第75話

 12月1日、金曜日、午前2時。


美冬が床に就いた後、新潟の攻略を始める。


新潟県のダンジョン入り口数は、計160個。


金色の宝箱が存在する場所は、新潟総鎮守白山神社、弥彦神社、雲洞庵、西福寺、番神堂、斐太神社、乙宝寺、八海神社、妙宣寺、神宮寺、普光寺、菅谷寺、浄興寺、牛尾神社辺りの計14箇所。


ユニークは、番神堂辺りに居た蝶の魔物のみ。


この蝶は、暫く眺めていると俺の肩に止まり、やがて消滅して、10センチの魔宝石と『幸運』のアイテムを残した。


宝箱の中身は、『良縁』が3つ、『子宝』と『開運』が2つずつ、『学問成就』が1つで、残りは全て能力値の何れかを上げる品だった。


因みに、白山神社と弥彦神社では、アイテムが2つずつ出ている。


道中で約1500体の魔物を倒したので、全部で2時間を要した。


銀色の宝箱27個と茶色の54個は、後日ここを攻略する美冬に任せる。


『子宝』の2つだけは、直ぐポイントに替えた。



 午前7時、オーストラリアから戻り、美冬と朝の珈琲を楽しむ。


モカシダモの香りの中、合間に弁当の作成をする、彼女の後姿を眺める。


足がスラッと長く、お尻は良い形に引き締まって、腰はキュッとくびれている。


太股には適度な筋肉が付いていて、しなやかさと色気を醸し出している。


エロゲーの主人公なら、後からスカートを捲って悪戯しそうな姿である。


スカート捲り。


俺は一度もやった事はないが、一体何が楽しいのだろうか?


痴漢の心理も理解不能だ。


触って何が嬉しいのだろう?


女性の身体は、眺めるだけで十分に美しさを堪能できる、至高の芸術だ。


衣服だって必要ないくらいに完成されていると思う。


服はスパイスに過ぎないのだ。


「・・お尻に視線を感じるんだけど、もしかして溜まってるの?

木曜担当の人が居ないもんね。

今夜私がしてあげるまで待てる?」


前を向いて作業しながら、美冬がそう告げてくる。


「済みません。

別に欲情している訳ではありません。

単にその美しさに見惚れていただけなので」


「・・学校がなかったら、1日中相手してあげるのに」


「僕の話、ちゃんと聴いてます?」


「聴いてるよ。

私のお尻が好きなんでしょ」


「違います。

全体的に好きですが、1番は顔で、2番目は胸です」


「良かった。

胸が1番とか言われたら、お仲間の皆さん全員がライバルになるところだった」


「美冬は、南さんが考えている重婚制度には賛成なんですよね?」


「ええ。

内心の自由をうたいながら、好きな相手と婚姻できないなんておかしいもの。

大事なのは当人達の気持ちであって、枠内に収めようとする制度じゃない。

第一、同性愛すら認めるのに、伴侶の数が増えただけで駄目だなんて、完全に国の考えの押し付けでしかないでしょ」


「そうですね。

日本やアメリカが制度を作る上で参考にしてきた欧州でさえ、愛人や妾、側室の文化がありましたし、日本でだって、江戸時代までは一部で重婚が認められていました。

特権階級でのみ認められていたものが、富裕層なら誰でも可能になるのですから、全く問題ないでしょう。

現に貧しくても、ダンジョンで研鑽を積めば、幾らでも豊かになれますからね」


「南さんが作ろうとしている重婚制度に、正妻や側室の区別はあるの?」


「ありません。

単に何番目に結婚したかの順番が付くだけのようです。

妻や夫の立場は皆同じ。

そう仰っていましたね」


「それなら安心ね。

因みに私は、順番には拘らないわよ?

ちゃんと愛してくれるなら、何番目でも構わないわ」


「僕の最初の妻は美冬です。

これは譲れませんね」


「フフッ、有り難う。

私も譲れないものが1つあるわ。

結婚したら、久遠寺の姓を名乗ること。

柊の名字は、財団名で残せば良いから」


「有り難うございます。

きっと僕の両親も喜ぶでしょう」


「私達の子供には、和馬の名字を名乗らせたいの。

それは私の誇りでもあるから」


「・・・」


「ん、どうしたの?

私、何か不味い事言った?」


弁当を詰め終えた美冬が、テーブルに戻って俺の顔を見てくる。


「・・私に何か隠し事があるみたいね」


『分析』を使う彼女に、俺は無心で対抗したが、どうやら裏目に出たらしい。


「君が高校を卒業したら教えるよ」


「私が傷つくような事なの?」


「まさか。

ただ、家族生活には多少の問題点があるね」


「あのさ、前から思ってたけど、私に敬語や丁寧語を使う必要はないよ?

どうやら敢えてそうしてるみたいだけど、今みたいに動揺したりすると、タメ口に戻るでしょ?

私達の仲なんだから、もう普通に話してよ」


「・・分ったよ。

美冬にだけはそうする」


「お、何だかより男らしくなった。

私、ワイルドな和馬も好きだよ?」


このままごまかせそうかな。


「そんな訳ないでしょ。

卒業したら、ちゃんと話して貰うからね。

『私を嫌いになった』とか言わない限り、大抵の事には目をつぶるよ」


「たとえ世界が滅ぼうと、それだけは絶対に口にしないさ。

・・そろそろ行かないと不味いんじゃないか?」


「あ、いけない、もうこんな時間!」


慌てて彼女が玄関に向かう。


アイテムボックス内に鞄や教科書類を全て入れているらしく、弁当すらそこに投げ込むと、急いで駆け出していく。


あっという間に見えなくなった彼女を見送ると、俺も豪州へと向かった。



 夕食後、美冬と入浴してから理沙さんの家に立ち寄り、彼女に『幸運』のアイテムを食べて貰う。


これでお仲間の皆さん全員に行き渡った。


お風呂に誘われたが辞退し、キスだけされて再度ダンジョンへ。


翌朝9時まで、ひたすら銀箱を回収した。



 12月3日、日曜日、午前10時。


家を訪れた南さん達を、新たな攻略地である福島へと送る。


岩手の魔物を粗方狩り終えた2人は、前日の達成感に浸る間もなく、意気揚々と福島で狩りを始めた。


今の彼女達は、初めて俺に会った頃よりずっと輝いている。


肉体的な改造が済んだ事だけが、その理由ではないだろう。


昼間は友人達と遊ぶ予定の美冬を家に残し、俺も豪州に跳ぶ。


銀の宝箱から出る品は、圧倒的に貴金属や宝石類が多く、それだけなら、もう俺は入手する必要が無いのだが、ここまで来たら、もう意地でも全部回収してやるという執念だけで開けている。


金塊なんて、既に何万トンあるか分らない。


世界中の金の保有量は、オリンピックプール3つか4つ分だと聞いた記憶があるが、俺は既にその半分くらいは持っていそうだ。


ダンジョン産の物も含めるからかもしれないが、どうもそれだけではないような気がする。


夕方6時、念話で迎えを要請してきた南さん達を連れ帰り、共に浴室へ。


「ねえ和馬、福島の魔物って、何だか少し他と違わなかった?」


俺の身体を洗いながら、南さんが尋ねてくる。


「僕があそこで倒した数は600程度でしたが、そう言われると、多少他と違いましたね。

色が濃かったり、姿が変形したりしていた魔物が居ました」


「やっぱりそうよね。

気のせいかもしれないと思ったのだけれど・・」


「あとは、比較的強い魔物が多かったかもしれません。

京都や奈良、和歌山のように、然程信仰心の篤い場所ではないはずですが、他に何か理由があるのかもしれないですね」


「う~ん、何だろう。

・・さ、立ち上がって」


シャワーで石鹸を洗い流した彼女が、俺に起立を求めてくる。


「今日は別に必要ありませんが・・」


「和馬、いい加減に理解しなさいよ。

あなたの為でもあるけど、私達の為でもあるの。

毎週末のお楽しみなんだから」


「文句を言うなら、もっと積極的に南に触れてあげてください。

彼女を先に満足させれば済む話ですよ?」


後から、俺の身体にキスを連発してくる百合さんに、お小言を言われる。


「それは何だか恐れ多い気がして。

まだ婚姻を結んだ訳でもないですし・・うっ」


摂取行為に励んでいた南さんに、歯を当てられる。


「和馬君、今度それを口にしたらお仕置きです。

南にここまでさせておいて、その文言は受け入れられませんよ?

彼女は、性に奔放な女性達とは違うのです」


百合さんが、警告とばかりに、耳の中に舌を入れてくる。


「す、済みません」


思わず、変な声を出しそうになる。


「お詫びに、僕のダンジョンについての考察をお話ししますから」


摂取行為を続ける南さんが、歯を引っ込め、目だけで『続けて』と伝えてくる。


「ずっと不思議だったのですが、どうしてダンジョン内に持ち込んだ物は、24時間以内に消滅するのでしょうね?

生ごみや、人や動物の死体なんか、数年放置しておけば、勝手に土に還りそうなものですが」


「あまりに溜まり過ぎると、人や魔物が活動できなくなるからじゃないですか?」


口が塞がっている南さんの代わりに、百合さんがそう答える。


「それならば、外部からの持ち込みを禁止すれば良いと思いませんか?

事実、金属製品は全く持ち込めないのですから」


「・・金属が持ち込めないのは、魔物が簡単に倒されないようにするためだと思いますが、言われてみれば、わざわざごみを持ち込ませる意図が分りませんね」


「核廃棄物のような危険な物まで持ち込み可なんて、何か理由があるはずなのです。

単に人を誘い込んで魔物の餌にするだけなら、より人が入り易いように、危険物や障害物など持ち込ませない方が合理的です。

それに、人を餌にするだけなら、24時間で消滅させる意味が分りません。

真夏でもない限り、数日は餌として機能するでしょうから」


「・・その通りですね」


「通常の世界で起きている変化も見逃せません。

ダンジョンが現れてからの約16年、世界中でとある現象が話題になっています」


「自然環境が少しずつ修復されている、ですか?」


「その通りです。

ごみが捨てられなくなった事で、海や川、土壌の汚染が劇的に改善し、原発が使い放題となった結果、石炭などを用いる火力発電も姿を消しつつあります。

ダンジョン初期で大勢の人が亡くなり、現在も途上国で出生率と同程度の人が殺されている事で、人口増加にも歯止めがかかり、大気の状態もゆっくりとではありますが、修復されつつあるようです。

エネルギーの主役が化石燃料から魔宝石に変わった事も、温暖化の防止に大きく貢献していますよね?

考えれば考えるほど、ダンジョンという存在は、地球に優しい産物なのです」


「・・・」


南さんの行為が、思考中のせいか、大分緩やかになっている。


「ここで最初の問題に戻りますが、ダンジョン内で消えたごみや持ち込み品は、一体何処に行き、何に使われているのでしょうね?」


「・・・」


「僕はダンジョン攻略を始めてから、1つだけですが、確かな事実を得ました。

それは、そこに居る魔物を倒せば倒すほど、ダンジョンに捨てられたごみの消滅が早くなるという事です。

どうです、非常に面白いとは思いませんか?」


「「・・・」」


この日は、美冬が声をかけてくるまで、一度も摂取されずに済んだ。

 

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