第79話

 「何もない部屋ですが、どうぞお楽になさってください。

今、お茶をお淹れ致しますね」


1LDKの小奇麗なアパート。


アパートと言っているが、それはイギリス基準であって、日本なら、この部屋をマンションと呼ぶ。


家賃は、日本円にして月に16万くらいだろう。


エミリアがお茶の準備をしてくれている間、アイテムボックスからウエットティッシュを取り出し、両手を奇麗に拭く。


茶葉を蒸らす間に、彼女は自室に入り、部屋着に着替えて来た。


それから、ここへ来る途中で購入した、サンドイッチやフィッシュアンドチップス、ミートパイなどをテーブルに広げる。


彼女は自分で作ると言ってくれたが、時間が惜しいので、敢えて店で購入したのだ。


昼食も、『大事なお話を終えられてから頂きます』と言う彼女に、俺が『そんなに堅苦しくしないで、食べながら話そう』と提案した。


「・・折角おもてなししようと意気込んでおりましたのに、却ってお気を遣わせてしまい、申し訳ございません」


対面の席に着く前に、そう言われて頭を下げられる。


「謝るのはこちらの方ですよ。

僕の我儘で、あなたのご予定を変更させてしまいましたから」


恐らく、午後も講義はあったはずだ。


それを、いきなり訪ねて来た俺のせいで休ませてしまった。


「私には、和馬様より大切な用事などございません。

わざわざ訪ねてくださって、本当に有り難うございます」


澄んだ青い瞳が、真っ直ぐに俺を見つめてくる。


「お腹が空いているでしょう?

どうぞお食べになってください」


一向に料理に手を付けようとしない彼女に、そう促す。


「・・お言葉に甘えさせていただきます」


ゆっくりと食べ始める彼女を静かに見つめながら、自分は紅茶を楽しむ。


紅茶に入れるミルクが1種類しかない事を詫びられたが、学生の家を訪れて、3種類ものミルクが出された方が驚きだ。


ナイフとフォークを扱う姿が様になっている。


実家から持参したのか、年代物のそれらを、実に自然に動かしている。


「・・そんなに見つめられると、嬉しくなってしまいます」


ナプキンで口を拭いた彼女が、顔を赤らめながらそう抗議してくる。


「済みません。

とても絵になる光景でしたので。

そろそろ本題に入りますね。

どうぞ食べながらお聴きください」


紅茶をもう一口楽しんだ後、話し始める。


「エミリアさん、あなたを正式に家にお迎えするのは約4年後ですが、その間も、そちらのご都合がつけば、僕達の催しに参加していただきたいのです。

具体的には、食事会や各種イベントなどですね。

これらの行事には、僕のお仲間さん達が、毎回、ほぼ全員参加なされます。

あなたが将来、久遠寺家のメイドとして頻繁に顔を合わせる事になる方々です。

なので、なるべく早い内から、彼女達と交友を深めておいた方が良いでしょう。

どの方々も、その道のプロとしてご活躍なされている女性ですから、あなたにとっても、きっと得るものがあると思います。

勿論、学業を初め、あなたご自身のすべき事を邪魔するつもりは全くありません。

飽く迄も、その時、ご予定が空いていたらで結構です」


ナイフとフォークを置き、口元を拭いたエミリアが、疑問を口にする。


「和馬様が仰った事はその通りだと思いますが、こちらと日本とでは、如何せん距離の問題がございます。

長期のお休みでなければ、さすがに難しいと存じますが・・」


「その点については問題ありません。

ここと日本を、約30分で往復できますから」


「・・どのようにでしょう?」


「ここからの内容に関しては、極秘扱いになります。

僕のお仲間さん以外、他言無用でお願いしますね?」


「畏まりました」


「僕はダンジョン内であれば、『転移』ができるのです。

一度でも行った事がある場所なら、瞬時にそこまで跳べるのです。

今回も、それを用いてここまで来ました。

つい数時間前まで、僕は自宅に居たのです」


「・・和馬様のお言葉でなければ、到底信じる事ができなかったでしょう。

お話からして、その『転移』で、私も連れて行く事が可能なのですね?」


「そうです」


「お聴きしない方が良かったかもしれません。

そんなに簡単にあなたにお会いできると分ったら、日々の寂しさが増してしまいますから。

・・意地悪です」


何だか知らないが、少しむくれられてしまった。


「それからもう1つ。

今後は、こうしてあなたにお会いする度に、ある物を食べていただきます。

僕は現在、この世界で1番の大富豪でもあります。

月収は1兆円に届き、これから少しずつ、事業にも着手していくつもりです。

その反面、日本というお国柄、大邸宅に十数人もの使用人を雇って暮らすような事をせず、少しだけ大きな個人宅で今は2人、あなたを加えても3人だけで生活していきます。

治安は良い国ですが、一般人とは隔絶した力を持つ探索者という存在がいる以上、家を護っていただくあなたにも、多少の力を付けていただきたいのです。

ですから、エミリアさんに様々な恩恵を齎す品を、折に触れて食べていただきます」


「落合さんから多少は聞き及んでおりましたが、和馬様がそれ程の資産家だとは・・。

恐らく、まだほとんど知られていない事実ですよね。

確かに、私も護身術以外のものを覚えるべきでしょうが、何かを食べるだけでそれが得られるのでしょうか?」


「ええ、そうです。

本来ならダンジョンで鍛えた方が良いのですが、あなたは大事な学業の途中ですから、この方法を採ります。

ダンジョン産のアイテムを口にするだけで、各能力値が上昇し、特殊能力や魔法を得られますよ」


「!!!」


「当然ですが、この事も他言無用でお願いします。

因みに今回は、『学問成就』と『良縁』、『金運』、『開運』、『自己回復(S)』、『毒耐性(S)』、『生命力を300上げる品』を3つご用意致しました。

それがこちらになります」


テーブルに、それらの品々を載せる。


「え?

このかわいらしいお菓子のような物がですか?」


「はい。

食べる時の注意点ですが、必ずお一人で、一度に全部召し上がっていただくこと。

誰かと分けたりすると、効果が失われてしまいます。

世界中でもそれ程多くは存在しない品々ですので、どうかくれぐれもご注意ください」


「・・生命力が一度に300も上昇するなんて。

外部に漏れたら大変ですね。

『自己回復(S)』とは、どのような物ですか?」


「簡単に言うと、体力が直ぐに回復したり、傷が瞬時に癒えたりします。

レポートの作成などで徹夜をしても、疲れが残る事はないでしょう」


「そんな貴重な品々を、私一人で食べてしまって宜しいのですか?」


「お仲間の皆さんなら誰もが得ている能力ですから、ご遠慮なさらずに」


「・・では、お言葉に甘えさせていただきます。

有り難うございます」


エミリアが食べ始める。


「味は普通のお菓子と変わらないのですね」


「そうなんです。

見た目もそんな感じですから、【真実の瞳】を持つ僕以外だと、他と区別がつかないのです。

ですから、必ずその場で食べていただいています」


「【真実の瞳】とは何でしょう?」


「僕の固有能力で、対象の有りのままの姿を見られたり、その方のステータスを確認できたりするものです」


「!!!

・・私のも、ご覧になりました?」


「いいえ、大事な方のものは、許可なく覗いたり致しません」


「私、まだダンジョンに足を踏み入れた事がないのです。

ごみ捨て場でもあるし、危険な魔物も多いと聞き及んでいましたので・・。

決して探索者の方々に偏見が有る訳ではございませんが、何だが怖くて未だに入っておりません。

・・もし宜しければ、今度ご一緒させていただけませんか?」


「ご興味がお有りなのですか?」


「和馬様のメイドとして働く以上、避けてばかりはいられません。

まだ免許すら持っておりませんが、早い内に取得しようと思います」


俺を見つめながら話すその眼には、既に一切の躊躇いがない。


「ではこの後、最寄りの入り口に入ってみましょう。

僕が責任を持ってお護り致しますし、時間も30分程で済みますから」


「宜しいのですか!?」


「ええ。

但し、お渡しした品々を、全部食べてくださいね?」


「はい!」


それからまた、食事を再開する彼女。


「・・もしかして、もっと食べられそうですか?」


紅茶を飲みながら、黙々と食事に励む彼女にそう尋ねてみる。


「買って来た品々を制限すれば大丈夫です」


「では、そちらは後で食べていただくとして、更にこの4つもお召し上がりください。

筋力、肉体強度、精神力、素早さを、其々300ずつ上げる品です」


彼女の前に、その4つを載せる。


「頑張ります」


何だか微笑ましいその姿を、紅茶を飲みながら見つめ続けた。



 「ここがダンジョン・・。

想像していたよりも、ずっと奇麗ですね」


1時間後、俺達2人はダンジョン内に居た。


食事を終え、少し休んだ後、運動着に着替えたエミリアを抱えて、郊外の入り口まで超高速で走って来た。


その速度に驚いた彼女は、俺の首にしがみ付いたまま、ずっと目を閉じていた。


「ごみが無く、魔物さえ居なければ、ここは自然豊かな楽園ですから」


「誰も居ませんね。

日本もこんな感じなのですか?」


「場所によっては。

ステータス画面を確認してみてください」


「どうやるのでしょう?」


「『ステータス画面、オープン』と口にしながらポーズを取っても構いませんし、心の中で念じるだけでも大丈夫です」


「からかわないでください」


顔を赤らめながら、心で念じる彼女。


「え?」


「どうされました?」


「・・固有能力が付いています」


「!!

僕も拝見して宜しいですか?」


「ええ、勿論」


透かさず彼女のステータス画面を覗く。


______________________________________


氏名:エミリア・ハーウェル


生命力:938


筋力:331


肉体強度:344


精神力:513


素早さ:329


固有能力:【忠誠】


特殊能力:『自己回復(S)』『毒耐性(S)』『幸運・改』


______________________________________


【忠誠】?


その説明文に目を通す。


『自分が真に認めた主人あるじに仕える事で、その全能力値が5割増しになる』


一見、武闘系の能力にも見えるが、きっとそれだけではないのだろう。


しかし、これで3人目か。


世界中でも10人居ないと言われているのに、これも『良縁』MAXの効果だろうか。


「おめでとうございます。

エミリアさんは、世界に選ばれたのですよ」


「有り難うございます!

私にとって最適の能力です。

これで少しは和馬様のお役に立てそうですね」


思い切り抱き付いてくる。


「・・あの、今ここで、『誓いの言葉』を述べても良いですか?」


抱き付いたまま、耳元にそう囁いてくる。


「『誓いの言葉』、ですか?」


「はい。

【忠誠】を発動させるには、その相手の前で、自身の想いをお伝えする必要があります。

そうして発動した【忠誠】は、その主人が亡くなるまで替えが効きません。

・・私は、あなたに捧げたい」


「僕で宜しいのですか?

将来、あなたに愛する人ができた時のために、取って置かれた方が・・」


それ以上、言葉を続けられなかった。


エミリアが夢中で唇を重ねてきたからだ。


ぎこちないキスを、決して唇を離すことなく何度も繰り返してくる。


「・・これで1つ、私の初めてを捧げられました」


間近で見つめられながら、熱い吐息と共にそう告げられる。


「淑女の振舞いではありませんね」


苦笑する俺に、彼女は言葉を続けた。


「わたくし、エミリア・ハーウェルは、久遠寺和馬様を唯一の主人あるじとして迎え入れます。

私の心は常にこの方と共に在り、その身体は、細胞の1つに至るまで、和馬様、あなたのものです」


この台詞せりふが『誓いの言葉』だったのだろう。


彼女の身体が一瞬だけ輝き、直ぐに元に戻る。


「・・本当にこれで良かったのですか?

念のためにお伝えしておきますが、今の同居人である美冬は、僕の妻になる人ですよ?」


「知っています。

私が将来の進路を告げた時、落合さんから教えていただきました。

・・でも、それは関係ありません。

これは飽く迄も、私個人の誓い。

和馬様のお心を束縛するものではないからです」


そう言って微笑まれる。


「・・僕をそこまで評価してくださって有り難うございます。

ご期待に応えられるよう、今後も励んでいきますね」


「あの、実に厚かましいお願いではありますが、『誓い』が済んだお祝いを頂いても宜しいですか?」


「勿論。

何をお望みでしょう?」


「キスを教えてください」


「・・大人がするようなものですか?」


「ええ、是非それを」


この後、暫くここから動かなかった。

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