第40話
あの後、俺が頭を下げて謝罪をしても、南さん達は微笑んで僅かに首を横に振るだけであった。
ダンジョンの探索中はガンガン魔物を倒していたが、帰宅後の風呂の中ではより一層サービスが過剰になってきたし、夕食を済ませて彼女らが帰って行った後、美冬が俺に言った。
『和馬、もしかしてあの2人を抱いた?』
否定する俺に、『でもあの2人の、君を見ている時の感情欄には、愛が溢れていたわよ?というか、寧ろそれしか表示されていなかった』と呆れていた。
美冬との神奈川探索も順調で、彼女はもう、2万円クラスのオーガすら1人で倒せる。
俺が彼女に与えた能力値を上昇させる品々のせいで、各能力値が其々1500ずつ増えてはいるが、彼女自身の努力も大きい。
教えた事を、きちんと身に付けている。
来週には、美冬も神奈川の完全攻略が済んで、北海道に入れるだろう。
1500円以下の魔物は見逃しているので、今後初めてダンジョンに入る者達が、自己にとって適正な相手を探すのに苦労はしまい。
探索後に2人で入る風呂にも、美冬は完全に慣れた。
彼女の方から頻繁にスキンシップを図ってくる。
浴槽内ではキスをする時間が長くなった。
以前、俺が悪に飲み込まれそうになった際の、あの時の行為が、彼女に変化を齎したらしい。
あれ以降、彼女は他のお仲間の皆さん達とも、より深く関わるようになっている。
南さん達に、一緒に夕食を取るように勧めたり、土日は理沙さんの事務所に寄って、美保さんに、お昼のお弁当を渡したりする。
いつの間にか吉永さんとも友人以上に親しくなって、時々共に買い物を楽しんでいるようだ。
それから、彼女は電車やバスでの移動を止めた。
通学の際も走って行く。
スカートなのに大丈夫かと尋ねたら、下にスパッツを
今の彼女の能力値なら、普通に走れば汗さえかかずに行けるだろう。
実際、電車で通うよりずっと早く着くと言っていた。
因みに、何故美冬が公共交通機関を使わなくなったかと言うと、その理由は痴漢にある。
生命力の上昇と共に、その美しさを磨き上げていく能力のお陰で、今の彼女の美しさは尋常ではない。
元から凄かったのに、最早誰も及ばないようなレベルにある。
お洒落な街を歩けば、頻繁に勘違いしたスカウト達が寄って来る。
彼女は芸能界なんぞに興味など微塵もない。
誰も彼もが、ちやほやされて嬉しい訳ではない。
犯罪者でなくても、見知らぬ他人の視線が
学校でも、男性教師の授業だと、彼女の顔ばかり見ている奴が居るらしい。
極めつけは、通学時における電車内の痴漢で、わざわざ彼女が顔を見せるまで、駅で待っている暇人も居たそうだ。
脳みそが腐っていそうなゲームメーカーが量産する、くだらない18禁の妄想ゲームのせいで、現実と2次元との区別がつかなくなった馬鹿な奴らが、まるでそうすれば女性が喜ぶとでも思っているかのように、簡単に手を出してくるそうだ。
俺は念のため、美冬に腕時計型の、撮影に特化した特注品のスマホを渡していて、触っている状態の手を摑めば、その様子が動画で撮影されるようにしてあった。
彼女はこれまでにも、十数件の痴漢を警察署送りにしていたが、その時は、俺から能力値上昇のアイテムを貰って食べた翌日で、まだ力加減を把握していなかった。
制服の上から尻を撫でてきた奴の手首を摑んだら、怒りのせいもあり、その男の手首を砕いてしまった。
泣き叫んで大騒ぎするその男を警察官に突き出したものの、男の手首が砕かれてだらだらしているのに目を留めた警官に、念のため署まで連行されてしまう。
直ぐに理沙さんに連絡を取り、駆け付けた彼女が証拠の映像を見せたことで、お咎めなしで済んだものの、探索者登録をしていなければ、下手したら一晩くらい、過剰防衛で拘束された可能性がある。
探索者の身体能力は、ランクEの者でも、一般人の3倍から5倍くらいある。
美冬はまだ1年経っていないのでFだが、その中身は既に、ドーピング
南さん達も、4月2日時点での評価はBだったが、それ以降に俺と鍛え過ぎたせいで、実質はもうSに届いているかもしれない。
協会が設立されたお陰で、今では探索者達の地位は完全に保障されているが、それができる前は、その身体能力故に相手を過剰攻撃してしまった者達が、よく裁判で裁かれていた。
武道の有段者やプロボクサーが、素人と手加減抜きで喧嘩すると、武器を所持して戦ったと見做されて、より罪が重くなるというアホな理屈のせいだ。
ここでも強者の努力が考慮されず、弱いのに粋がって喧嘩などする馬鹿が余計に保護される。
同じく一生懸命働いても、金持ちだけが余計に負担させられ、貧乏人は一切何もせずに済むアレと似ている。
喧嘩の理由や状況だけで判断すれば済む事なのに、明治なんかのカビの生えた法律を未だに有難がって用いているせいで、社会とのズレが甚だしい。
あんたは強いんだから、弱い者には手加減してやりなさい。
あんたはお兄ちゃんなんだから、我慢して弟達に譲ってあげなさい。
あんたは男なんだから、これくらい耐えなさい。
こういった古臭い道徳や倫理観が、未だに刑法や民法の世界では幅を利かせている。
一方的に我慢させられる方には、実質的な利益など何もないというのに。
強くたって手加減していれば、何かの拍子に大怪我をさせられる事だってある。
強ければ常に楽に勝てるなんて、俺くらいにでもならなければ、それこそ漫画の中だけだ。
怒りのために話が逸れたが、猿並みの知能と豚並みの性欲を持つごみどものせいで、美冬があわや拘置所に入れられそうになったという話を理沙さんから聞いた時、俺は暫くダンジョン攻略を休んで、『隠密』を使いながら毎朝通勤電車に乗って、痴漢どもを殺して回ろうかと本気で考えた。
俺を『分析』していた美冬が本気で止めなければ、恐らく実行していた可能性が高い。
ごみ掃除をするのだから、美冬以外でも喜んでくださる女性が確実にいたであろうに。
そんな訳で、結局美冬は徒歩通学となった。
そうそう、1つ付け加えておくと、美冬がその件で学校に遅れ、職員室で理由を説明した際に、もう何度も似たような理由で遅れた事があるからか、『お前にも隙があるんじゃないか』と口にした奴が居たらしい。
夕食の席で、彼女からその話を聴いた俺は、翌日1人で美冬の高校に出向き、校長室に教頭も呼んで貰って、彼らと少し話をした。
「美冬は僕の、とても大事な家族なんですよ」
そう言いながら、テーブルの上に、大きな手提げ鞄2つから取り出した、100万円の束を積み重ねていく。
100個、つまり1億円まで積んでから、校長の顔を見る。
「彼女はこの学校のVIP、そうですよね?」
彼が何度も頷く。
「お話が通じる方で嬉しいです。
来年、彼女が無事に卒業できたら、もう1度ここを訪れて、今日と同じ額を寄付しましょう。
あ、それ、領収書要りませんから」
俺が立ち上がると、彼らはこれ以上ないくらいに腰を曲げて見送ってくれた。
こんな平凡な女子高だと、陸に寄付なんて集まらないのだろう。
札束で殴る時は、こういう状況でやるべきだと俺は思う。
相手の大事にしている夢や誇りを汚すのではなく、理不尽な言動に対して、札束をチラつかせる事で、有無を言わせず選択を迫る。
表立って暴力が使えない時には、大抵の場合、お金は最も有効に作用するのだ。
案の定、事情を一切知らない美冬が、いつの間にか例の嫌な教師がいなくなったと喜んでいた。
俺は仕事の速い人が好きだ。
校長室に電話をかけ、『来年、例の約束の他に、老朽化した講堂を建て替えて差し上げます』と告げたら、『有り難うございます!その講堂の名称を、柊記念館に致しますので』と言われた。
それを見た美冬の顔が、今から楽しみでならない。
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