第56話

 8月22日、火曜日。


定休日で、午前中から京都のダンジョンに入っていた吉永さんから武器がドロップしたとの念話を受けて、中国から彼女の下に転移する。


魔宝石なら背負っているリュックに入れられるが、短剣以外の装備品はそうもいかない。


彼女の武器は斧なので、ドロップ品が長剣だと邪魔でしかない。


売れば数百万はする物だから、捨てる訳にもいかない。


仕方なく、わざわざ俺を呼んだと謝罪された。


そんな事で謝るなんて論外だし、幾らでも呼んでくださいと伝えて、彼女の為に、一旦渋谷の有人施設に戻る。


トイレ休憩をして貰い、2人で少しドリンクを楽しんだら、再度彼女を京都まで送る。


長剣はEランクの物だったので、俺が500万円で買い取ってポイントに替え、明日にでも吉永さんの口座に振り込む事にした。


彼女から、『お金は要りません』と言われたが、そういう訳にはいかない。


宝箱の回収を再開した中国では、今日も魔物に襲われているパーティーを見つけたが、助けずに側で眺めていた。


既に誰かが戦っている魔物に手を出すには、相手からの同意を得る必要があるし、3人パーティーが戦っている魔物2体は5000円クラスだから、大した事ない。


彼らの生命力の残りが3分の1を切った時、音声付きの翻訳機で『助けようか?』と尋ねたが、女性に良い所を見せようとしたのか、はたまた自分達の獲物を横取りされる事を危惧したのか、男達2人がよく分らない言葉を叫んで俺を無視した。


仕方ないので宝箱の回収作業に戻り、暫くしてから再度その場所を飛行で通りかかったら、彼らの死体だけが残されていた。


だから言ったのに。


見栄を張るにしても、欲をかくにしても、状況を考えろと言いたい。


下に降りて、彼らの武器と所持金を回収する。


その際、探索者カードが出てきた。


Dランクね。


折角ここまできたのに、馬鹿な奴らだな。


中国では、もう男性パーティーだけでなく、男女混合パーティーも助けるのを止めた。


時間の無駄だ。


吉永さんを迎えに行った際、彼女に、死んだ男達が俺に言った言葉の意味を尋ねたら、こちらが予想していたような内容だった。


彼らから得た武器を、遠慮なくポイントに替えたのは言うまでもない。



 8月23日、水曜日。


美保さん達を奈良のダンジョンまで迎えに行った後、風呂をご一緒して、その後に少しドリンクを飲みながら雑談した際に、『秋になったら温泉にでも行かない?』と誘いを受ける。


ただ、どうも混浴を希望しているらしいので、旅館選びを考えなくてはならない。


彼女達だけを招く訳にもいかないから、大人数で泊れる高級宿を探すか、若しくは既存の宿を丸ごと1軒買い取って、好きに使用するか。


以前に購入した北海道の超高級リゾートホテルにも温泉はあるが、従業員は誰も居ないし、掃除すらしていないので、そこは選択肢に入れない。


まだ少し先なので、『探しておきますね』とだけ返事をして、先送りした。



 8月25日、金曜日、午後9時。


あと数回で、栃木のおも立った魔物を倒し終わる南さん達の為に、埼玉県の探索を始める。


地図上に表示されたユニークと金銀の宝箱以外にはほとんど手を出さないつもりだから、半日も掛からない。


因みに、茶色の宝箱は、市販の地図を買って、その場所に✕印を付けて彼女達に教えるつもりだ。


埼玉県のダンジョン入り口数は、全部で48個。


三峯神社、喜多院、川越氷川神社、武蔵一宮氷川神社、密蔵院、鷺宮神社、秩父神社、秩父今宮神社、調神社、前玉神社、氷川女體神社の辺りに、金色の宝箱の表示がある。


ユニークの表示は、三峯神社辺りの1つだけ。


銀色の宝箱は17個で、県内の各所に散らばっている。


先ずはユニーク討伐から始めたが、そこに居たのは、知性を宿した眼を持つ狼だった。


向こうが穏やかな目で俺を見つめるので、こちらも手出しをせずに眺めていると、やがてこちらに近付いて来て、俺の脚に頭を擦り付けた。


何度かそうした後、25センチの魔宝石を残し、消滅する。


俺の中に何かが入り込んで来て、それをステータス画面で確認すると、特殊能力の項目に、『眷族』という表示が増えている。


『使役者の精神力を糧として、無から、己の命令を忠実に実行する魔物を作り上げる。

なお、その維持に必要な精神力は、使役する魔物の格によって異なる』


説明には、そう表示されている。


ずっと維持する訳ではなく、必要な時に使う。


そういう存在のようだ。


因みに、眷族リストの1番目に記載されたこの狼の場合、1時間で1000の精神力を消耗する。


精神力が0になると気絶するから、ほとんどの者には使いこなせないだろう。


ペットを飼った経験はないが、犬や猫などの動物は基本的に好きなので、大事にしていきたいと思う。


付近にあった隠し扉からは、『精神力を300上げる品』が3つ出て来た。


川越氷川神社辺りの宝箱からは、『異界の扉を開く鍵の1つ』が手に入る。


これで10個目になる。


そしてこの時、到頭日本の鍵が全て揃った。


手にしたお守り状の鍵が淡い光を放っているので、地図で日本全土を表示させると、とある場所にお守りの印が表示されている。


・・やはりあの場所なのだな。


黄泉比良坂。


ともかくこれで、『鍵』の回収も済んだ。


ほっと一息入れて、次の場所に向かう。


約4時間後、全ての金銀の宝箱を回収し、茶色の宝箱34個は、後日、南さん達に任せる。


倒した魔物の数は、進路上の約300体のみと、これまでで最小だった。


中国の探索に戻り、午前4時には美冬を迎えに北海道へ。


『アイテムボックス』を与えられた彼女は、これまでの様に大きなリュックを背負う必要がなくなり、外見上もかなり身軽に見える。


装備品がドロップしても、1、2個なら無理してリュックに括り付けていたから、見ようによっては一昔前の、田舎の行商のおばちゃんのような恰好だったのだ。


なまじ容姿が良過ぎるだけに、物凄く違和感があった。


まあ、初めて会った時のあの姿よりは、それでも随分増しなんだけどね。


家に帰る前、手に入れたばかりの能力で眷族の狼を出したら、凄く喜んでいた。


どうやら彼女も、犬や猫の類が好きらしい。


『モフモフ~』とか言いながら、頻りに撫でていた。



 8月27日、日曜日の午後8時。


その日の探索を終えた南さん達に、風呂で二度ずつ摂取された後、美冬と夕食を取る。


彼女の夏休みも、残りあと4日だ。


なので、今夜からは彼女のダンジョン探索を休止して、残った休みを好きに過ごして貰う事にする。


家事も、衣類の洗濯以外はしなくて良いと伝えた。


「う~ん、いきなりそう言われても困るな。

何をして過ごそう?

・・1回エステに行って、あとはお昼寝かな」


「・・僕が言うのも何だけど、一緒に遊べる友達とかいないの?」


「学校でなら居るけど、休日にはねえ~。

・・お父さんが病気になってからは、家にお金の余裕がなくて、友達と外で遊んだ経験が無いんだよね。

申し訳なくて、お小遣いも貰わなかったからさ」


「・・・」


「そんな顔しないでよ。

確かに貧しかったけど、両親と過ごした時間は今も良い思い出だよ?

・・2人が亡くなった時以外はね」


「やりたい事はないですか?

大抵の事なら、僕が叶えてあげますよ?」


「和馬となら沢山あるけど、君は今忙しいからね。

やっぱり家でゆっくりしてるよ」


「僕が探索をお休みして・・」


「それは駄目。

今は大事な時期なんでしょ?

私との時間は、それこそ今後幾らでも作っていけるじゃない。

お互いの時間に余裕ができてから、ゆっくりと楽しもうよ。

・・ね?」


そう言って、にっこりと微笑まれる。


「御免な」


「謝らないでよ。

何も悪い事していないでしょ。

・・ねえ、探索には行かないけど、お風呂は毎日一緒に入ろ?

その時間は、私の楽しみの1つだから」


「勿論。

背中を流してあげるよ」


「私もやってあげる・・って、必要ないかな。

ほぼ毎日、他の誰かに洗って貰ってるもんね」


美冬が少し頬を膨らませる。


「・・御免。

彼女達も大切なお仲間だから、そう無下にはできなくて」


「別に怒ってないよ。

皆良い人ばかりだもの。

君を大切に思っている、君に特別な感情を有してる女性ばかりだから・・。

君と過ごしている時の彼女達の顔を見たら、文句なんて言いたくなくなるよ。

私は私で、しっかりと大事にされているからね。

・・さ、そろそろお風呂に入ろ?

今晩も探索に行くでしょ?」


「ああ」


「今夜は和馬のベッドを借りるよ?

君、ほとんど寝ないから、全く君の匂いがしないんだけどさ。

それでも、心はかなり満たされるから」


入浴中は、浴槽内で随分と長い時間、至近距離から彼女の顔を眺めていた。


閉じられた瞳の、その奇麗な睫毛まつげが時折揺れ動く様が、何だかとても愛おしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る