第42話

 6月29日、木曜日、深夜1時。


東京都から宇都宮線の線路沿いを超高速で走り、邪魔な物は飛び越えて、ダンジョン入り口数が計82個の、栃木県の攻略に入る。


重点探索地域は、日光東照宮、日光二荒山神社、足利織姫神社、輪王寺、古峰神社、惣宗寺、大谷寺、大前神社、鷲子山上神社、日光山中禅寺、大平山神社、白蛇辨財天、野木神社、大神神社、人丸神社、大雄寺、雲巌寺、朝日森天満宮、華厳の滝、中禅寺湖周辺の計20箇所。


ここも南さん達の狩場に使うので、俺はユニークと宝箱の回収だけに専念する。


『随分と弄られてきたのね』


家に一旦帰った俺の顔を見るなり、そう苦笑しておやすみの挨拶をしてくれた美冬と朝の珈琲を飲むために、6時間で探索を終えねばならない。


そうそう、痴漢の件もあって、彼女には『人除けのお守り』を渡した。


所持者が会いたくないと願う者の視界から外れるから、常時携帯するよう伝えておいた。


日光二荒山神社周辺で、9個目となる『異界の扉を開く鍵の1つ』を見つける。


古峰神社辺りでは、天狗姿のユニークと戦った。


倒した際、15センチの魔宝石と、『消火』の魔法を得られる。


これは『精神力に応じて、広範囲の火を一瞬で消せる』というもので、『火魔法』の中に収められた。


白蛇辨財天辺りでは、文字通り白蛇のユニークが居て、俺をじっと見た後、20センチの魔宝石を残して消え去る。


体内に何かが入り込む感覚がして、ステータス画面でそれを確かめると、『幸運・改』の中に、5番目の特殊能力として『生財』が増えていた。


この能力は『金が金を生む。所持者の周りにお金が集まってくる』というもので、金融機関が付ける利息とはまた別の概念である。


『金運』や『一攫千金』との相乗効果が得られ、苦労せずにお金儲けができるというものだ。


やはりこの能力も、予め『幸運・改』を所持していないと、入手できないのだろう。


白蛇は弁財天の御使いとも言われているから、俺が以前お会いした方と関係があるのかもしれない。


大雄寺辺りでは、幽霊姿のユニークと遭遇する。


その相手を『浄化』した際、10センチの魔宝石と、『反転』の特殊能力を得る。


この能力は、『自分の方の生命力が相手より高い場合、使用すると、善悪のゲージが悪に6割以上傾いた対象を即死させる。但し、相手の生命力分のダメージを食らう』というもの。


普通に相手を倒せる俺の場合、あまり使う必要はないが、悪人の暗殺などには向いた能力である。


『隠密』が『隠密・改』に変化し、その中に『隠密』と共に収容されていた。


残りの16箇所では、金色の宝箱から、何れかの能力値を僅かに上げる品が出た。


日光東照宮辺りではそれに加えて、『印籠』の特殊能力を得られるアイテムが手に入る。


この能力は、『発動するだけで、格下の相手を有無を言わせず従わせる』というもの。


『なお、この場合の格下とは、5つの能力値の総合点で判断する』との補足説明が付いている。


国会などで審議が難航しそうな議案を押し通す際、物凄い力を発揮しそうだ。


後で是非、南さんにあげよう。


これを隠し扉から得る時、生命力に5万のダメージを受けた後、何かを審査されるような感覚がしたが、どうにか無事に入手できた。


普通なら、手を触れた瞬間に、生命力がゼロになって即死したであろう。


それだけヤバい能力なのだ。


その他、栃木県にあった宝箱は、全部で61個。


倒した魔物は進路上の800のみであった。



 7月1日、土曜日。


11時少し前に家を訪れた南さん達を、リビングに通す。


土日祝日は、美冬が朝寝坊できる貴重な日なので、彼女が自分で起き出すまでは好きに寝かせているから、俺が彼女達にハーブティーを淹れる。


「今日は南さんに凄いプレゼントが有ります。

将来、僕の望む法案を成立させていただくのに、非常に役に立つ特殊能力を得られるアイテムなんです」


「また手に入れたの!?

今度のは何?」


カップを傾けていた彼女が目を見開き、組んだ長い脚を解いて、身を乗り出してくる。


「『印籠』という特殊能力を得られる品なんです。

『5つの能力値の総合点で自分に劣る相手を、有無を言わせず従わせる』能力です」


「・・・。

私さ、愛する和馬が人格者で本当に良かったと思ってるのよ。

その他大勢の馬鹿どもとは違って、あなたはその能力の意味が正確に理解できているはずよね?」


ソファーに背を預け直した彼女が、ミニスカートの中身を見せるように再度脚を組む。


「・・・」


「和馬の全能力値を以てすれば、この世界で出来ない事なんか無くなるじゃない。

気に入った女性達も、好きなだけ堪能できるわよ?

飽きたら直ぐ捨てて、また別の女に奉仕させれば済むのだし。

それこそ世界中の女性達を撮み食いできるじゃない?

どうしてあなたがそれを使わないの?」


百合さんと2人で、じっと俺の眼を見てくるが、その視線は穏やかだ。


「ゲームや漫画じゃあるまいし、そんな事をして何が面白いのです?

現実に生きる人達には、其々の意思や好みがあるのです。

人形を相手に自慰をするのとは訳が違う。

幾ら向こうから奉仕してくれるとはいえ、心の籠らない行為に、僕は満足なんてできない。

・・相手には皆、自身の夢や希望、心に秘めた想いがあって、いつかそれが叶う事を願いながら生きている。

辛い事があっても、悲しい思いをしても、それらがあるからこそ耐えられる。

そんな細やかなものさえ奪い取るような行いをして、世界中から笑顔が消え去り、人が居なくなってしまったら、僕だけが笑っていても虚しいだけです。

真の幸福感は、互いにそう感じなければ生まれないと僕は思う。

そこに大勢の人間が居る限り、完全な意思統一などできるはずがないけれど、どうしても必要だと考えるもの以外は、なるべく人は自由な方が良い。

そうして生じた不純物だけを、後から取り除けば問題ない。

僕はボッチだったけど、他者の笑顔を見るのは好きなんです。

南さんなら、この能力を与えてもきっと大丈夫。

為政者として、決して使い方を間違えない。

そう信じてるから、あなたにこれを託すのです」


「そうよね。

あなたはそういう人。

・・有り難う。

あなたの信頼だけには、必ず応えて見せる。

もし道を誤りそうになった時は、ベッドでちゃんと躾けて。

仲間の利益と安全のために、しっかりと働くから」


潤んだ瞳でそう言われる。


「あの、そうやって何気なく、僕に変な性癖を植え付けようとしないでくださいね。

僕は至ってノーマルですから」


「フフッ。

和馬はそういうの、あまり好きじゃないの?

変な道具を使わなくたって、あなたなら、ご自慢のシンボルを使えば女性なんて一ころよ?

体力と精力は無尽蔵にあるようだしね」


「自慢なんかした覚えないんですけど・・。

それにこの際だから言っておきますが、お風呂で僕を使って遊ばないでくださいね?

淑女のなさる行いとは程遠いですよ」


「馬鹿ね。

どんな女も、愛する人の前で裸になれば、品位なんて直ぐにどうでも良くなるわ。

あるのは、目の前の相手に対する欲望だけ。

ああ、あと半年くらいよね。

凄く待ち遠しいわ」


「・・そろそろダンジョンに行きましょう。

その前にこちらをどうぞ。

これがそのアイテムです」


『印籠』の入った小箱を彼女の前に置く。


「百合さん、済みません。

今回も1つしか見つからなくて、あなたにはこちらを・・」


彼女の前には、前回同様、各能力値が上がる品を1つずつ入れた、細長い箱を置く。


「有り難う和馬。

頂きます」


南さんが品良く口にする。


「有り難う、和馬君。

遠慮なく頂きます」


百合さんも食べ始める。


俺はそんな2人の姿を見ながら、満足げに珈琲を飲んだ。

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