第52話

 8月1日、火曜日の19時。


前日に電撃採用した落合さんを美冬に紹介がてら、松濤のレストランで3人だけの食事会を開く。


落合さんを見た美冬が、同じく美冬を見て固まった彼女の耳元に何かを囁き、その後、落合さんは肩の力が抜けたように穏やかな表情を浮かべた。


『共に和馬を支えていきましょう』


美冬がそう告げて差し出した手を、落合さんは嬉しそうにしっかりと握り締めていた。


【分析】で何かを見たらしいが、美冬はそれを俺には教えてくれなかった。


『大丈夫。

とても素敵な人よ』


そう言って微笑んだだけであった。


落合さんはハーフだそうだが、ミドルネームは持っていない。


オーストラリア人の母親が、日本人の旦那さんの下に嫁いだ際、将来日本に帰るなら、色々面倒になるから、父方の名字だけで良いと告げたそうである。


食事が済むと、一旦美冬を家に送り、その足で落合さんを目黒のマンションに案内する。


3階の1部屋を、彼女に贈与したからだ。


形式上は賃貸で、その家賃分を俺の会社の経費で落とすが、実質は彼女の所有になる。


昨夜、店に現れた落合さんは、緊張気味にこう切り出した。


『私を、久遠寺様の秘書として、迎え入れていただけないでしょうか?』


その後、彼女の経歴や能力、家族関係を聴いた俺は、『久遠寺様となら、ダンジョンでも頑張ります』という発言に気を良くし、その場で採用を決めた。


ただ、俺が依頼した人材探しを彼女にやって貰いたいから、それが済んでから今の会社を退職し、俺の下に来ることにしてある。


辞める1か月前には辞表を出す決まりらしいので、ちょうど良いと言っていた。


年俸は、美保さんや仁科さんの顧問料と同じ、5000万円からにした。


今は使われていない8階の1室に、マホガニーの大きな机とパソコンを置き、そこを有限会社の本社にして、出張以外は彼女に常駐して貰うつもりでいる。


現在は青山で一人暮らしらしいが、部屋を見た彼女は、直ぐに引っ越して来ると言ったので、例の引っ越し会社に頼んでやることにする。


ダンジョンには、8月3日の木曜に、仁科さんと3人で入ることになった。



 落合さんをタクシーで家まで送り届けた後、帰宅して美冬を北海道のダンジョンまで送り、更に『念話』で夕方から1人で頑張っている吉永さんに連絡を取る。


京都のダンジョンまで迎えに行き、彼女の家で風呂を共にする。


浴槽の中で抱き締められながら、長く濃厚なキスをされた後、彼女が話し出す。


「今日ね、ナンパされたんですよ?」


「え?」


「私が1人で戦っていたからかもしれませんが、男性2名のパーティーから、勧誘を受けたんです。

勿論直ぐにお断りしましたが、その後も諦めてくれないので、強そうな魔物が居る場所へ誘導したら、一目散に逃げて行きました。

ウフフッ」


「・・あなたに手を出そうとしたら、遠慮なくそいつらの首を刎ねてくださいね?」


「はい。

この身体には、指一本触れさせません。

だからその分・・」


ゆっくりと抱擁を解いた彼女に、今夜も一度摂取された。



 8月3日、木曜日、19時30分。


俺と仁科さんと落合さんの3人は、東京のダンジョン内に居た。


彼女達2人は、瀬戸さんの店で購入した女性用の防護服とブーツに、俺が渡した胸当てと籠手を着け、其々長剣と小盾を持っている。


2人とも長身で胸が大きく、腰が引き締まっているから、防護服の上からでも美しいラインが出る。


既に仕事を辞め、時間が取れる仁科さんとは違い、まだ勤務している落合さんには今日は午後半休を取って貰い、探索者登録と、俺のパーティーメンバーとしての正式登録もして貰った。


遺言状は要らないと言ったが、2人とも『後日提出します』と係の人に話をしていた。


「お二人とも既にご自分のステータス画面をご覧になっている訳ですが、今後に必要な事ですから、僕も見せて貰いますね」


「はい」


「どうぞ」


ここに来る前、この2人には、俺の能力についても基本的な事は教えてあるから、もういちいち驚かないが、『転移』について言及した時には、さすがに2人して呆然とした。


『・・もしこちらの世界でもそれが使えたら、正にやりたい放題ですね』


仁科さんは、そう言って乾いた笑いを浮かべ、落合さんは、『変な人の手に渡らなくて良かった』と、深い溜息を漏らした。


______________________________________


氏名:仁科 純子


生命力:1875


筋力:48


肉体強度:52


精神力:172


素早さ:56


特殊能力:『自己回復(S)』『毒耐性(S)』


______________________________________


______________________________________


氏名:落合 麗子


生命力:1830


筋力:34


肉体強度:39


精神力:196


素早さ:35


特殊能力:『自己回復(S)』『毒耐性(S)』


______________________________________


陸上で全国クラスだっただけあって、仁科さんの能力値は、一般人ではかなり高い。


落合さんは、精神力がずば抜けて高いが、他は男性の標準よりやや高いくらいだ。


生命力が高いのは、2人にアイテムを食べて貰い、1500ずつ上乗せしたから。


特殊能力については、『自己回復(S)』と『毒耐性(S)』だけはまだ沢山持っているので、最初に備えて貰った。


値段を教えると美保さん達の二の舞になるから、黙って食べていただいた。


「お二人とも中々です。

お忙しいのに、きちんと運動をなさっているみたいですね」


「それは私も、スタイルを気にする若い女性の内の1人ですから・・」


仁科さんが微笑む。


「私は、ウオーキングくらいしかしていなかったので・・」


落合さんは、そう言って苦笑いした。


「お二人にお渡しした防具類は全てAランク、武器は慣れるまではBランクを使っていただいているので、この辺りの魔物では相手になりません。

ですから、少し増しな場所に移動しますね。

いきなり景色が変わりますが、驚かないでください」


島根のダンジョンまで跳ぶ。


「「!」」


予め教えてあるので、2人とも、少し強張るくらいで済んだ。


「これから魔物と戦っていただきますが、僕がサポートするので、お二人には敵の攻撃が当たる事はございません。

なので、慣れるまでは上段からの攻撃のみでお願い致します。

下手に振り回すと、誤って味方を傷付けてしまいますから・・。

大丈夫。

2人でかかれば、ほぼ一撃で倒せる相手ばかりです」


「頑張ります」


「宜しくお願いします」


「では始めましょう。

魔物の側まで頻繁に転移するので、良いと言うまで集中を解かないでくださいね」


それから約4時間、主に魔宝石1500円から2000円クラスの魔物を相手に、ひたすら戦闘を繰り返す。


『自己回復(S)』のお陰で疲れが見えない2人は、どんどん能力値を上げでいく。


この日だけで、2人とも各能力値を100くらいずつ上乗せした。


獲得した309個の魔宝石は、俺が換金して2人に半分ずつ渡す。


約29万円ずつだ。


「僅か4時間でこんなに稼げるなんて、一体これまでの給料は何だったの?」


仁科さんが苦笑する。


「久遠寺様のお力があったとはいえ、皆がこれを知ったら大変でしょうね」


「それがそう変わらないのですよ。

低所得者の場合は、先ず装備で躓きます。

ダンジョンでも使用できる武器は、短剣でも最低50万円以上するので、彼らには手が出ません。

約15年前、アメリカや中国の軍隊に大きな被害が出たのも、近代兵器が持ち込めなくて、彼らが素手や木刀で戦わざるを得なかったからです。

幾ら彼らが一般人では強い部類に入るとしても、それでは1200円クラス以上には歯が立たなかったでしょうからね。

そして富裕層の場合、1体倒して数千円では、命を懸ける価値がない。

下手をすれば強い魔物が出て直ぐ死にますから。

問題なのは中間層ですが、これも家庭を持つ人は、ほぼ敬遠します。

常に安定して稼げる訳ではないし、強い魔物に襲われれば怪我では済みません。

子供のいる人なら、尚更躊躇うでしょう。

加えて、ここはごみ捨て場でもありますからね。

都会では、昼間はごみが山積みになっている場所も多いです」


「久遠寺様のように、魔物の位置が分ったり、転移で側まで跳べない人は大変なのですね」


「・・確かに、特殊能力がなければ、出口付近をうろうろして終わりかもね」


「僕が危惧しているのは、寧ろその特殊能力の方なのです。

お金は通常の世界でも稼げますが、特殊能力はダンジョンでしか得られない。

『転移』は論外ですが、『アイテムボックス』や『毒耐性(S)』、『金運』や『子宝』、『処女の血』なんかでも、欲しがる人は数え切れないほどいるでしょう。

そういった物が複数手に入る状態だと分れば、このダンジョンは正に戦場と化します」


「『子宝』は何となく分りますが、『処女の血』とは、一体どういう能力なのですか?」


仕舞った!


つい口が滑った!


「・・抱いた処女の数だけ、肉体年齢が若返るというものです」


「「!!!」」


2人の顔が赤くなる。


「久遠寺様は、その能力をお持ちなのですか?」


「いえ、持っていません。

以前入手した事があるのですが、直ぐに処分致しました」


「・・私は、もし久遠寺様が望まれるのでしたら、構いませんよ?」


「私だって喜んで差し上げます」


「いえ、本当に持っていないのです。

それに僕はまだ童貞なので・・」


「「!!!」」


「『処女の血』に関しては、他言無用でお願いします。

必ず、たとえどんな手段を使っても、それを得ようとする独裁者が現れるので」


「分りました」


「私も絶対に口外致しません」


「それに、そんな能力を用いなくても、各能力値を2万以上にすれば、細胞組織が改変されて、老化が止まりますから」


「「それは本当なのですか!!」」


2人の声がハモる。


「ええ、本当です。

僕が既に経験済みなので」


「「・・・」」


「あ、これも他言無用でお願いしますね。

もし知れ渡ったら、その翌日からダンジョンは、渋谷のハチ公前の交差点より混雑しますので」


少し情報を与え過ぎてしまったかな。


この2人なら大丈夫だと思うが、何かを真剣に考えている。


「そろそろ帰りましょうか」


「はい。

お背中をお流し致しますね」


仁科さんがそう言って俺の腕を取った。


「え!?」


俺と落合さんが驚いて仁科さんの顔を見る。


「昨晩、引っ越しのご挨拶に皆さんのお部屋に伺ったら、南さんに言われたのです。

久遠寺様と正式なパーティーを組む以上、探索の終わりには必ず一緒に入浴をして、彼にお礼をしなさいと。

私、そのつもりで今日ここに来てます」


「いやいや、それは必須ではありません!

彼女達は飽く迄も例外なんです!」


「でもあのマンションに住む人は、皆がそうしているとお聴きしましたが・・」


南さん!

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