第74話

 11月24日、金曜日。


「へへ、やっと見つけたぞ、この野郎」


大きな岩の上に座ってチョコレートを食べていたアマンダが、その言葉を耳にして顔をしかめる。


ロシア語なんて分らない彼女だが、陸な事を言っていないのは想像がつく。


何より、あるじから貰った大事なチョコレートを味わっている最中に、変な横槍を入れられたのが不愉快だった。


「今日こそはぶっ殺してやる。

覚悟しろよ、へへへ」


頭の悪そうなブサイク連中が、3パーティー、計9人で自分を取り囲んだ。


弓を構える者が3人、あとは長剣や槍を持つ者達だ。


飛び道具を持って来る辺り、少しは自分を研究しているようだ。


毎回皆殺しにしてるから、死体が消える前にでも、その死に方を調べたのかな。


「死ね!」


3人が同時に矢を放ってくる。


1つは躱し、残りは長剣で弾き返すと、左手に3枚の、魔力製のトランプを生じさせる。


『加速』を用いてそれらを飛ばし、弓を使う3人の首を刎ねる。


「グッ」


「ギャッ」


「てめえ!」


煩い残り6人も、『飛行』を使って空中からカードを飛ばし、其々の首を刎ねた。


やっと静かになった大地に降りて、死体となった男達の所持品をあさる。


3つの弓は只の木製で要らない。


剣や槍も、2つ以外はセラミック製。


貧乏国だけあって、兵士の装備も安物ばかり。


リュックからは、合わせて16万ルーブルの紙幣が見つかる。


ドルじゃないのね。


ルーブルなんて、紙屑と同じじゃない。


溜息を吐きながら、2つの武器と紙幣を手に持ち、掌に魔力を込める。


持っていた物が消滅し、主の下に送られる。


魔物ならドロップ品が自動的に送られるのに、面倒で仕方ないが、愛する主の為に仕事はきっちりとこなす。


あと21人殺したら、また彼にチョコレートを強請ねだろう。


お返しには、愛の籠ったキスを添えて。



 11月26日、日曜日。


「和馬、岩手の攻略だけど、あと2、3回で終わるわよ」


家を訪れた南さんが、珈琲を飲みながらそう告げてくる。


「分りました。

次の場所を準備しておきますね。

魔物はどのくらい狩りました?」


「2000円以上の物は全て狩ってるから、大体14万体くらいにはなりそうね」


「それだと、大分ステータスが上がったんじゃないですか?」


「百合と2人でやってるからそれ程でもないけど、和馬がくれるアイテムを食べてるせいもあって、もうどれも2万を超えたわね」


「トイレが必要なくなりました。

月に1、2回、沙織さんの店に行くだけで済みます」


百合さんが、そう言って笑う。


今日の深夜に浴室で美冬と話した際、彼女ももう直ぐ長野の攻略が終わると言っていた。


因みに、美冬の各能力値は、既に3万を超えている。


「やはり『飛行』があると楽ね。

移動速度が段違いだもの」


「他人に見られてないですか?」


「宝箱の回収時にしか使っていないし、その時はかなり上空を飛んでるから大丈夫。

ただ、来年の4月以降はオープンにしようと思うの。

今度の免許更新では、間違いなく百合と2人でランクSになる。

そうなったら世界中から注目されるから、もう隠す意味がないと考えてるんだけど、どう?」


「・・そうですね。

僕の方も来年は更新しようと思いますし、『転移』アイテムの回収も、それまでには目処が立つと思いますので、良い頃合ころあいかもしれません」


「和馬が全ての『転移』アイテムを回収したら、私、次の衆議院選挙に出るわよ?

『印籠』を使ってさっさと当選し、できるだけ早く総理になるわ」


「南が総理になったら、速やかに重婚規定の条文化を図りますので、その時は、例の約束、きちんと果たしてくださいね」


「・・分りました。

だた、他のお仲間の皆さんが何と言うか、心配ではあります。

美冬には許可を得ていますが、理沙さん達はまだ知りませんので・・」


「全員纏めてめとってしまえば良いのよ。

重婚に際して国民に要求する条件を、和馬は余裕でクリアしてるんだから」


「皆さんがそれに納得するかどうか・・」


「するわよ。

和馬に向ける彼女達の表情を見て分らないの?

それにあなたと結婚すれば、一部の煩い連中も納得するでしょ。

ちゃんと異性と婚姻を結ぶのだからね。

さすがに、同性の百合をファーストレディーとして連れ歩くのには、色々と問題になる国もあるからさ」


「えっ、もしかして、僕を首相の夫として外国に連れ回すおつもりなのですか!?」


「必要な時にはお願いするわよ?」


「それはかなり抵抗があるのですが・・」


「大丈夫よ。

地位がないだけで、経済力も実力も、和馬の方が遥かに上なんだからさ。

誰もあなたを変な目では見ないわ。

第一、私がそれを許さないしね。

・・何なら、和馬も政治家になる?」


「それはお断りします」


「そうよね。

法律を変えるか新たに創る以外には、然して面白くもない仕事だし。

まあ、『印籠』がある分、有権者に媚を売る必要がないのは楽で良いけど」


「南さんは、政治家になったらダンジョンには入らないのですか?」


「まさか。

私からしたら、政治家の方がついでよ。

和馬と住み易い国を作る以外に、探索者に勝るものなんてないじゃない。

大事な仕事だけこなして、あとは部下達に丸投げするつもり。

そのためにも、参議院は廃止して無駄な議員数を減らし、有能な官僚達にきちんと自分達の仕事をさせないとね。

いつまでも、エリートの彼らにアホな議員達のお土産なんて買わせていたら、その内国が亡びるわ」


「確かに。

公務員は全体の奉仕者であって、議員のパシリじゃないはずですからね。

僕と美冬の『皇帝』や『女帝』も使って、無駄金使いの能無し議員はどんどん落選させた方が良いかもしれませんね」


「この国の国民は民度が低くて、最早まともな議員をちゃんと選べないからね。

芸能人やスポーツ選手でも多少まともな人は居るけど、ほとんどが操り人形のお飾りだからさ。

寝たきりの、重度の障碍者を議員にする政党も論外よ。

国会での審議には多大な税金が投入されているのに、たった一言の意思表示に数分も要する人を複数も議員にしたら、一体審議に何日掛かるのよ。

そういう人の意見は、また別な所で聞けば良いのであって、何でもかんでも議員にすれば良いというものではないの。

刑務所に入っていても、子育てしかしていなくても、年に3000万円以上の給料をくれるこの国はおかしいのよ。

そしてそれが許されるのも、他に手の空いている議員が多過ぎるからなの」


「政教分離原則があるのに、宗教団体が堂々と政党を運営して、国政に関与してますしね」


「不思議よね」


「政治を語ると切りがないので、そろそろ行きましょうか」


彼女達の着替えが済んだので、そう提案してみる。


「そうね。

さっさと探索して、お風呂を楽しみましょ」


いやあの、入浴は飽く迄もおまけなんですが・・。



 11月27日、午前3時。


共に入浴した美冬が眠るのを待って、国内の新たな探索地を開拓する。


福島県。


この地のダンジョン入り口数は、計176個。


金色の宝箱が存在したのは、大國魂神社、諏訪神社(小野町)、薬王寺(いわき市)、松尾神社、田村神社、伊佐須美神社、宝藏寺(相馬市)、白水阿弥陀堂、福満虚空蔵菩薩圓蔵寺、開成山大神宮、土津神社、蚕養国神社、鶴ヶ城辺りの計13箇所。


ユニークは居らず、箱の中身は『良縁』が3つ、『学問成就』が2つ、『金運』が1つで、あとは各能力値を上げる品だった。


1時間も掛からずに宝箱の回収を終え、残りの銀31、茶色67個は、後日に探索する南さん達に任せる。


倒した魔物は約600のみ。


その後はオーストラリアに跳び、朝の7時までひたすら銀箱の回収に励んだ。



 11月28日、火曜日。


月曜担当の仁科さん、落合さんの両名と入浴を楽しみ、一度ずつ摂取された後、美冬を交えて4人で夕食を取り、2人が自宅に帰った後は、1時に美冬が眠るまで、珈琲を飲みながら彼女と雑談する。


この3か月は、うちで夕食を済ますようになった南さん達の為に、外食もせず、土日も食事を作ってくれる彼女だが、『自己回復(S)』以前に、各能力値が大幅に上昇したせいで、家事を含めた日常生活では最早疲れる事などない。


土日祝日の夜はダンジョンにも入っているが、もう睡眠も然程必要ではなくなってきたらしく、1日3時間も寝れば十分らしい。


やる気になれば、5日くらいは何の問題も無く、完全に徹夜ができると笑っていた。


ただ、睡眠は彼女の楽しみでもあるから、必要がなければやらないだけだ。


この日の話題は、俺が美冬用に注文した、新しい制服についてだった。


冬用の制服の試作品が学校に届いたらしく、美冬はそれを早速試着したらしい。


このハイブランドと話が纏まった後、俺は『水の住人』を使って海路でイタリアまで赴き、その後現地のダンジョンにさっと入って、『ダンジョン内転移』で彼女をイタリアまで連れて行き、共にその本店まで足を運んだ。


仮縫いをしっかりとやったせいで、その出来上がりは彼女のサイズにピッタリで、それを着た彼女は、生徒達の反応を見るべく、校内を歩き回ったそうだ。


その反響は凄まじく、来年度から制服の選択肢に加わると彼女から説明を受けた生徒達は、大いに喜び、そして途方もなく悲しんだ。


現3年生は、美冬以外ではこの制服に袖を通せない。


1着10万円もするハイブランドの制服を、只で貰える機会を逃した彼女の同級生達は、かなりがっかりしたようだ。


美冬も、自分1人だけがその制服を着て通うのは、少し心苦しいみたいだった。


元々、俺は美冬にさえ着せればそれで良かったし、あと3か月ちょっとしかない期間では、残りの240着なんて用意できない。


そう思っていたのだが、念のためにそのブランドの担当者に電話で尋ねてみると、既製品で良いなら、型紙が在るから可能だと言われた。


ただ、それでも相当急がないといけないらしく、作るにしてもかなり割増しになると言う。


俺は、ブランド服と言えば全てがオーダーメイドだったから、そもそも既製品は頭になかった。


そうだよな。


学校の制服なんだから、オーダーメイドのはずがない。


因みに、幾らの割増しになるか尋ねたところ、約4割増しだそうだ。


まあ、良心的ではあるかな。


今後長い付き合いになる俺相手だから、職人の残業代くらいしか上乗せしていないのだろう。


2日程度でより詳しいデータを送るから、取り敢えず240着の製作に直ぐ取り掛かって貰う。


料金を3倍支払うと言ったら、喜んで同意してくれた。


朝になってから、登校する美冬と共に、彼女の高校まで出向く。


校長室で待たせて貰い、突然の来訪に驚く校長に、事の顛末てんまつを話して聴かせる。


「・・という訳で、なるべく今日中に、新たな制服を希望する3年生全員に、自己のサイズを書いて貰ってください。

既製品と言えど、より正確なデータがあった方が良いでしょうからね。

かなりの割増し料金を支払って、特別に現3年生の希望者にまで支給するので、このに及んで『自分の詳しいサイズを他人に教えたくない』などという生徒には支給致しません。

無記名でも結構ですから、集計した用紙を一纏めにして、明日美冬に渡してくださいね」


「畏まりました。

必ず本日中にご用意致します」



 その日の夜、吉永さんが帰宅した後、美冬は俺の手を引いて、浴室に連れ込んだ。


級友達の反応が余程嬉しかったのか、2度も摂取された後、浴槽内でも1時間以上俺を放さなかった。


「有り難う。

・・大好き」


唾液の糸が繋がったままの唇で彼女からそう告げられた時、俺は、『既に元は取れたな』と本気で考えた。

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