第51話

 7月31日、午後2時。


俺は某大手人材派遣会社の商談室で、1人の女性と向かい合っていた。


「・・成程。

エステティシャン1名、マッサージ師1名、司法書士1名、メイドが1名、秘書1名ですね?」


黒のビジネススーツを隙なく着こなした、26歳くらいのかなりの美人さんが、俺の希望をパソコンに打ち込んでいく。


貰った名刺には、落合麗子と書かれている。


まだ若いのに課長さんだ。


「そうです。

全員に必須の条件は、女性であること、無宗教で、性格が穏やかで破産歴や犯罪歴がないこと。

日本語が話せれば、国籍は問いません。

個別の条件としては、エステティシャンは、海外か国内の上場企業で3年以上の実務経験があること。

退職理由が解雇ではないこと。

こちらが指定した人物の下で、誠実に業務に当たれること。

マッサージ師は、必ず正式な国家資格を持っていること。

それが中国や台湾のものならなお良いです。

取り敢えず5年契約の更新制で、実績と勤務態度により正社員への道を開きます。

司法書士は、30歳未満で、胡散臭い会社で、債権回収などの実務を経験していないこと。

自身での開業は認めますが、こちらの案件を最優先でこなすこと。

メイドは、35歳未満で、調理師免許など、何らかの資格があること。

近親に犯罪者や破産者がいないこと。

礼儀作法がしっかり身に付いていること。

高卒以上か、それに類する学校を卒業していること。

秘密厳守を徹底できる方。

秘書は、最低でも旧帝大か早慶の文学部以外を卒業していること。

ハーバードやオックスフォードなど、海外の一流校ならなお良いです。

35歳未満で未婚、パソコン技能と英語の日常会話能力は必須、語学の習得は多ければ多いほど嬉しいです。

そして探索者という職業に偏見をお持ちでないかた


メイドは3人くらい雇うつもりでいたが、南さんや理沙さん達は必要ないというので、今回は1人にした。


「メイドについてお尋ね致しますが、家政婦とは異なるのですよね?」


「ええ。

日本的なイメージの、所謂『お手伝いさん』とは全く違います。

僕が要求する人物は、一昔前の西洋貴族に仕えていたような、本物のプロです」


「その場合、住み込みを希望なさる人もいると思いますが、そちらは大丈夫でしょうか?」


「はい。

ただ、自宅ではなく、新築マンションの個室を、家賃無料でご提供致します」


「・・次に、先方にお伝えする条件面についてお伺い致しますが、具体的にどのくらいの給与をお支払いできますか?」


「エステティシャンは、年俸で1000万円。

5年以上勤めたら、渋谷に在る商業ビルの1フロアーを、廃業するまで無償で貸与します。

マッサージ師も、エステティシャンと待遇の面では同じです」


「その方にも、5年経てば、ビルの1フロアーを無償でお貸しするのですか?」


「そうです」


「・・そのビルの、現在の資産価値をお聴きしても?」


「数か月前、約150億円で1棟丸ごと購入致しました。

現在、改装工事中です」


「1部屋ではなく、1フロアーなのですよね?」


「その通りです」


「・・・」


「司法書士は、顧問料として、取り敢えず年に2000万円。

その仕事振りを評価できれば、年に3000万まで引き上げます。

やはり5年以上継続して顧問を維持できれば、同じビルに同条件で1フロアーを貸し与えます」


「専属ではなく、顧問契約で2000万なのですね?」


「はい」


「失礼ですが、弁護士と異なり、司法書士ですとできる仕事の範囲が限られてしまいますが、それでも?」


「弁護士と税理士、不動産鑑定士は、既に優秀な人材を確保致しておりますので、お任せする仕事は、主に登記移転などの事務処理になりますから」


「・・・」


「メイドは年俸1300万円。

既に述べた通り、本来なら月に100万円は家賃を取られる物件に無料で住んでいただくので、このくらいでしょう。

勿論、交通費は別途お支払い致します」


「100万円ですか!?」


「ええ。

俗に言う、億ションに相当します」


「・・・」


「最後に秘書のかたですが、こちらは、最低年俸が2500万円としか言えません。

お会いした感触と、その方が持つ資格や能力、お人柄、どのような勤務時間を受け入れていただけるか、月に何回かダンジョンに入っていただけるのかで大分差が出ます」


「ダンジョンに!?」


「ええ。

僕の秘書となる方には、ご自身もある程度強くなっていただく方が無難なので。

周囲で動くお金が莫大なので、からぬ人物から狙われても不思議ではありませんからね」


「つまり、現時点では強くなくても良いと?」


「はい」


「勤務時間はどれくらいなのですか?」


「週休2日、年休20日、1日8時間勤務が基本です。

残業は、ほぼ無いです」


「え!?」


何だか凄く驚いている。


「・・お仕事の内容は、大企業の役員や、政治家に付くような秘書のものと同じと考えて宜しいのでしょうか?」


「かなり違うと思います。

最初の1、2年は、偶に掛かってくる電話の番や、メールチックが主な仕事になるでしょう。

その間に、僕やお仲間とダンジョンに入って、少し鍛えて貰います。

その後は、僕の代理人として人に会ったり、僕の指示であちこち飛び回って貰います。

勤務時間内であっても、暇な時間は自己研鑽を積んで貰うつもりでいます。

そうして僕が真に信頼できるまでになっていただけたなら、年俸は最終的に1億円出します」


「・・・。

これはご内密にお願い致しますが、容姿案件はございますか?」


「ああ、あの、受付とかで美人さんが欲しい企業向けのやつですね?

容姿にランクを付けるという・・」


「はい」


「人格、能力が最優先ですが、容姿も優れていれば、それに越した事は有りません。

容姿だって、その方の立派な能力です。

僕はミスコンとかにも肯定的です。

自身が美しくないからという理由で、女性差別だとか騒いでいる連中とは訳が違います。

現に綺麗な女性を求める職業は存在するのですから。

・・特に要求はしませんが、十分に優れているなら、その分何かで報います」


「最後に、当社に対するお支払いのお見積もりは、このような感じになります」


意外と安い。


「この10倍出しますので、どうか良い人材を宜しくお願い致します」


「・・あの、お客様、近日中に少しお時間を頂けないでしょうか?

実は既に、秘書の当てがございまして・・」


「良いですよ。

何時いつが宜しいですか?」


「今日の19時は如何でしょう?

この駅の周辺でお会いしたいのですが」


「分りました。

後でメールを頂けますか?

僕がそこまで出向きます」


何だかあまり他人に知られたくないみたいだったので、お互いの連絡先を交換して、それで一旦別れた。



 「食事を取りに出かけます。

連絡は、緊急時のみにしてください」


部下にそう伝え、オフィスを出て待ち合わせ場所へと向かう。


恐らく、私の人生で最大の大勝負。


これからの面接次第で、私の暮らしはきっと大きく変わる。


尤も、彼はまだ、この面会が私の採用試験だとは思っていないだろう。


会社に対する作りかけの報告書には、秘書の発注はまだ記載していない。


この面接が駄目だった時、改めて加えれば良い。


彼に見積もりを提示した後、秘書の欄だけそっと削除したのだ。



 帰国子女の私は、高校までをオーストラリアで過ごした。


だから未だに、クリスマスと言えば夏のイメージが抜けない。


日本に帰って来て驚いたのは、学生達の自己主張の少なさと、語学力の低さだった。


大学での講義は、ほとんどが教授の話を聴くだけ。


討論する余地など全くなく、学生達の出席率も決して高いとは言えない。


『ここ、日本の最高学府の1つなんだよね?』


一体何度、そう思ったことか。


其のくせ、学業とは無関係の、サークル活動や男女交際には皆が熱心に参加していた。


そしてそういう時だけ、やたらと自己主張の激しい人が多い。


やれ親が会社の重役だとか、車は何を乗っているだとか、知り合いにこんな有名人がいるだとか・・。


『それ全部、あなた自身の能力ではないでしょう?

一体、あなた自身は何を持ってるの?』


お金なら、それを有効に使えば力になる。


知識なら、それを用いて商売や発明ができる。


権力なら、それで沢山の利害関係を結べる。


容姿が良ければそれで人を引き寄せ、何かをさせる事も可能だし、運動が得意なら、それが大金に結び付くスポーツは多い。


学業以外の自己主張が激しい人ほど、私生活を切り売りして注目を浴びようとする人ほど、実は大した人間ではなかった。


上から下までブランド品で固めているのに、財布の中身はカードだけ。


しかも、何枚もあるそのカードは、何れも限度額ぎりぎりまで借りているのだ。


高校までは、日本語を含めた4か国語の習得と、歴史を学ぶのに必死で、日本に来てやっと異性との交流を持とうと思ったのに、最初の数週間で直ぐに興味を失くした。


ハーフの私は、この国では未だに少し目立つ。


煩い男子達を退けながら学業に励み、やっともう少しで社会に出られる。


そう考えて迎えた就活でも、何度も嫌な思いをした。


『OB訪問なんて、やるだけ無駄じゃないの?』


人の足下を見るように、個人的な誘いを頻発してくる。


話を伺うだけなのに、わざわざ人気ひとけのない場所を指定してくる。


これも数回でやる気が無くなった。


オーストラリアで就職しようかとも考えたが、あそこはあそこで問題がある。


英語が陸に話せないのに留学やワーキングホリデーでやって来て、地元の人に最低賃金以下で働かされている日本人を結構見かけるのだ。


認識が甘すぎるとしか言えない。


幾ら日本より時給がかなり高いとはいえ、言葉も満足に話せない人を雇ってくれる場所なんて、単純な肉体労働くらいしかないのに。


それに時給が高いということは、物価もそれだけ高いということ。


市の中心部では、現地の若い人でも家賃が払えなくなっている。


あちらでは大分嫌われ始めた中国人と少し似てるから、時々罵倒されてもいた。


でも悲しいかな、何を言われているか分らない彼らは、相手が笑顔で言えばそれに気付けない。


そんな光景を目にするのが嫌だった。


確かに日本より楽で、お金になる仕事もあるのだが、そういう職業は医療関係や児童保育が多く、それでも節約しないと貯金までは難しい。


お金持ちが移住するならともかく、そうでなければ、日本に来て働く東南アジアの人々と、あちらの日本人はそう大差ないのだ。


結局、私は自身の可能性に賭けて、今の派遣会社に就職した。


人材を求めてやって来るお客様の中に、私の価値を認め、欲してくださる人が現れる事を祈って。


語学なら、英語に中国語、フランス語とスペイン語が話せる。


どれも日常会話なら楽勝だし、英語は専門用語もほぼ理解できる。


パソコンの情報処理試験も、学生の間に上級まで取ったし、真の言語理解には、その国の歴史が必要なので、これも相当深く学んでいる。


大事な顧客との会食に必要だから、テーブルマナーも完璧だし、クラシック音楽や絵画についても、寡黙な先方との会話に活きるので、最低限の知識は持っている。


容姿だって、これまでの人生を振り返れば、かなり自信がある。


そんな私の欠点らしいものと言えば、未だに乙女であること、いやこれは、寧ろ長所かもしれない。


あとは、16歳で初めてダンジョンに足を踏み入れ、そのステータス画面を調べた際に、何の能力もなかったことくらいかな。


それ以来、一度もダンジョンには入っていないが、彼がエスコートしてくださるのなら喜んでご一緒する。


一目見た瞬間、心に花が咲いた。


平静を保つのに苦労した。


私って、年下好みだったの?


ハンサムで凛々しいお顔に、耳に心地良い美声。


衣服の上からでも分る、逞しく引き締まったお身体。


バラエティー番組に大勢で出て来る、ホストみたいな芸能人とは違い、知性に溢れた眼差しと、歴戦の勇者のような貫禄。


ご自分の価値を正確に認識してはいるが、それを鼻にかけず、女性を見る眼に厭らしさが微塵もない。


こんな男性ひとを待っていた。


こういう上司を求めていた。


はっきり言って、彼と働けるなら、年俸なんて生活できるだけあれば良い。


幸い、贅沢にはそれ程興味が無い。


ただ、きっと競争率はめちゃくちゃ高い。


既に何人もの人材を集めているようだし。


もしかしたら売約済みかもしれないが、高望みさえしなければ、きっと側には置いて貰える。


彼が望むような存在になれば、ずっと一緒に仕事ができる。


そんな予感がした。


目の前に、待ち合わせに指定した、レストランの扉が見え始めた。


前回は、提示された諸条件があまりに破格で、まるで語彙力に劣るが如き沈黙を重ね過ぎてしまった。


何とか挽回せねば。


神様、どうか上手くいきますように!


初めてのお願いで、少し図々しいかもしれませんが、どうか宜しくお願いします。

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