第68話

 10月30日、月曜日。


アメリカから戻って美冬と朝の時間を過ごした後は、仁科さんと落合さんが来る9時まで、40分程度の仮眠を取る。


彼女達が家を訪れた後は、珈琲を飲みながら、其々の仕事の進捗しんちょく状況について報告を受ける。


仁科さんからは、お仲間の皆さんに毎年贈る土地の買収具合について。


落合さんからは、有限会社用の新たな口座作成が完了したこと、柏木、富永、久保(吉永さんの助手)の3名に対する年俸の支払い手続きが済んだことを告げられ、エミリアからの手紙も渡される。


オックスフォードで学んでいる彼女は、俺への感謝の気持ちと日々の暮らしについての長い手紙を、落合さん宛に送ってきたそうだ。


この家の住所をエミリアに教えても良いかと尋ねられたので、許可した。


「新たに作った会社用の口座は、落合さんに管理をお願いします。

明日にでもそこに3兆円入れておくので、必要経費はそこから落としてください」


「畏まりました」


先日また株で大儲けしたから、俺の口座に入っている9兆円の一部をそこに移す。


仁科さんに管理を任せている口座にも、土地の買収用に2兆円入れてあるが、そこにも少し足すつもりだ。


「それから、来年度から『柊財団』の事業を起こすので、理沙さんと相談の上、その手続きを進めておいてください。

これは主に、美冬の母校に対する援助のための基金ですが、他にも何か見つかれば、それにも用います。

理事長は美冬で、他の理事には、僕と落合さんで就きます」


「はい」


「11月7日は仁科さんのお誕生日でしたね。

あなたへのプレゼントは、今後毎年、福島の一筆の土地20万坪になります。

1月がお誕生日である落合さんには、同じく、茨木の土地をお贈り致しますので、そちらの買い付けも順次進めておいてください」


仁科さんの顔を見ながら、そう告げる。


「畏まりました。

有り難うございます」


北海道や東北などを飛び回る彼女のために、その行きと帰りだけは、俺がダンジョン内転移で近くまで送り迎えをしている。


そのためだけに、岩手のダンジョンから『飛行』を用いて全国を回ったので、最早国内なら何処でも直ぐに行けるのだ。


「では、お仕事の話はこれくらいにして、ダンジョンに行きましょうか」


「「はい」」


2人がソファーから立ち上がり、俺がアイテムボックスから出した装備に着替え始める。


今日は三重に行く。


そこでお昼まで探索したら、久し振りに安西さんに会いに行こうと思う。


3人で食事をするつもりだ。


その後また探索を再開し、夕方6時まで2人に頑張って貰おう。


そう考えながら、黒いストッキングを脱ぐ彼女達を眺めていた。



 10月31日、火曜日。


『飛行』を得た吉永さんに任せる新たな地を作るために、深夜3時にアメリカから鹿児島に転移する。


鹿児島県のダンジョン入り口数は、全部で117個。


この地で回る場所は、金色の宝箱がある霧島神宮、愛宕神社、射楯兵主神社、箱崎八幡神社、鹿児島神宮、宝満神社、枚聞神社、蒲生八幡神社、月讀神社、竜宮神社辺りの計10箇所。


ユニークは、月讀神社辺りに居た1体だけだった。


その古代人のような人物は、俺を見ると戦う事なく自ら消滅し、体内に何かが入り込む感覚と、20センチの魔宝石を後に残した。


ステータス画面で確認すると、特殊能力欄の『身体能力・改』の中に、『月夜』が増えている。


この能力は、『暗闇でも視界が阻害されず、満月の夜には全能力値が5割増しになる』というもの。


有難い能力を授けてくれた人物が居た場所に頭を下げ、宝箱の回収作業に入る。


『良縁』と『開運』が2つずつ、『子宝』『若返り』『学問成就』『消火』『結界』が1つずつだった。


『子宝』『若返り』『学問成就』の3つはポイントに替え、残りは全てストックする。


残りの銀色の宝箱16、茶色28は、場所を記載した地図を渡して、今日から吉永さんに任せる・・と思ったが、彼女はまだ『アイテムボックス』を所持していなかった。


仕方がないので全ての宝箱を開け、要らない装備品はポイントに替えた。


ここで倒した魔物は、約3000だった。



 午前10時、ダンジョンに入るために俺の家を訪れた吉永さんを、鹿児島に送る。


その後、自分はアメリカへ。


ひたすら宝箱の回収に励み、その序にユニークを討伐して回る。


マフィアのボスみたいな魔物は一撃で蹴り殺し、インディアンのような恰好をした魔物の首を刎ね、カウボーイのような魔物は銃を撃たせてやってから、殴り倒す。


『聖書』を護る巨大な黒鳥も、美しい自然を荒らされる前に狩る。


飛行速度が更に速くなり、今では最大でマッハ7以上は出せるが、衣服が耐えられないかもしれないので、通常はマッハ2くらいで移動している。


邪魔になるから、星条旗のマントは外した。


偶にシロの側を通るので、その時は下に降りて、ポイントで買った小豆のおはぎを数個食べさせてやる。


眷族達が日夜獲物を狩ってくれるお陰で、俺の下には日々大量の魔宝石や、ドロップ品、装備品が届く。


装備品はポイントに替えるから良いが、魔宝石は溜まる一方なので、10センチ以下の物は南さんが家に来た時に渡して売却して貰い、それ以上の大きさの物は、全てアイテムボックス内に保管している。


南さんは南さんで、俺達が得る魔宝石を全て売りに出すとさすがに出所を勘繰かんぐられるため、5センチ以上の物は、半分くらい自室の空き部屋に保管していた。


先日それを知り、恵比寿の2階の3部屋を、物置代わりに彼女達にあげた。


美冬も、自分で得た大きな物は、恵比寿のマンションの物置に終っている。


俺達の活動をおおやけにするまでは、面倒だが仕方がない。


午後2時に、吉永さんの為に軽食とトイレ休憩を挟み、再度夕方6時まで、お互いの場所で探索に励む。


それから帰宅して、彼女と2人だけで浴室に。


いつも思うが、素晴らしいスタイルの彼女達が服を脱ぐ姿は、それだけでも十分に男心を鷲摑みにする。


脱ぎ終わると同時に、吉永さんが俺を抱き締めて、深いキスをするのもいつも通り。


湯を浴びる前の、互いの体温だけが感じられるこの抱擁が、彼女は特に好きらしい。


並んでシャワーを浴びた後は、素手で丁寧に身体を洗われ、エアマットを用いた施術へと移る。


1時間程そうしたら、浴槽の中で彼女から抱き締められる。


美冬が『ご飯できたよ』と呼びにくるまで何度もキスをされ、合間に1週間の出来事を話してくれる。


夕食の席では、そんな妖艶な姿が想像できないくらい、美冬と楽しく会話している。


笑顔が純粋に明るい。


1年半前まではボッチで、学校でも陸に女性に目を向けなかった。


時々話しかけてくる女子が数名居たが、無愛想な俺のせいで、会話のキャッチボールにまでは発展しなかった。


両親が亡くなって、心の支えと余裕を失って、偶に理沙さんと会話する以外は、何日も無言の生活を送ってきた俺。


探索者になる事だけが生き甲斐で、それを否定する者は同じ人間ではなくて、俺の持つ資産に吸い寄せられる奴らはごみ同然だった。


そんな俺だったが、探索者になれた事で薄目を開け、久し振りに世界を見る。


安西さんのお陰で、忘れかけていた日常会話を取り戻す。


南さんや美保さんが、母以外の女性の温もりを教えてくれ、そしてこの吉永さんからは、貧しくても自立できる女性の美しさを学んだ。


美冬に出会えた事で、俺の中に眠っていた独占欲と庇護欲が目覚め、一気に爆発する。


もう二度と、大切な人を失いたくない。


大事な人達に、下を向いて過ごすような真似はさせない。


その強い想いが、短期間で俺をここまで導いてくれた。


美冬とお仲間さん達は、今の俺を動かす原動力であり、彼女達の望みなら、大抵の事に頷ける。


最初は、美冬以外を家族にしようとは考えなかったが、南さんから、『和馬と結婚できるなら、憲法すら変えてみせる』と迫られて、承諾してしまう。


口止め料的な意味合いも多少はあったにしろ、その未来に納得してしまった。


『フフフッ、楽しみだわ。

重婚を認めれば、様々な問題を一気に解決できる。

勿論、それができる者の要件は厳しくするわよ?

たった1人の配偶者すら養えない貧民になんて、認める必要ないもの。

無駄に子供を作られて、お荷物になるだけだからね。

個人年収は、配偶者を1人増やすごとに、最低でも1億円くらいは要求するわ。

若しくは、純資産で10億円以上ね。

例えば、妻を3人持ちたかったら、年収が3億円以上か、純資産30億円以上になるわね。

スポーツ選手みたいに一過性の年俸もあり得るし、不動産や株で資産を持つ人には、評価額の下落で大幅に純資産を減らす人もいるから、重婚の際に、1人につき1億円の税金も取る。

それをクリアできれば、資格者の性別は問わないわ。

但し、資格者の非扶養者でしかない配偶者には、幾ら相手から受け継いだ財産があったとしても、資格者の許可なしには重婚を認めない。

それは信義則以前の問題だからね』


こう語った彼女の意見に、俺は全面的に同意した。


序でに、解決できるという問題についても尋ねたところ、成程と言うしかない答えが返って来た。


『先ずは夫婦別姓の問題ね。

配偶者が複数居れば、資格者にとっては自分の名字を残してくれる相手が最低1人居れば良い訳だから、他の配偶者に己の名字を名乗らせても、家の存続には困らないわ。

大事なのは、その配偶者ごとに単一の名字を名乗らせること。

只の夫婦別姓だと、兄は夫の名字、妹は妻の名字になるなど、戸籍が複雑になり過ぎる。

それに重婚を掛け合わせたら、それこそ目も当てられないわ。

だから、その配偶者の家族は全て同一の名字にするという事を条件に、複数の配偶者に其々の名字を選択させる事は可能だし、家族間の同意も得易いでしょうね。

次に、浮気という、離婚原因の上位に挙がるものを、富裕層ではほぼ失くせるわ。

沢山の税金を納める人には、女遊びや男遊びくらい、好きにやらせてあげる。

配偶者に依存するだけで、陸に税すら払わない者に縛られずに済むから、ストレスを感じずに伸び伸びと働けるでしょう。

そうすれば、より多くの税金だって納めて貰える。

これの利点は、最初から相手の資産狙いで結婚して、その後に浮気相手を作らせて離婚し、多額の財産分与を請求するクズどもを排除できること。

配偶者以外の相手と何をしても、それが婚活になるのだから問題ないの。

勿論、稼ぎの足りない配偶者がそれをした時は、浮気と認めて離婚原因にさせるわよ。

後は、少子化対策にもなるわね。

折角お金持ちと結婚しても、子供がいなければ地位が不安定になると考える女性は多いから、必ずその資格者の子供を産もうとするはずよ。

まともな貧民同士なら、生活が苦しいからと躊躇うことも多いでしょうが、相手が資産家ならそんな不安要素は存在しない。

好きなだけ産めるし、子供に何かあった際の事を考慮すれば、複数作るでしょう。

しかも、相続の際には、資格者の子供が多い配偶者の家庭に、より多くの遺産が流れ込むから、それを狙う人はかなり頑張るでしょう?

それだけでも、子供の数は安定して増えるはずなの。

・・稼ぎのない、何事も補助金頼りの貧民に、複数の子供を産ませてもリスクが高いだけだし、最近は、そうした家庭の子供は陸に努力もしない傾向が出てきているの。

親が働きもしなければ、それを見て育つ子供も同じ様になる。

たとえ親が懸命に働いても、子供には陸に家事やバイトもさせないで、ゲームばかりさせてる駄目な親も多い。

資本主義の国で、大して税金も取らずにそんな貧困層ばかりを抱えていては、何時か国が亡びる。

『金持ち優遇だ』なんて言葉を、新聞なんかでよく目にするでしょう?

それを見る度に、私、笑ってしまうのよ。

だってそうでしょう?

それを口にする貧民どもには、まるで自覚が無いのだもの。

所得が低くて、義務であるべき税金を納めないばかりか、補助金さえ貰っておいて、医療費も只、おまけに扶養義務のある子供のご飯すら他にたからせる。

そんな優遇措置を受けまくりの人間が、多額の税金を納めて、何の特権も無いまま自分達の生活を支えてくれる富裕層に、どの口でそれを言うのよ、ってね』


俺のお仲間さん達は、この南さんの言葉を証明するかのように、俺から莫大な資産を譲り受けても、決して自己へと向けた努力を惜しまない。


それどころか、より一層の努力を自らに課している。


自分達の仕事はしっかりとこなしながら、空いた時間でダンジョンに入り、各能力値を上げ続けている。


補助金や援助というものは、与えられた者が、それを活かして再起を図るか上へと這い上がるからこそ意味がある。


貰ったお金をただ消費するだけなら、それは施しと呼ぶべきだ。


乞食が道端でお金をせびるのと、大して違わない。


重ねて言うが、俺も南さんも、単に現状が貧しいだけの者を、『貧民』なんて言葉で貶める気は更々ない。


今が貧しくても、ダンジョンがあるこの世界では、本人の努力や選択次第で幾らでも上へと這い上がれるのだから。


本当の貧民とは、必要な事すらやらない、他人の気持ちを考慮に入れない、他者にたかる事ばかりを考え、上の者から何かをくすねる事に喜びを見出す、そういう救いようのないごみを指す。


病気や高齢が理由で施しを受ける者でも、他者に必要以上の迷惑を掛けない限りは、医学の進歩や、介護の分野におけるサービスの在り方に一石を投じるという意味で、社会の役に立っている。


その壮絶な生き方、闘病生活が、医師や看護師、家族に対して、その後の人生の大きな遺産となる事だってある。


願わくば、その名称や呼び方にいちいち文句をつけて上辺だけを取り繕い、真に必要な努力や行動を示さない奴らが住み辛い世の中にならんことを。


引き籠るのは自由だし、自分の金だけで暮らせるのなら別に働かなくても構わないが、そうする以上は全てが自己責任。


後になって、他者に文句をたれたり泣きついたりせずに、潔くダンジョンに入ってくれ。


もしかしたら、何か良い事があるかもしれないぜ?

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