第73話

 11月21日、火曜日。


吉永さんを鹿児島まで送った後、オーストラリアで宝箱の回収に励んでいた俺の視界に、数人のグループが争っている状況が映る。


『飛行』を解除し、地面に降りて離れた場所から近付いて行くと、双方の怒鳴り声が聞こえてくる。


「ここは俺達、中国人の縄張りだ!

お前達はさっさと他に移動しろ!

死にたいのか!?」


「はあ!?

ここはオーストラリア、あたし達の国よ!

あんた達移民風情がでかい口をきくんじゃないわよ!

元はただ国が大きいだけの貧民国だったくせして、本当に恩知らずで無礼な人種よね!

観光地のトイレに壁も無いような貧乏国が、日本やイギリスのお陰で発展したのに、恩を仇で返したばかりか、世界中に喧嘩を売ってさ。

まるでゴキブリの如く嫌われているのが分らないの?」


「貴様、言わせておけば!

ぶっ殺してやる!」


男3人のパーティーが、女性2人のパーティーに剣を向ける。


中国人の男達は、皆がダンジョン製の武器を持っているが、女性2人の方は、どちらもセラミック製の長剣だ。


相手の攻撃を受け続ければ、その内、剣が折れるだろう。


「おい、一旦剣を収めろ。

少し事情を聴きたい」


もう少しで相手に斬り掛かりそうだった男達に、やんわりと忠告する。


無条件で女性達の味方をしても良いのだが、女性側にも言い過ぎな面はあるので、念のために事情を聴こうとした。


「ああっ、何だてめえ!

いきなり出て来て、人の争いに首突っ込んでんじゃねえよ!

・・そんな覆面しやがって、いっぱしのヒーロー気取りか?

ハハッ、死にたくなければすっこんでろ、ボケ」


俺をざっと眺めたリーダー格の男が、俺が武器を所持していない事が分ると、そう嘲笑してくる。


「今のは、俺に対する宣戦布告か?」


「アッハハハ、そうだと言ったらどうする?

丸腰で俺達3人と戦うつもりか?

ええ、武器も買えない貧民さんよ?」


「済みません、こいつら、僕が殺しても良いでしょうか?」


男達を無視して、俺達の遣り取りを黙って見ていた女性2人に、そう尋ねる。


「別に構わないけど、大丈夫なの?

加勢しようか?」


「いえ、結構です。

奴らの武器はランクEなので、その長剣では折れますよ」


「てめえ、無視してんじゃねえよ!

・・死ね!」


奴らの方を振り向きもせずに女性達と会話する俺に、キレた男が斬り掛かって来る。


「危ない!」


もう1人の女性が知らせてくれるが、俺はそいつの好きにさせた。


男の長剣が俺の肩口を切り裂こうとするが、剣が欠けただけで弾き返される。


「へ?」


「正当防衛な」


振り向きざま、その男の顔を殴る。


首がもぎれて、血しぶきを上げた死体が倒れる。


「「!!」」


女性達が息を呑む。


「てめえ!」


「死ね!」


残る2人が、同時に俺に襲い掛かる。


「知能が無いみたいだな」


やられた男の剣が弾き返されたのに、相も変わらず斬り掛かって来る2人に呆れる。


今度は、敢えて受けてもやらずに殴り殺す。


また武器が欠けては面倒だ。


一旦アイテムボックス内に終わないと、修理できないからな。


因みに、魔物からのドロップ品ではないので自動回収は働かず、人間を殺した場合には、いちいち身ぐるみを剝がなくてはならない。


武器の他、死体のポケットやリュックを漁って、お金や身分証の類を取り出す。


思った通り、母国の支援を受けた、軍関係の人間のようだ。


探索者ランクは3人ともDで、所持金は、3人合わせて2万4000豪ドル。


結構持っていた。


カード類は死体の側に放り投げ、武器と紙幣だけを頂戴する。


「これ、彼らからの戦利品です。

お二人でどうぞ」


「え?

・・良いの!?」


「凄い額ありますよ!?」


差し出された物を見て、呆然と俺を眺めていた2人が我に返る。


よく見れば、まだ若い2人だ。


20歳くらいだろうか。


「お二人の争いに割り込んだのは僕の方ですから、どうぞご遠慮なく」


「・・有り難う。

凄く助かるよ」


「有り難うございます!

これで学費の目処めどが立ちました!」


「でもどうして争っていたのですか?」


お金をリュックに終い、武器を手にした彼女達に、興味本位で聴いてみる。


「彼らが、この辺りの場所を独占していたからです。

ここら辺は、45(豪)ドルくらいの魔物が涌き易くて、それより弱い魔物も数多く出現する穴場なんです。

入り口からもそう遠くなくて、恰好の狩場なのですが、1か月前からこの3人が独占して、ここに来る人や先に居た人達を力ずくで追い出し始めたんです」


大人しそうな方のが、そう説明してくれる。


「この数年、中国人の奴らの行動は目に余る。

大学の授業でも、教授の学説に平然と異議を申し立て、『それは中国では受け入れられない』と訂正までさせるんだ。

大学側も、多額の寄付金をくれる中国人達の集まりに逆らえなくて、その教授は、教材として使っていた自書の書き換えまでさせられた。

勿論、あたしだって、全ての中国人が悪い奴だなんて思っていない。

仲の良い友達だって居たんだ。

でもそのは、争いが酷くなると、さっさとカナダに留学しちまった」


気の強そうな女性も、悔しそうにそう話す。


「・・あの、あなたはイギリス出身の方ですか?

随分と奇麗なクイーンイングリッシュですよね」


大人しい方の娘が、ずとそう尋ねてくる。


俺の使用したリスニング教材が、オックスフォード大学の物だからだろう。


幼い時に習った英会話の個人講師も、確かオックスフォード出身の男性だった。


日本人の中には、どうせ外国語を習うなら、若い異性の方が良いと考える人が多い。


でもそれはあまりお勧めできない。


男言葉や女言葉という物は、どの国にも当然のようにあり、形式的な会話ではなく、日常会話を深く習う際には十分に気を付けねばならない。


大袈裟に言えば、所謂『オカマ』と呼ばれる人達が使うような言葉に聞こえかねない事もある。


「済みません。

そこら辺は事情があって明かせないのです。

では、僕はこれで失礼しますね」


これ以上追求されないように走り去る。


「あっ」


背後で、まだ何か言いたそうな声がしたが、気にせず見えない位置まで来ると飛び去った。



 「・・行っちゃった。

まだ沢山お話したかったのに・・」


「何だい、惚れたのかい?

諦めな。

きっと住む世界が違うよ。

武器にも金にも見向きもしなかっただろ?

あれは相当な金持ちだよ」


「この武器、買えば4万5000(豪)ドルくらいはするもんね。

お陰で随分楽になったし。

・・早くここを離れた方が良いよね」


「ああ。

こいつらの死体が消えるまでは、ここに居ない方が良い。

今日はもう帰ろう」


「うん」



 「えっ、また頂けるのですか?

ですが、他の皆さんの分も取って置かれた方が・・」


「大丈夫。

他の皆さんにも、同じ様に食べて貰っていますから」


吉永さんを迎えに行き、共に入浴する前に、各能力値を上げる品を1つずつ食べて貰う。


既にオーストラリア大陸における金色の宝箱は全て取り終え、現在は銀色を回収中である。


ユニーク48体、金色の宝箱は1573個、『異界の扉を開く鍵の1つ』である『光を帯びた石炭』も、6個全てを取り終えている。


因みに、そこを守護していた魔物は、何れも大型のロックイーターだった。


地図上には、オーストラリア大陸のとある場所に、きちんと石炭のマークが現れている。


まだ推論でしかないが、この『異界の扉を開く鍵』というのは、恐らく、『転移』や『アイテムボックス』、『地図作成』のアイテムが在る場所にしか存在しない気がする。


まさか全ての国に在る訳ではないだろう。


『転移』も、ステータス画面の枠内にある4つ目の枡を塗り終え、残りあと2つになった。


予定通り、12月中旬頃には、銀色の宝箱も全て回収できそうである。


「この『地図作成』も一緒に召し上がってくださいね。

お待たせして済みませんでした」


これで吉永さんも、ダンジョン内を自在に動けるだろう。


「いいえ、待つなんてとんでもありません。

有り難うございます。

とても助かります」


特殊能力のアイテムは、オーストラリアの攻略を終えた時、また皆さんに配る予定だが、この『地図作成』だけは彼女専用だから、早く渡してしまう方が良い。


毎週のように皆さんに配っている能力値上昇アイテムも、オーストラリアの分だけで、まだ1人15回分くらいは残っている。


溜め過ぎても意味がないので、お仲間全員の各能力値が1万を超えるまでは、どんどん食べて貰う事にした。


お茶を飲みながら食べ終えた彼女は、浴槽に湯を溜める間、この日の出来事をざっと俺に話し、浴室内では、エアマットを用いて入念に施術を施してくれる。


約90分後、少し冷えた身体で浴槽に入ると、しっかりと抱き付いてきて、何回も、何分も、濃厚なキスをしてくれた。


口内が吉永さんの匂いで満たされる頃、『今、少し大丈夫?ご飯できたよ。まだ掛かるの?』と美冬が念話を送ってくる。


相変わらず、律儀に『もしもし』代わりの『今、少し大丈夫?』を唱えてくる。


名残惜しそうな吉永さんと10分で支度を済ませ、夕食を取りに共に自宅へ。


今夜は美冬の得意料理である、茹でた牛タンと温野菜だった。


たった3人なのに、2キロ近くあった茹でタンが、ほとんどなくなる。


「フフフッ、沢山食べてくれて嬉しい」


「美冬の煮込み料理は、どれも反則級に美味しいよ。

牛テールの時も堪らないし」


「材料が良いからだよ。

普通の家では、1回分の食材に、お肉だけで15万円も使わないからね」


「弁当の分は、ちゃんと取ってあるの?」


「うん、確保してあるよ。

お肉の時は、おかずを沢山持って行かないと、友達が欲しがるから大変なの」


3人の級友に分けるから、おかずだけ別の容器に入れていく彼女。


恵比寿のマンションを訪れた後から、級友達も、ほとんど遠慮をしなくなったらしい。


以前、俺に出会う前の美冬は、時々その彼女達から弁当のおかずを分けて貰っていたようで、自分が彼女達にそうできる事を、素直に喜んでいた。


俺としても、そんな事で美冬が喜ぶなら、幾らでもそうすれば良いと思う。


文化祭の時、その級友達にも紹介されたが、皆感じの良いばかりだった。


冬になったら恵比寿のマンションで、友達と鍋料理をして楽しむみたいだから、その時は最高の食材を用意してやろう。


「美冬の料理は美味しいから、つい食べ過ぎてしまいます。

ダンジョンに入る日は、その分運動しないと・・」


「吉永さんのお身体で、余計な脂肪の付いた場所なんてありませんよ」


「有り難うございます。

でも、最近また胸が少し大きくなったみたいで・・」


「僕としては、何の問題もありません」


「和馬、大きな胸が好きだもんね。

お風呂では、いつもそこに視線を感じるし」


「・・・」


俺だって、いつもとある場所に視線を感じるんだけどね。


言うと藪蛇になるから、黙っているけどさ。

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