第55話
8月15日、火曜日、午前10時。
蝉の声が響き渡る並木道を抜け、夏用の黒いワンピースを着た美冬と2人、ゆっくりと目的の場所まで歩く。
お互いの手には大きな花束、そして水桶。
周囲の音が少し遠くに感じられる頃、その地に辿り着く。
西洋式の墓石に
桶を置き、両親に改めて美冬を紹介する。
「父さん、母さん、暑い日が続くけど、そちらはどうですか?
母さんは暑さに弱いから、あまり無理をしないでくださいね。
・・前回お話しした、美冬を連れて来ました。
父さん達を除けば、今の僕にとって1番大切な、心から愛することのできる人です。
彼女に出会い、彼女のお陰で、今の僕は大分元気を取り戻しました。
他の方々にも心を開き、素直に笑え、毎日楽しく過ごしています。
あの日受けた心の痛み、ともすればこの身を覆い尽くそうとする闇を完全に取り除くことはできませんが、彼女が側に居てくれれば、新しく築いたお仲間の方々との絆があれば、これからも、お二人に恥じない道を歩んでいけそうです」
「初めまして。
柊美冬です。
幸運にも和馬さんと出会い、その大きなお力によって救われた内の1人です。
お陰様で人生が劇的に変わり、迎える日々には希望と喜びしかありません。
お二人の宝物である和馬さんのお側に居られることを、その愛情を受けられることを、感謝しない日は1日もありません。
・・できる限りの事を、思い付くだけの方法で、これからも彼にしていきたい。
注げるだけの愛を、込められるだけの想いを、彼に与えていきたい。
心から、そう思っています。
どうか、私が彼の側に居ることをお許しください。
お二人のご期待を裏切るような真似は、決して致しません」
墓石に向かい、美冬が頭を下げる。
それと同時に、緩やかな風が、彼女の長い髪を僅かに揺らしていく。
「・・2人が宜しくってさ。
次は美冬のご両親にご挨拶だね」
「きっと2人ともびっくりするよ。
この私が男性を連れて来たってね」
8月18日、金曜日。
この日が誕生日である南さんを祝うべく、松濤のレストランに個室を予約した。
お仲間8名全員を招待し、華やかな夜を演出する。
プレゼントは、宮城県の一筆の土地20万坪。
仁科さんにお願いし、取り敢えず今年は山林を買った。
以後毎年、同じ広さの土地を買い続け、南さん名義にして貰う。
南さんへのプレゼントは、それだけではなく、彼女達の家に1泊することも要求された。
一緒に入浴して、3人で同じベッドで眠りたいそうだ。
そのために、わざわざキングサイズのベッドに買い替えたらしい。
それを耳にした美保さんが、『うちも買い替えよう』と理沙さんに言っていた。
8月19日、土曜日、午前11時。
南さん達を栃木のダンジョンに送り、自分は中国を探索する。
夕方5時までひたすら宝箱を回収し、ユニークの場所を訪れては瞬殺する。
得られる特殊能力は『金運』や『開運』、『良縁』が最も多く、次いで『子宝』や『学問成就』。
日本と似たようなお国柄だからかな。
『金運』や『開運』、『良縁』は、仲間や部下になる人のために6個くらいずつはストックすることにして、あとはポイントに替えてしまう。
『学問成就』なんて、学者にでもならない限り必要ない。
まあ、最初の1つは勝手に吸収されてしまったので、『幸運・改』の6番目に入っているのだが。
存在する魔物の数が多く、進路上に居る物や、良いお金になる魔物は優先して倒すが、あとは結界で遠ざけ、作業の邪魔になる事を防ぐ。
それで他に移動した魔物達が、中国人のパーティーを幾つも壊滅させてしまったが、女性が含まれていなかったから、自己責任で済ませてしまった。
南さん達を迎えに行き、彼女達と風呂を堪能した後は、自宅で美冬と夕食を取り、彼女を北海道に送る。
その後また中国に戻り、作業を続けていると、男女3人組のパーティーが、魔物達から逃げている場面に出くわす。
女性が含まれているから助けたが、その直後、背後から切り付けられた。
強い魔物を瞬殺した、俺の剣が目当てだったらしい。
助けた後に彼らを見たから、俺に悪意があるのは分っていた。
だが、実行に移すまでは手出しをしなかったのだ。
本来なら俺の身体に刺さるはずの剣が、俺を切り裂くはずの
男2人の首を無造作に刎ね、女は骨折と気絶をさせた上、全員の身ぐるみを剝いで、その場に放置する。
大した金は持っていなかったが、3人とも武器を所持していたので、まあ、慰謝料くらいにはなるかな。
その後も深夜3時過ぎまで黙々と宝箱を開ける作業を続け、4時に美冬を迎えに行って風呂で癒されたら、彼女に『おやすみ』を告げて再度中国へ。
午前9時頃、到頭『アイテムボックス』を得られる宝箱を開けた。
これで美冬は、リュックサックを背負ってダンジョン内を走り回らなくて済む。
10時30分まで作業を続け、その後帰宅して南さん達を待った。
8月21日、月曜日、午後9時。
夕食後、仁科さんと落合さんを、三重のダンジョンに連れて行く。
彼女達には、中国で得た『金運』、『良縁』、『開運』を食べて貰っている。
落合さんにして貰っている今の仕事には、『良縁』が非常に有効だろう。
是非とも優秀な人材を探し当てて欲しい。
「今日は前回よりも少し強い相手と戦いましょう。
2000円クラスから上の魔物を選んでいきます」
「「はい」」
月しか出ない夜のダンジョンを、3人で跳び回る。
「相変わらず、人に出会いませんね」
仁科さんが、周囲を見渡しながらそう口にする。
「敢えて人の居ない場所に跳んでいる事もありますが、探索者達は夜を避ける傾向にありますからね。
視界が薄暗いですし、夜間にしか活動しない強い魔物も出ますから」
「成程。
でも、夜の方がごみがなくて私は好きですね」
「僕もです。
初めの内はずっと夜間に活動してました」
「久遠寺様は、ずっとお一人で戦っておられたのでしょう?
初めから強かったのですか?」
落合さんが、興味深そうに尋ねてくる。
「まあ、他の一般の方々よりはずっと強かったでしょうね。
小学低学年から複数の武道を習い始めて、仕舞いにはボクシングなんかにも手を出しました。
各能力値も、初めてダンジョンに入って確認した時、通常の5倍くらいはありましたから」
「さすが久遠寺様。
・・素敵です」
落合さんが頬を染める。
「私達の学生時代に、そこまで頑張ってる人なんか居なかったわよね?」
仁科さんが落合さんに話しかける。
「ええ。
お洒落や男女交際に夢中で、外見ばかり気にする人で溢れてましたね」
「運動なら、ダンジョンで鍛えれば直ぐ全国クラスになったはずなのにね。
ゲームや漫画にばかり時間を費やして、現実の世界では何のアクションも取らない人ばかりだった。
『いじめ』に遭う人も、ダンジョン内ならメールさえ来ないのだから、部屋に籠るくらいならダンジョンに籠れば良かったのに」
「でも、やはり死ぬのは怖いですよ。
私達は久遠寺様のお陰で初めから楽に戦えましたが、一から独りでやらなければならない人には大変でしょう」
「そうね。
でもさ、自殺するくらいに思い詰めたり、実際に飛び降りて死ぬくらいなら、たとえ1人でも何とかなると思うのよね。
死に対する恐怖は、既に無いようなものでしょう?
私なら、どうせ死ぬなら必死に
彼女はどうやら、過去にそういう被害者を見た事があるらしい。
一瞬だが、何だか遣る瀬無い顔をした。
「・・そういう思考ができないからこそ、彼らは弱者なのかもしれません。
無差別に人を襲って、『誰でも良いから殺したかった』なんて口にする愚者が時々出ますが、あの類もそうです。
本当に誰でも良かったのなら、お年寄りや子供なんかを標的にせず、やくざの事務所に襲撃をかけるなり、チンピラの集団に突っ込めば良いのです。
そうすれば、せめて死後は英雄扱いして貰えるでしょうに・・。
そんな状況下でも、初めから自分より弱い相手を無意識に選んでいる辺りが、
女性陣の意見が厳しい。
まあ、俺もほぼ同意見だけどね。
妄想や空想の類とは違うのだから、凡人が何の苦労もなしに、他者に秀でることなどできはしない。
そうなるには、必ず何らかの痛みや苦痛が伴う。
それを甘受できない者は、ずっと弱者でいるしかないのだ。
この2人だって、幾ら自身に危害が及ばないと分っていても、見た目が恐ろしく、今の自分達より格上の魔物相手に、何時間も剣を振り続ける努力を強いられている。
敵から攻撃されかねない状況の中で、魔物の息遣いを肌で感じながら、つい先日まで只の会社員でしかなかった女性達が戦っているのだ。
俺の中学時代の同級生達もそうだったが、頭では色々と考えてはいても、いざそれができる段になると、二の足を踏む者は多い。
自分の立場が相当有利にならないと、実行に移さない。
ダンジョンが現れた初期の頃、あれだけ大量の者達がそこに押し寄せたのは、それまでのサブカルチャーに脳を侵され過ぎていたからでしかない。
弱くても、いきなり実戦で戦える。
最弱と言いながら、最初から難関ダンジョンで修行ができる。
つまりそこの魔物を倒せる。
そして己が強くなる間は、まるで他者の時間は止まったかのように、その強さが変わらないままでいてくれる。
武器だって持ち込み自由で、近代兵器でやりたい放題。
そんな世界なら、確かに行ってみたいと考えただろう。
だが対人に限って言えば、たとえ自分が必死に努力してその相手より強くなっても、そいつの元々の素質が自分より遥かに優れていれば、直ぐにまた同じ目に遭いそうなものだ。
まあ、そいつらは傲慢だから、努力なんてしないという設定なのだろう。
『努力できるのも実力の内』という言葉を耳にした記憶があるが、そうであるなら、その者は初めから弱者などではない。
それに、『俺だけ~』とかいう物をサブカルチャーではよく見かけたが、どうしてそう言えるのか。
その根拠は一体何処にあるのか。
自分が創った世界でないなら、その創り手の考え次第で幾らでも同じ物が出てきそうなものだが。
俺が、様々な能力を得た後でも、こうして寝る間を惜しんでユニーク討伐や宝箱を開けて回っているのも、そうしないと
大切な人達を護るためには、可能性の芽は全て摘んでおくに限る。
ダンジョンの出現から15年以上経った今、人々は当時の興奮を忘れ、まるでそれを後悔しているかのように、日々ごみを捨て、未だにその夢を追う探索者達を見下す。
けれど、真の宝は、決して夢を諦めない者にしか手にできない。
この地に、これ程のお宝が潜んでいたなんて、一体誰が思っただろう?
『若返り』や『不老長寿』なんて、この先、人類がどれだけ手を伸ばそうとも決して得られないだろう。
俺には、ダンジョンは神様からの贈り物としか思えない。
欲しかった力、切望していた存在を与えてくれる、夢の箱庭なのだ。
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