第77話

 12月18日、月曜日、午前9時。


ダンジョンに入るべく家を訪ねて来た仁科さんと落合さんの2人に、珈琲と共に各能力値を上げる品を食べて貰う。


「お二人共、各能力値が7000を超えましたね。

ここまでくれば、もう僕抜きでの探索も可能でしょう」


「畏まりました。

でも、探索後の入浴にはご一緒してくださいね?」


落合さんに、そう確認される。


「週に一度の楽しみなので、是非お願い致します」


仁科さんからも念を押される。


「分りました。

それから、お二人にご相談があります。

僕が現在探索しているブラジルで、『アイテムボックス』と『地図作成』のアイテムを入手致しました。

お二人には、そのどちらかを1つずつプレゼント致します。

どちらにどのアイテムをお渡しするか、この場でご相談なさってください」


「宜しいのですか?

大変貴重なアイテムだとお聴きしていますが」


落合さんが、申し訳なさそうにそう口にする。


「お二人だけで探索していただく以上、必ず必要になるアイテムです。

どうぞご遠慮なく」


「和馬様、『地図作成』の能力についてお尋ね致しますが、ダンジョン内で作成される地図は、通常の世界と全く同じ物なのですか?」


仁科さんがそう尋ねてくる。


「人工的な建造物が一切ないという点だけが唯一の違いなので、地形や距離は全く同じですね。

ダンジョン内で確認した場所から外に出れば、通常の世界でも同じ位置に出られます。

その能力が進化していけば、宝箱の位置や、人や魔物の居る場所まで特定できますよ」


「・・麗子さん、自身の仕事に相当役に立つ能力ですので、できましたら私は、『地図作成』の方を頂きたいのですが」


「私の方では、様々な事態に対応できるよう、必要な物を全て入れておける『アイテムボックス』が欲しかったので、そのご提案は寧ろ有難いです。

そのように役割分担致しましょう」


「お決まりになったようですね。

では品物をお渡しします」


其々の前に、希望したアイテムを載せる。


「有り難うございます。

心して頂きます」


「お心遣いに感謝致します。

今後も全力でお仕え致しますから」


そう告げながらアイテムを口にする彼女達のカップに、香り高い珈琲を注ぎ足す。


朝の穏やかな日差しに照らされたリビングには、これから戦場に赴くとは思えない程の、緩やかな時が流れていた。



 午後6時。


派遣先の和歌山まで2人を迎えに行き、自宅で共に入浴する。


この2人は吉永さんと同じで、最後の1枚を脱ぐ際に、俺の好きなアングルを提供してくれる。


だから、2人同時には脱がない。


よく分っていらっしゃる。


2人が並んでシャワーを使う間に、俺は手桶で浴槽の湯を浴び、蛇口をひねってその分を注ぎ足す。


「和馬様、お待たせ致しました。

どうぞこちらへ」


本日の前側担当の仁科さんが、シャワーで温めた椅子に掌を向ける。


因みに、うちの浴室で用いる椅子は、わざわざ業者に依頼した特注品だ。


俺は背が高く、足も長いので、その辺で売っている浴室専用の椅子だと座りにくいのだ。


だから、通常より恐らく30センチは高い木製の椅子に座って、身体や頭を洗って貰う。


低い椅子だと背筋が曲がるので、この椅子は俺のお気に入りだ。


美冬が家に来てから、もう1つ注文した。


「先にざっと頭を洗わせていただきますね」


風呂から上がる際、もう一度しっかり洗うので、最初のは埃と汗を流す程度。


シャワーで丁寧に湯を浴びせられ、シャンプーを用いて頭を洗われる間、仁科さんの大きな胸が、幾度となく俺の顔に触れる。


背後では落合さんが、床に膝を着きながら、俺の肩や背中をマッサージしてくれる。


「一旦湯船にお浸かりになりますか?」


予め用意していたタオルで、ざっと頭を拭いてくれながら、仁科さんがそう尋ねてくる。


「いえ、このまま続けてください」


「では失礼致します」


ボディソープを両手で泡立てた彼女が、素手で俺の身体を洗っていく。


俺は吉永さんから、毎週垢すりを含めた施術を受け続けているので、日々の入浴でごしごし身体を擦る必要はない。


落合さんも同様に、背中や腰を優しく洗ってくれる。


仁科さんが俺の両足を洗っている際は、彼女が両腕を洗ってくれる。


さっぱりした俺が浴槽に入ると、彼女達は其々自身の身体を洗い始め、背中だけはお互いに流し合う。


2人も毎週吉永さんの店でお世話になっているから、肌がとても美しい。


洗い終えた彼女達が湯船に浸かってくると、前後に挟まれて、時折濃厚なキスをされながら、会話を始める。


「『アイテムボックス』は本当に便利ですね。

2人ともリュックを背負う必要がなくなり、とても楽に探索ができます。

何より、ドロップ品が手に入る度に和馬様をお呼びしなくてもよくなったので、随分と気が楽になりました」


「要らない装備品はこれまで通り僕が買い取りますから、溜まってきたら仰ってくださいね」


「はい。

ただ、『幸運』を頂き、『金運』がMAXになり、『開運』も6になったせいか、ドロップの頻度が以前の3倍以上になっています。

200体倒せば必ず何かしらは落ちますから、1つきも溜めれば結構な数になりますが・・」


彼女達は、俺が皆から買い取ったアイテムを転売せずに、全てポイントに変換しているのを知っているから、8人分ともなるとかなりの金額になるので、心配してくれているようだ。


実際、『こんな事にお金なんて要らないよ』と言って、数か月前から頑として代金を受け取らなくなった美冬を除いても、7名分の買い取り金額は、月に8億円くらいになる。


だが、株や魔宝石などで、今や月収が1兆円に届きそうな俺からすれば、そのくらい微々たるものだ。


今の所、眷族にしか使えないポイントも、装備品はBランク以下を全て替えているから、既に50億を超えている。


シロに与えるおはぎや、美鈴にあげる桃饅頭は、1つがたったの3ポイント。


特殊能力を買わなければ、貯まる一方なのだ。


「大丈夫ですよ。

そのくらい、コンビニで安い弁当を1つ買う程度の負担にしかなりませんから、安心してください」


「・・・」


「『地図作成』も凄く有難いです。

ダンジョン内で迷う事がなくなりましたし、仕事で出張している時も、暇さえあればホテル先から最寄りの入り口に入って、1時間程、出口付近を探索しています。

和馬様がまだ手をお付けになっていない場所には入りませんが、既に攻略が済んだ都道府県では、3000円くらいまでの魔物を短剣1本で狩っています」


「わざわざ装備を出張先まで持って行かれてるのですか?」


「いえ、短剣以外はジャージとスニーカーです。

和馬様のお陰で生命力は1万以上ありますから、強そうな相手を避ければそれで問題ありません」


「ドロップした時はどうなさっているのですか?」


「フフッ、宅配便で自宅に発送しています」


「純子さんはそこまで努力を・・。

私も負けてはいられませんね」


「お二人には、毎週月曜に頑張っていただいているので、プライベートではお好きな事をなさってくださいね。

経費は幾らお使いになられても結構ですから」


「幾ら収入が増えても、なるべく無駄な事はしたくありませんので、ホテルのグレードは一般的な物を利用しております。

自分1人で使うのに、必要以上に豪華な部屋など要りませんから」


「そうですよね。

私も外出時は通常のシングルです」


「・・それだと、一向に経費が増えずに、無駄に税金で持っていかれるだけですが」


「その分、『柊財団』に寄付を上乗せすれば宜しいのでは?

美冬の母校だけでなく、世界規模で、優秀で善良な人物を育ててみるのは如何でしょう?」


「人材育成には賛成ですが、僕達の活動や、国益に背く人物に投資する気は起きないですね。

やるのであれば、エミリアさんの時みたいに、個人的なものが良いです。

事業としてやると、好き嫌いで候補者を選定するのが困難になりますから」


「確かに。

探索者に対して偏見や嫌悪感を持つ人物を、わざわざお金を使って育てる気にはなれませんね」


「お二人のお仕事に際して、これはという人物に出会えれば、僕が私的に援助する分には構いませんよ?」


「援助に際して、何らかの条件をお付けにならないのですか?」


「僕がその人物に好感を持てれば、見返りは求めません」


「分りました。

綺麗でスタイルの抜群な、しかも性格が良くて有能そうなが居たら、気に留めておきますね」


「え?

・・別に性別にはこだわりませんが。

僕のお仲間に加える訳ではないので」


「私達の方で気になりますから。

和馬様以外の男に目を向けているなんて誤解されたら、最早立ち直れません。

ね、純子さん?」


「ええ。

他の男性に目を向けるなんて論外です。

仕事上で、形式的、義務的に付き合うだけで十分ですので」


「・・あの、念のためにお尋ね致しますが、お二人もその、理沙さんや南さん達のような性的嗜好をお持ちなんですか?」


プライベートの事までは分らないが、3人で入浴をするようになってから、幾度となく、この2人がキスを交わす光景を目にしてきた。


理沙さんや南さん達は、摂取行為が済むごとに、お互いのパートナーとキスを交わしている。


その後に俺とキスをする際は、口を漱ぐか、ペットボトルの飲料を飲んでからしかしてこない。


彼女達のそのキスに、一体どのような意味があるのか分らないが、俺は一種の口直しだとばかり考えていた。


「いいえ、私達はノーマルですよ。

ね、麗子さん?」


「ええ。

女性を性的な目で見ることはないですね」


「ではあのキスは一体・・?」


どう見ても、只のキスではない。


お互いに舌を絡める濃厚なものだからだ。


「ああ、あれは特別なものです。

口を漱ぐ前に、飲み残しの物をきちんと取り込めるように、2人で協力しているだけですから。

所謂、『お掃除』ですね」


「・・・」


「勿論、誰とでもする訳ではありませんよ?

お仲間の皆さんとだからこそ、できる事です」


「・・・」


「そんなお顔をなされては困ります。

私達、何処かおかしいですか?」


立場を逆にして考えてみる。


俺だったら、絶対にできないぞ。


愛する女性の物を他の男と共有なんて、ましてやキスなんて、死んでも嫌だ。


女性を共有するという事すら我慢できないのに、性的に惹かれる相手以外の男とキス・・。


駄目だ。


これ以上考えると、俺の精神が崩壊してしまう。


男と女では、視覚的な美しさも、感受性も異なる。


そう理解して、以後はこの問題に関する思考を放棄しよう。


強制的にやらせている訳ではないのだしな。


「全然おかしくありません。

見ているこちらが感心するほど、仲睦なかむつまじいです」


「純子さんとは戦友でもありますからね」


「麗子さんとは親友以上の関係ですから」


この後、摂取行為の後で再度その光景を目にしたが、もう『奇麗だな』としか感じなかった。



 因みに、後日、水曜担当の美保さん達に、気を遣ってした会話は以下の通り。


『あの、摂取行為がご不快でしたら、既に念話はできるので、もう行わなくても大丈夫ですが・・』


『和馬君、今更何を言ってるの?』


『行為後に、毎回のようにお二人でキスを交わされているので、もしかしたら口直しの意味があるのかと‥』


『何だ、そんな事?

勿体無いからに決まっているじゃない。

口を漱ぐ前に、少しでも残りを吸収しないとね。

本当なら口を漱ぐのも勿体無いのだけれど、それをせずにキスをされたら、和馬君、嫌でしょ?

男の子は、自分のとはいえ、嫌がる人が多いと聞くし』


『子供が変な気を遣わなくても良いのよ。

本当に嫌なら、お風呂にも一緒に入ってないわよ?』


『子供じゃありません!』


『童貞なんだから、子供と同じ様なものでしょ』


『現役バリバリの弁護士が、また差別発言をしましたね?

東京弁護士会に苦情を申し入れますよ?』


『どうぞ?

その書類には、『僕の童貞を馬鹿にするな』と記入するのね?』


『ぐっ。

・・今回はこれで手打ちに致します。

でも、決して差別を容認した訳ではありませんからね』


『フフフッ。

和馬君だって、もう直ぐ卒業できるでしょ。

あと3か月くらいかな?

お姉さん、楽しみに待ってるよ?』


『・・・』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る