第66話

 夕方6時、吉永さんを迎えに行き、今日は俺の家で共に入浴する。


他のお仲間さん達からの要望で、自宅の浴室にもエアマットを購入したからだ。


その上で、全身を用いて俺の身体を洗う彼女の施術を堪能したら、美冬と3人で夕食を取る。


その席で、彼女達2人に『飛行』のアイテムを食べて貰った。


南さん達より早く吉永さんに渡したのは、彼女が美冬同様、1人で探索しているからだ。


生命力を除けば、各能力値が2000台の彼女に食べて貰った方が、身の安全と移動速度がかなり増す。


今後は美冬や南さん達のように、ユニークと金色の宝箱を取り終えた地を任せるつもりなので、その彼女の育成は急務だ。


何回か、各能力値を上げる品も食べて貰っているので、今の彼女のステータスは以下の通りである。


______________________________________


氏名:吉永 沙織


生命力:8970


筋力:2310


肉体強度:2870


精神力:2990


素早さ:2150


特殊能力:『状態異常無効・改』『幸運・改』『身体能力・改』『結界』『隠密』

     

魔法:『光魔法』『火魔法』『水魔法』『風魔法』


______________________________________


『自己回復(S)』『遊泳』『飛行』の3つは、『身体能力・改』の中に収まっている。


移動能力が格段に上がった事で、今後は更に各能力値を増していけるだろう。


「空を飛べるなんて、夢みたいですね」


「ほんとね。

水中も自由自在だから、もう宇宙以外で行けない場所はないものね」


「暫くはダンジョン内限定で使用してください。

通常の世界では、まだ色々と問題があるので・・」


「うん」


「分りました」


珈琲を楽しんだ後、吉永さんを自宅に送ろうとしたら、『もう1人でも大丈夫ですから』と微笑まれて、おやすみのキスをされる。


課題を終えた美冬がおやすみを言いに来て、長めのキスをした後、アメリカのダンジョンに戻る。


午前5時頃、『転移』の入った宝箱を開け、一息吐く。


これで半分。


残り3つだ。


更に7時まで頑張り、一旦帰って、朝の支度をする美冬を眺めながら珈琲を飲む。


「ねえ和馬、うちの高校の文化祭に来たい?」


朝食を取るためテーブルに着いた彼女が話しかけてくる。


「美冬が相手をしてくれるなら行きたいですが、男子でも入れるのですか?」


「招待券を持ってる人なら大丈夫だよ。

生徒には家族分の招待券が配布されるから、私も1枚持ってるの。

要る?」


「欲しいです」


「じゃああげるね」


「有り難うございます。

因みに美冬のクラスは何をするのですか?」


「休憩室」


「え?」


「歩き疲れた人達が休めるよう、各学年に1つずつあるの。

有料だけど、お茶か珈琲、100%ジュースが飲めるよ。

市販のやつだけどね。

フフフッ」


「校内に、食堂や自販機は無いのですか?」


「ないよ。

だから皆、お弁当かコンビニなの」


「・・・。

学校の敷地は広いですが、部活は盛んなのですか?」


「普通かな。

あまり強い部もないしね」


「美冬はいつも、クラスで友達と昼食を取るのですよね?

外で食べる人も居るのですか?」


「居るけど、場所は限られるね。

家庭科室などの空き教室か、本当に外で食べるしかないから」


「・・・」


「そろそろ行かなきゃ。

・・行ってきます」


冬服の上からでもはっきりと分る大きさの胸を揺らし、彼女が席を立つ。


最近は見慣れたが、やはり制服が地味だ。


美冬の美しさに見合っていない。


彼女が出かけたのを確認すると、俺はとあるハイブランドに電話を掛けた。



 10月28日、土曜日。


今日は美冬の女子高の文化祭だ。


事前に彼女から来校時間を確認されたので、その時間、午後の1時に出向く。


今回は美冬の家族として、生徒達から品定めされるであろうから、きちんと盛装して訪れる。


校門前で釣銭を貰わずにタクシーを降りた時、昇降口から大勢の人達が出て来て、左右1列に並び始めた。


その先頭に、校長と教頭が立っていた。


「久遠寺様、ようこそお越しくださいました」


列の中央を歩いて行くと、校長のかけ声に反応して、左右の教師達が一斉に頭を下げる。


周囲の父兄や生徒達が、一体何事なのかという顔をしてそれを眺めている。


「わざわざお出迎えいただき、有り難うございます。

今日は、この学校の様々な場所を見せていただきますね。

美冬をお借りしても大丈夫ですか?」


「はい、勿論でございます」


「2時間後、午後の3時に、校長先生と教頭先生のお二人にお話があります。

お時間を取っていただけますか?」


「畏まりました」


「では、その時間に校長室にお伺い致しますね」


昇降口の下駄箱付近で、美冬が来客用のスリッパを準備して待っていてくれた。


「いらっしゃい」


「今日は宜しくお願いします」


「うん、任せて」


弾けるような笑顔で、そう言ってくれる。


2人並んで歩くが、彼女は俺と腕を組んだりはしない。


きちんと公私をわきまえている。


幾ら俺が一般人とはいえ、教師陣が総出でお出迎えするような相手と、軽々しい真似はしない。


「何処を重点的に見たいの?」


「各特殊教室かな。

家庭科室や理科室、音楽室、視聴覚教室などだね。

その後に、お勧めのクラス展示や部活動の催しを見て、途中に美冬のクラスで少し休憩しようか」


「了解。

じゃあ先ずは音楽室ね」


連れて行かれた先では、安物のピアノを使って、合唱部が歌を披露していた。


部員が十数名しかいないから、体育館ではなく、ここを使っていた。


歌は普通に上手だが、残念な事に、きちんと調律をしていないせいで、ピアノの音が少しずれている。


「次は美術室。

部員達が絵画の展示をしているよ」


展示されていた絵は、どれもきちんと高校レベル。


但し、イーゼルを初め、備品が相当古い。


「君、少し良いかな?」


近くに居て、俺達を呆然と眺める美術部員に声をかける。


「え、はい、私ですか?」


「ええ。

お尋ねしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」


「は、はい、どうぞ」


「部費は、年間でどのくらい出ていますか?」


「ええと、・・5000円くらいだったと思います」


「・・その額では、絵の具代も満足に出せないのでは?」


「そうですね。

足りない時は自腹です」


「どうも有り難う」


質問に答えてくれた女子にお礼を述べて、別の場所へ。


「今度は家庭科室ね。

有料だけど、お菓子とケーキが食べられるよ?」


案内された場所では、如何にも家庭科室といった部屋で、部員達が手作りの菓子やケーキを販売していた。


食中毒を警戒して、ケーキを含め、全てが焼き菓子だ。


「いらっしゃいませ」


即席の椅子に座ると、部員のが手書きのメニューを渡してくれる。


珈琲と、ドライフルーツ入りのパウンドケーキを頼み、美冬と味わう。


「質問しても宜しいですか?」


「は、はい、どうぞ」


近くで自分達を見つめる部員の1人に声をかける。


「年間の部費はどのくらいですか?」


「・・5000円です」


「それで足りていますか?」


「いえ、赤字なんです。

だから、この文化祭でその分を稼がないといけないんです」


苦笑しながら、そう教えてくれる。


「でもその割には、値段が安いですね」


珈琲100円、ケーキは250円だ。


「高校の部活程度の品ですから、これ以上取ると売れないんです」


「例年の赤字はどれくらいなのですか?」


「大体5000円くらいですね。

安い物しか作らないようにしていますから」


「文化祭用に君達が用意した品は、毎年売り切れるのでしょうか?」


「・・5分の1くらいは売れ残ります」


「では、今年は僕がその分を買い取りましょう。

5000円で足りますか?」


「え、いいえ、そんな」


テーブルにお金を載せると、その娘が真っ赤になって手を振る。


「お気になさらず。

残った分は皆さんでどうぞ。

完売した際は、部費の足しにしてください」


「あ、有り難うございます」


数名の部員達に、頭を下げられながら廊下に出る。


「・・・」


美冬がジト目で俺を見ている。


「何です?」


「別に。

次は何処に行きたい?」


「生徒会室ですね」


「生徒会?

何で?」


「尋ねたい事があるからです」


「ふ~ん」


連れて行かれた、何の変哲もない教室。


もし何か問題が起きた時のために、役員が待機しているのだ。


「失礼します」


「はい、どうぞ」


美冬が、ドアをノックしてから開ける。


「いらっしゃい、柊さん。

どうかしましたか?」


生徒会長らしき人物が、美冬を見て微笑む。


「連れの和馬が、聴きたい事があるそうです」


「え?」


そこで俺が室内に入り、自己紹介をする。


「今日は。

美冬の家族である、久遠寺和馬と申します。

少しお時間を頂いても宜しいですか?」


「!!!

・・ええ、どうぞ。

校長先生からも、今日はあなたを最優先するように仰せつかっています」


勧められたパイプ椅子に座り、早速話を始める。


「いきなりで失礼かもしれませんが、学校から支給される、部費に充てる年間予算はどれくらいなのですか?」


「・・全部で10万円くらいですね」


「この学校に、部活動はどれくらいあるのでしょう?」


「運動部と文化部合わせて、12です」


「運動部にはどのようなものが?」


「陸上部、ソフト部、バレー部、テニス部、バスケット部の5つです」


「それでは予算が全然足りませんよね?」


「はい。

運動部は1万円以上出していますが、新しい物は、ほぼ何も買えないと思います」


「ここの運動部の実績は、どのようなものですか?」


「1番強い陸上部でも、地区予選止まりか、せいぜい関東大会までです。

尤も、柊さんが出てくだされば、余裕で全国優勝できるでしょうが・・」


美冬が苦笑いする。


「文化部の方はどうですか?」


「美術部は、時々都のコンクールで入賞します。

合唱部、調理部、書道部、囲碁部、文芸部は人並。

将棋部はまだ実績を上げていませんね」


「生徒会長としては、この学校をどう思いますか?」


「・・忌憚のない発言をしても良いでしょうか?」


「勿論」


「今年になって、各教室にエアコンが入り、校舎の外壁も凄く奇麗になりました。

来年度には、講堂まで建て替えられるみたいです。

私を含め、それには皆が大喜びし、学校に来るのがほんの少し楽しくなりました。

・・でも、この学校には、まだまだ足りない物が多過ぎます。

図書室には蔵書が少なく、ピアノ以外の楽器が無いから、ブラスバンド部も起こせない。

食堂や、購買すら無いから、親が忙しい生徒はいつもコンビニのパンかおにぎり。

喉が渇いても、水筒を持参しなければ水道水しか飲めないなんて、今時そうないでしょう?

公立だから、大した偏差値がない学校だから、我儘なのは十分に理解しています。

生徒自身も、もっと頑張るべきです。

けれど、折角の高校生活なんだから、学校という場所で、もう少し有意義に過ごしたいと私は思うのです」


他の3人の役員達も同じ気持ちなのか、下を向いている。


「この学校の全校生徒はどれくらいなのですか?」


「1学年6クラスですから、約720名です」


「因みに、あなたはどうして生徒会会長に?」


「柊さんがなってくれないからです。

この学校の誰もが、柊さんには一目いちもくも二目も置いています。

特に、今年の彼女は何をさせても素晴らしい成果を上げています。

学業だって、全国模試で100位以内なんです。

東大にだって余裕で入れるのに、進学しないと先生もがっかりされていました。

スポーツでも、最早彼女に適う人はいないでしょう。

・・なのに、『私は家事があるから』と言って、帰宅部なんですよ」


何故か、彼女のジト目が俺を捉えている。


「え、美冬って、そんなに頭が良かったの?」


彼女の方を向くと、苦笑いされる。


そう言えば、模試の成績表とかを、これまで見せて貰った事がなかったな。


本人も、できる素振りを見せていなかったし。


「僕は別に反対しないよ?

大学に行けば?」


「い・や。

和馬と同じ探索者になるの」


「大学に行きながらでも良いじゃないか。

きっと楽しいよ?」


「・・今日帰ってから、話があるからね」


笑顔なのに、何だが圧を感じる。


「色々と参考になりました。

有り難うございました」


雲行きが怪しくなってきたので、この場を後にする。


「お風呂でお仕置きね」


生徒会室を出てから数歩目で、そう囁かれる。


「どうして?

何か君を怒らせるような事を言ったかな?」


「後で。

次は何処?」


「・・じゃあ3時までクラス展示を適当に見て回ろう。

それから僕は校長室に用があるから」


「分った。

うちのクラスにも寄ってね。

友達が、和馬に会いたいんだってさ」


「・・気が進まないけど、仕方ないね」


「何で?」


「だって絶対に品定めされる。

美冬に相応しくないとか言われそう」


「ぷっ。

それは絶対にないから安心して。

君さ、自分の何処を見てそう思うの?」


「容姿。

悪くはないはずだけど、美冬と並んじゃうとね」


「あんなに綺麗なお仲間さん達から、夜な夜なご奉仕されているのに?

皆さん、目がハートマークになってるよ?」


「彼女達は、僕の中身を評価してくれているからね。

外見には、好みというものがあるからさ」


「私、和馬以上の良い男を知らないけど?」


「有り難う。

美冬にそう言って貰えると、凄く安心するよ」


「フフッ、私が保証してあげる。

和馬は世界で1番カッコ良いよ。

大好き」


「何か欲しい物はないかい?

おじさん何でも買ってあげるよ?」


「アッハハ、じゃあクラスで用意しているドリンク全部買って。

他の人が飲めないと困るから、勿論、料金だけだよ?」


「了解」


擦れ違う人全てから、羨望の視線を向けられる俺達。


分ります。


美冬、物凄くかわいいですもんね。

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