第72話

 11月18日、土曜日。


今日はお仲間の皆さんと、紅葉狩りを行う日である。


その場所には、日光の中禅寺湖付近を選んだ。


午前11時、俺の家に続々と皆さんが集まって来る。


「てっきり京都かと思っていたけど、栃木とは渋いわね。

確かに、あそこも紅葉が映えるものね」


南さんが珈琲を口にしながらそう話す。


「今攻略している岩手も奇麗ですよ。

時々探索の手を休めて、南とお茶を飲んでます」


「百合、ばらしたら駄目じゃない!

・・決してサボってる訳じゃないわよ?」


俺の顔色を窺うように、こちらを見てくる。


「お気になさらずに。

寧ろ、そういった事も必要だと思います。

折角の景色ですから、脇目も振らずに戦闘だけしていては勿体ないですよ」


「そうよね」


「私達も、毎回何処かで休憩してますよ?

『自己回復』があるから肉体的には疲れませんが、心の栄養は必要です」


美保さんもそう言って微笑む。


「スイーツまで食べてるものね」


理沙さんが笑う。


「頭が疲れると、甘い物が欲しくなるの」


「私なんか、お月見してますよ?

星がないから、月が映えるんですよね」


美冬も楽しそうにそう告げる。


彼女の探索時間は、長期休暇以外は夜だからな。


「それはそうと、温泉はあるのよね?」


「はい、ちゃんと露天風呂があります。

あの辺りは、温泉が湧くみたいですね」


「フフッ、楽しみ。

しがらみを気にせず、思い切り心身を解放したいわ」


「そのお風呂は大きいのですか?」


喜ぶ南さんの隣で、百合さんが普通に尋ねてくる。


「露天にしては大きいです。

僕が『造形』で拡げたせいもありますが、十分、皆さん全員でお楽しみいただけますよ」


「和馬、その湖では遊べるの?」


理沙さんが尋ねてくる。


「はい。

事前に魔物をチェックし、1000円以上の物は狩ってあります。

北海道で手に入れた『浄化の球』で、水質も更に改善しておりますから、水温を気にしなければ泳げもします。

勿論、『飛行』で水の直ぐ上から眺めるだけでも奇麗ですよ」


「さすがに泳ぐには少し寒いかしらね」


「ただ泳ぐだけならそうでしょうね。

・・実は、湖の側に簡易サウナを作っておきました。

よく磨いた大岩を削って台の代わりにし、その上に手頃な岩石を数十個、十分に洗ってから載せて加熱し、そこに『放水』で水を撒いたら結構な蒸気を出しました。

なので周りを密度の濃い土塀で囲んで、内部に土製の長椅子を用意し、3日程、密封状態の中で転移を使って加熱と放水を繰り返したので、もう大分、温度と湿気が高いです。

使用する際には、土塀の天井に空気穴を開けてからそこを石で塞ぎ、僕が『転移』で皆さんを内部までお連れしますし、外に出て湖に浸かりたい方は、『念話』でご連絡くだされば、お迎えに参ります」


「・・手が込んでるわね。

随分時間が掛かったでしょう?」


「魔法が使えるからそうでもありません。

岩石への加熱と放水に、回数を要しただけですから」


「有り難うね。

後で精一杯お礼するね」


美保さんがそう言うと、他の皆さんに緊張が走る。


どうやら同じ事を考えていたらしい。


話題を変えよう。


「トイレとシャワーは、渋谷の有人施設をご利用ください。

・・南さん、お手配はお済みですよね?」


「ええ。

有給を消化できて、職員も喜んでるわ」


「ではそろそろ参りましょうか」


例によって手ぶらのラフな恰好で、皆がダンジョン内に入って行く。


2人ずつ転移で現地まで運び、土塀で造り上げた宿泊所まで案内する。


結界で囲ってあるので、宿や露天には、お仲間さん以外は誰も近付けない。


仁科さんと落合さんから預かった荷物を彼女達の部屋に置き、ドリンクと氷を入れた大きなクーラーボックス5つを、食事に使う、大型の土製テーブルの側に置く。


今回はバーベキューを楽しんで貰うため、それ用に用意した巨石を洗い直し、『火球』の大きさを調節しながらある程度まで加熱していく。


その間、お仲間の皆さんは、其々が周囲を散歩して、景色を楽しんでいた。



 新鮮な魚介類のバーベキューを堪能した彼女達は、簡易サウナで汗を流す。


其々がビキニ姿で長椅子に座り、耐えられなくなると、念話で俺を呼んで室外に出て、直ぐ側の湖まで走る。


まるで北欧のような光景を目にしながら、俺は地図上で魔物や人の位置を確認する。


ここは最寄りのダンジョン入り口から4キロ以上離れているし、田舎だから人も来ない。


たとえ来たとしても、結界に阻まれた上、それに押し出された魔物達の餌になるだろう。


夕方までそうして過ごし、陽が陰り始めたら、今度は露天風呂の準備をする。


土製の台の上で薪を燃やし、明かりを確保した露天風呂に、お仲間さん全員が全裸で浸かる。


『照明』では風情が出ないから、敢えて薪を使っている。


全員が揃って入浴する光景を目にしたのは初めてだが、何と言うか、言葉で言い表せない程の美しさがある。


中々他では味わえない、炎に当てられた紅葉と、その先にある澄んだ湖、林立する木々。


残念ながら星空は拝めないが、その分、彼女達の白い裸身が夕闇に映える。


『和馬も一緒に入りなさいよ』


南さんや理沙さん達から何度もそう誘われたが、今の俺は世話係でもあるから、簡単には衣服を脱げない。


決して、皆から襲われる危険性を考慮しての事では・・ない。


まあ、俺にとっての入浴が、既に単なる身体の洗浄ではなくなってしまった事は否定できないが。


目の保養をさせて貰った後は、夕食の準備。


昼食は魚介だったから、今回は肉類とソーセージ。


A5和牛のヒレやシャトーブリアンをふんだんに用い、カルビと牛タン、極太の香草入りソーセージ、ピーマンや大振りの椎茸、茹でたアスパラなどを一緒に焼く。


注文に応じてどんどん焼き上げ、その合間に、皆のグラスにビールやワイン、ジュースを注ぎ足す。


デザートには、『デメル』のザッハトルテや、売り出しと同時に買い占めた『モリモト』の王妃のパイに加えて、各能力値を上げる品を、何れか1つずつ食べて貰う。


食後の休憩が終わったら、皆を渋谷の施設に送り、トイレとシャワー、歯磨きを済ませて貰う。


その時間を利用して、俺はごみの片付けと、土製のベッドと枕にシーツとカバーを被せ、羽毛布団を1枚ずつ用意していく。


シャンプーの良い香りを纏わせた彼女達を迎えに行き、其々が就寝までの時間を楽しむ中、片付けの済んだテーブルで、1人、読書にふける。


寝る直前、お仲間の皆さんが1人1人俺の側までやって来ては今日のお礼を述べ、更におやすみのキスだと言って、それにしてはいささか濃厚なキスをしていく。


皆が寝静まった頃、1人で露天風呂に浸かりながらトイレ番をする俺の下に、理沙さんと美保さんが近寄って来る。


『録音ですか?』と俺が問う前に、美保さんが口元に人差し指を立てて、言葉を封じられる。


風呂の側までやって来た2人は、おもむろに寝間着を脱ぎ、全裸になって湯に浸かって来る。


無言のまま俺の両脇に並ぶと、両腕を取られて湯船の縁に座らされ、妖しく艶のある瞳で、1人が唇を重ね、もう1人が俺のシンボルに奉仕し出す。


「あの、今回はそういう事は無しで・・」


唇が少し離れた際、そう囁いてみるが、直ぐにまた塞がれる。


せめて摂取だけはさせまいと、懸命に耐える。


上目遣いで、恨みがましい視線を送られるが、目を閉じて遣り過ごす。


30分くらいその攻防が続いた後、やっと諦めてくれた2人が、お互いに濃厚なキスを交わした後で、再び俺の両側に腰を下ろす。


「我慢しなくて良かったのに・・」


理沙さんが、夜風になびく髪を押さえてそうつぶやく。


「あんなに一生懸命給仕してくれた和馬君に、お礼くらいさせてよ」


美保さんが、かわいらしく頬を膨らます。


「済みません。

ここに来る前、今回はそういう事をしないと美冬に約束したので。

誰かとそうしてしまっては、歯止めが効かない事態に陥りそうでしたから・・」


「・・確かに、全員で和馬を襲う事にはなったかもね」


「美冬と約束した期限を越すまでは、彼女とそうなるまでは、誰ともする気にはなれないのです。

本当に済みません」


「謝らなくて良いわ。

私達も、さすがに彼女より先に和馬とそうするつもりはないもの。

今夜だって、せいぜい摂取止まりにする予定だったしね」


「大丈夫よ。

この後、理沙を散々かわいがるから」


「ちょっと、あそこでは止めてよね」


「フフッ、冗談よ」


「・・でも、この5年弱で、和馬も随分逞しくなったわね。

初めて会った時は、こんなに凶悪な物を隠し持ってるとは思わなかったわ」


俺のシンボルを撫でながら、理沙さんが懐かしそうに話す。


「僕だって、お二人がこんなに性にオープンだとは思いもしなかったです。

理沙さんなんて、最初はお堅いイメージしかありませんでしたしね。

下ネタなんて口にしたら、『セクハラで訴えるわよ!』って、怒られそうでしたから・・」


「フフフッ、理沙はむっつりだからね」


「・・エッチな女は嫌い?」


「それが特定の誰かに固定されたものである限り、問題ありません。

僕は独占欲が強いので、他の男性を受け入れた相手とは、そういう関係にはなれないと思いますが」


「理沙と私は、男性をそういう対象で見ていない。

和馬君に出会うまでは、その対象では見られなかった。

大丈夫。

君以外には触れさせもしないし、もう水着姿すら見せないから」


「私だって、自分の変わりように驚いているもの。

あんなに男性を毛嫌いしていたのに、今では和馬と普通に愛し合えるのだからね。

・・尤も、他の男性には相変わらずなんだけどさ」


両脇から、2人に抱き締められる。


「少し冷えたわね。

湯に浸かり直したら、また眠るわ。

だから、もう少しだけ付き合って」


「分りました」


月の下で、紅葉と湖を眺めながら、暫しの時を過ごした。



 「まだなの?

もう1時間近くよ?」


宿泊所の陰から、和馬と理沙達の様子を盗み見る南達。


「もう諦めて寝ましょう。

今回は私達の負けです」


百合が淡々とそう口にする。


「・・仕方が無いわね。

次はもう少し早く行動するわよ」


「南が寝癖なんて気にするからよ。

どうせ乱れるのだから、そのまま行けば良かったのに」


「嫌よ。

和馬にだらしない女なんて思われたくないもの」


「そういう乙女的な所を、もっと彼にアピールしたら?」


「それも嫌。

何だか媚びてるみたいだもの。

彼に軽い女だと思われたらどうするのよ」


「・・私、もう寝ますね」


「待って。

あと少しだけ様子を見ましょう」


・・もう好きにしてください。


でも、少し焼けちゃいますね。


彼に会うまでは、南のこんな姿、一度も見た事なかったから。

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