第80話

 12月23日、土曜日。


ダンジョン内で10分近くもエミリアにキスを教えていた俺は、彼女が下半身をもじもじし始めた事で我に返り、そのまま部屋まで送り届けた。


美保さんや南さん達から日々たっぷりと仕込まれている俺のキスは、今回が初めてのエミリアには刺激が強過ぎたようで、帰宅するや否や、熱に侵されたような瞳でベッドに誘われた。


それをどうにかなだめ、俺と一緒でなければ絶対にダンジョンには入らないよう約束して貰い、25日の食事会のお誘いをしてから彼女の部屋を去った。


自宅に戻ると既に0時を過ぎていたが、学校が冬休みに入った美冬はまだ起きていて、俺の顔を見るなり【分析】を使ってきた。


それから無言で俺の手を引き、浴室まで連行する。


浴槽に湯を溜める間、さっさと自分の服を脱いだ彼女は、まるで遅いと言わんばかりに俺の服にも手をかけ、そのまま湯船に浸からせた。


対面に腰を下ろした美冬は、浴槽から溢れ出す湯を気にもせず、口を開いた。


「さて、それでは被告人の供述を聴きましょうかね」


「被告人って何だよ」


「同棲している婚約者には手を出さず、あちこちで新たな美女を誘惑してくる童貞君の事です。

エミリアさんと、何かあったでしょう?」


「・・・」


「沈黙は肯定と捉えますよ?

因みに、柊法廷では黙秘権の行使は認められておりません」


「・・キスを教えて欲しいと頼まれたので、その通りに致しました」


「そこまでの経緯を詳しく話してください」


美冬が、まるで裁判官のような口調でそう言ってくる。


仕方なく、全部、有りの儘を話して聴かせる。


「・・ふ~ん、固有能力持ちかー。

そんな人が来てくれるなら安心だね」


それまでの事務的な表情から打って変わって、朗らかに微笑んでいる。


「怒っていたのではないのか?」


「お仲間さんになる人なら、ちゃんと話してくれさえすれば怒らないよ。

和馬がその人を大事にするのが分っているからね。

勿論、只の遊びだった場合は、お仲間の皆さん全員で、和馬を玩具おもちゃにするけどさ」


「・・・」


「私達をほったらかしといて、他の女性をつまみ食いするようなら、そうされても仕方ないよね?」


「・・この国では、残虐な刑罰は禁止されているからな?」


微笑みながらそんな事を言ってくる美冬に、予防線を張る。


「大丈夫。

それ程酷い事じゃないよ。

美保さんや南さんの願望を、具現化するだけだから。

彼女達、一度試してみたいんだって。

お仲間さん全員で代わる代わる和馬の相手をして、一体どれくらいまで持つのかを。

大方の予想としては、約1か月かな。

幾ら『自己回復(S)』があっても、それ以上だと私達が先に沈みそうだし」


「・・正気か?」


「長い人生になりそうだし、偶にはそういう馬鹿げた事も必要じゃない?

それができるって事はさ、お互いが信頼し合ってる証拠でしょ?

他の誰にも見せない顔を、お仲間さん達だけで共有するんだからさ。

お金目的や性欲だけでやってる人達と違って、私達には強い絆が在るのだしね」


「だからって、何もそこまでする必要はないだろ?

実行するにしても、せいぜい3日が限度だろう」


「お、やる気満々だね」


「だがその間、食事を取らず、風呂にも入らないのか?」


「勿論、私達は交替で食べるし、入るよ?

身だしなみだって必要だしね。

和馬は無理だろうけど」


「・・・」


「そんな顔するなら、撮み食いをしなければ良いんだよ。

幾ら優しい私でも、越えてはいけないラインはあるからね?

女性に手を出す場合は、きちんと最後まで面倒みようね」


「元から撮み食いなんてするつもりないし」


「フフッ、まあ、和馬ならそうだよね。

美女達の据え膳すら食べない人だし」


「約束と順番は守る事にしているだけさ。

解禁したら、たとえ美冬が許しを乞うても止めないかもな」


やられっぱなしはしゃくなので、そう言ってあおる。


「わ、楽しみ。

鬼畜な和馬を見られるんだね。

私、壊されちゃうんだ」


「・・・」


女性に口で勝つのは無理か。



 美冬が眠りに就いた午前3時から、ブラジルのダンジョンに入る。


金箱は全て開け終え、『ダンジョン内転移』も既に回収しているから、残りの銀箱を開けて回るだけだ。


ステータス画面の転移欄にある枡目も、5つまで塗り終え、到頭あと1つになった。


この国の『異界の扉を開ける鍵の1つ』は大きな金色の羽で、それを守護していたのは8体の巨大な樹の魔物、トレントだった。


高さだけで10メートル以上あるそれらを、最大出力の1パーセントの『火球』で燃やし尽くす。


消滅した跡に残る物は、35センチ程の魔宝石と、『植林』という特殊能力だった。


説明には、『望む樹木を、最大で一度に1万本、瞬時に植える事ができる。その本数は精神力の高さに比例し、植えられた樹木の樹齢は、全て50年に統一される。但し、植える樹木を正確にイメージできなければ、ランダムな1種類のみに統一される』とある。


最初に取得した瞬間、思わず笑みがこぼれた。


欲しかった能力だし、『耕作』と共に用いる事で、俺が買いあさっている土地に有効活用できるからだ。


この能力は、『身体能力・改』の中に収められた。


銀箱を回収している途中で、女性がたった1人で魔物と戦っている場面に遭遇する。


まだ10代後半くらいの、しなやかな肢体を持つ美しい女性だ。


戦っている相手はダークウルフ1体だが、装備が脆弱なため、かなり苦戦していた。


少し様子を見てから、声をかける。


と言っても、ポルトガル語なんて話せないから、翻訳機の音声を聴かせるだけだが。


「助けが必要ですか?」


「!!」


戦闘の合間にチラッとこちらを見た彼女は、透かさず頷いた。


俺は魔物に『金縛り』を掛け、『どうぞ』というように掌で示す。


それを理解した彼女は、動けない相手に剣で止めを刺した。


魔宝石を拾った彼女が、俺にお礼のような事を言ってくる。


当然理解できないので、彼女に予備の翻訳機を貸して、『イングリッシュ、プリーズ』とお願いする。


使い方が分らないようなので、手順を見せた。


「どうしてお一人で?」


たった1人でダンジョンに入った理由を尋ねる。


そうするにはまだ能力値が足りないし、装備も貧相だからだ。


剣はセラミックの安物で、少し刃が欠けているし、胸当ては革製で、他にはリュックしか背負っていない。


「お金が必要なんです。

複数で入ると、戦利品を分配しないといけないから」


黒いマスクを被っている俺を不思議そうに見ながら、そう教えてくれる。


「何故お金が必要なのですか?

学費ですか?」


「いいえ、カーニバルのために使うんです。

去年は私がセンターに決まっていたのに、沢山のお金を払った人に、直前でその地位を奪われてしまったから、今年こそはと・・」


リオのカーニバルは、毎年2月下旬頃に始まる。


4日間を費やし、優勝チームには3億円を超える賞金が支払われると聞いた事がある。


「何軍なのですか?」


カーニバルの出場者達は、チャンピオンチーム、1軍から3軍に分けられるらしい。


「1軍です」


「凄いじゃないですか。

応援させていただきたいですが、まだお時間ありますか?」


「2時間くらいなら」


「訳ありなのでパーティー申請はできませんが、別な場所で魔物を狩ってきます。

ドロップ品が出たら、あなたに差し上げますから」


登録の際、お互いの名前が表示されてしまうからな。


「え、・・良いんですか?」


「ええ。

では1時間程、魔物を狩ってきます。

あなたはご自由に動いても大丈夫ですから」


手持ちの装備品はAランク以上しかないので、低レベルの品を求めて久々に狩りに専念する。


魔物が集団で固まっている場所を選び、何度も突撃を繰り返す。


彼女が魔物に囲まれていない事を地図上で確認しながら、80分くらいで約700体を狩り、ランクDの長剣と、ランクEの盾と胸当て、ランクFの籠手を入手した。


彼女が戦っている場所まで戻り、オークを倒したのを見計らって、翻訳機で声をかける。


「お待たせしました」


「いえ、それ程でも」


驚いたような顔で、翻訳機を操作してくれる。


「運良く装備が手に入ったので、お渡しします」


アイテムボックスから入手した装備品一式を取り出して、地面に置く。


「本当に手に入ったなんて・・。

しかもこれ全部ですか?

この短時間で!?」


必死に翻訳機を操作している。


「運が良かったのです。

長剣はランクDの品で、ドロップ品としては中々の物ですから、長く使えますよ。

それから、こちらは魔宝石の代わりです」


さすがにレアルは常備していないので、2万ドル分の紙幣を渡す。


「こんなに貰えませんよ!

私、あなたに何もしてあげられないのに・・」


渡されたのが米ドルだと知って、慌てて返そうとしてくる。


「お金で地位を買うやり方は、個人的にはどうかと思いますが、あなたの夢に繋がるのでしたら・・」


「私はそういう事はしません。

ただ、去年よりも良い衣装で臨みたかっただけですから」


「そうですよね。

失礼しました。

ではそれらはクリスマスプレゼントということで。

黒いサンタから、頑張るあなたへの贈り物です」


「私、ジュリアって言います。

あなたのお名前を教えてくれませんか?」


「済みません。

事情があって、今はまだ教えられないのです。

その代わり、今年のカーニバルは1軍の日に見に行きますから。

あなたを探してみます」


「嬉しい!

私、あなたに喜んで貰えるように、精一杯踊りますから」


「今日は荷物が増えましたから、これで終わりですよね?

宜しければ、出口まで送りますよ?」


今の装備品も、売れば幾らかにはなるだろうから、捨てはしないだろう。


「是非お願いします」


ダンジョン内で延々と翻訳機を使い続ける俺達を、彼女にすら相手にされないゴブリンが、遠巻きに眺めていた。



 秘密の多い人だった。


覆面をしていたし、名前も教えて貰えない。


何もない場所から、装備品やお金を取り出すような事もしていた。


たった1時間ちょっとで、私達が何年掛かっても揃えられないような装備品を集めてもきた。


おまけに、非常識なほど気前が良かった。


初対面の私に、何十万レアルもする装備品をくれたばかりか、2万ドルものお金を差し出してきた。


私は何もしてあげていないのに。


これまでの人生で、今日ほど驚き、感動した事はない。


『応援する』という言葉を、純粋に喜べた事はない。


言葉の裏で、様々な嫉妬や欲望がうごめく場所で生きてきた。


つい先日まで、『今年は君が居るから優勝を狙えるね』なんて言っていた人達が、多額のお金を摑まされて、あっさり私をセンターから下ろした。


それに心底しんそこがっかりした私は、今回は自分の為だけに参加しようと決めていたが、ここにきて思わぬ目標ができた。


彼の為に踊りたい。


あの人に、最高の私を見て欲しい。


出口まで共に歩きながら、何とかして再会の約束を取り付けようとしたが、結局、口に出せなかった。


この国の人じゃないみたいだから、遠慮なんかしていたら、もう会えないかもしれないのに。


お金のためだけに入っていたダンジョンだが、今後はもう1つ、とても大事な理由ができた。


また彼に会いたい。


翻訳機に頼らず、きちんと自分の口からお礼を言って、成長した私を見て貰った後で、今度は堂々と名前と連絡先を尋ねたい。


やるべき事は山ほどある。


英語も勉強しなきゃ。


今まで、1年の半分以上をカーニバルのために充ててきたけど、もうそれ以上にやりたい事ができた。


きっとまた会えるよね?


あれ程凄い人だから、世界が放っておくはずがないもの。

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