第62話

 9月29日、金曜日。


もうそろそろ一旦帰宅しようとした朝の6時半に、アメリカの宝箱から『アイテムボックス』が出る。


嬉しくて更に回収していたら、7時半になってしまって美冬と朝の珈琲を飲む時間が減ってしまった。


今日の美冬は、ヨーグルトと『高野』のアップルパイを食べている。


家の冷蔵庫は2台あって、1台はスイーツとアイス専用になっている。


朝食には、名店のスイーツを食べることも多いので、専用の冷蔵庫内には、大体4種類くらいのスイーツが常備してある。


『高野』の他には、『アンジェリーナ』や『レザネフォール』、『トップス』なんかがよく入っている。


果物なら『千疋屋』、アイスなら『ハーゲンダッツ』が多い。


うちは来客も多いので、お菓子類もまとめ買いして冷やしてある。


『フランセ』や『モリモト』、『ロイス』、『デメル』が定番だ。


俺は食べる時はかなりの量を食べるから、アップルパイならホールごと、チョコレートケーキなら1本丸ごと食べてしまう。


『アイテムボックス』があるから一度に大量購入できる分、買い物は楽だが、いちいち隠れて収納するのは面倒ではある。


この特殊能力が入った宝箱を世界中で全部取り終えたら、人前でも使おうかと本気で考え始めた。


「少し相談があるのだけれど・・」


アップルパイを2カット分食べ終えた美冬が、俺の顔色をうかがうように見てくる。


「ん、何か困った事でも?」


「友達がね、今度、家に遊びに来たいと言ってるの。

でも、ここは色々と問題があるし、和馬の大事な場所でもある。

だから、目黒の8階にある空き部屋を借りたいの」


8階の1部屋は落合さんのオフィスに充てているが、もう1部屋は使用していないから、今は何もない。


「・・・」


「駄目?」


「いや、駄目じゃないけど、あそこもお仲間さん達の住む場所だから、あまり寛げないだろ?

彼女達に会えば、ご挨拶をしない訳にはいかないしさ。

だから、恵比寿の物件を使えば良いんじゃないかな。

7階建ての、1階部分にある3部屋全部を、美冬にあげるよ。

あそこも1部屋45坪あるし、家具なんかを入れるには1階の方が速いしさ。

ただ、そこは飽く迄も遊び場や物置にして欲しい。

美冬が実際に生活するのはこの家。

それで良い?」


「心配しなくても、私は和馬と離れて暮らすつもりなんて全くないから。

そんなの、私の方が耐えられないしね。

でも、有り難う。

1部屋でさえ十分なのに、他の2部屋は何に使おうかな」


「物置で良いのでは?」


「10億円する部屋を物置・・」


「それはそうと、友人達を招くのに必要な家具とかはどうする?

ベッドは幾つ欲しい?

ソファーやテーブルなんかも揃えないとならないし、テレビやパソコン、オーディオも必要だよね?」


「遊びに来るほど親しい友人は3人だけど、ベッドは要らないんじゃないかな?」


「大人になれば、夜通し騒ぎたい時もあるだろうし、一応買っておけば?」


「そうだね。

念のために用意はしておこう」


「僕が手配しておこうか?」


「大丈夫。

和馬は忙しいから、後で自分で買っておくよ」


「口座にお金は入ってるの?」


「魔宝石や装備品を売った分が、かなりあるから」


「残高はどのくらい?」


「3億くらいかな」


「取り敢えず100億、明日中に補填しておくね」


「え、良いよ、そんな。

それほど使わないから貯まる一方だし」


「でも来年度から、副社長の美冬には、年俸で1000億円支払うよ?

お仲間の皆さん達にも、何らかの理由を付けて、全員に50億ずつ支払う事にしようと考えてるし。

最近さ、株が好調過ぎて、売却益や配当が物凄い事になってるんだよね。

おまけに、仁科さんにも不動産売買を頼むつもりだから、そこでも年に数百億は利益が出そうだし・・。

無駄な税金を払うくらいなら、美冬やお仲間さん達に還元したいからさ」


「・・和馬と暮らしていると、1万円札の価値が1円くらいにしかならないから、庶民感覚を維持するのが大変。

値段が高いだけが物の価値じゃないから、自分の眼で確かめて、舌で味わって、実際に使ってみて判断してるけど、普通なら、1年で1億もあれば十分過ぎる程なのよ?」


「でも大した事ない企業のトップで、年俸が10億円以上の奴も結構いるでしょ?

スポーツ選手だって、そんなに大騒ぎする程の活躍でもないのに、何十億も貰うじゃないか。

オリンピックで金メダル取っても、そもそもその競技を世界中で1万人すらやっていないものなんてざらにあるだろ?

数か国しか参加しない種目だってある。

人に対する報酬なんて、元からかなりいい加減なんだよ。

この国の二流企業にだって、本来なら1億の年俸にすら相応しい人は必ずいるし、逆に一流企業でも、600万でも高いと感じる奴は大勢いるよ」


「和馬、会社でも買って社長になれば?」


「既に社長だろ。

それに、僕は大人数の会社の経営者には、きっと向いていない。

使えない奴、生意気な奴、やる気のない奴はどんどん首を切るから、結果的に少数精鋭になる。

慈善事業の経営者には向いているが、営利目的の企業のトップだと、今の会社くらいでちょうど良いのさ」


「え~、そんな事言っても、女性社員には物凄く優しい気がするな。

男性には厳しくしても、女性なら人格に問題がない限り、多少能力に劣っていても、ちゃんと最後まで面倒みてあげる気がする」


「今のこの国はさ、他国と比べても、まだまだ女性の扱い方が下手なんだよ。

アメリカの黒人差別と根は同じで、男であるという事が唯一の能力である奴らが、自己の優位性を示すためには性別で判断するしかないからね。

形式的な平等を実現するためだけに、能力もないのに『○○の半分は女性を採用します』とか、『議員の半分は女性に』なんていう馬鹿な案には反対だけど、きちんと適材適所で用いれば、女性は凄く利益を生むんだよ」


「例えばどんな風に?」


「今の日本企業のトップや重役は、ほとんどが男性だろ?

大きな仕事を貰う際に、その内容が似たようなものなら、美しい女性がゴルフや食事で接待してくれる方を選ぶんじゃないか?

自社の宴会で、高いお金でコンパニオンを雇って接待させるのと同じさ。

そうして取って来た仕事を、容姿は人並でも、仕事はできる女性達に任せる。

それさえ人並でも、流行に敏感で、様々なアイデアを出してくれる女性だって多いんだ。

企業の中には、その辺のギャルにお金を払ってまでアイデアを募る所があるでしょ?

大体さ、飲食物や生活用品を作る企業では、女性の方が発想が豊かなんだよ。

普段の生活では、圧倒的に女性がそれを扱っているのだから。

女性を雇う上で壁になる育児だって、企業の考え方次第でどうとでもなる。

以前、会社内に保育室を設けて、社員の子供達を仕事の間預かる企業ができたが、それも長くは続かなかった。

当たり前だよ。

通勤時間のラッシュや、仕事で疲れた帰りの電車内で、赤ん坊や小さな子供を連れ歩かなければならないんだ。

歩いて行ける会社以外で、誰がそんなものを利用する?

マイカーやタクシーで通勤できる人なんて、そういないだろ?

どうせやるなら、中古のマンションでも買い取って、希望する子持ちの女性社員に、単身赴任の要領でそこに住んで貰えば良いんだよ。

そのマンション内に託児所を作って人を雇えば、仕事に行く前にすぐ預けられて、帰って来た後に迎えに行ける。

残業や、自身が疲れている際は1日中預けられるようにすれば、何の心配もなく働いてくれる。

夫を含めた家族で過ごすのは、週末や、長期休暇の時だけでもきっと満足してくれるさ。

寧ろ、その方が良いと言う人だって居るかもしれない。

保育園に支払うくらいの料金だけ取って、あとは会社の福利厚生で賄えば良い。

大事なのは、全部会社負担でやること。

託児所を他の民間に委託すると、そこでその企業が利益を出そうとして、必要なサービスまで削るからね」


「・・経費は掛かるでしょうけど、小さな子供が居る家では、確かに有効かもね」


「それまで育ててきた社員を育児で失うくらいなら、安いものさ。

新しい人を入れれば、そのための求人や教育にもお金が掛かる。

しかも、『うちは女性社員を大事にしています』みたいな宣伝効果すらある。

長く続ければ改善点も見えてきて、より効率的に運営できる。

良い会社を育てるには、そこの社員に長く働きたいと思わせる事が1番なのさ」


「うちの会社の社員であるお仲間さん達に、和馬が高給を支払う理由も理解できた」


「そうだよ。

その人ごとに、其々が望むものを用意する。

子供のいない人に、託児所のサービスなんて魅力的に映らないでしょ?

自分の事務所を持ちたい人にはそれを、高給を望むならそれ以上の額を用意して迎える。

そうすれば、僕が真にその方を必要としている事が、ちゃんと相手に伝わるからね」


「・・実感が涌くなあ。

和馬、本当に女たらしだよね」


「酷い言い草だね。

・・それはそうと、学校に行かなくて大丈夫?

あと10分もないぞ?」


「あ!

いってきます!」


「気を付けてね」

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