さん。
この4人は、全ての能力値が2万を超えたので、身体の改変がほぼ終わり、垢すりは月に1回で済む。
だがまだ1万台の理沙さん達や吉永さん自身は、最低月に2回は必要で、もう直ぐ1万に達する仁科さんと落合さんの予約も入るから、一般の予約が入りやすい各種行事前は店が混むのだ。
だから最近、お仲間さん達は、曜日で其々が行く日を決めるようになった。
店がお休みの火曜以外を、理沙さん達、南さん達、仁科さんと落合さん、美冬と吉永さん自身に割り振っている。
俺は定休日の火曜に、ダンジョンに入った吉永さんと入浴した際、必要に応じて垢すりもして貰うから、店に予約を入れない。
店舗にあるプライベートサウナを使わずとも、彼女と一緒に2時間は浴室にいるから、それで十分垢すりができるくらいになる。
「皆さんのトイレが必要なくなると、イベントの際、トイレ(搬送)係が不要になるので助かります」
「この身体の恩恵をそれだけで済ますなんて、きっとあなたくらいよ?」
南さんが苦笑する。
「ダンジョン内で1日中戦うには、どうしても必要になる利点ですからね。
排泄の度に『結界』や『造形』を用いてこそこそするなんて、締まらないじゃないですか」
「フフフッ、確かに、それはそうね」
「ダンジョンを飛び回っていると、偶に目に入って困るんです。
彼(彼女)らは、『造形』すら持っていませんから丸見えなんですよ」
「「・・・」」
同じ様な経験があるのだろう。
南さん達は、黙ったまま苦笑いした。
地図上で人の存在は確認できるが、彼らが何をしているかまでは分らない。
『飛行』で上空から見ているので、相手と視線が合わないのが救いではある。
「話が大分逸れましたが、年越しイベントの件は了解致しました。
この後、それに相応しい場所を探してみます。
他の皆さんにも、『念話』でご予定を確認しておきますね」
「お願いね。
実はもう、料理の準備は済んでるの」
「お酒を含めた飲み物も十分に用意してありますから、和馬君は場所の手配だけをお願いします」
「分りました」
彼女達が着替えるのを待って福島まで送り、俺自身もダンジョン内で初日の出スポットを探す。
外で祝うから、暖かい場所の方が良いだろうと考え、オーストラリアの海岸線で、景色の良い場所を選ぶ。
砂浜から少し離れた所に『造形』で大き目の平屋を作り、その中に、眠くなった人が使うベッドや枕、休憩用の大きめのソファーを複数作成する。
その建物の前方には、10人以上が一度に座れるテーブルと椅子を
泳ぐ人が身体を休めるための椅子も、別に用意する。
あとは、使用する直前に、シーツやカバーを掛ければ良いだけだ。
作成した建造物の周囲に結界を張り、目の前の海に入って魔物を狩る。
それから皆に『念話』を送って予定を確認したが、1人だけ、それができない人がいた。
エミリアである。
彼女はまだ学生だし、そう頻繁に呼び出すのもどうかと思い、そのまま彼女抜きで実施しようかとも考えたが、お仲間である以上、予定も聴かずに除外するのは失礼だと思い直して、ダンジョンの外に出てからメールを送っておいた。
それから夕方6時までをブラジルのダンジョンで過ごし、その後、南さん達を迎えに行く。
「どうだった?」
「オーストラリアの海辺で実施する事にしました。
まだ確認できていないエミリアさん以外、全員参加するそうです」
「そう、良かった。
いきなりだったから少し心配したけれど、私達には和馬より大事な用なんてないからね。
お風呂でゆっくりしたら、家で皆を待ちましょ」
自宅に戻り、エミリアからの返事を確かめると、『出席』だった。
水着持参と書いたから、慌てて買いに行ったそうだ。
小さい頃に買ったワンピース型の物しか持っていなかったらしく、俺に見せるため、思い切ってビキニを購入したと書いてある。
それから、この間振り込んだお金の事で怒られた。
『桁が2つも多いですよ!』
母親には、数種類のファーストフラッシュのみで組まれた、紅茶セットを贈ったそうだ。
サンドイッチを撮んだ後、3人で2時間程、今年最後の風呂を堪能し、珈琲を飲みながら皆が揃うのを待つ。
エミリアは、現地に着いてから迎えに行く事になっている。
美冬が恵比寿から帰って来て、理沙さん達が訪れ、吉永さんや仁科さん、落合さんがやって来る。
皆が揃ったところで出発し、2人ずつ『転移』で現地に送って、その後で、俺1人だけでエミリアを迎えに行く。
水着に着替えた彼女達は、年末の夜の海辺で、思い思いに時間を過ごす。
海に入る人は居なかったが、お酒や料理を堪能し、会話を弾ませながらその時を待つ。
そして、其々がダンジョン産の腕時計を確認しながらカウントダウンを始めた。
「「「「3、2、1、明けましておめでとう!」」」」
俺を除く全員が、一斉にグラスを空に掲げる。
隣にいた美冬が、静かにグラスを置いて、感慨に耽る俺にキスをしてくる。
それを目にした他の皆が、彼女の真似を始めた。
吉永さんや仁科さん、落合さんが隣に来て、深く唇を重ねてくる。
お互いのパートナーと先にキスを済ませた理沙さん達や南さん達も、その後に続く。
最後に、『本当にモテモテなんですね』と呟きながら、エミリアが濃厚なキスをしてくる。
両親が亡くなった時、俺はもう、心から笑えないんじゃないかとさえ思った。
1人で生きていくしかないと考えた。
それがまさか数年で、こんな幸せな環境に身を置けるまでになるなんて・・。
有り難う。
心の底からの言葉は、声に出すには勇気が要る。
1人だけならともかく、これだけの人数にそう告げて回るのには、まだ恥ずかしさの方が勝る。
だから、音にしないで視線だけで語った。
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