第57話

 9月1日、金曜日。


いつもの道を、何時いつでも停まれるくらいの50キロくらいのスピードで、学校まで走る。


歩道と車道の区別がある道路では、自転車用のレーンを60キロくらいで飛ばし、十字路や交差点ではその上を飛び越える。


制服はスカートだが、スパッツを穿いているから覗かれても平気。


電車を使えば20分以上は掛かる距離を、僅か5分程度で学校に着く。


「あれ?」


見慣れたはずの学校が、何だかとても奇麗になっている。


「・・何時の間に改装したの?」


昇降口で靴を履き替えていると、登校してくる先生達に次々と挨拶される。


「柊さん、おはようございます」


「おはようございます、先生」


「柊君、どうも有り難う。

お陰で授業がし易いよ」


「?

おはようございます」


階段を上って自分達の教室に行く。


ん?


何だか騒がしい。


「おはよう」


扉を開けて中に入ると、かなり涼しい。


あれ、何で?


「あ、美冬おはよう。

ねえねえ、教室にエアコンが付いたんだよ?

これでもう暑さを気にしないで良いね」


友人の1人が、嬉しそうにそう言ってくる。


「エアコン?」


・・ああ、何となく分っちゃった。


和馬め、今日のお風呂では思い切り摂取してやろう。


「学校中の全施設に付いてるんだって。

うちの学校によくそんなお金があったね」


「・・はは、そうだね」


「・・あのさ、今度、皆で遊びに行かない?」


「え?」


「探索者になってから、美冬のお弁当の中身が随分変ったじゃない?

体育で着替える時も、かなり高級そうな下着を着けてるし。

もう大分余裕ができたんだよね?

・・今まではさ、誘っても迷惑にしかならないかなって遠慮してたんだけど、私達も美冬と遊びたいし、ナンパ野郎は私達で撃退するから、どうかな?」


「・・・」


「駄目?」


「・・いや、月に一、二度なら時間取れると思うけど、私、飲食店くらいしか知らないよ?

場所はお任せになっちゃうけど、大丈夫?」


「うん!

・・その際、皆で写真撮っても良い?」


「仲間内だけで保存するなら。

ネットとかには出さないでね」


「分った。

有り難う!」



 中国の探索も既に半分以上を終え、このままいけば、予定より早く済みそうだ。


少し余裕が出た俺は、宝箱の回収を優先して魔物を倒す事をなるべく控えているストレスを、中国人の軍人パーティーへと向ける事で発散していた。


此見これみよがしに軍服を着て戦っている奴らは勿論、明らかに何らかの訓練を受けた動きをしている奴らに、結界で誘導した強い魔物を当てる。


3人で戦う奴らには、『土魔法』でその足元をぐらつかせ、形勢を不利にさせて魔物に仕留めさせる。


それが済んだら、そいつらの装備品と所持金を没収し、装備品は全てポイントに替える。


こうして暇を見つけては彼らを処分する事で、いちいち人の国の側までやって来ては挑発を繰り返すその頻度が、少しでも下がれば良いと思っている。


無駄に数が居るから、全然応えないかもしれないが、まあ、しないよりは増しだろう。


いつ戦争になってもおかしくないからな。


この日は、強い魔物に囲まれた深山の祠にある隠し扉から、念願の『ダンジョン内転移』を得られ、枠内のます目がまた1つ埋まった。


気を良くして、どんどん宝箱を回収していく。


金や銀の直ぐ側にある茶色の宝箱も数個回収したが、中身は何れもランクの低い装備品だった。



 9月3日、日曜日。


今日で栃木の攻略を終えた南さん達に、『次回からは埼玉にお連れしますね。茶色い宝箱は全て残してありますよ?』と、その位置を記した市販の地図を渡しながら話したのがいけなかった。


よく考えてみたら、彼女達はまだ宝箱を開けたことがなかったのだ。


大喜びした2人に抱き付かれ、そのまま浴室に連行される。


浴槽に湯が溜まる時間を待つのももどかしい彼女達は、手早く衣服を脱ぐと、其々が果敢に俺を攻め立てた。


だが、俺もそうそうやられっぱなしではいられない。


一昨日の夜、美冬から散々攻められた教訓が活きている。


あの時は、普段は明るく淑やかな彼女が、まるで違う顔を見せていた。


あんな表情で攻められたら、普通の男性なら一溜りもない。


それをたった2回の摂取で持ち堪えた俺は、童貞の中でも英雄だろう。


だから今回も、俺を陥落させようと攻めてくる2人の攻撃に文字通り目をつぶって耐え、南さんに『どうして意地悪するの?』と言わしめた。


いや、意地悪をされているのは俺の方では?


結局、涙目になった2人に心が折れて、一度ずつ摂取して貰った。


その後の夕食では、美冬はまるでき物が落ちたように穏やかな表情をしていた。


彼女が床に就いた後、翌朝7時まで中国で宝箱の回収に努める。


『異界の扉を開く鍵の1つ』である玉も、既に4つ入手している。


何れも龍が護る地に存在したが、手に入れること自体は難しくない。


寧ろ、その攻撃を避ける事で起きる地形変動の方が問題なのだ。


折角の美しい風景が、台無しになりかねない。


だから、守護者たる龍を相手にする時だけは全力を出す。


向こうに攻撃する隙すら与えずに、その首を刈り取る。


そうして得た特殊能力は、何故か毎回同じ『不老長寿』。


ただ、アイテム化して残るのではなく、その全てが吸収され、表示された寿命が延びていく。


初めは『10万年』だったのに、2回目で『50万年』になり、3回目で『100万年』になって、4回目では『500万年』に表示が変わった。


愛する誰かが必ず側に居ないと、生きる事にさえ意味を見出みいだせなくなるような時間の長さだ。


もし俺が『若返り』を所持していなかったら、美冬やお仲間達には一切の仕事をさせず、ひたすらダンジョンでの能力値上げに励んで貰っていただろう。


10万年ですら、通常の人生の1000倍以上だ。


何らかの刺激がなければ、とても生きていられない。


眠り続けること以外でそれに耐えられる奴は、恐らく頭が空っぽだ。


単細胞並みの知能でなければ、先ず精神が持たない。


何かに興味を持ち続け、何らかの刺激を受け続けない限り、人の脳は本来の働きをしなくなる。


俺には、愛する者達と素肌の交流を保つ以外に、500万年なんて長い時間を生き抜けるとは思えない。


しかも、『鍵』が全部揃っていない以上、まだ延びる可能性すらあるのだ。


朝の7時に一旦帰宅し、シャワーを浴びて、美冬と珈琲を飲む。


彼女を学校に送り出したら、再度中国に戻って宝箱の回収に励む。


その合間に、何だか数が増えてきた、軍人さん達のパーティーを殲滅させる。


地形を変え、土壁を創り出して進路を妨害し、彼らのステータスを覗き見ては、より強い魔物達を誘導する。


ダンジョン初期の頃、アメリカ同様、中国も多大な被害を出して、最近までは陸に関与しなかったはずなのに、この頃また涌いて来た。


これは少し調べてみる必要があるな。


少しウザ過ぎる。


暫くは、俺が魔物を狩るのは最小限にして、ここの魔物達に兵士を殺させ、その能力値を高めて貰おう。


そうして残された装備品と金銭を、俺が根こそぎ頂けば良い。


そう決めた。



 9月4日、午後2時。


南さんと『念話』で話した情報を基に、とある武器屋を訪問する。


ここの武器屋は、彼女達から300以上の武器を購入していた。


どうせ真実を話しはしないだろうから、初めから『洗脳』で俺の作り話を信じ込ませ、彼女達から大量に仕入れた武器や装備を誰に売ったのかを吐かせる。


『魅了』が使えれば簡単なのだが、精神魔法である以上、ダンジョンの外では使用できない。


案の定、売却先のほとんどは中国人だった。


軍の関係者が大量購入していたらしい。


店を出て、仁科さんと落合さん以外のお仲間に、『念話』を送る。


今後、ダンジョンで入手した装備を売却する際は、その全てを俺が買うと。


そうして集めた装備類は、全てポイントに変換してしまう。


俺に高く買わせる事に難色を示した人も居たが、事情を説明すると、皆が納得してくれた。


日本の武器屋の仕入れ先は、今や95%以上が俺とそのお仲間達からなので、これで大分成果が出るだろう。


俺の方でも、瀬戸さんに話をつけて、供給を減らすか、店内の武器の価格表示を取り止めて貰うかを検討しなければならない。


少なくとも、外国人には3倍くらいで売って貰わないと意味がない。


俺が世界中のダンジョンで主要なアイテムを取り切るまでは、もうそんなに売りに出せないから、1つでそれなりの利益を確保して貰いたい。


転売をさせないよう、同じ人物には、1年以上経たなければ武器を売らないで貰わないとならない。


夕方5時。


瀬戸さんとの話し合いも終わり、彼女には俺の考えを了承して貰った。


勿論、彼女の意をんで、日本人で、これからダンジョンで頑張りたいという探索者には、他より安価で売る事も賛成している。


今日も21時から、仁科さんと落合さんの2人を連れて三重のダンジョンに入るから、それまでの時間を再び中国で過ごした。



 「あの、久遠寺様、ご相談があるのですが・・」


4時間に及ぶ探索を終え、俺と入浴を共にした2人の内、仁科さんがそう切り出した。


「何でしょう?」


「・・他のお仲間の皆さんとは、『念話』というものをなさっていると聴きました。

それを、私達もしてみたいのですが・・」


「・・・」


「勿論、それに必要な条件も、既に聞き及んでおります。

その上でお願いしています。

・・駄目でしょうか?」


「・・落合さんも同じ考えなのですか?」


「はい。

そんな便利な方法があるなら、将来の秘書としては是非とも取り入れたいです」


「正直、僕としてもお二人の安全を確保する上で必要だとは思いましたが、・・その、本当に良いのですか?

理沙さんや南さん達は、男性経験こそありませんが、お互いが愛するお相手と既に結ばれておりました。

美冬は僕の婚約者も同然ですし、吉永さんは僕を愛していると仰ってくれています。

でも、お二人は未だそういったご経験が全くないのでしょう?

愛する方となさる前に、僕で済ませてしまって良いのですか?」


「・・酷いです。

私の気持ちは既にお伝えしたと思っていましたのに・・」


仁科さんが下を向く。


「私だって、幾ら上司とはいえ、好きでもない男性と一緒に入浴なんてしませんよ。

そんな事、愛した相手でもなければ絶対にしません」


落合さんがじっと俺の眼を見てくる。


「・・済みません。

自惚れて勘違いをしたくないし、最近になっておかしな法律ができたようなので、念のために確認を致しました。

一応、僕もお二人の上司に当たりますから、立場を利用して性的行為を強要するなんて事のないようにしないといけませんから」


「ああ、あれですよね?

夫婦でも事前の合意が無いと、性交渉ができないとかいう馬鹿な法律」


仁科さんが鼻で笑う。


「そうです」


「女性の立場からしても、あれは行き過ぎだと思いますね。

DVなんかと同一視して考える人も多いですが、そもそも殴る蹴るの単純な暴力と、夫婦間の営みを同じに考える点でどうかと思います。

本当に嫌なら、離婚すれば良いのです。

相手が同意しなくても、別居すれば済む話です。

DVと違って、そこに暴力は存在しないはずですから。

それを、子供がいるからとか、経済的に自立できないからとかいう個人的な理由で夫に依存しながら、その夫からの性的要求は拒むなんて、まるで家政婦みたいじゃないですか。

そうして夫が浮気したら、それも彼だけの責任になって、離婚の際に慰謝料を要求される訳でしょう?

生活保護が権利だと主張するなら、堂々とそれを自治体に求めて、居場所を確保すれば良いのです。

自治体だって、そう公言するなら、速やかにそういった人達を救済すべきです。

本来は国や自治体が処理すべき事柄を、個人に落とし込んでいる狡い法律なんですよ、あれは。

それに例えば、お互い合意の上で行為を行った翌日に喧嘩になって、奥さんから『無理やり犯された』と訴えられた旦那さんは、己の無実をどうやって晴らすのでしょうね?

寝室なんて、極プライベートな空間での行為ですし、皆が起きてる真昼間からする人達だってそんなにいませんよね?

言った言わないの立証が難しいのは、法律関係者なら直ぐに分るでしょうに。

過去の冤罪えんざいだって、そのほとんどが自白の強要とか状況証拠しかない場合なのに。

これからは、セックスする前に、いちいちスマホで返事を撮影されるのかもしれませんね。

『何月何日、何曜日。私は、○○との性行為を了承します』なんて同意を撮影されるとしたら、私にはそちらの方がずっと嫌ですが」


仁科さんが本当に嫌そうにそう口にする。


「確かにそうですよね。

彼氏の部屋で良い雰囲気になって、キスまでしたから合意してるなと思って押し倒したら、終わった後で泣かれて、『最後までするのは嫌だったのに‥』なんて言われたら、男性は堪りませんよね。

『じゃあどうして拒まなかったんだ』と問い詰めても、『関係が壊れるのが怖くて言い出せなかったの』と反論されたら、彼氏の立場を利用した強要になるのでしょうか?

『職場の上司に、立場や地位を利用して関係を迫られて、その職を失いたくないから仕方なく・・』なんて記事を時々目にしますが、それも狡い言い訳ですよね。

本当に嫌なら、断固として断って、それが理由で不利益を被ったのなら、それはきちんと法廷の場で争うべきなのです。

そうしないで隠すから、味を占めた同一人物による二次被害が起きるのです。

性行為によって経済的利益を受けながら、後になって相手を訴えるのはおかしくありませんか?

それなら、風俗で働く女性はどうなるのでしょう?

お金のために好きでもない相手とセックスして、客が料金を払い終わった後に、『あんたはあたしの経済的困窮に付け込んで抱いたから訴える』と言えるのでしょうか?

普通の仕事なら、商品の引き渡しと代金の支払いで以て、取引が成立します。

そこに重要な錯誤や詐欺などの詐術がなければ、法に触れない限り、どんな取引でも民間では有効なはずです。

性行為なんて極プライベートなものに、国や自治体は極力入り込むものじゃない。

お酒や薬で酔わされて、抵抗できなくされて犯されたのなら、それは準強姦なんて変な条文を破棄して、強姦に含めれば済みます。

『意思に反して』という文言をあまりに広げ過ぎると、今度は男性の方が委縮してしまいます。

少子化対策で、余計なお金を散蒔ばらまいてまで子供を欲してるはずなのに、国がやってる事は逆のような気がしますね。

そこまでするなら、もういっそ重婚を認めて、お金も地位もある男性に群がる女性達を、全員孕ませてやれば良いと思います。

それで傷付く人がいるとしても、それは魅力や能力に欠ける男性だけでしょう?」


落合さんも、かなり力説している。


何だか大分話が逸れてしまった。


「・・それで、私の気持ちを確認なさりたいのなら、今この場ではっきりとお伝えします。

久遠寺様になら、スマホで撮影されても大丈夫です」


「いえ、さすがにそこまでは・・」


「私こと仁科純子は、久遠寺様を愛しています。

・・久遠寺和馬様、あなたに、抱かれたいです」


仁科さんが、俺の眼を見ながらそう言い切った。


「私、落合麗子も、久遠寺和馬様を愛しています。

・・抱いてください」


落合さんも真剣だ。


「・・あの、飽く迄もその一歩手前の摂取行為が必要なだけであって、性行為そのものを要求している訳ではないですからね?」


2人の視線に身の危険を感じて、少し予防線を張っておく。


「「・・・」」


「は~」


仁科さんに溜息をかれた。


「もうそれで良いです。

飽く迄も、『今は』ですけど。

幾ら浴室とはいえ、裸で長時間立っていたので身体が冷えました。

温めてください」


正面から抱き付いて来て、唇を塞がれる。


「・・ファーストキスです。

一応、A、B、Cの順番通りにしたいので・・」


「じゃあ私も」


抱擁を解いて背後に回った仁科さんの代わりに、今度は落合さんが抱き付いてキスをしてくる。


「キスは私が先だったから、次は麗子さんからどうぞ?」


背後で俺を抱き締める仁科さんが、落合さんに優しく語り掛ける。


「純子さん、有り難う。

・・では久遠寺様、失礼致します。

大丈夫。

ネット動画を見て、きちんと予習してきましたから」

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