第53話
8月4日、金曜日、午前7時。
俺はもしかして、意志が弱いのだろうか?
昨晩、仁科さんの強い希望に押されて、結局一緒に入浴してしまった。
しかも、彼女に触発された、落合さんも含めて。
もう直ぐ日付が変わろうとする時刻から、約2時間、
ただそのお陰で、2人とは大分打ち解けた気がする。
浴槽内では、今後もダンジョンに入り続けたいと言われた。
老化が止まるという事実に、2人とも大いにやる気を引き出されたみたいだ。
『若返り』の特殊能力についてはまだ誰にも話していないので、現時点では、それが唯一の肉体年齢維持方法だと思われている。
『ずっと久遠寺様にお仕えしていきたいから』
落合さんは、そう告げて対面の俺に微笑んだ。
『私も同じ気持ちでいます。
精一杯、付いていきますから』
背後の仁科さんが、そう口にしながら抱き締めてきた。
その後、明日が引っ越し日の落合さんと、神泉の事務所を立ち上げる仁科さんのためにハイヤーを呼び、早い時間から北海道のダンジョンに入っていた美冬を迎えに行く。
1時間前まで入っていた風呂の事を説明すると、『やっぱりね。大事なお仲間になるのだから、変に気を使わなくて正解よ』と微笑まれた後、『でもそれはそれ。私とも入ってね』と腕を摑まれた。
そんな訳で、彼女が眠りに就いた後、こうして中国のダンジョンに入っている。
『飛行』を使って上空を飛び回っていると、偶に飛竜と遭遇する。
ロシアのワイバーンより小型で、その分、飛行速度も速いが、擦れ違いざまに首を刎ねるから、手間は掛からない。
空から下を眺めると、以前俺が妨害のために造った土塀が残っているのに気が付く。
こちらに持ち込んだ物は24時間以内に消滅するが、元からある物に手を加える分には、そのまま残るらしい。
あ、何だか魔物から逃げてる人達がいる。
装備もしっかり整えているから、きっと富裕層だな。
男だし、自分達で頑張って貰おう。
ダンジョン内は自己責任だからさ。
それから宝箱回収に励み、中国で最初のユニークと対峙する。
何と龍だ。
西洋のドラゴンではなく、日本や中国で馴染の深い、あの龍。
今の俺の敵ではないが、それでも生命力は100万以上あり、そのブレスは周囲の山に大穴を開けた。
倒した後、70センチ超えの魔宝石を落とし、体内に何かが流れ込んで来た。
『不老長寿』
ステータス画面を調べると、『身体能力・改』の欄に、その項目が増えている。
『老いる事なく、10万年以上の時を生きる』
説明には、そう記されていた。
非常に有難いが、能力値の上昇による老化の防止で、一体何処まで生きられるのかの検証が難しくなった。
隠し扉を見つけ、その中に在る金色の宝箱の蓋を開ける。
・・出て来た。
『SSSランク。
やはり中国にもそれが在るんだな。
嬉しくて、その日はずっと上機嫌で、美冬に理由を悟られないよう苦労した。
さすがに異界の存在については、時が来るまで、大事なお仲間にも秘密にしている。
夕方6時まで探索を続け、夕食後に美冬を北海道のダンジョンに送り届けたら、自分は沖縄のダンジョンに入る。
『水の住人』を用いて海中を猛スピードで進み、魔宝石が3000円クラス以上の魔物を片っ端から倒していく。
その途中、前回の攻略では得られなかった、領海の外側にある宝箱も序でに回収して回った。
銀色ばかりだったが、それなりの装備品や陶器、宝石類が手に入る。
クラーケンのような魔物や、巨大な蛸の魔物、大鯨の魔物、大型の鮫のような魔物と、海中の世界も中々バラエティーに富んでいる。
これらは皆、移動性のユニークで、『遊泳』を4つ手に入れる。
時間が余ったので、日本の領海と、その周辺水域を隈なく探索し、金色1つと銀色14、茶色76個の宝箱を全回収する。
明け方4時に美冬を迎えに行き、入浴後に彼女だけを寝かせて、再度中国のダンジョンに戻る。
11時に南さん達とお仲間の方々が家を訪れるまで、ひたすら宝箱を回収して回った。
8月5日、土曜日、午前11時。
15分前に帰宅して美冬を起こし、飲み物の用意をしながらお仲間の皆さんが訪問してくるのを待つ。
やはり1番に来訪したのは南さん達だった。
「
頼まれた通り、沢山食料を仕入れて来たわよ」
さすがに忙しくて、当日消費する飲食物は、全て彼女達にお任せしてある。
「有り難うございます。
お幾らですか?」
「要らないわよ。
和馬からお金を取ろうなんて思わない」
「・・済みません。
それで、念話でお伝えした通り、テントではなく、シーツと毛布をご用意していただけました?」
「ええ。
さすがに盲点だったわね。
こちらから持ち込んだ物は、24時間以内に消滅しちゃうものね」
「そうなんです。
僕もそれに気が付いて、ベッドでも買い揃えようとしていたのですが、寝ている最中に消滅して皆さんが地面に落ちる事のないよう、あちらの砂を、『土魔法』の『造形』でベッドと枕の形に整える事にしました」
アイス珈琲を2人に出していると、理沙さん達と吉永さんがやって来る。
彼女らの仕事は、臨時休業にして貰った。
あとは仁科さんと落合さんだが、落合さんは引っ越し作業の真っ最中で、仁科さんは開業の準備があるため、夕方5時に、俺が彼女達を迎えに行く事になっている。
「ダンジョン内の海でなかったら、ナンパ目的の男子が煩いくらいに寄って来そうなメンバーよね」
リビングでテーブルを囲む女性達を見て、朝の身支度が済んだ美冬が、苦笑しながらそう口にする。
「海なんていつ以来かしら」
理沙さんがそう言うと、隣の美保さんが直ぐに続いた。
「2人きりで、初めて旅行した時以来でしょ。
お互いに浮かれてビキニなんて着たから、ナンパが凄かったじゃない。
折角の時間が台無しにされて、ホテルでずっと怒っていたでしょ」
「・・思い出した。
そのせいで陸に海に入れなくて、奮発して買った水着を、ほとんど美保に見せられなかったんだわ」
「フフッ、2人でそんな場所に行くからよ。
私達みたいに、一流ホテルのプールで泳いでいれば、少なくとも育ちの悪い猿のような男は来ないのに」
「でもやっぱり頻繁に誘われたじゃない。
ドリンクを贈られたりして」
南さんの言葉に、百合さんが苦笑する。
「付き纏われないだけ増しよ」
「沙織さんはどうでした?」
美冬が彼女の隣に座る。
「私にはそんな余裕はなかったですね。
専門学校とアルバイトで手一杯でした」
「はは、和馬と出会う前の私と似たようなものだね」
「海中の魔物は雑魚を除いて始末してあるので泳いでも平気ですが、あまり遠くには行かないでくださいね。
それから、掃除の際にユニークを見つけて『遊泳』のアイテムを得ましたから、泳げない美冬と、吉永さんには優先的にお渡しし、あとの2つを、南さん達と理沙さん達で分けていただきます。
どちらにお渡ししますか?」
「南に渡して」
百合さんがそう口にする。
「私達の方は美保に。
それって単に泳げるようになる能力なの?」
「少し違います。
水中を自在に進めるので、たとえ深海の底だろうと、酸素や水圧を気にする事なく動き回れます」
「・・それはまた、破格の能力ね」
「南が使えば、敵国の原子力潜水艦すら簡単に沈められそう・・。
この能力も公にはできないわね」
「こちらがそのアイテムです。
今の内にどうぞ」
4人の前に、
「・・いつも思うけど、これ、そうと知らなければ絶対に和菓子か何かだと思うわよね」
美冬が少し呆れている。
「だからいつもその場で食べて貰うのさ。
間違って、誰かにあげたり食べられたりしないようにね」
「ああ、そういう意味があるのね」
「1つ疑問があるのだけれど」
南さんが俺の顔を見る。
「これってさ、例えば半分に分けて他の誰かと食べたらどうなるの?」
「そのどちらにも効果が現れません。
貴重なアイテムが、只の和菓子同然になります。
アイテムの注意書きに、そう書いてありますので」
「・・やっぱりそう上手くはいかないのね」
呟いた南さんが、アイテムを食べ始める。
「フフッ、これで海底のお宝探しができるわね。
何だか楽しそう」
美保さんが嬉しそうに食べる。
「日本の領海内にある宝箱は全部取ってしまいましたが、普通に海底に埋もれている物なら何か見つかる可能性はありますね」
4人全員が食べ終えたのを確認し、揃ってダンジョンの入り口に入る。
皆が軽装の普段着、しかもほぼ手ぶらなので、他者からは、とてもダンジョンで戦うようには見えないだろう。
最初に南さん達2人を送り、次に理沙さん達、最後に美冬と吉永さんを連れて行く。
全員を一度に連れて行って、強い魔物が出るのを期待しても良いが、折角のお遊びなので、それは止めておいた。
海岸から数十メートルの所に、俺が『土魔法』の『造形』で大雑把な囲いと仕切りを作り、其々の仕切り内に、ベッドと枕の形をした物を2つずつ作成する。
そうしてできた砂のベッドに、各自が寝る直前、南さんが持参したシーツを被せて、毛布を渡す。
寝室となる囲いの前には、これまた砂で、大きなテーブルと椅子を9脚作成し、そこにもテーブルクロスと布を敷く。
シーツや毛布、布は、念のために2組ずつ用意してあるが、翌朝起きたら直ぐに回収するつもりでいる。
南さんからは、道玄坂上の有人施設内にある、鉄格子の合鍵を貰った。
ダンジョン側の扉に何かを設置することはできないし、できたとしても1日で消滅するので、施設側にある入り口には、休館日のために鉄格子で覆われた扉が存在する。
人が通り抜ける事はできないが、目が粗いので腕なら出せるから、鍵さえあれば、外側からでも開けられるのだ。
施設内に貴重品は置いておかないそうなので、その程度の防犯で済むらしい。
勿論、監視カメラは存在するが、俺達が使用する時間は、南さんの権限で電源を切ってある。
4つに仕切られた囲いの中では、女性達が水着に着替え始めている。
消滅すると困るから、彼女達の着替えや荷物は、南さん達の物以外、俺がアイテムボックス内に保管する。
囲いの周囲1キロ内に結界を張り、邪魔者達が近付かないようにした中で、女性達が思い思いに水と戯れる。
俺はそれを眺めながら、地図上で人や魔物の位置を確認していた。
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