第50話
7月28日、金曜日、午前0時30分。
数日前から攻略を始めた中国のダンジョンに転移する。
羽田から上海の虹橋空港に飛び、そこから最寄りのダンジョン入り口に入って、ユニーク討伐と、金色、銀色の宝箱のみを回収する攻略を始めていた。
使用したパスポートは、前回のロシア同様、1回しか使用しない偽造品である。
値段は1冊500万円と高いが、それだけに良い仕事をしており、検査の厳しい中国でも通用する。
中国全体のダンジョン入り口数は、12万2255個で、日本との時差は1時間くらい。
仁科さんを美冬に紹介する序でに、松濤のレストランで3人で夕食を取り、その後に目黒のマンションに仁科さんを案内して、4階の1部屋を彼女に使って貰う事にした。
それまで彼女が住んでいた賃貸マンションからだと、事務所のある神泉まで電車で40分くらい掛かるし、俺も彼女の家賃分を経費で落とせるから、その方が良かった。
ゴールデンウィーク中にお世話になった大手引っ越し会社に、前回と同じ30倍の料金で仁科さんの引っ越し作業をお願いしたら、明日にでも手配してくれると言われ、彼女は今晩、タクシーで自宅まで戻った後、こちらに持参する物の選別作業に入る。
引っ越しを機に、不要な家電や家具、衣類を、全て業者に処分して貰い、心機一転して働きたいと言っていた。
それまでの会社にも辞表を出し、今月分の給与も退職金も要らないから、引継ぎも何もしないでこれで帰ると言ったそうだ。
元上司がかなり慌てていたらしく、彼女も大分溜飲が下がったらしい。
勿論、そうして彼女が失った分は、俺がきっちり埋め合わせしている。
支度金として彼女に2000万円渡したので、それで十分にお釣りがくる。
10時に理沙さんの事務所に行って、美保さんの顧問料を年5000万円に引き上げ、仁科さん関係の処理も頼むので忙しい。
美冬も4時に迎えに行かねばならず、この日も数時間しか攻略できない。
いつもの防護服の上から、『愛国』と太字で書いたゼッケンを付け、犯罪者が使用するような、眼と口だけが開いたマスクを頭から被る。
魔宝石が30万円以下の魔物は無視して、ひたすら宝箱とユニークに専念する。
『地図作成・改』の機能が全て埋まり、ユニークの位置も金と銀の宝箱の場所も分る上、最初から『飛行』が使えるので、ロシア領の約半分ちょっとの中国領なら、茶色の宝箱さえ無視すれば、2か月も掛からない。
人口が多いから、偶に中国人達のパーティーの上空を通るが、たとえ何か言われていても理解できないから無視する。
俺は英語と、あとは趣味でドイツ語、イタリア語しか学んでいないのだ。
男達だけのパーティーが、俺が作業する5キロ圏内に居たら、『土魔法』の『造形』で万里の長城のミニチュア版のような物を造って進路妨害し、女性同士のパーティーが居れば、『結界』を張って彼女らが寄り付かないようにする。
女性パーティーが襲われて、殺されそうになっている時以外は誰にも接触しない。
相変わらず、そんな孤独な作業を続けていた。
「ねえ和馬、来週の土日は皆で海に行かない?」
29日、土曜日の11時。
家にやって来た南さんが、リビングに入るなりそう言った。
「1泊だと国内になりますが、宜しいですか?」
「ええ。
沖縄なんてどう?
あそこは攻略が済んでるから、皆で泊っても平気でしょ?」
「え?
・・まさかダンジョン内の海を利用するつもりなのですか?」
「そうよ?
こちらの海よりずっと奇麗そうだったしね。
探索していて良さそうな海岸が幾つかあったから、その近くにテントでも張りましょ。
『結界』を使えば誰も寄ってこないからさ」
「食事や入浴、トイレはどうするのですか?
僕は必要ありませんが、皆さんにはまだトイレが必要でしょう?」
「道玄坂上の有人施設を臨時休業にして無人にするから、トイレはそこを使えば良いわ。
あそこなら、ダンジョンから出て直ぐ施設内のトイレが使えるからさ」
「・・つまり、その度に僕が『転移』で送迎するのですね」
「和馬に睡眠は必要ないのだし、ビキニの女性達と何度も交流できるのだから、役得でしょ。
お風呂はあなたの家に帰ってから入るし、食事は行く前に何か買って行けば良いわ。
アイテムボックスって本当に便利よね。
何でも入れて置けるから、身軽に何処へでも行けるし」
「百合さんもそれで良いのですか?」
「ええ。
ダンジョン内の海は、こちらと違って陽射しがそれ程きつくないから、日焼け止めも必要ないしね。
私達は色が白いから、その方が楽で良いの」
「分りました。
では来週までに準備しておきます」
「お願いね。
今日も探索が済んだら、百合と2人で沢山サービスするから」
「いえ、別にそれは・・」
「あら、溜まっていないの?
そんな訳ないわよね?
無尽蔵みたいだったもの」
「今は精神的に満たされていますから大丈夫です」
「そう?
じゃあ1回ずつにしてあげる」
「・・・」
「それじゃあそろそろ、栃木のダンジョンまで送って」
「分りました」
彼女達を送り届けると、自分は中国のダンジョンに入った。
「海?
・・私、泳げないよ?」
「え、そうなの?」
「うん。
だって小学3年から一度もプールにすら入っていないし」
「どうして?」
「・・身体の発育が他の人より早くて、恥ずかしかったから。
今は女子高だけど、プールなんてないし」
「ああ、成程。
僕もそうだったけど、僕の場合は学校では全く入らなくて、ジムのプールで専用のインストラクターのお姉さんに教えて貰ったんだ」
「和馬の周りって、ほんと女性ばかりよね」
「だってさ、僕、男にべたべた触られるの好きじゃないし、スポーツなんかの試合でよくやってる、男同士で抱き締め合うのも嫌だから」
「フフッ、和馬は女性の大きな胸が好きだものね」
そう言って、美冬が浴槽内で俺を抱き締めてくる。
既に明るくなりつつある午前5時。
北海道の探索から戻った彼女と風呂に入っている。
南さん達と一緒に入ってからまだ半日も経っていない。
けれど、今は其々別々に探索しているから、その終わりにこうして共に入浴する事で、会話やスキンシップの時間を作っているのだ。
彼女達の能力値も大分上がり、楽に探索できるとはいえ、直前まで魔物を殺し捲っていた精神の高ぶりを、こうして冷ましている。
首に両腕を巻きつけて、素肌の接触を楽しんでいる。
そうしながら時々身体を震わせる彼女を、俺はしっかりと支える。
唇を離した後、『有り難う』とはにかむ彼女を見るのが大好きだ。
南さん、俺も到頭、キスだけで女性を満足させる事ができるようになりました。
「水泳を習いたいのなら、そのジムに手配してあげるけど?」
「別に良いかな。
そこまで必要性を感じないしさ。
足が着く場所で遊んでるよ」
「水着も持っていないよな?」
「後で沙織さんと買いに行く。
彼女、私と似たようなスタイルだしね」
「見た事あるの?
垢すりの時は、Tシャツと短パンだろ?」
「以前、一緒に下着を買いに行ったの。
お互い、安いやつしか持っていなかったから、和馬に見せる時に恥ずかしくて・・。
今の沙織さんのは、結構色気があるでしょ?」
「・・・」
「私はまだ高校生だから、清楚なやつね。
学校で着替えても平気な物」
「そう言えば、体育の時間とか大丈夫なのか?
力加減がまだ難しいだろ?」
「さすがに、バレーボールとかソフトなんかの、対人のものには参加しないよ。
鉛筆も使えないから、スチール製のシャーペンでノート取ってる」
「友達に何か言われたりするのか?」
「ううん、大丈夫だよ。
いつものメンバーは皆良い
「先生達は?」
「・・和馬さ、もしかして彼らに何かしたの?
ある時から凄く丁寧な言葉で話され始めたし、授業では絶対に私を当てないよ?」
「別に何もしてない」
「・・今、不自然に感情を殺したね?」
「・・例の痴漢の件で、校長や教頭と少し話をしただけだよ」
「やっぱり。
・・かわいそうに。
和馬に睨まれたら、ヤクザだって泣いて詫びるわよ?」
「きちんと紳士的に対応したから大丈夫。
今の状況は、彼らが自発的にそうしてるんだ」
「・・嘘は吐いてないみたいね」
「それより、今気が付いたけれど、美冬の教室にエアコン付いてるの?」
「うちはしがない公立だよ?
そんな物、校長室と職員室にしかないって。
だから夏は毎年、生徒達の服装の乱れが結構凄い事になってる」
「美冬もか?」
「馬鹿。
心配しなくても大丈夫。
きちんと着てるよ」
美冬がまた唇を塞いできた。
7月31日、月曜日、午前10時。
「もしもし、校長先生ですか?
久遠寺です。
・・ええ、大丈夫ですよ。
美冬から、非常に良くしていただいていると聞き及んでいます。
実はですね、夏休み中に、そちらの全教室にエアコンを付けて差し上げようと思いまして。
・・・ええ、それも既に解決しています。
量販店で確認して貰いましたが、工事料金を通常の50倍支払うと言ったら、明後日には作業に入ってくれるそうです。
・・ははっ、そんなに大した事ではありませんよ。
美冬が暑い思いをしながら頑張っているのですから。
・・ええ、勿論、2、3日で全て終わらせるそうです。
他にも何かご要望がお有りですか?
この際だから、お困りなら片付けてしまいますよ?
・・・成程、外壁の補修ですか。
確かに傷んでますものね。
良いですよ。
こちらで手配しておきます。
夏休み中に何とかさせますから。
・・いやいや、お礼には及びませんよ。
美冬が気持ち良く登校するためですからね。
・・ええ、くれぐれも美冬を宜しくお願いします。
では、失礼しますね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます