第59話

 9月18日、月曜日の午前11時。


落合さんからの念話で、俺が依頼していた職業の候補者達が揃ったと連絡を受け、彼女の勤め先まで出向く。


到着するや否や、先ずは彼女と2人きりでその女性達のデータを見せて貰い、俺が面談する価値があるかどうかを判断する。


其々の顔写真付きのプロフィールを読み、全く問題ないので、その後直ぐ別室で個別面談に入る。


人選には相当自信があるらしく、既に彼女達全員をこの場に呼んであるのだ。


1人目のマッサージ師は、高校時代に遊びに行った台湾で、そこのマッサージに興味を持ち、卒業後に向こうの学校に留学して資格を取って、暫く台湾で働いていた女性だ。


まだ22歳と若いが、現地では直ぐに予約で埋まるくらい人気があり、本人も施術には相当自信があると言っていた。


ワーキングホリデーの期限が切れるのを機に日本に戻って来て、取り敢えず何処かに就職しようと考えていたらしい。


何れは独立したいので、俺の求人は彼女にとって渡りに船だったようだ。


試しに右腕を出して、少し揉んで貰う。


ああ、合格。


ちゃんとツボを心得た指圧に納得がいく。


提示した条件通り、年収1000万円での5年契約。


改装が済んだ渋谷のビルの3階を貸与する事で話がついた。


2人目のエステティシャンは26歳で、ハワイや東南アジアの国々で現地のマッサージを学び、帰国後は大手のサロンに勤めたが、そこの経営方針に馴染めなくて1年で退職した女性だ。


お客に喜んで貰うことより、会社の利益を優先して不必要な商品まで売り込むやり方に耐えられなかったらしい。


ノルマを達成するため、お客に嘘を吐いたり、化粧品を買わされたりしてうんざりしていたと口にした。


俺の出した勤務年数の条件には達していないが、落合さん自身が面接して、この人なら問題ないと俺に推薦してきた。


俺としても、その容姿や性格、話し方を見て、品性のある女性なのは理解できたので、最後に大事な質問だけをした。


「あなたに補佐をお願いする女性は、僕の非常に大切な人です。

その方の為にだけ、あなたをお雇いすると言っても過言ではありません。

働いて貰う場所は、エステではありますが、ある理由でプライベートサウナによる垢すりも兼ねています。

あなたがこれまで働いてきた場所、その内容とはかなり異なるかもしれません。

ですが、必ずその女性を立て、従って貰います。

改善した方が良いと思うもの、取り入れたいものがある場合には、その方と十分に話し合い、理解を得てください。

正直な所、あなたの勤務先となる場所は、利益度外視です。

他の店が同じ事をすれば、半年も経たずに潰れる。

良いものは費用を気にせずどんどん取り入れ、僕のお仲間さん達に喜んで頂く。

逆にその方や常連であるお仲間さん達が不快に感じるものは、一切を切り捨てる。

そういう場所です。

勿論、どなたも最高の女性達ですから、正当な理由なくあなたをおとしめる事は絶対にありません。

給与などの待遇面も、良くなる事はあっても、契約期間中に悪くなる事は決してありません。

・・やっていく自信がおありですか?」


その女性の返答は、俺を満足させるに十分なものだった。


3人目の司法書士の女性は24歳。


この募集の報酬は、何のコネもない、事務所も持たない若い女性が貰えるような額ではない事くらい、本人も十分に理解しているはずだ。


だが目の前の彼女は実に堂々としている。


その自信は一体何処から来るのか、興味を持って聴いてみた。


「私の仕事は、依頼された内容を忠実に実行し、顧客に満足して貰うだけのものです。

法を犯さず、倫理や道徳面で問題ないと私が判断すれば、たとえ無理をしてでも納期に間に合わせ、顧客の信用を得ていくだけ。

その仕事振りを評価していただくのは依頼主であり、私の仕事に値段を付けてくださるのも依頼主。

ですから、これ程破格の条件であっても、応募すること自体に躊躇いや不安はありませんでした」


「今、依頼内容の倫理や道徳面を判断するのはご自身だと仰いましたね?」


「はい。

たとえ報酬を得る立場であっても、反社会的、倫理に反するような仕事をして、世間から後ろ指を差されたくはありません。

そんな事をして稼いだお金で食べるご飯は、きっと美味しいとは感じませんから」


ふむ、まともな女性だな。


少し揺さぶってみよう。


「でも、僕の仕事にはきっちりと応えて貰いますよ?

そこに、あなたの判断は介入させません」


彼女を見つめる眼に、プロの護衛ですら怯むような圧力を掛けてそう言い切る。


「・・・そ、それでも、法に反したものであれば、訂正をお願いする場合がございます」


膝の上に載せた両の拳をぶるぶる震わせながら、懸命にそう声を絞り出す女性。


今にも涙が零れそうだ。


「合格です。

あなたを採用致します。

試させていただいたお詫びに、年俸は3000万円お支払いしますね。

渋谷のビルの2階をご用意しますから」


笑顔に戻った俺を見て、ほっとしたその女性の瞳から、大粒の涙が零れる。


当然、落合さんから少しにらまれた。


堅気かたぎの女性に、一体何をなさっているのです?

おかしな性癖が付いたらどうするのですか。

退室していく際、彼女、何だか顔を赤らめてましたよ?』


そう言って、手の甲を抓られた。


泣かしてしまった分、最後は精一杯の笑顔で見送っただけなのに。


そして到頭、今日の本命、メイドさん候補が登場した。


事前に見た書類で驚いたが、実際に見てもかなり若い。


落合さんの補足説明がなければ、面談を躊躇ったかもしれない。


だってまだ17歳だ。


もう直ぐ17になる俺と同じ年の、イギリス人の父と、フランス人の母を持つハーフ。


金色の美しい髪と、澄んだ青い瞳。


スラリとした長身に、大きな胸と引き締まった腰。


日本の文化が好きだった父親の影響で、日本語の会話もこなせる。


落合さんから渡された書類には、貴族の家で執事をしていた父親が事故で亡くなり、別の貴族家でメイドをしていた母親は今、病で入院中らしい。


それまでの功績と退職金代わりに、2か月分の入院費は元雇い主が負担してくれるらしいが、それもあと2週間で切れる。


家の中で3か国語が飛び交っていた彼女の成績は非常に優秀で、現在はオックスフォードの1年生らしい。


ただ、奨学金を借りているとはいえ、働き手のいない家計は厳しく、彼女は大学を休学して働きに出ようとしていた。


母親の病はどうやら末期の胃癌のようで、余命3か月と診断されているから、その残りの医療費を支払い、大学生活に必要な資金を2年くらいで何とか貯めて、復学したいというのが彼女の希望だ。


しかし、優秀とはいえ彼女はまだ17歳。


まともな仕事で、それほどの高給を得られる職に就けるはずもない。


奨学金分を除いても、彼女が必要とする額は約2500万円だ。


つまり、年間で1300万円くらい稼がねばならない。


美しい彼女には、その身体を必要とする複数の勧誘もきたが、彼女はそれらをね除け、必死に仕事を探していた。


そんな時、本格的なメイドを探しにイギリスを訪れた落合さんの募集に目が留まる。


年俸は1300万円で、しかも雇い主とは別居。


求められるのはしっかりとした礼儀作法と教養、厳格な守秘義務と何らかの資格。


貴族家に仕えた両親から、幼い頃よりマナー全般はしっかりと教えられてきた。


資格はまだ語学系の物しかないが、教養には自信がある。


駄目もとで応募した彼女を、一目で気に入った落合さんが、航空費自腹で彼女を日本に連れて来た。


俺の家で何度か美冬の手料理を食べている落合さんは、俺が求めている家事スキルをほぼ理解している。


食事はレストランで出されるような、盛り付けの妙までは要求されない。


掃除は汚れや埃などが目に留まらない程度で済む。


洗濯は機械任せで最後に畳んで終うだけ。


それが難しい物は全て専用業者によるクリーニング。


あとは細々こまごまとした買い物と、お茶などの給仕。


そのくらいなのだ。


最重要なのは秘密厳守で、次にきちんとした礼儀作法と人柄。


そう考えた落合さんは、自信を持って彼女を俺にぶつけてきた。


「働いていただける期間は2年間。

それでお間違いないですか?」


「はい。

大学に復学したいので、最長でも3年です」


「メイドの仕事をした事はないのですよね?

貴族制度が完全に根付いているイギリスと異なり、この日本では、若い女性がメイド服で外を歩くだけでもおかしな勘違いをされます。

育ちが悪い者からは、許可なくスマホを向けられる事もあるでしょう。

あなたにそれが耐えられますか?」


「はい。

人込みに出向く際には、着替えてから向かいます。

私は外国人でもあるので、この国で目立つのは仕方がありません」


うちはかなり裕福ですが、屋敷と呼べる程の広さではありません。

他に1人、女性の同居人がりますが、彼女は学生なので昼間は学校に通っています。

僕と2人きりになる時間も多いですが、それも大丈夫ですか?」


「はい。

落合様から、あなたの人格については最高の評価を頂いております。

私個人と致しましても、お会いしてみて、そのお言葉に偽りがないと感じております」


「あなた個人は、探索者という職業をどう思いますか?」


「夢のある職業でもある代わりに、常に緊張と危険が付き纏う、そんな認識を持っております」


「あなたにとって、家族とはどんな存在ですか?」


「愛する肉親であり、良き教師であり、人生の範となる存在です。

尤も、もう直ぐ全て失ってしまいますが・・」


「ご両親以外の肉親は居られないのですか?」


「はい、残念ながら」


「・・こちらからの質問は以上です。

あなたの方から、僕に何かお尋ねになりたい事はありますか?」


「いいえ。

大凡おおよその事は、既に落合様から聞き及んでおりますので」


「では、今ここで結果をお知らせ致しますね。

残念ながら、今回は不採用です」


「・・そうですか」


彼女が頭を垂れる。


「久遠寺様!?」


落合さんが驚いて俺を見る。


希望する勤続年数こそ少ないが、これ程の人材はそう居ないと考えているのだろう。


「その代わり、僕からあなたにご提案があります。

お聴きになりますか?」


「・・はい?」


「あなたに個人的な援助を致します。

お母様の入院費用、大学の学費や生活費の一切を、僕が負担致しましょう。

具体的には、税抜きで1億円相当のポンドをあなたに贈与します。

それで以て、大学生活をしっかりと楽しんでください。

お母様との時間を大事にしてください。

そういった時間は、何時でも持てる訳ではありません。

できる時に、悔いのないよう過ごしておいてください。

・・後になって、決して後悔しないようにね。

そしてもし、大学を卒業なされてからも、取り立てて就きたい仕事が見つからなかった場合には、もう一度、落合さんに連絡を取っていただけませんか?

その時は、無条件であなたをお迎え致します。

成長したあなたに相応しい待遇をご用意してね」


「!!!」


「久遠寺様・・」


「落合さん、彼女の母親が入院されている病院名と、その連絡先をお尋ねしておいてください。

それと、彼女の振込先の口座番号も。

お帰りの航空券は、ファーストクラスをご用意してください。

行きの分も含めて、僕がお支払い致します」


「はい。

かしこまりました」


「では、申し訳ありませんが、用があるので僕はこれで失礼致します」


社外に出ると、直ぐに落合さんからメールが来る。


『あなたの下で働けて、私は本当に幸せです』


こちらこそ。


落合さんはこれで全ての引継ぎ業務が終わり、明日にはこの会社を退職して、俺の正式な部下になる。


予定より少し時間が掛かってしまったが、それだけの価値は十分にあった。


マッサージ師の店の内装が整ったら、お仲間の皆さんに無料で使って貰おう。


仁科さんには、司法書士の女性を紹介しないとな。


吉永さんにも、助手となる女性を引き合せないとならない。


だがその前に、俺にはまだする事があった。



 『飛行』だと目立つので、『水の住人』を用いて水路でイギリスへ。


陸に上がったら、取り敢えず最寄りのダンジョン入り口に足を踏み入れる。


直ぐに出て、落合さんに『念話』で尋ねた、とある病院へと急ぐ。


日本との時差は約8時間なので、こちらはまだ午前6時くらい。


『隠密』と『結界』を駆使して人を避け、お目当ての女性が眠る個室へと忍び込む。


まだ40代前半だろうに、やつれ果て、深い眠りに就くその顔色は酷く悪い。


だが幸いな事に、抗がん剤の投与だけで、摘出や胃ろうなどの外科手術は一切していない。


発見時に既に末期だったせいかもしれない。


緊急時なので、了承を得ることなく患者服の中に手を入れる。


胃の辺りに手を添え、『治療』を使った。



 9月21日、木曜日。


中国で茶色の宝箱回収に励む俺に、落合さんから念話が届く。


『久遠寺様、もしかして、何かしてくださったのですか?』


『何の事です?』


『彼女・・エミリアの母親が、奇跡的に回復致しました。

末期の胃癌だったのに、一夜にして完全に癌細胞が消滅したそうです』


『おお、良かったじゃないですか!』


『・・2日くらい様子を見て、その後は自宅に戻れるそうです。

それから、病院の医療費と、大学の4年分の学費も支払いを終えています。

お言い付け通り、奨学金を辞退して貰い、これまで得た分は、利息を付けて大学にお返し致しました』


『有り難うございます。

僕の方でも、既に彼女の口座に1億円分のお金を振り込んであります』


『ただ、困った事が1つだけ・・』


『何かあったのですか?』


『彼女、既に卒業後の進路を決めてしまいました。

大学を卒業したら、久遠寺家でメイドをするそうです』


『・・・』

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