第39話

 5月17日、木曜日。


ロシア攻略の合間を縫って、沖縄県のダンジョンに入る。


昨日と今日で、那覇空港と新千歳空港まで飛行機で向かい、最寄りのダンジョン入り口に入ってきたのだ。


南さん達との大阪攻略が終了し、新たな狩場を開拓する必要があったし、日本での鍵探しも続いているからだ。


沖縄県のダンジョン入り口数は、全部で29個。


ユニークと宝箱だけに集中すれば、今日だけで探索が終わる。


重点探索地域は、宮古神社、波上宮、漲水御獄、普天満宮、泡瀬ビジュル、護国寺、桃林寺、首里城、識名園、ガンガラ―の谷周辺だ。


離島が多いが、『飛行』がある俺には何の問題もない。


海があり、まだダンジョン内では海水に入った事のない俺にはかなり魅力的に映るのだが、念のため、今は止めておく。


ただ、移動途中で幾つか宝箱を回収し、その中の1つから見た事のない魚が数匹出てきたのには驚いた。


勿論生きてはいないが、不思議と鮮度が良い。


宝箱には、アイテムボックス並みの機能があるのかもしれない。


泡瀬ビジュル辺りで見つけた金色の宝箱を開けた時、身体に何かが入り込んで来る。


ステータス画面を確認すると、『子宝』の特殊能力を得ていた。


「子宝?」


何の事か分らず、説明を表示させると、『望んだ女性を確実に孕ませる能力。望まない場合は、表示を『オフ』にしておけば絶対に子供ができない』と出る。


「・・・」


一介の少年に、何て能力を授けるんだ。


こんなのを知られたら、間違いなくあの人達に襲われてしまう。


オフだオフ。


本当に必要になるその時まで、説明の脇にある表示を『オフ』に切り替えた。


桃林寺付近では、赤い髪をした少年のユニークと遭遇する。


頭に閃くものがあり、アイテムボックスから先程入手した魚を差し出すと、笑顔になって食べ始める。


頭の部分を大事に食べていた。


足りなそうなのでもう2匹差し出すと、大喜びで食べた後、満足そうに消えて行った。


身体の中に何かが入り込む感覚がし、跡には15センチの魔宝石が落ちている。


ステータス画面に『水中歩行』と表示された特殊能力の説明を見る。


『呼吸を必要とせず、水中を歩ける。その際、水圧は無視できる』


素晴らしい能力だ。


これで海底も探索できる。


彼が居た場所に『有り難う』と礼を述べて、次に行く。


他の場所では、全て金色の宝箱から能力値の何れかを上げる品が出ただけであった。


首里城と波上宮辺りでは、その他に、金塊が詰まった銀色の宝箱も得た。


沖縄県で得た宝箱は計48個。


残念ながら、ここでも『異界の扉を開く鍵の1つ』が見つからなかった。


魔物に関しては、南さん達が強くなってきた事もあり、進路上に居た約3000以外はそのままにしておいた。



 沖縄が意外と早く済んだので、その足で北海道へ。


日本で1番大きな自治体だけあって、そのダンジョン入り口数は、全部で1062個もある。


ここの重点探索地域と定めた場所は、北海道神宮、星置神社、札幌護国神社、弥彦神社、三吉神社、帯廣神社、琴似神社、住吉神社、厚別神社、湯倉神社、高龍寺、法華寺、摩周湖、阿寒湖周辺の計14箇所。


時間があまりないので、ここも魔物は進路上の物以外は狩らずに、ユニークと宝箱の回収を優先する。


星置神社辺りで、到頭8個目の『異界の扉を開く鍵の1つ』を入手する。


しかもここには蛙の姿をしたユニークが居て、倒すと17センチの魔宝石と、『若返り』の特殊能力を得られた。


『抱いた女性に精を放った必要回数に応じて、その相手の肉体年齢を1歳ずつ引き下げる。但し、18歳未満にはならない。またこの能力は、『子宝』をオフにしていた時にのみ作用する』


「・・・」


説明を読んだ俺の目が点になる。


これも絶対人に言えない。


もし口にしたら、世界中の中高年女性達から狙われそうで怖い。


ステータス画面上の『子宝』の表示が『子宝・改』に変化して、『子宝』の特殊能力と共に、その中に収められていた。


きっとこのユニークも、事前に『子宝』を入手していなければ、姿を現さない魔物なのだろう。


湯倉神社辺りでは、隠し扉を開けると、白い兎の像が鎮座していた。


その像が入手できる訳ではなかったので、少し考え、兎の頭を撫でた。


するとその像が消滅し、跡に金色の宝箱が残る。


箱を開けると、『国土経営』の特殊能力を得られるアイテムが出てきた。


この能力は、『国造りに必要な都市計画が自然と頭に浮かび、その時々で何を優先すべきであるかを間違えない』というもの。


『現にある国でも効力を有するが、1から国造りをする際に最も効果を発揮する』とも書いてある。


使い道が極限られる能力だ。


俺が使用するより、南さんにでも渡そう。


他の場所では、全て金色の宝箱から、何れかの能力値を僅かに上げる品が出た。


摩周湖辺りでは、それに加え、やはり金色の宝箱から『Sランク。汚染除去器具。浄化の球』が手に入る。


『奇麗にしたい湖や池の中に入れておけば、その広さに応じて水質を改善する』と説明が表示された。


これは何れ役に立つかもしれない。


有難く頂いた。


能力値の『素早さ』に比例して最高速度が上がるという『飛行』のお陰で、広い北海道と雖も楽に探索できる。


この地に存在した宝箱、計287個を全部回収し終えると、既に朝の7時近い。


美冬と朝の珈琲を飲むために、これで北海道の攻略を終えて帰宅した。


倒した魔物は約900だった。



 5月19日、土曜日。


午前11時少し前に、南さん達が訪ねて来る。


以前より1時間早くなった。


『規律』のお陰で職員がより効率的に働くようになり、『心眼』を用いて不満分子を左遷し、有能で自分に好意的な者達を重用した結果、これまでよりずっと組織が活性化し、無駄なストレスを溜める事なく働けているようで、それが休日に目覚める時間にも影響を及ぼしているらしい。


毎回夕方5時半まで共にダンジョンを探索し、その後3人でゆっくり風呂に入って、美冬が作った夕食を堪能してから帰って行く。


その後に俺と美冬は2人だけで、深夜1時くらいまでダンジョンに入るという流れだ。


「今日から沖縄を探索しましょう。

魔物はほとんど残してあるので、倒し甲斐がありますよ?」


「嬉しいわ。

転移で直ぐに行けるなら、夏には海で遊ぶのも良いわね。

和馬だけに、取って置きの水着姿を拝ませてあげる」


「・・既に全裸で入浴してますが」


「馬鹿ね。

何も付けないより、その人が喜ぶ衣装を身に付けた方が、燃える人だって多いのよ?

あなたはどんな衣装が好き?

何でも着てあげる」


「・・まあ、見るだけなら、ビキニが良いですね」


「フフッ、やっぱり。

お風呂で毎回、私の胸ばかり見てるものね」


「そりゃあ、洗っていただいている間、直ぐ目の前で重そうに揺れていますから。

それ以上視線を下げると、もっと不味い物が見えてしまうので・・」


「見せてるんだから、別に幾ら見ても良いわよ?

触れるなら、きちんと満足させて貰うけど・・」


「童貞の僕には、それはちょっと荷が重過ぎますので」


「あなたさ、もしかして童貞をステータスだと勘違いしていない?

本来は、年頃の男子にとって恥ずかしいものじゃないの?」


「清く正しく美しく生きる僕にとっては、全然恥ずかしいものではありません」


「・・百合も何か言ってやって」


「美冬さんで失くした後は、直ぐに南をかわいがってあげてくださいね?

私達、道具は一切使用しないので、南はまだ私の指しか知りませんから」


危うく、口にした珈琲を吹き出す所だった。


いつも静かで礼儀正しい百合さんの口から、そんな言葉が出るとは思わなかった。


「・・何て事を言うのですか。

想像してしまうではないですか。

僕には刺激が強過ぎます」


「和馬君、南からあれだけ攻められて、よく我慢できますね。

あんなに凄い物をお持ちなのに、不思議です」


「・・話は変わりますが、先日北海道を探索した折、良い品が手に入りまして」


「露骨に話題を変えたわね。

・・それで?」


「『国土経営』という、特殊能力を得られるアイテムを見つけたのです」


「「!!」」


「使い道が極限られるのですが、南さんがご所望なら差し上げます。

要は、都市計画や国造りを1から始める際に、非常に有効に作用するみたいです」


「欲しい!」


「即答ですね」


「だって特殊能力なんでしょ?

しかもそれ、総理や知事のような、その地を預かる者ならかなり使えるじゃないの。

より少ない費用で、効率的な都市造りが可能なんでしょ?」


「まあそうですね」


「震災地の復興や、都市の再開発にも使えるし、掛かる費用が膨大になればなるほど効果が現れるのだもの」


「なら差し上げますね」


予め用意してあった小箱をテーブルに置く。


「有り難う!

私、将来的には政界に打って出るつもりだから、この能力があれば一層心強いわ」


成程ね。


俺と最初に会った時も、似たような話をしていたものな。


なら俺は、『金運』や『一攫千金』を駆使して、彼女を資金面からも支えよう。


「今回の探索では、特殊能力を得られるアイテムがそれしか入手できなかったので、百合さんにはこちらを差し上げます。

5つの能力値を、其々300ずつ上げられる品が、1つずつ入っています」


和菓子のセットのような、細長い箱を、彼女の前に置く。


「私には、そこまで気を遣ってくれなくても良いよ?

南さえ大事にしてくれれば、もうそれだけで十分」


「そういう言い方、僕は好きではありません。

百合さんはそれで満足かもしれませんが、南さんや僕からすれば、あなたを軽視する者がいれば、決して愉快ではないからです。

あなたが南さんを大切に思うあまり、自己を犠牲にするのであれば、それは彼女にとっても不幸な結末しか生まない。

真の幸福は、お互いが幸せでなければ成立しないと僕は思う。

あなたは、ご自分だけが美味しい物を食べている時、それを見ながら粗末な物しか口にしない大事な人を見て、何も感じないのですか?

たとえそのかたが微笑んでいようと、ご病気で食事制限でもされていない限り、僕なら食べる事を止めるか、その方に自分の分を半分お分けします。

それで飢えるなら飢え、死ぬ運命ならその方と共に命尽きる。

そう思えるからこそ、自分にとって、掛け替えの無い存在なのです」


『和馬さえ無事に育ってくれれば、母さんはそれだけで十分に幸せよ』


懐かしき遠い昔、いつも自分に欲しい物を与えてくれる母の誕生日に何かを贈ろうとしたが、全く思い付かなくて、直に尋ねた時の彼女の台詞。


それ以来、浅はかにも『まあ、欲しい物は何でも自分で買えるだろうからな』と考えて、お祝いの言葉しか贈ってこなかった。


だが、やがてそんな自分の愚かさを呪う時がやって来る。


事故で亡くなった母の部屋を片付けていた時、貴重品を入れるための箱の中から、俺が幼稚園や小学低学年の時に母に贈った、似顔絵や手紙の類が沢山出てきた。


俺の記憶にさえ残っていない物もあったから、恐らく、1つ残らず保管していたのだろう。


贈った順番通りにしまっていなかったから、きっと何度か、それらを全て見返していたはずだ。


俺はその時、拳を握り締めながら泣いた。


どうして、もっと沢山の贈り物をしてこなかったのか。


たとえどんな物でも、母には嬉しかったに違いないはずなのに。


俺は、偶に新聞で見かける者達と同じだった。


『こんな事になるなら、あの時、もっと○○してやれば良かった』


何か悲惨な事件が起きる度、インタビューされた人達が、殊勝にそう語っていたのを、俺は内心で馬鹿にしていた。


『そんなの、相手が死んでからなら幾らでも言えるじゃないか。

生きている時にしてやらなければ、何にもならないんだよ』って。


もしかしたら彼らも、それまでの俺みたいに、相手の謙遜けんそんに胡坐をかいていただけなのかもしれなかった。


何をどうしたら良いか、分らなかっただけかもしれなかった。


それから俺は、母の部屋の物を一切そのままにしておいた。


父の部屋は、全く手を付けられなくなった。


両親の部屋にある物は、全て残しておく。


母が、俺の些細なプレゼントにさえ、そうしたように。


百合さんの、『南さえ大事にしてくれれば、もうそれだけで十分』という言葉の部分に過剰に反応した俺を、2人が驚いたように眺めている。


一旦頭が冷めれば、言い過ぎた感があるのは理解できる。


百合さんだって、俺に気を遣ってそう言ったに違いないのだ。


俺が頭を下げて詫びようとした時、南さんが腰を浮かせて俺の方に寄って来て、何も言わずに唇を重ねてきた。


いつものような激しさや荒々しさはなく、唯々丁寧に、優しく舌を絡めてくる。


目を閉じぬまま、自身の口内に俺の舌を吸い込んで、丹念に舐めてくる。


俺の両手を取り、指を交互に絡めながら、強く握ってくる。


数分経って、唾液の橋が架かった唇を離し、一言だけ口にした。


「愛してるわ」


「え?」


反対側から手が伸びて来て、今度は百合さんが同じ事をしてくる。


「愛してます。

・・南と同じくらいに」


頭が混乱して、もう何が何だか分からなかった。

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