第81話

 12月24日、日曜日、午前11時。


イブの日と雖も、南さん達はダンジョンに入る。


ブラジルから戻った俺は、彼女達を福島まで送り、ようやく起き出してきた美冬と珈琲を飲む。


今夜はお仲間さん達とこの家で食事を楽しむので、美冬はダンジョンには入らず、その準備をしてくれる。


明日は盛装をして、エミリアを含めた食事会を松濤のレストランで行うから、今日のは砕けた感じの集まりだ。


普段着で、其々が持参したお酒や料理を口にしながら、会話を楽しむ。


19時からなので、俺は17時に南さん達を迎えに行くまで、再度ブラジルで宝箱の回収に励んだ。



 12月25日、月曜日、午前2時。


前日の夜から始まった宴会は深夜0時過ぎまで5時間以上も続き、皆が帰った後に俺と後片付けをした美冬も眠りに就いて、俺は1人でダンジョンに入る。


先ずは中国へ。


美鈴の下へ赴くと、彼女は温泉で入浴の最中だった。


自然にできた岩場の小さな温泉に、何も身に付けずに入っている。


『出直した方が良いか?』と尋ねたら、微笑んで首を横に振った。


湯気が強いので、湯の中に指を入れて温度を確認すると、冬の屋外とはいえ少し熱い。


『熱いんじゃないか?』と聴くと、彼女は苦笑いする。


それを見て、『給水』を使って水温を下げてやる。


表情が和らいだ彼女の為に、今度は丸見えの温泉地の周囲に、『造形』で土塀を設ける。


屋根も付け、雨でも入れるようにした。


それから、彼女のステータス画面を確認する。


各能力値も上昇しているが、親愛度の上昇だけが著しい。


前回53だったものが、346まで上がっている。


驚きつつ、ここに来た目的を果たす。


眷族に利用できるカタログを開き、商品を眺めると、前回は購入不可だった品の一部が買えるようになっている。


直ぐ目に付いたのは『地図作成』。


10万ポイントで購入でき、そのランクを1つ上げる品も、5万ポイントで買えるようになっていた。


『ダンジョン内転移』はあるのに『アイテムボックス』がカタログに無いのは、眷族には元々、それと同じ様な能力が備わっているかららしい。


以前無意識に購入したチャイナドレスや水着を終う場所がなければ、手に持つ以外にないから当たり前か。


迷わず『地図作成』を購入し、そのランクを3番目の『人の位置が白く表示される』まで上げた。


『飛行』が5000万ポイントもしたのに、貴重な『地図作成』が10万で買えるのは有難い。


それから、『給水』『放水』『着火』『造形』『治癒』『照明』『解除』の各魔法を其々3000ポイントで買い、8万の『状態異常無効』と、1万の『毒耐性(S)』、5000の『結界』も購入する。


赤の下着と、白いバスタオルとハンドタオルも買ってやり、こうして風呂に入る際に困らないようにしてやった。


桃饅頭を買い足そうとしたら、あんまんと杏仁豆腐も選べるようになっている。


どれも3ポイントなので、10個ずつ購入した。


美鈴が風呂から上がる。


起伏に富んだ身体を隠す事もせず、俺の前で買ったばかりのバスタオルを使い、魔力を用いて瞬時に下着とチャイナドレスを身に付ける。


脱いだ衣服が周囲に見当たらなかったのはそういう訳か。


便利だが、最後の1枚を取り去る姿に芸術性を感じる俺としては、せめて脱ぐ時だけは手動にして欲しい。


眷族に伝えても仕方がないし、言ったら殴られるかもしれないが。


身支度を終えた彼女が、俺に抱き付き、深いキスをしてくる。


反射的に舌を入れたら、びっくりしたようだが、そのまま続けていた。


身体を離した後、彼女はにっこり笑って人差し指を立てた。


どういう意味か分らないでいると、もう一度軽く触れるようなキスをしてきて、今度は人差し指と中指を立てた。


ああ、成程。


今ので2回目という訳ね。


つまり、最初のはこれが初めてだと言いたかったようだ。


俺が理解したのが分ったらしく、美鈴は花のように笑うと、何処かに飛んで行った。



 いつもなら、入浴時に人や魔物の気配がすれば直ぐに湯から出て、衣服を身に付け臨戦態勢を取る。


でも今回は、ご主人様だと分っていたのでそのまま浸かっていた。


彼にだけは見られても構わない。


他の存在なら瞬殺するし、敵意のない女性だけなら追い払うが、ご主人様は特別だから。


岩の隙間から出て来る源泉かけ流しの湯なので少し熱かったのだが、彼はそれに気付いて水温を下げてくれたし、今後は自分でそれができるように、『給水』も購入してくれた。


相変わらず優しい。


魔力で身体を乾かせるからバスタオルは要らないのだが、折角買ってくれたので、彼の前でそれを使って身体を拭く。


魔力を用いて瞬時に着替えた時は、何だか微妙な表情をしたので、もしかしたら1枚1枚丁寧に衣服を身に付けた方が良かったのかもしれない。


初めてのキスは、とても気持ち良かった。


人間だった頃でさえ経験できなかった事を、まさか魔物、眷族になってから経験できるとは思ってもみなかった。


急に恥ずかしさが増してきて、逃げるように飛んで来てしまったけれど、大丈夫だったかな?


怒っていないよね?



 次はロシアに跳ぶ。


アマンダの居る場所へ行くと、ちょうどロシア兵を始末したところだった。


彼らの死体を漁り、相変わらず大した物を持っていない事に嘆く彼女。


俺が側に行くと、苦笑しながら僅かなルーブル紙幣を差し出してくる。


装備品にはダンジョン産の物がなく、紙幣の額も全部で5万ルーブルに満たない。


3人分なのに、たったこれだけとは。


まるでその辺の雑魚を寄せ集めて、ダンジョンに送り込んでいるかのようだ。


案の定、彼らの探索者カードには、Fの表示がある。


紙幣はその内誰かにあげるとして、カードは死体に放り投げた。


アマンダが抱き付いてくる。


唇を貪ってくる彼女の好きにさせながら、俺はそのステータスを確認する。


うん、結構な割合で各能力値が伸びている。


そして彼女も、親愛度の上昇がいちじるしい。


前回見た時は30だったが、今は307もある。


彼女が身体を離すのを見計らって、カタログを開いた。


やはりアマンダも、『地図作成』が購入できる。


先ずはそれを購入し、そのランクを3まで上げる。


それから、『治癒』『照明』『着火』『火球』『給水』『造形』『解除』の魔法を買い、『毒耐性(S)』と『氷耐性(S)』、『結界』の特殊能力を購入する。


デザインの凝った緑色の下着、白のバスタオルとハンドタオルを買って、彼女の好物であるチョコレートの他に、新たに選べるようになった、ナッツがぎっしり詰まったチョコバーと、チョコクリームを包んだパンを10個ずつ購入する。


俺によって買い足された品々を確認していたアマンダは、それが済むと、満面の笑みを浮かべながら再度キスをしてくる。


5分くらいそうした後、地図上に新たな侵入者でも見つけたのか、何処かに飛び去って行った。



 危なかった。


もう少しで抑えが効かなくなるところだった。


幾ら何でも、あんな場所であるじを押し倒す訳にはいかない。


カタログで何かを購入して貰う度に、私の中に熱が生じる。


召喚されたままで日々を過ごすだけでも、それを微かに感じ続けているのだが、望む物を与えられた時の熱量は、それとは比較にならない。


只でさえ私好みの容姿なのに、このままでは心の全てを主で満たされそうで怖くもある。


気を落ち着かせるために、貰ったばかりのチョコバーをかじろうとしたが、主との余韻がまだ残っている口内を、チョコの味で塗り替えたくなくて思い止まる。


できれば、まだ人間でいた間に彼と出会いたかった。


そうすれば、もっと色んな楽しみ方があっただろう。


今でも十分幸せだけど、それだけが少し残念かな。



 最後に、アメリカに居るシロの下へ。


広大な大地を走り、魔物を狩っていた彼の側に降り立ち、おはぎを与えて休ませる。


その間にシロのステータス画面を覗き、その数値を確かめると、やはり親愛度が大幅に上昇している。


前回確認した際の35から、312まで上がっていた。


『地図作成』を購入し、そのランクを3まで上げる。


『治癒』『給水』『着火』『造形』『解除』の魔法を購入し、『結界』、『加速』、『氷耐性(S)』の特殊能力を買い足す。


食べ物では、小豆のおはぎの他に、お汁粉と、あんの載ったお団子が新たに買えるようになったので、それらを10個ずつ購入した。


因みに、こうした食べ物は、魔力で構成された皿や器に載っていたり、包装紙に包まれた状態で出て来るので、地面に落ちた物をシロが食べている訳ではない。


食べ終わると、容器や包装紙は消滅するので、ごみも出ない。


食事を終え、満足そうに頭を俺の足に擦り付けていた彼は、暫くすると、再び狩りへと戻っていった。



 ご主人様が、またご褒美をくれた。


しかも、今度は大量にだ。


様々な能力を使えるようになったので、更に効率よく狩りができる。


『造形』と『結界』は非常に嬉しい。


これからは、休憩する時に周囲を気にする必要がなくなる。


雨や雪が降っても、屋根があれば濡れずに済む。


『着火』があれば、薪で暖も取れる。


『火球』では、どんなに威力を抑えても、薪が燃え尽きてしまうのだ。


元から寒さには強いが、『氷耐性(S)』があれば、もうどんな極寒でも影響ないだろう。


魔物になる前の事は何一つ思い出せないが、今がこんなに幸せだから、それで良い。


また会える日まで、できるだけ魔物を狩る。


同族に襲われている女性は助ける。


地平線の見える大地を、思い切り駆け出した。

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