第54話

 夕方5時。


先に来ていた女性陣のトイレ休憩を終え、仁科さんと落合さんを迎えに行く。


彼女達に割り当てられた区画で手早く水着に着替えた2人は、陽が落ちるまでの2時間弱を、湧き水のように美しい海で戯れる。


接待役の俺は、夕食までの時間を、トレーの上に冷えたビールや白ワインなどのボトルを並べたり、木製の皿に果物やマカロンなどの菓子類を盛りつけたり、大きな樽に『給水』で水を溜め、彼女達の手洗いやうがい用として準備したりと忙しい。


複数のバスタオルを干すため、砂を固めて作った土台の上に木製の竿さおを載せ、水から上がって休む人にはバスローブを渡す。


ダンジョン内にも、通常の世界程ではないが、昼夜の別や天候の違いは当然にある。


朝には太陽が昇り、星は見えないが、夜には月が出る。


雨も降れば風も吹き、地域によっては雪さえ積もる。


砂漠地帯では太陽も灼熱に変り、極寒の地では分厚い氷が散見される。


温暖化の影響を受けていない分、本来の自然がそのまま残されている。


ビル群や、金属製の人工物が一切ないから、自然の景色を楽しむだけなら持って来いの場所なのだ。


都会ではごみが捨てられるから、一時的にその景色を大分損なうが、こうした田舎の海辺や山岳地帯などではそれも見られない。


「本当に奇麗な場所よね。

通常の世界では、もうここまで美しい場所はそうないもの」


ドリンクを取りに来た南さんが、そう言いながら、俺からジンジャーエールのグラスを受け取る。


「持ち込んだ物が消滅しないなら、ここに住んでも良いくらいですよね」


「そうね。

別荘とかを持ちたいわ」


「今の施設は囲いと仕切りしかありませんが、きちんと時間をかけて作れば、それなりの施設を造る事は可能です。

ただ、ドアや鍵までは付けられないので、せいぜい結界を張って、人や魔物を遠ざけるくらいしかできませんが。

それも、僕のように精神力に余裕がないと一度張った結界を維持できませんから、他の方では難しいでしょう」


「造った物を残しておいて、来る前に整備や掃除をする感じになるのね」


「そうです」


「そう言えば、ここの魚とかは食べられるの?」


「【真実の瞳】で少し見た感じでは、4割くらいは通常の魚と変わりませんでしたね。

ただ、折角の手付かずの自然ですから、無闇に獲るのは止めようと思います。

通常の世界があんな感じになってしまったので、せめてダンジョン内の物はできるだけそのままにしておきたいのです」


「・・そうね。

その方が良いわね」


「そろそろ夕食にする?」


そう言いながら、美冬がオレンジ色のビキニ姿でこちらにやって来る。


腕時計を見ると、もう直ぐ18時30分になる。


夕焼けの兆候が見え始め、あと30分くらいで薄暗くなるだろう。


「そうだね。

じゃあ皆に声をかけてください。

シャワーを浴びたい方は、有人施設までお送りしますから」


「分った」


結局、全員を連れて渋谷の有人施設でシャワーを浴びて貰い、俺はその間、ダンジョンで砂の大台にテーブルクロスを掛けたり、砂の椅子に布を敷いたりして夕食の準備をする。


人数分のグラスを並べ、セラミック製のナイフやフォーク、スプーンを整えていく。


たとえアイテムボックス内に保管してある物でも、ダンジョン内で得た武器や道具類以外の金属製品は、ここでは取り出そうとしても取り出せない。


その反面、プラスチック製の容器や道具は、使い終わったら纏めてごみ袋に入れて放置するだけで、翌日中に消滅する。


相変わらず、環境に優しいのかそうでないのかよく分らない。


『今、少し大丈夫?

皆済んだから、迎えに来て』


美冬から念話が入る。


律儀に、最初の取り決め通りに話す彼女に、自然と笑みが零れる。


『分りました』


渋谷のダンジョンまで跳び、ビキニの上からパーカーを羽織る美女達をお連れする。


美しい女性達8人で囲むテーブルは華やかで、俺はソムリエの代わりとして、彼女達のグラスにお好みのお酒を注いでいく。


南さん達が用意した、一流店のお刺身やお寿司、ミシュラン二つ星のピザやパスタ、有名割烹店の和食に加え、美冬が煮込んだ牛タンやテールが並べられた食卓に、皆が手を伸ばす。


必要に応じてウエットティッシュを配り、グラスが空けば注文を聴き、その合間に彼女達の会話に耳を傾ける。


「仁科さんも落合さんも、どうぞご遠慮なくいらしてくださいね?

和馬様から毎月多額のご援助を頂いているので、皆さんにご奉仕しないと申し訳ないですから」


「凄く気持ち良いよ?

垢すりもして貰えるから、肌がすべすべになるし」


吉永さんと美冬が、新参の2人に積極的に話題を振る。


「南さんも、そろそろ節税対策しますか?

このままだと、かなり持っていかれますよ?」


「あら、どうして?

魔宝石分は無税だし、低級の装備を売ったお金で買った株も、売らなければ配当分の課税だけでしょう?

それだって、先に取られてるんだし・・」


「『金運』と『開運』を使って、ネット競馬で数億稼ぎましたよね?

それに、株も一度売ったでしょ?

そこでも確か、数億の利益が出たはずですよ?

元々のお給料だって、それなりに高いのだし・・」


「あ、忘れてた。

和馬のお陰で、最近は10億以下のお金は気にしていないから・・」


「・・お互い、金銭感覚がおかしくなってますよね。

理沙の税金だって、今年は物凄いし・・」


それはそうだろう。


俺からの報酬だけでも数億だものな。


「久遠寺様から、来年度から美冬さんが副社長の地位に就かれるとお聴きしていますが・・」


「勿論、形だけですよ。

私には何の知識も経験もありませんから。

飽く迄、節税対策の一環なんです。

それと、学校を卒業して無職になる私に、肩書を付けるという意味もありますね」


「進学なさらないのですか?」


「今の所は考えていないです。

和馬がいない大学に通っても、ナンパやお誘いで煩わしいだけですから」


「でも、久遠寺様はメイドをお雇いになるようですが?」


「ああ。

今は私がその仕事に就いていますが、卒業したら毎日ダンジョンに入るので、その代わりみたいですね。

別に私が続けても良いと言ったのですが、変に気を遣ってくれたみたいです」


落合さんの質問に、美冬が丁寧に説明している。


『変に』って・・。


家に新しいメイドを置くのが、もしかして面白くないのか?


余計な仕事を減らしてやろうとしたのだが・・。


「『久遠寺商会』って、社員は何名いるのですか?」


「え?

・・今は和馬だけね。

お二人が入社して、私が入れば4人」


「・・それで扱うお金が年に数兆円。

異常という言葉さえ通り越してますね」


「・・慣れるしかないの。

私なんか、月々の生活費として100万円渡されて、毎日の献立に凄く悩んだのよ?

それまで数万円で遣り繰りしてたのに、『一体何を食べさせれば良いの!?』って。

でも結局、使用する素材が高級品になっただけで、口にする料理は大して変わらなかったわ。

お洒落で手間が掛かる料理は、週末や記念日に外で食べるからね」


「数万円!?」


「私、両親は既にいないから」


「済みません」


「気にしないで。

そうした悲しみや苦労の全てが、私を和馬の下に導いてくれたのだから」


「・・確かにそう考えると、私の前の会社での苦労も、無駄ではなかったと思えてきます」


「まあ、今が幸せだから言える言葉なんだけどね。

フフフッ」


「フフッ、そうですね」


仁科さんと美冬も、大分打ち解けてきたな。


美冬は本当に、直ぐに人と仲良くなれる。


ボッチだった俺とは大違いだ。


「和馬も座って食べたら?」


理沙さんが俺に気を遣って、そう言ってくれる。


「大丈夫です。

お腹が空いている訳ではないですし、こうして皆さんのお姿を拝見しているだけで、十分に目の保養になりますから」


「フフフッ。

和馬なら幾らでも見て良いわよ?

あなたの視線なら全く気にならない」


「お風呂でも散々見せてるしね。

寧ろ、見られない方が嫌かな」


理沙さんと美保さんがそう言って笑う。


仁科さんと落合さんが、それを聴いて顔を赤くした。



 数種類のデザートまで堪能して貰った夕食が終わり、『照明』の明かりの下で、海を眺める人、本を読む人、ベッドに座って雑談をする人に分かれる。


1、2時間すると、皆がシーツを敷いたベッドに横になり、配った毛布を被って寝に入る。


テレビもスマホもパソコンも使えないから、暗くなれば自然と皆が眠りに就く。


俺は彼女達が眠る仕切りから少し離れた砂浜に移動し、トイレ番を兼ねて、久々に本を読む。


深夜2時を過ぎた頃、誰かが砂を踏む音に反応して、本から視線を上げる。


南さんがこちらに歩いて来る。


「録音ですか?」


トイレの隠語を使って尋ねる。


「違うわ。

和馬と話をしに来たの」


南さんは直ぐ隣に腰を下ろし、俺の肩に頭をもたせ掛けてくる。


「・・今日は有り難う。

色々やらせてしまって御免ね」


穏やかにそう語る彼女の長めの髪から、良い香りが漂ってくる。


「お気になさらず。

僕も非常に楽しかったですから」


「仲間が増えて、美しい花が咲き誇って、目移りしちゃうんじゃない?

時々で良いから、ちゃんと私のことも見てね。

・・あなたの子を産む約束をした、私のことを」


「ご心配なさらなくても、南さんが側に居れば、自然と目が行きますよ。

あなたはとても魅力的ですから」


「でも、美冬は別格として、他も皆綺麗なばかりだし、スタイルだって其々凄いでしょ?

よくこれだけのが一堂に会したものだわ。

『良縁』があるにしても少し異常なくらいよ?」


「それはまあ、僕の『良縁』は通常の10倍ですから」


「!!

・・狡いわ」


彼女の左腕が、俺の腰を抱いてくる。


「美冬の次は、私だからね?

ちゃんと順番を守ってよ?

ずっと待っているんだから・・」


「・・・」


「返事をしてくれないと、今ここで襲っちゃうから」


「・・分りました。

お約束致します」


「うん。

・・愛してる」



 良い感じで海を眺める2人を、囲いの陰から見つめる人影が3つ。


「・・済みません。

もう少しお待ちください」


「まだ平気だけど、随分良い雰囲気よね。

今にも始まりそう」


「まさか。

幾ら何でも、あんな丸見えの場所ではしないでしょ?」


トイレに行くために和馬に声をかけようとした理沙と美保に、百合が頼み込んで待って貰っていた。


「分りませんよ?

一度燃え上がったら、それこそ周囲の事なんか考えないかもしれません」


「和馬はまだ童貞だしね。

その可能性はあるかも・・」


「ええーっ。

ならその前に、私をトイレに連れてって」

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